8話 犯人は俺?
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2/16 口調等、加筆&修正致しました。
「あんた、大丈夫か? 何かフラフラしてたし、うーん? 思った通り顔色悪いよ。やっぱり保健室に行くつもりだったのか?」
俺の手前で転んだ女生徒に近寄り、立ち上がるのに手を貸そうとして相手の顔をまじまじと見る。
……相当具合悪いのか、汗で額に髪が張り付いておまけにすっげー顔色が悪い。病気か? 彼女が俺を見上げるその顔は眉を顰め、まるで何かに怯えるような目をしていたが、小さく口を開き何か呟いた気がするけど、何て言ったのか聞き取れなかった。
「悪ぃ、何か怖がらせたか? 俺今からプールに移動して合同授業に出る所だったんだけど、偶々目についてさ。向こうから来たって事は、俺とはクラスが違うしあんたはD組の生徒だろ?」
そこまで話しかけた途中でビクッとその子の肩が動き、見上げていた俺の顔から目をそらす。
……俺って何か不味い事を言っただろうか? そう言えば授業で何度か顔は見た気がするが、生憎名前までは知らんなと気が付いた。
この子が腕で確り抱えた学校指定のジャージが目に入ったので、名前を知るのに丁度良いかと、オマケの袋を視線で固定し「トレード開始」と、この子に聞こえないくらい小さく囁く。
いつもの様に開いた窓のアイテムアイコンをつんつんして、所有者名や履歴等を見ようとしたら、彼女は俺の事を睨んでこう答えた。
「だったら何? 私に構わないで……一人で立てる。退いて」
そう言って少しふら付きながらも立ち上がるが、それよりも開いた『窓』のアイコンの履歴を見て俺は驚く。
……何で彼女「黒川舞」は、星ノ宮の下着なんて持っているんだ?
『星ノ宮奏』の名前は俺でも知っている。
俺と同学年で知らない奴の方が珍しいほど有名な女生徒だ。
野郎には彼女のその容姿で、女子には若干の嫉妬交じりの噂話などでだが、確かに十人に質問すれば九人は美人と、間違いなく答えるであろう顔にプロポーション。
無論俺だって聞かれればそう答えると思う。
もっとも星ノ宮個人の人となりは全く知らんけど。
その件の星ノ宮は水泳部の活動でも注目されており、1年の時に地区大会、県大会の自由形100mで活躍し、今年はインターハイ出場を狙っているとか……。
とは言っても俺の興味は、あの乳で良く速く泳げるもんだと感心したくらいの、邪な覚え方をしていただけだが、水着を着るとなぜか胸が小さく見える不思議……まあそれは置いといて、詳しく調べるとこの下着、赤字で(盗品)と表示されている。
何故彼女が星ノ宮の下着なんか盗んでるんだ? アレか星ノ宮のファンって奴か? 憧れの人物の物が欲しいっていう心理? ダメだ俺には全然理解できん領域だ。
だけどこのまま放って置くのは非常に不味い気がする。
第六感って奴だろうか鼻がグラつく。ここは便利な『窓』も在る事だし、探偵みたいに少しずつ遠回しに会話を続け、上手く誘導し犯行を自供させ見事解決してみせよう!
「なあ、黒川さんよ。別に退くのは構わんが、なぜあんたが他人の下着なんぞ持っているんだ?」
「……えっ?」
もう話す事は何も無いとばかりに、ほとんど俺を無視する形で立ち去ろうとしていた黒川は、俺の言った言葉が上手く伝わらなかったのか、少し間を置いてからさっきの苦しそうな表情から、本当にポカーンって表現が合うようなあどけない顔になる。
と思ったら、突如俺の胸倉を掴み能面の様に無表情になり、明瞭だがゾクリとする冷気を伴う声音でこう尋ねてきた。
「……どうして? 何故私が他人の下着を持ってると思うの? 証拠は? あなたは何を知っているの?」
「あっ!」
「あっ、て何? 私の言う事は聞くに値しない? バカにしてるの? それに授業中なのにここに居るのは、コソコソと私のこと嗅ぎ回ってた? だから私のジャージ入れの中身が分かっている? そうでしょ? この変態!」
徐々に口調が荒くなり、次第に黒川はエキサイトしてきた。
俺はそんな黒川にドン引きして頭を仰け反ると、胸倉では無く今度はネクタイを掴まれた。
ちょっ!? 絞まる! 絞まります! 絞ままっちゃうよ! それに俺は変態じゃねぇ!
