71話 種も仕掛けも御座いません
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母さんに締め落とされてから、時計を見ると午後一時を過ぎていて、ソファーで一時間以上も寝ていたのに気が付き居間を見回すが、人の気配は無く母さんも明恵もここには居ない。
ソファーから立ち上がり、他の部屋を探し見当たらないので、スマホを部屋から持って戻ってくると、居間のテーブル上にある書置きが目に入り、“明人へ”と表に書いてあったので広げて読んでみた。
『“明人へ、母さん達はお隣の大園さんにお昼を誘われたので、明恵と一緒にお好み焼きを食べに行ってきます。明人は呼んでも起きなかったのでお留守番ね。出かけるなら戸締りを確りしてでる事! 守らないと帰ったら御仕置よ”』
呼んでも起きなかったって、誰のせいだよ! ちくしょー置いてけぼりか。
お好み焼き最近食べてないよな……俺も食べたかったな。
ハアと一つ溜息を吐くと、横に小さく追伸が書かれていたのに気が付いた。
『“PS 明人の着けていた腕輪、細工が綺麗だから借りちゃうわね!”』
マジか!? 慌てて右腕に着けていた筈の“清涼の腕輪”を確かめると、そこには何も無くこの書置き通りに母さんは、俺の了解も無く勝手に腕輪を拝借していったらしい。
なんてこった! 幽霊対策には欠かせない物だったのに……待てよ。
確か師匠は俺の事を、“風の要素の素質はある”って太鼓判を押してくれた訳だし、師匠も普通に火の要素を操って左手に火を出していた訳だ、それなら俺も腕輪が無くても出来る筈だよな?
そう考えて試しに明恵の器のへリンクし、その“濁り”を押し流した感覚を思い出そうと、右手の指先から風が吹き出る様に集中する。
ポーズとしてはじゃんけんのチョキの指を広げず、人差し指と中指を合わせて強化する感じで念じてた。
あの時の様に自分のソウルの器から、腕輪は無いが指先を通し風の要素を送り出す感覚でイメージを創り上げながら、雰囲気も大事だと考えた俺は合言葉を唱えて、更に起こす現象を強く思い浮かべる。
「アフ=カ・マアーフ……だったっけ?」
そうすると、キンッと俺の中で何かが鳴り、カチリと嵌め合わさった感覚を覚え、指先からしゅるしゅると細い糸が渦巻くように風の流れを感じ、上手くできた! と知覚する。
だが、その瞬間頭の中に以前にも聞いた事のある、あの声が響く。
《ソウルの器より風の要素を引き出す事を確認。風の要素の操作を習得しました》
毎度の事だがこの声を聴くと、さっきの達成した喜びと感動が途端に白けたし、同時にその中途半端な説明と全くフォローがされない事にイラッとした。
誰かに見られている? そんな考えが浮かぶ俺は、相当“ひねくれている”とも言えるのだが、どうしてもこの声を聴くたび胡散臭く感じる。
『窓』を初めて開いた時や、ソウルの器の解放の時も含めて言える事だが、何故俺に? と考えるのは仕方が無い筈、きっと師匠に相談してもこればかりは答えは出ないと思う。
取りあえず今はこの折角覚えたばかりの感覚を忘れないように、庭に出てもう少し練習だ! 流石に家の中で練習して、また何か壊せば今度こそ俺の息の根を、怒り狂った母さんが止めを刺しにくるに違いない。それだけは勘弁な。
――暫く庭で体を動かし何とかコツを掴んで庭にある木の枝を、何本か剪定鋏で伐ったくらいの風を使えるようになったが、狙いをつけるのが意外と難しい。始点は指先だが“薙いだり振り下したり”色々試したけど、操る風の先端がよく分からないので、切り離し飛ばしたりして当てるのが非常に難しく慣れないのだ。
途中唱える合言葉を変えたりしてみたが、最初の「アフ=カ」を外すと上手く風が吹き出なく、師匠が無言で火を操っていたことを考えると、他にも何か理由が在るのかもしれないが、詳しくは分からないのが現状。
最後に俺の意識が飛ぶ前のあの凄まじい風が出ないか試したが、全くと言ってよいほど、風の要素を引き出せない結果で終わる。
結局一時間以上何度も腕を振るったり動きまわったお蔭で、もの凄い空腹感が襲ってきた為に一端休憩にし、先ずは何か食べる事にした。
そう言えば、親父は冷蔵庫壊れたって言ったけど確かめてなかったな……って、もしかして壊れたら“あっち側”と繋がらない何て事は無いよね?
