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72話 記憶と小父さん

ご覧頂ありがとうございます。

 私が写真を始めたきっかけは、亡くなった父の影響が強いと思う。

 

 私が住むこの麓谷市は、大きな湖と四方を山に囲まれた盆地にある街。

 昔は鉄道以外の交通機関を利用する際は山を越える為に、かなり遠回りをしないといけない様な中々に辺鄙な所だったが、今ではその山の麓にトンネルが掘られ人の行き来がスムーズになり、時流に乗った人や店が増え新たな雇用が生まれ大きく変化を遂げた。


 でも、私の『時』はその頃からあまり変化する事は無く、未だにこの体に刻まれた痕が消えないように父の最後が不意に甦る事が在る。

 まだ小学生に入ったばかりのあの時、丁度家族で買い物に出かけ帰って来る途中の事故だった。


 この頃はまだトンネルが開通されてなく、工事が始まり開通半ばまで来ていた時期らしいが、他の街から帰って来る私達には本来なら関係のない事の筈だ。

 だが、日も落ちた暗い国道を父の運転する車がライトを照らし進む中、突然“何か”が横からぶつかってきて、避ける事も出来なかった私達家族の乗る車は、ガードレールを突き破り、谷へと滑り落ちて行った。

 もしあのトンネルがもっと前に開通していれば、父が死ぬ事も無く、醜く残るこの私の傷痕も無かっただろうか?


 その時父の苦しむ絶叫が聞こえたのに、目の前で起きている事が当時の私には理解し難く拒絶し、ただ落下していく恐怖と車が崖にぶつかる衝撃に怯えて泣き喚いて気を失い、次に目が覚めた時には病院のベッドの上で、沢山の機械とチューブに繋がれ父が死んだと言う現実と、体に残った傷痕があの時の出来事が夢ではないと私に教えた。


 私は見ていた筈だ。

 最初の衝撃の後、母は既に気を失い何も見ていなかったのは幸いだと思う。

 車にぶつかってきたモノは、それまで見た事も無いモノで私には黒い靄に見えたが、ギチギチと何かを噛み締めるような音と、靄の中から見える無数に蠢く小さな腕や皺だらけの腕が、落ちて行く車の中へざわざわと侵入し、驚き恐怖で顔を歪める父を捕まえると、ガチガチと歯を鳴らす音が混ざり、父の言葉に成らない絶叫と共に目の前を赤い飛沫が彩る。


 私が病院を退院する際父がどうなったのか話を聞いたが、事故のせいで見つかったのは、体のほんの一部のみだったらしい。


 涙は出なかった、ただ恐怖しその場でもう一度気を失ったそうだ。


 私に残る最後の父の記憶に紛れて、そこに居たモノは父を咥えた後にそれを見る私と、無い筈の目が合った途端、こう聞こえた『つぎのばん』父は私に伸びる無数の腕を振り払いながら闇に消えた。


 家に帰り、喪が明け父の遺品を整理しているときカメラに入りっぱなしだったフィルムを、父の友人の写真仲間に最後のフィルムだと言って渡し、現像を頼んでそれが戻ってくると、私が見たモノが、前日に家族で紅葉を写した写真の中に紛れていたが、母がそれに気が付くと全て燃やしてしまい、「忘れるの」と言ったのを覚えている。


 それから私が写真にのめり込むようになった為、見舞いに来てくれた当時の友達は腫れ物を触るかのような扱いだったので、徐々に疎遠になり一人の時間が増えた。

 その時間を使いもう一度アレを写せば、父の敵を取ることになると思いこんだ。

 だが、アレ以来似たようなモノを見る事は無く、周りにも風景写真が好きだと認識されていたが、中学の卒業式の後母が夜中に父のカメラを抱いて、泣いていたのに気付いてから、心配を掛けない為にも一切辞めた。


 それが、私が写真を撮る事を辞めた理由。でも、先日石田君が妙に気にしていた事故現場を見て、もしかしたら石田君も父の様に惹かれたんじゃ……そう考え、もう一度写真を撮る気が湧いた、今度は何か起きる前に“止められるかも知れない”と信じて。


 そう考えて中学の時に使っていたデジカメを持ち歩いていたら、偶然にも瀬里沢先輩の家を出た帰りの道で、アレに似た物が石田君を襲い私はソレを写す事になる。

 昨日は安永君が追い返したらしい、一度安永君の強さを目にした機会に恵まれたが、あんな不可思議な存在にも対抗できるだなんて、ちょっと尋常じゃないと思う。

 殆どおまけで着いていった瀬里沢先輩の家だったけど、そこで撮影した画像にも同じモノが写っていて、こんな私でも役に立てた。


 嬉しかった、もしかすると昨日の現場を巡れば、何かまた手助けになるかもしれない。

 そう考えた私は、若干寝不足だが昼食を食べるとカメラを持って家を飛び出し、昨日の現場に行って道路標識をもう一度撮影した後、近くの民家の傍に人集りができていたので、何事かと思い近寄って見て驚く。


