89話 忘れた頃にやって来る
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「なっ!? ……消えただと?」
「ふむ、瀬里沢は無事の様だな」
「あれ? 確か僕は……」
「い~し~だ~、説明しなさい!!」
「やっぱり」
う~ん、だいたい予想の通りの反応だ。
鞘が壊れようとも直接触る必要も無く、『窓』で回収できたのは良いけど、本当なんて説明しようか……。
瀬里沢の様子を心配しているのは静雄だけで、残りの女性三人の関心は俺に向いているが、全然嬉しくない。
顎に手を当て、暫く考えていると珠麗さんが傍まで寄って来た。
「どうやら、本当にこれで終わりの様ですね。石田さん、ありがとう。長い間囚われていた伊周さんと、主人の守弘も解放されたのですよね?」
「そ、そうなのかい? 僕の意識が無い間に片付けてしまうなんて、石田君、キミって奴は本当に凄いや! 改めて僕からもお礼を言わせてもらうよ。ありがとう、お蔭で僕も御婆ちゃんも無事だし、須美さんや父さんに母さんも助かったよ」
「あっ」
「「えっ?」」
忘れていたが、瀬里沢の両親は既に刀からの支配は解けているけど、残念なことに取り込まれた魂は、燃料の様にあの刀の自我の維持と諸々の力を使うのに消費されているので、一般的に言う成仏と言う概念に当てはまるかは分からないし、天国と言われる場所へ行けるのかも俺は知らん。
ただ、師匠が言っていたように余程力が無ければ、現実に干渉できるほどの幽霊(?)はそうは居ないらしいので、俺の風の要素と静雄に宇隆さんの攻撃で散々その力を削られ、何方も既に消滅している可能性の方が高いと思う。
だがまあ、たぶん生きている……筈だ。
今後は、今まで結構な数の人を食って来たこの胸糞悪い奴の『所有者』となった俺が、その存在する為の力を供給していく事になるらしい。
俺としちゃあ例え自分を保つ為とは言え、人を文字通り食い物にしてきたコレを圧し折りたい気分になる。
と言っても、触るのは流石に怖いので、今更だけどあの鞘が壊れていたのは結構痛い点だ。
そう言うことで正直に言う必要は無いのだが、急に二人に聞かれてうっかり声が漏れた事はかなり気まずい。
だが、丁度いいタイミングで静雄が、済まなそうな顔になり口を開いて皆に言う。
「瀬里沢、すまん。実はお前の親父さんだが、折れてはいないが確実に肋骨に罅が入っている筈だ」
「そ、そう、俺が上を取られ不意打ちを肩にもらった時に、操られていた瀬里沢の親父を止める為の一撃が、結構重かったんだろうな。音凄かったし寧ろよく折れてないな」
「そこは手加減をした心算なんだが、気配も無く咄嗟だったからな」
静雄は面目なさげに頭を掻き、そう答えるが結構珍しいな静雄が言い訳するなんて……もしかして俺のうっかりに気が付いてフォローしてくれたのか?
