85話 瀬里沢邸 守護者
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静雄の拳がアレに当たった瞬間、物を殴った音が聞こえなかった代わりに、パシッと木が割れるような軽い音が聞こえた。
見ると少しだけ静雄の拳が当たった箇所が、削れるように燃え崩れ灰のように零れ落ちる。
初手を取ったのは良いが、そのまま流れる様に極まった足払いを入れようとした静雄の技は、アレをすり抜け空を切った。
「むっ!?」
「えぇっ!?」
「……くそっ、そう言う事かよっ!」
思わず静雄は声を漏らし、見ていて先程も声を上げた瀬里沢は『決まった』と思った筈の足払いがすり抜け、咄嗟に踏みとどまりはしたが逆に隙が出来てしまった事に驚いたようだ。
俺は何故ああなったか分かり、不安が生まれ焦った。
そう静雄の足は手に付けた火の要素を感じる鎖手袋と、鎖帷子は着込んでいたが足は硬そうだが『ただの』ブーツのままだったので、ダメージを与えるどころか直接触れる事さえ出来なかったのだ。
昨日とは違い向こうの風景が薄らと透過して見えはするが、静雄にもはっきり姿が見える分、いつもの様に技を繰り出したのが仇になった。
道場での稽古やガラの悪い不良相手なら問題ない動きでも、今相手にしているのは、常識が通用しない『幽霊』だと言う事を分かっていても、体が覚え込んだ技がそのまま出てしまったに違いない。
俺も静雄のフォローに風の要素を練ろうとするが、その前にアレが口の端をゆっくりと曲げ笑みを形づくる。
あれだけ懐に潜り込まれれば普通であれば、距離が近すぎて刀を抜く事が出来ない筈、静雄もそれが分かっているので、隙を埋めるように距離を縮める。
シャッ シャキシシシッ
「くっ」
「はぁ!?」
まだまだ俺の認識なんて物は、チョコアイスに練乳を掛け更に砂糖を袋一杯振りかけるよりも甘かったらしい。
アレは距離なんて関係なく自分の体も『すり抜け』抜刀し、静雄に斬りかかったのだ。
しかも、鞘に入れて俺達に聞こえるように音まで出したくせに、その鞘さえ抜かずに透過して斬って来たのだから、避けろと言うのが無理と言うもの。
だが、静雄は必ず来ると思っていたのか切っ先を躱して何とか紙一重でそらし、斬られたのは胴着と鎖帷子の表面を撫でただけで済ませたらしい。
一瞬耳障りな音が聞こえたのはそのせいだろう。
静雄を警戒はしている物の、どうも狙いは俺達と言うよりは単純に『邪魔だから』排除に来ている感を受ける。
仮に俺が前に立っていたとすれば、今頃腹の中身を外にさらしていたに違いない。そう思うと緊張で掻いていた脇汗以上に、背中にドッと冷汗がにじみ出てきて息を呑む。
そんな俺達がおかしいのか、声は聞こえないが肩を揺らしアレは嗤っているようだった。
「静雄! 大丈夫か!?」
「何とか、な。こいつは昨日在ったアレと、同じ相手だとはもう思わん」
静雄でさえ苦戦する相手だこのまま戦っていては、勝ち目は薄い。そもそも勝たなくても逃げれさえできればいいのだが、瀬里沢と俺で瀬里沢の両親を運び珠麗さんを逃がす? ……無理無理。
俺達は逃げられたとしても、アレの本命は俺や静雄では無く珠麗さんだ。
何故分かったかと言えば、こうして静雄と対峙していても俺達を警戒しつつ『必ず』見ているのが、珠麗さんの方だから間違いない。
でなければ、二カ月も前から現れたりなんて……? 二カ月前? ついさっき聞いたようなフレーズだ。
「明人、もう一度援護を頼む」
「秋山君、『助っ人』を早く頼むよ~!」
風の要素は練っていたが、静雄と瀬里沢の声で意識を前に戻す。
アレの注意を引くだけなら、威力はそんなに必要ないが在るに越したことはないけど、一度食らったせいか警戒が強く出だしでバレる。
なんせまだ、唱えなければ風の要素が出せないのだ。
日曜の朝にやっている特撮番組のように、技名を叫んでるのに避けずに食らうようなマネをする悪の美学なんぞ無いだろう。
そう何度も食らってはくれないだろうし、絶対にやる気は無いが静雄を囮に打ち込むのも下策だ、盾と矛両方を失うに等しい。
一撃で倒せるのなら良いが、静雄も怪我をし相手は健在などになれば、次の瞬間即壊滅なのは明白だ。
ここはまだ見せて無い範囲で責めてみよう、初見で躱すのには苦労するはずに違いない。
「アフ=カ・マアーフ!」
「!」
「うわっぷ、凄い埃だ」
俺が初めて出来るようになった範囲型の攻撃法だが、ちょっとばかり加減の調整を間違えた。
埃を巻き込み吹き荒れたせいで、辺りに粉塵が立ち込め視界が悪くなり、鼻から吸い込んで咳き込んでしまう。非常に籠った様な臭いとカビ臭さで、鼻と目が痛む。