 そこには民家の横に設置されていた自動販売機が、半分になり辺りに中身だったジュースやお茶などの液体が噴出した跡が在り、連絡を受けたのかクレーン付のトラックとその作業員が、落ちた“残り半分”を引き上げていた。

 切り口を見ると、鋭利な物で寸断された様に見え、それは先程写した道路標識と似たような雰囲気を放っているので、あの後件の“幽霊”がまた出て来てやったに違いないと考えた私は、その画像を石田君にメールに添付して送信する。


「そこのお嬢ちゃん、ちょっと良いかね?」


「?」


 野次馬に紛れていた私の肩に、誰かが手を置きそう呼びかけた。

 堂々とカメラを出して撮影したのは、不味かったのだろうか?

 一応振り返り相手を確認しようと考えたが、そのまま肩越しにチラッと見る。


「いや、これは失敬。別に他意は無いのだがこの辺りは“気の澱み”が在るから、あまり近づかない方が良い」


「きの? 澱み?」


 温和そうに見えるその初老の男性は、着流しの着物に足元は草履の和装。

 やはり暑いのか、片手に扇子を持ち扇いでいて割とラフにも見える。


「ああ、お嬢ちゃんには分からんか。それにしても……随分とずれているね」


「……自動販売機?」


 この人の言う意味が良く分からず、先程の寸断され落ちていた方の事かと思い呟くが、どうも違ったらしく、苦笑いで片手を振られた。

 

「あ、いや。お嬢ちゃんの気配と言うか、こんな事を言うのも変だが、気を悪くしないで欲しい。お嬢ちゃんは以前怪我か病気で、死にそうに成った事は無いかな?」


「ッ!?」


 私の事故の事を知っている? 顔に見覚えは無いけど父の知り合いか何かで、私に会った事でも在ったのだろうか。どちらにせよ、何を知っているのか聞こうと思う。


「そんなに怖がらない欲しいな。悪かったね。小父さんは何処かへ行くよ。ごめんね」


「待って、どうして?」


 私がそう呼び止めると、その人は口にしーっと指を当て、左右を見て野次馬から離れ道路の端に寄り、手招きをするので素直に従い着いていった。

 少し歩き、近場の数人の子供が遊ぶ公園へと辿り着くとベンチへ座ろうと提案される。


「本当今日も暑い。座ってでも無きゃ大変だし、それにあまり他の人に聞かせるような話では無いからね。お嬢ちゃんも座ると良い」


「分かった」


 少しばかり遊んでいる子供の声で騒がしいが、かえってこの方が周りには聞こえず丁度良いのかもしれない。

 大人もそれなりに居たので、特に警戒せず隣に座った。


「さて先ずは、お嬢ちゃんは小父さんが言ったように、怪我や病気をしたのは間違いないようだね。じゃあ、今は何故それが分かったのかが知りたい。そうだね?」


「そう、どうして分かったの? 私の事を知っている?」


「ふふ。残念だけど僕はここに来たのは初めてでね。しかも同い年の年甲斐も無く派手好きな友人と一緒にさ。今は散歩中でのんびり歩いていただけだから、お嬢ちゃんの名前を僕は知らないな。良ければ教えて貰えるかな?」


 ~♪ ~♪ ~♪


 ちょっと古めかしい懐かしの曲が流れた。

 どうやらこの小父さんの携帯電話から聞こえる、着信音らしい。

 片手を垂直に顔の前に立て、ウィンクしながら声に出さず唇の動きで『ごめん』と言い、小父さんが電話に出る。

 気にしなくて良いと、首を振り『どうぞ』と同じように声に出さず告げた。


「もしもし、僕だよ。うん、うん。……そうか、ありがとう。明日には捉るって事で良いね? 分かったよ。感謝する」


 プッと電話の途切れる音が鳴り、小父さんと目が合うと柔かな苦笑いを浮かべて肩を竦めるので、首を傾げて答える。


「話の途中で済まなかった。丁度件の友人からの連絡でね、探していた僕の娘の居場所が分かったそうで、それも明日にはこの街に来るって分かって、実はホッとしているんだ」


「娘さんの事が心配だった?」


 私はどうしても知りたくなって、答えなんてわかっている筈なのに聞いてみた。

 小父さんは柔和なその瞳を開いた後、また目尻に皺を寄せ目も細めて嬉しそうに答えてくれる。


「ああ、とても心配した。娘の事を案じない父親は、例え娘に嫌われたとしても、どこにも居やしないよ」


「そう……、ありがとう」


 その言葉を聞いて、私の心はとても暖かな気持ちになれた気がする。


つづく

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