取りあえず静雄が瀬里沢の親父の怪我を申告したところで、宇隆さんがその傍らにしゃがみこみ、何やら触診して確かめている。
「罅と言っても、やはり意識が在る状態で診なければ分からんな。折れていれば感触で分かるんだが」
「ねえ、宇隆さん。あまりそう押さない方が良いかもしれないよ? 私小学生の頃階段で転んだ時に骨に罅入ったんだけど、お医者さんで診て貰った時にレントゲンの写真で罅だったのに、触診で折れた事あるし」
「そうだな、そうす……あっ」
「「「「「「えっ(むっ)?」」」」」」
「……遅かった?」
「ああああ! あの、これはそのっ……すまん」
そう言って宇隆さんは項垂れたけど、黒川がその突っ込みで止めを刺し宇隆さんは申し訳なさからか、その場で蹲っていた。
どうやら瀬里沢の親父の症状は、宇隆さんのお触りによって罅から骨折へ悪化したようだが、本当に意識が無い状態でよかった(?)と思う。
まあ、良かれと思ってやった事が悪くなることって割とあるよね。
「ところで、話は変わるんだけど秋山達が話していた『助っ人』って結局誰だったんだ? 星ノ宮や宇隆さんの事だったらそんな言い方はしないし、そろそろ教えて貰っても良いか?」
「あっ! 忘れてた。でもちゃんと私達と一緒にその『助っ人』さんは来てたよ。ほらあそこ」
そう言って秋山が指を指したのは、あのふよふよと浮いている五センチくらいの大きさの紙だったが、紙が『助っ人』とは意味が分からんので『窓』を使いその情報を開いてみようとしたのだが、そんな所で星ノ宮と俺の知らん着物姿のおっさんが現れた。
「皆、大きな怪我とかはほぼ無いようね。良かったわ」
「確かに本当によく怪我もせず、あの状態にあった顕現中の『付喪神』と戦って倒し、尚且つ最後は抵抗もさせずに消し去るとはね……。そこの君、僕の所に来て修行しないかい? そのままでも十分素晴らしい力を持っていると言えるけど、僕ならもっと君の力を引き出せるし、これは悪い取引じゃないと思うよ? どうかな? それに今なら君の輝きに惹かれて寄ってくるモノから、それを隠す技も教えてあげよう。これはもう決まりだよね? さあ行こう、どうせなら養子になって僕の事は義父と呼んでくれても構わないし、今日はとても良い日だ」
「娘さん(ボソ)」
「……と、思ったりする訳だが少し性急に過ぎたね。うん、僕は菅原兼成と言う可愛い一人娘を持つ、何処にでもいるような小父さんさ。よろしくね。あの、舞ちゃん? 怒らないで貰えると僕は嬉しい、かな」
「「菅原!?(この小父さん黒川君の事を『舞ちゃん』だと!?)」」
黒川が何か囁いていたが、このおっさんの名乗りに思わず聞き返してしまった。 どうでも良いが瀬里沢よ、お前はどこに驚いているんだ? 聞き返すところが違うだろ!
……あの紙は『式』って奴か。ただの紙が宙に浮いているのを見ても、伊周が居たからたいして驚きもしなかったと言うか、構っている暇が無かっただけだが便利だけど、人に見られたら不味いし何とも微妙な技だ。
なるほどね、この人所謂『拝み屋さん』って奴か? 言ってる事に嘘は無いようだけどあの話の内容からすると、随分とぶっ飛んだ人らしい。
普通初対面の俺みたいな学生に、自分の養子になれってどういう神経してんだよ。
それに聞き逃すところだったけど、輝きを隠す技って言ってたよな? それが分かれば、明恵の心配もほんの少しだけ解消できるかもしれない。
ただ菅原って、瀬里沢にあの『御札』を作って渡した人だろ? 一人娘って事は……はぁ、また見落としてたな。
俺はあの名前から、瀬里沢の言っていた菅原本人ではないと分かりはしたけど、まさか男と思い込んでキチンと確認をしていなかった相手は、実は勘違いで女性でしただと?
瀬里沢の周りに居るのは同志ばかりかと思っていたが、繋がりのある女性もしっかり居るじゃないか……まてよ、奴はさっきファンが『増える』とか言っていたよな? もしかして瀬里沢の奴、変な宗教の教祖のくせに実はリア充なのか?
