81話 瀬里沢邸 戸惑う人達
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田神からの連絡を受けて、高野宮様が動いた事を聞いた私と奏様が急遽出る事になったのは良いが、車が向かった先には昨日のパーティー会場で豹変し、奏様に対して一瞬とは言え無礼を働いた、あの瀬里沢の屋敷の近くだった。
これを座席に備え付けてある、星ノ宮家専用の衛星を用いたと言う車の案内図、“かーなび”で目にした奏様は目の端をピクッと動かし、昨日の私の失態を思い出したのか表情は変わらないが、あきらかにイラついている。
「……真琴、これはいったいどういう事なのかしらね。パーティーの途中で消えた高野宮の小父様が、まさか“あの瀬里沢さん”の家に向かいこうした繋がりが在るだなんて。ねえ、真琴も随分と良くできた“偶然”だと思えなくて?」
「はっ、確かに“偶然”かどうかまでは分かりませぬが、かなり奇妙な事ではあります。そもそも昨日の突然の来訪といい不自然な点を上げれば、何もかもが疑わしく思えますので、もう少し様子を見てからの判断でも良いかと」
「そうね、やっぱり少しだけ昨日の事を思い出すと悔しく思ってしまうの。だって、私は倒れてしまったのに石田君達は突然の“怪異”に対して毅然に立ち向かい、尚且つ撃退して見せたのよ!」
私の答えに対し数瞬考えた後溜息と一緒に、そのイラついた微かな怒りを吐き出したようで、普段の奏様に戻ってくださった御様子。
どうやら私の返事は納得のいくものだったらしい、確かに怪しいと言えば怪しいのだが、だからと言って高野宮様が“全て仕組んだ”と考えるのは短絡的過ぎるので、もしかすると奏様は私を試したのでは? そんな穿った考えを持ってしまう。
だが、こうして“本当の”イラつきの原因を素の素振りと共に見せるのも、私の事を信頼してくれているあかしでもあるので、こっそりとだが嬉しくも思うが、また石田達の事を持ち出して比べると言うのは……。
最近の奏様は、何かあると直ぐ石田達の事を持ち出すのが困りものだ。
私も携帯の“あどれす”の交換を行い、仲間となったからにはあまり煩くは言えない。
「田神、もう少しだけ近寄って様子を窺う。だが此方は相手に見つからない範囲を間違えるなよ。奏様、高野宮様と瀬里沢の繋がりが見受けられるなら、いっそのこと上手くこの事件のカギを手に入れる、と考えるのは如何でしょう?」
「どういう事かしら? カギを手に入れる? と言う事は、やはりこの裏には高野宮の叔父様が関係していると、そう真琴も考えているのね?」
「はっ、関わりからして企みと言う程で無いにしろ、少しは繋がりが在る筈です。さもなければこの様に来る必要性が在りませぬ。全ては今言った奏様の考える通りです」
良い思い付きだと思い、提案をしてみたが思ったよりも奏様の決断は早かったようだ。こうして問いかけるのは暗に“そうしろ”と揶揄しているに違いなく、奏様のその瞳はキラキラとして楽しそうに輝いている。
気になった物は、その気が済むまで調べ尽さないと収まらない奏様の癖が出ているが、上手くいけば高野宮様の弱みを手に入れるチャンスでもあるから、ここは一つ気合を入れねば成らないだろう。
私も幾分この考えに高揚しているらしい、腰に差した得物を摑む腕にも力が入り、更に気が漲り昂ってくる。
しかし、そんな私達の気を削ぐ様な落ち着いた雰囲気を醸し出す、田神からの声が運転席から掛かった。
「星ノ宮様、宇隆様これ以上は近寄れません。ですが、あちらをご覧ください。分かり難いようであれば、これもお使い下されば宜しいかと」
そう言って手の平に収まる双眼鏡を差し出しながら、田神はある一点を指してそう告げた。
奏様はそのまま田神から双眼鏡を受け取り、その先を見ようとし。私も同じようにその点を見つめて一瞬自分の目を疑う。
何故だ!? 何故今あそこに幾分見苦しい格好をした高野宮様と、私達の良く知る人物である秋山に加え、もう一人の中年男性の横に黒川まで居るのだ!?