台所に走り、冷蔵庫の前に来てみるがあの独自のヴーンと鳴るモーター音が聞こえず、恐る恐る開けてみると扉の中は整頓され、入っていた中身が殆ど無くなっている。在るのはペットボトルに入った飲み物や、冷やさなくても問題ない物くらいしかない。
あっち側と繋がる為の割符は部屋だったのを思い出し、まだ繋がりが途切れたかは分からないが、確かに壊れたのは間違いないようだ。
他の入っていた物はどこに行った? と思ったが、直ぐ横にクーラーボックスが目に入ったので、きっとこの中に入れているのだろう。
……分量的に大きさに合わないので、入らない分は泣く泣く処分でもしたに違いない、そりゃ母さんもマジ切れする訳だ。
料理をする気力も湧かなかったので、仕方なく台所に在った明恵が食べ残していた残りの食パンを、何も塗らずモソモソと食べる事にした。
「風の要素を扱う感触は何とか掴めたけど、本当に“幽霊”に効果在るのかな?」
パンを齧りつつ、師匠が言った“多少の力を持つ相手”の範疇にアレは納まる奴なのかが疑問で、ついそんな独り言を呟く。
何と言っても“幽霊”と言う枠に入る様な、尋常ではないモノの強さなんて計れる程相対した事なんて在る訳も無く、師匠の言う多少がどうにも心許無いので不安を覚えてしまう。
相手は通常“見えない”上に、鉄でできた道路標識を半ばまで斬るような化物なのだ、仮に刀を持たされて同じように斬ってみろと言われても、普通の人間に出来る様な技では無いので、それを“やれてしまう”相手が多少の強さであるとは思えない。
ヴー ヴー
「んあっと、メールか……相手は黒川? 何かあったのか?」
『“昨日“幽霊”に襲われた現場が気になり見に行ったら、あの時斬られた道路標識以外にも、近くで“自動販売機”が鋭利な刃物みたいな物で寸断されてる事件が起きていた。他にも瀬里沢先輩の家へ向かう途中に物が壊れているらしい、見物人に紛れてそれを写してきたから、画像を送る”』
張り付けられた画像を見ると、冗談抜きに自動販売機が綺麗に斜めに斬られて、回収作業中らしく、トラックに落ちた半分が乗せられているとってもシュールな画像と、他に看板や塀等斬り込みの入ったモノ。
これは俺らが瀬里沢の家に行ったせいで、刺激してしまった結果だろうな。
今の所関係者以外に人的被害が無いのは、不幸中の幸いだろうか?
……やってみないと分からないが、先ず一人では絶対に勝てないと思う。
この画像を見て半ば予言とでも言えるような確信を持っているので、やはり静雄の協力無しでは上下二分割される自分の姿が簡単に予想できる。
でも、今の俺と静雄の二人でなら何とか出来るのだろうか?
昨日あの“幽霊”と会った時点では、絶対に勝機が無い“完成しないパズル”だったから瀬里沢の事を切り捨てたが、今は“何とか出来る”かも知れないピースを拾っちまった。
それに昨日は何とか撃退したとは言えアレが“もう襲ってこない”理由は無く、ソウルの器を解放した俺は勿論だが、俺の不注意で明恵のソウルの器の解放をした為、明恵も相手に狙われる恐れがあるのだから、何とかする責任が俺にはある。
古今東西、物の怪って奴は夜に元気に成る訳で、昼間でも相手を“見る事が出来る”アドバンテージを生かして、今の内に先手を打つのはどうだろう?
拠点は移してないみたいだし、ヤバかったら明日の昼間で逃げるつもりだ。
まだはっきり言えば怖いし不安は拭えないが、もう少し練習をして暗くなる前に静雄に連絡し助けてくれって頼み込んで、瀬里沢の家へ向かう事にしよう。
仲間の皆が安心して眠れる夜を迎える為、……瀬里沢の奴の手助けはあくまでもオマケだ。
つづく