っと、そんな事よりこの思い込みの激しそうなおっさんに、釘を刺しておかねば。
「菅原さん、だっけ? 良く分からんけどお断りします」
「うーん、即答なのかい? 答えたくなければ構わないけど、何故だか聞いても良いかな?」
「いや、どう考えてもおかしいでしょ? 初対面で挨拶も何も行き成り養子とか……、それに俺には師匠が居るので、そう簡単に他の誰かに師事する訳にはいかないんで、悪いけど無理」
確かにさっきの提案の中には、一つだけ魅力ある物が在ったけど、それだけだし、二つ返事で『はい、弟子になります。養子にして下さい』って言うような奴、俺なら絶対信用しないし、少しは疑うのが普通だ。
だいたい、名乗りはしたけどこの人がどういった人間かなんて分からないし、逆に分かるようなら事前に知っていたとして、余計に怪しいだろ。
それに、黒川の事を親しげに『舞ちゃん』なんて呼んでいて、正直このおっさんに引いたのも断った理由の一つだ。
「あの、菅原さんと仰いましたね? もしかしてこの間お会いして助けて頂いた、あのお嬢さんの親御さんでしょうか? 私この度お世話になりました瀬里沢珠麗と申します。瀬里沢家の代表として謹んでお礼申し上げます」
「あ、これは御叮嚀に。先程も名乗りましたが改めまして、私は菅原兼成と申します。この度は不肖ながら私の娘が少しばかりですが、貴家のお手伝いをする事になった様で、人様にご迷惑をおかけしてないか、いつも冷や冷やしておりますよ」
俺の返事に、納得して無さ気な雰囲気を出していた菅原のおっさんは、さっきとは打って変わって、大人同士で真面目な話になったようだ、
うん、この際もう首を突っ込まずに、ここは珠麗さんに甘えて任せてしまおう。
「さて、外じゃ須美さんがまだ瀬里沢を心配して待っているんだし、顔を見せて安心させて来いよ。俺達も一緒に行くからさ」
「ふっ、そうだ腹も減ったし随分と待たせた。行こう」
「奏様、役目を果たす事ができたかは正直疑問ですが、皆無事に済みました」
「ええ、そうね私も『視ていたわ』真琴、貴女の技の冴え見せて貰ったわよ。真琴が無事に私の下に戻ってくれて嬉しいわ。貴女は本当に私の自慢の親友ね」
「これ、撮った。それと内緒ね」
「う゛っ。まあ、そのアレだ、黙秘権をくれ」
「ねね、皆無事を喜ぶのも良いけど。救急車呼ばなくて大丈夫? 瀬里沢さんのお父さん、呻いてるんだけど?」
「ええっ!? と、父さん? 大丈夫!? 誰か至急お医者さんを!!」
結局この後、静雄が屋敷の玄関まで瀬里沢の親父を運び、須美さんの手によって救急車が呼ばれ、何故か外に止まっていた細長いロールスロイスが、救急車が通るのにかなり邪魔だったので移動してもらう。
菅原さんは「また、明日」とだけ言うと、そのロールスロイスから出てきた派手なおっさんと一緒に去って行き、軽く肩の傷の手当てをして貰った俺も、今日はもう何もしたくないと言って、各人の追及を逃れこの件は明日に持ち越し解散となった。
瀬里沢はタクシーを手配してくれたので、有難くそのまま一人で乗ると今日の事を振り返る。
色々と在って濃い一日だったけど、瀬里沢達が生きていて本当に良かった。
俺は昨日取った選択は間違ってないと胸を張って言えるが、もしもだ、今日誰か一人でも大怪我(瀬里沢父は除く)や死人でも出ていれば、同じ考えが果たして出来ただろうか? そんな事をタクシーの中で取り留めなく考えていたが、我家が見えてきてそれも止めた。
たった数時間前に見た、だけど今は何故かとても懐かしく感じてしまう家に前に立ち、帰って来たと実感して生きる喜びを噛みしめる。
「そう、俺は生きているんだ」
「お帰りなさい、明人。母さんね家の前に車の止まる音が聞こえたから、思わず外まで迎えに来ちゃった。それでね、明人にどうしても聞きたい事が在るんだけど、構わないわよね?」
何故かスッと母さんが庭の方から出てきて、俺を家の前で出迎えてくれたのだが、とてもイイ笑顔のまま表情が動かず嫌な予感を感じる。
「えっと、母さん? いったいどうしたの? 何か凄く怖いんだけど……」
「あら? どうして母さんが怖いの? 分かる様に教えてくれる? そうしたら母さんが何故『怒っている』かも教えてあげるわ」
「ま、待って。あの話せば分かるって! だから止めて。やめ「問答無用!!」」
「へぎゃーーー!!」
俺はこうして無事、家までは辿り着けたが、家の前で母さんに捕まり。
どうやってかは理解できなかったが、アルゼンチンバックブリーカーを極められ、雪崩式に地面に投げ落とされ地面に沈み込む。
そうして俺が意識を保っていた最後に浮かんだ事は、土の地面って意外に硬いんだと感じた事だった。
つづく