私のその驚きに固まっている間に、奏様はいち早く自分を取り戻し携帯を掴み出すと、すぐさま電話を掛けていた。
数瞬のコール音の後、すぐさま相手に繋がる。
「はい。もしもし、秋山です……星ノ宮さん? どうかしたの? 実は私すこ~しだけ取り込み中で、ちょっと今から石田のアホと安永君をとっちめに行くところなんで、手短にお願いね! あの二人は本当に直ぐ厄介事に巻き込まれるんだから……あ、ごめんね。それで星ノ宮さんのお話は?」
プッ ツーッ ツーッ ツー
へっ!? 電話切れちゃった? あらら、この辺電波悪いのかしらね?
良く分からないけど、星ノ宮さん何の用事だったのかな? 少し待って電話がかかって来なければ、こっちから電話してみよう。
特に何も無ければまた直ぐ掛け直して来るはずよね、今は菅原の小父さんの言った“入り口をこじ開ける”作業をしているみたいだけど、十分門は壊れて開いてるし、どういう意味なのかな?
そう思っていると、私の持っている二個目の携帯電話から石田では無く、瀬里沢さんのどこか弾んだ声が聞こえた。
瀬里沢が秋山に、これから進む予定のルートを話しているのを聞きながら、俺は扉に貼られていた御札を『窓』を使って調べていた。
剥がされ落ちたせいで、その効力は落ちていた筈なのに何故今頃になって二つの効果が合わさり、あの様な機能を持ったのか。
調べて分かった事は、瀬里沢が貼った御札はあの二種類だけでは無く、意味の無いモノと思っていた、秋山が指摘した『水鏡神社の御札』どうもこの御札まで偶然べたべたと貼った事で、二種類の札の効果を上手く組み合わせ増幅したようだ……。
何故こんな効果が在ったのかはかなり疑問だが、あの時これも調べるべきだったと今更ながら悔やむ。
「明人、その札は剥がして持っていくのか?」
「ん? いやもっかい剥がすと、もう効果は得られないと思うからこのまま貼っとく。保険じゃないけど、最悪逃げ込める場所を確保しとくのは常套だろ?」
「フッ、それを怠る者の方が多い。それは歴史が証明しているぞ? 明人、お前はやはり俺が認めた男だ」
急に何を言いだすかと思えば……、いい加減静雄の俺に対する誇大妄想をどうにかしたい。俺は単に臆病で、出来る範囲で可能な限り死にたくないだけで、決して静雄の言うような評価を受けるほどの人間では無い。
現に、一度瀬里沢達を見捨てようとしたのだから。
まあ、だからこそ今は個人的な負い目もあってこうして来ているわけで、いうなれば俺の人生と言う名の借金の返済に来ているだけだ。
そこには何ら誇れる物はないし、要するにこうでもしなきゃ良い夢見れねーつーの! 毎夜悪夢なんてまっぴらだし、こんなホラーな現象で人の人生背負ってたまるか!
と言えたら楽なんだけど、静雄にだけはこんな弱みを見せたくない。
俺は臆病だから、静雄には嫌われたくないのだ。
そんな俺の気持ちを、さらりと流すかのように瀬里沢の軽い声が聞こえる。
「あの、二人ともちょっと良いかな? 何だか良く分からないんだけど、秋山君に道順の説明をしていたら、途中から電話口に星ノ宮さんと宇隆さんが出てきて、凄い剣幕でぇ~「「石田(君)! 貴様星ノ宮様(貴方私達)を除け者にして、こんな事を黙っているなど(だなんて)どういう了見か(事なのか)キッチリ説明して貰おうか!(して頂けるのよね!)」」」
瀬里沢の奴、宇隆さんの声量で耳キーンなのか、携帯を持ちながら若干顔を顰めている。
俺にもその声の反響で、サラウンドの様に聞こえたのは気のせいと思いたい。
と言うか今すぐ逃げ出したい、と言うかその逃げる算段を立てていた筈のに、何このループ?
俺にはそんな事も許されないの? 意味が分からん。
何で秋山と喋っていて星ノ宮&宇隆さんペアが出て来るの? 瀬里沢の願望が生み出した妄想の産物(化物)じゃないのか? 俺は混乱する頭でそう考えながら、静雄と珠麗さんに助けを求めるべく顔を向けたが、二人ともに顔を背けられてしまった。
思わず俺は湧き上がるこの気持ちを、言葉としてこう叫んだ。
「この裏切り者ぉー!!」
つづく