75話 瀬里沢邸 門前
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俺と静雄で粗方の事情の説明を聞き終わると、須美さんがここに居ても危険なので任せて帰って欲しいと言ったのだが、逆に物々しい静雄の格好と俺の雰囲気を感じとり瀬里沢の方が危ないと悟ったらしく、頑として着いて行き離れないと言う始末で困ってしまった。
仕方なく静雄と目を合わせ頷き、せめて中へは入らせない良い知恵がないかと、頭を巡らせ言葉を絞り出す。
「だから俺達は、瀬里沢が無事かどうかを先ず確かめる為に中に入るから、須美さんには間違って中へ誰かが入って来ないように、ここから動かずに見張っていて欲しいんです」
「その通りだ、こういう時は中で何が起こっているのか把握する事が肝心。偵察ついでに瀬里沢を見つけた場合、ここに戻れるなら必ず須美さんに合わせると誓おう」
俺と静雄が何とかそう説得し、須美さんには留まって貰おうとお願いした。
その必死さが伝わったのか不安な表情は変わらないが、少しの間俯き次に顔を上げた時には我慢をしているのが窺えたけど、それを極力出さないように頷いてくれる。
「本当に約束してくださる? ごめんなさいね、無理を言っているのは分かっているの。だけど瀬里沢の坊ちゃん方が心配で、……こんな時に学生の御二人に頼らないといけないだなんて、大人として情けないわね」
そう言いながらも、無理に笑顔を作ろうとする須美さんに女性の芯の強さを感じた。
うん、これは何とかして瀬里沢を助けないと俺も静雄も男が廃るな。
……手遅れだった場合を想像したくないわ本当に。
あの落ちた門を見たせいか、静雄は背負って来たスポーツバッグを須美さんに預け、両手をフリーにし身軽になる。
こうして須美さんを門の前に残し、俺と静雄は昨日とは様子が一変した瀬里沢邸へと足を一歩踏み入れた。
体が門を越えて敷地内に入った瞬間、ガクッと何かがブレた妙な感覚に襲われ戸惑う。
「静雄、今上手く言葉に言い表せないけど、凄く変じゃなかったか?」
「うむ、昨日とは当然だが様子も違えば気配もおかしい。真っ昼間なのに夜中に外に出た気分だ」
まさに静雄の言う通りで、日の光はあるのだがまるで明かりのある部屋から、突如ドアを開け暗い廊下へと放り出されたような妙な感覚を覚えたのだ。
しかもご丁寧にさっきまで聞こえていた蝉の鳴き声までピタリと止んで、形は同じ瀬里沢邸の筈でも、違う屋敷に迷い込んだと冗談を言われても、今なら俺は全然不思議に思わない。
ピリピリとした緊張感が静雄からも感じられる程、辺りは妙な気配と静けさに包まれていた。
慎重に歩みを進め玄関は通らずに、屋敷の中の部屋は後にして先ずは広さのある横の庭を通りながら、中の様子を窺うべく様子を見て行く。
最初は中へ入ろうとしたのだが、静雄に止められたので最初は外からの様子見に努める。
息苦しく汗が出て来るのは、決して暑さから出るそれでは無く緊張からくるジットリとした嫌な汗を右腕で拭う。
外の十分な広さをもってしても、これほど抵抗を感じるなら静雄の助言なく屋敷の中に入って探索を続けていたと思うとゾッとする。
仮にアレが出て来ても、不意打ちに反応が遅れあっさりと切裂かれるだろう。
静雄が居て本当に助かったと思う、勿論これからもそう思うに違ない筈だ。
昨日の案内で大きな柱時計の在った部屋の前の廊下近くまで来た。
そこで青い携帯が落ちているのを静雄も気が付き見つけたが、俺とほぼ同時位に発見していたようだ。
「明人、あれは昨日瀬里沢が持っていた携帯に違いない。気配を探った後回収するぞ、何か手掛かりが在るかもしれん」
「了解、ただあそこを見てみろよ。あの横の柱と障子がパックリ切れているぜ、もしかすると瀬里沢の奴ここで襲われたとか?」
そう言いながら屋敷の廊下まで近寄るが、特に何か居るような気配は今も感じない。
静かすぎて逆に不気味なのは変わりないが、不意打ちは無いだろうと思い静雄も左右を警戒し見ながらも俺に続いた。
ジリリリリン ジリリリリン