一応刀を持つ側は静雄に当たりそうだったので、左半身を巻き込むように吹き放った。しかし、巻き上がった埃のせいで視界が悪く生憎どうなったかは見えなかったけど、その後に聞こえてきた音で理解できた。
パキン
昨日はその音はかなり小さな物だったが、今はそれが確りと『折れた』事を耳が拾ったのだ。
俺は全身から緊張が抜け、ホッと息を付いた。
風の要素を練るのも出すのも結構疲れるし、おまけに腹がやたらと減る。
昼間食べたのに気が緩んだせいもあって、抗議の声を腹が出す。
「通った……明人、お前のお蔭で助かったな」
「静雄、いや本当参ったね。あんな手が在ったとは思わんかった」
そう言った静雄が、まだ微妙な顔で腹を抑えながら此方を向く。
切られては居ないようだが、それなりの打ち身ではあるのだろう少し痛そうだ。
埃が晴れ、視界が戻って来るとそこに立っていたのは静雄一人で、アレは折れた刀を床に突き、膝を追って蹲って徐々に体の輪郭が崩れていた。
きっと昨日のように、このまま消えてしまうに違いない。
もう大丈夫だと思ったのか、瀬里沢は俺の横に並ぶと肩を抱きこう言ってきた。
「流石は安永君だね! それにしても石田君。君は随分と変わった事が出来るんだね? 最初あの変な言葉を言った時は、正直不安を覚えたよ。けど、こうしてみるとあっけなく終わって本当によかった。これで祖父も成仏してくれるかな」
「……守弘さん、もう少しだけ私は此方に居ます。まだ逝けないの私達の事見守っていて下さい」
《成仏だと?……漸く手駒にしたのだ。そうはいかん》
「「「ッ!?」」」
《折角儂を封じた相手も死に、こうして依代にしやっと外に出るまでの力を、そこに転がる駒から得たというのに壊しおって……》
「だっ誰だ! ここは僕の家だぞ!? 手駒って何の事だ。隠れてないで出てきたらどうなんだい!」
「瀬里沢、まだお前の家は化物を飼っていたのかよ! お前の方が俺より万倍変なもん持ってんじゃねーか!」
「守弘さん……」
くぐもった声が俺達に響き渡るが、耳から聞こえる訳でも鼓膜を震わせている訳でもなく、直接頭に語り掛けてきている……まるで偶に聞こえる『窓』のお告げみたいでイラッとする。
瀬里沢は何処からか聞こえる声に怯え、俺は瀬里沢に心当たりがあるか聞くが答えは帰って来ず、オロオロしていた。
静雄だけは無言で辺りの気配を窺い、目と顔を忙しなく動かして構えを取る。
だが、あの声が収まっても何も現れはしなかった。
……瀬里沢がもう一度俺に何か言いかけた時に、俺達が目指していた出口へと繋がる扉が反対側から突然開き、反射的に身構えたけど襲い掛かってくる事も無く、何かがこちらに飛び込みそれは宙を浮いて俺達の周りを飛び回る。
紙? 何で紙が空を浮く? 瀬里沢はまだ扉を注視したままだったが、俺は警戒しながらもそれを目で追う。
静雄も同じく空中に浮く『紙』を鋭く睨みすり足で近寄る。
「安永避けろ!」
そんな静雄の動きを凛とした声が注意を叫び、開いた扉から宇隆さんが両手に持った物を前に突き出し、静雄に飛び掛かった。
ガキキッ
……様に見えたが、そうでは無く静雄は構えたまま横に飛び退り元いた場所へ目を向けると、そこには先程倒した筈の瀬里沢の祖父の幽体が立ち上がり、振り下した刀を受け止める宇隆さんが居た。
ギリガリ音を立てて宇隆さんの持つそれと鬩ぎ合っている。
「安永君! オマケで石田! 今助けに来たわって……お邪魔の様ね」
「手を離してはダメ。約束、来た」
お前らも一緒かよ、本当に来ちまったんだな。
真逆星ノ宮も来るのか? それに倒した筈のアレが何でまた立ち上がってるんだーって、よく見ると表面の崩れかけた瀬里沢祖父(仮)が剥がれ落ち、別のモノが覗かせている。
《カカカッ、こうまで邪魔が入るとは儂も運が良いのか悪いのか。小娘に貴様ら四人覚悟せよ》
「小娘では無い! 私の名は宇隆真琴だ!」
「俺達は一纏めかよ……つか、誰だよあんた?」
パラパラと音がする訳ではないが、その瀬里沢祖父の顔は剥がれ落ち既に別人になっていた。
見た目爺さんの中から、他の人物が蛇の様に脱皮したようにも見えて気味が悪い。
《儂はこの瀬里沢家を守護せし者、契約者と交わした約定である対価を貰い受ける。邪魔する物は瀬里沢に仇成す者とし斬り伏せようぞ》
守護? じゃあ何故珠麗さんを狙うんだ? 意味が分からん。
本当に珠麗さんはこいつの言う『契約者』なのか? 理由の分からない事で襲われるのは勘弁して欲しいが……こいつは知らなきゃいけない事が増えたな。
つづく