「えっと~、な、何でででしょうね? それは、な、なんとな~くそんな気がしまして。ほら何か今の黒川って、ドラマに出てくる犯人役か殺人鬼みたいな……みたいじゃねぇ! まんまな顔してるーっ!」
俺は何とか捕まれた手を剥がそうとするが、彼女のどこにそんな力があるのか、全然ビクともしない。
俺が非力な訳じゃなく、何か尋常でない力で掴まれ俗に言う『万力の様な』とは、こう言う時に使うんですかね? しかも黒川さん今のあなたの顔を鏡で映して見せたいです、途中からニヤリって言葉が良く似合う、こえぇ笑顔になりました。
まるで、探していた獲物を見つけた捕食者のようでマジで怖い!
例えていうなら、静雄に初めて対面した時の十倍怖い。……泣きそう。
「ほら、言ってみて。何故開けもしない袋の中身が分かるの? 何故私の名前まで知っているの? やっぱり……やっぱりお前が犯人。そうやって私の事を遠くから笑って見ていた。もう逃がさない。謝っても絶対許さない!」
「ま、まて落ち着け! こんな廊下でこれ以上騒げば誰かに見つかるし、今のお前と俺どう見ても被害者は俺で、加害者はお前にしか見えないぞ! 物的証拠を持っているお前に、言い逃れなんてできるのか? お前の言う犯人って意味が全然分からんが、どう見ても俺にはお前がこれから俺を殺して、その後我が校初の校内殺人犯になる未来しか浮かばねえよ!」
俺は助かりたい一心で、徐々に閉まるネクタイの感覚に苦しさも加わり冷や汗を掻きながら、黒川に考える隙を与えず一気にそう捲し立てた。
少しだけネクタイの閉まる感覚が止まった気がして、ホッとし気を抜いたらボロボロとその瞳から涙を零して、黒川は泣き出した。
……何か俺、最近女の子を泣かしてばかりだな。
「……してやる」
「へっ?」
「こうなったら、あんたを殺して私も死ぬわ! 私があの日から味わった苦しみ、例えあんたの罪が裁かれないとしても、私が裁く。必ず一矢報いる!」
いったい何が黒川をここまで追い詰めさせたのだろうか、今黒川から感じるのは激しい怒りと殺意。
理由はさっぱり分からないが、原因は俺の言った言葉の中にもあったのかも知れん。
だが俺はこんなところでコイツと心中するつもりは全然ない。
更に閉まるネクタイで喉が痛むが、俺も死にたくないので必死に黒川の言った言葉を思い出そうとする。
俺の罪、裁く、犯人、犯人? つまり俺をその犯人の誰かと勘違いし、黒川は俺に怒りをぶつけてきている!? 冗談じゃない! 誰かの身代わりも黙ってコイツに殺されるのも、殺人犯にするのもどちらも真っ平御免だ!
俺は黒川の手を掴み抵抗しながら声を絞り出そうとするが、首が絞まり血管が破裂しそうにドクドクと暴れ、鼻で息が出来なくなり耳鳴りがしだして、上手く喋れない。
クソっ気付くのが遅すぎた。
時間が、なにより酸素が足りねぇ。
「死ね! お前なんか死んじゃえ! 私のこの手で殺してやる!」
「……くろかわ……おまえ、あきらめて、ほんとのはん……にん……にがして、いいのか……よ」
周りの音がもう聞こえない、だが俺は黒川に伝えたいことを言い切った。
これで俺が死んだら、親父も母さんも明恵も、俺の事絶対許さないだろうな。
意識が途切れそうになるが、目だけは閉じない。
閉じたらもう動くことが出来ないだろう。
ただそれだけを思い、俺は冷え切った指に力を入れようとする。
ああ、黒川って険がとれるとこんな顔なんだ、ちょっと幼い顔つきで、少し明恵を思い出す。
それに俺を見つめる黒川の瞳が、首を絞めているのはコイツなのにとてもキレイだと思った。
その時、酷く間の抜けた授業の終わる鐘が鳴りそれが耳に届くと、非日常的空間から、普段の日常に戻り『俺はまだ生きている』そう強く感じた。
つづく