その時突然廊下に落ちていたその青い携帯から、昔懐かしい黒電話のベルの着信音が聞こえ、その振動で携帯は廊下にぶつかりブブブと鈍い音を立てて、少しずつ横にズレていく。
まるで番犬か何かの様に俺達の接近に携帯電話が反応し、そのベル音で威嚇でもしているかのように感じた。
……そんな事ある筈が無いのだが、携帯に指を噛みつかれるイメージが頭に湧き苦笑が浮かぶ。
念の為もう一度辺りを見まわし、何も居ない事を確かめた後も着信が続いて携帯が光り、表の細い液晶の部分に文字が浮かび上がる。
目を凝らしよく見てみると、この電話にコールしている着信相手の名前が『秋山茜』と表示されているのが分かった。
静雄に目配せのみでどうするかと喋らずに聞くが、静雄も微妙に困ったように眉を顰めるだけだ。
出るにせよ出ないにせよ、何故このタイミングで秋山から出ない筈の瀬里沢の携帯へ着信が在るのか……。
俺は意を決して廊下に踏み込み、その携帯を拾い上げると電話に出るべく顔に近づけようとした所で、その液晶画面に俺の以外の顔が反射し写る。
突如音も無く頭上から、その落下に合わせて刀を振り下そうと構える昨日会ったばかりの、瀬里沢の父親の姿をそこに見た。
俺は突然の上からの襲撃に反応できず、驚愕の表情のまま凍り付いていたが、その刀が俺の左肩を浅く斬りつけた感触と同時に、腹に重い衝撃が来てそのまま仰け反り倒れる。
この間ほんの瞬きする程度の刹那だが、またしても危うく死ぬところだった。
瀬里沢の父親の一撃は避けきれなく、左肩が今も熱く火でも付いた感じだが、それ以上に“蹴られた”腹の痛みとその衝撃で、昼に食べたパンが喉元にまでせり上がって喉を焼く。
味わうのは二度目だが、相変わらずの威力……手加してくれー!
今の静雄の咄嗟の蹴りが入らなければ、致命傷は免れなかった筈だがもう少し優しく助けて欲しいと思うのは贅沢だろうか。
そんな事を考える余裕は実は無く、第二撃が目の前に迫っていてギリギリ顔を左横に向け、地を這うように迫ってきたその切っ先を何とか回避できた。
が、避けきれて無かったようで顎の先が軽く剣先に当たったらしく血が飛ぶ。
未だ鳴り響く携帯電の着信音が、今は酷く耳障りだ。
視界の端に静雄が瀬里沢の父親と対峙するのが見え、俺はそのまま左向きに転がり一端離れようと回転する。
それと同時に背中の方から聞こえたのは、物と物が打つかり合う鈍い打撃音だ。
俺が何とか手を付き起き上がって、振り向いた頃には先程の打撃音の瞬間に、既に決着がついていたらしく、大きく息を吐きだし立っていたのは静雄の方で、床には口から未消化の食い物と胃液をぶちまけ、激しく痙攣している瀬里沢の親父が横たわりながら、白目を向いて「カヒュー」と細い息を吐き出していた。
どうやら静雄的には俺の腹に対しては十分に“優しく”対処されていたと理解する。
もし全力で行ってたなら、多分最初の攻防で俺が床に血飛沫と一緒に床に這いつくばっていたに違いない。哀れ瀬里沢の親父さん南無三合掌。
だが、しつこく鳴っている携帯にげんなりして、痛む腹を摩りながら俺は電話に出た。
「……もしも「遅ーーーい! 何でもっと電話に早く出ないのよ!!」し」
「秋山、お前は人の話を聞かないと、先生からよく通信簿にかかれた口だろ?」
「……う、うるさいわね。今はそんな事関係ないでしょ。それより石田が瀬里沢さんの電話に出たって事は、今そこどこなの?」
「どこって、瀬里沢の携帯なんだし瀬里沢の家に決まってんだろ? 他にどこが在るって言うんだ?」
「変ね、じゃあ何であんたと安永君の電話が繋がらないの? コール音どころか電源が入って無いってアナウンスも出ないわよ?」
「へっ?」
「だから、あんたはいったい“どこの瀬里沢さんの家”に居るの?」
どういう事だ? 俺と静雄の携帯が繋がらない? じゃあ今なぜ秋山はこの携帯に繋がる……ん? このストラップと言うか勾玉? 近くでよく見ると『水』とソウル文字で属性が分かる。
もしかして、瀬里沢が電話で言ってたお守りってこれの事か!?
俺は慌ててポケットに入れてあった自分のスマホを取り出すと、秋山の電話が繋がらないのも納得だ、何故なら俺のスマホは電源すら入らなかったのだから。
つづく