70話 タフな女性たち
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はっ、と目を開き周りを見る。上半身を起き上がらせると居間のソファーの上だった。
あれ? って、……そう言えば俺って母さんに例の如く、プロレス技ので落とされたんだっけ? 相変わらず母さんの御仕置は容赦がない。そりゃ親父も逃げるよな~仕事前にこんな技掛けられたんじゃ、たまったもんじゃないだろうし、俺だって御免だ。
何で親父は母さんと結婚したんだろ? 確かに普段は優しい良い母親だとは思うけど、中学に上がってからの御仕置が、毎回アレだと流石にキツイと言うか虐待一歩前だと言いたい。
小学生に上がった明恵に関しての御仕置は、技と言うよりはプリンを取り上げかウメボシの刑が待っている。プリン禁止は嫌だと明恵が怒鳴って、代わりにウメボシの刑を食らった時はあまりの痛さにギャン泣きしていたな。
今思い出しても酷いと思うが、俺も昔通った道だから良く分かる。
初めてアレを食らった後明恵の奴暫くの間、母さんから逃げ回って、親父や俺に抱き付いていたっけ……。
さっき見た明恵の様子だと、割かし大丈夫っぽかったし早めに話しておくか、まあ兎に角一つ言える事は母さんが怒ると、うちの家族の中じゃその怒りを鎮めるのに、言葉では誰も止められないって事だ。
母さんが言っていた「痛くしなければ覚えません」って一体誰の薀蓄だよ。
どこの偉人の残した言葉か知らんが、意味は分かるけどえらい迷惑を被っている俺らとしちゃ、正直全然有難くない。された方の意見が取り入れられてないよ!
まあ母さんの事はさて置き、きっと今でも待っている筈の静雄に連絡しなくちゃ……今って何時だ?
酷い寝汗で目が覚め、時計を見たら十四時を丁度過ぎた時間だった。
昨日はあんな事が在って、石田に無理やり安永君に私を押し付け家まで送って貰った後、顔色が良くないってお母さんに心配されて、湯船には入らないでシャワーだけを浴びて直ぐに部屋まで戻ったけど、どうしても眠れなかった。
だから、舞ちゃんに電話をして日が昇る朝まで付き合って貰ったんだっけ。
舞ちゃんが写していたあのデジカメ写真本当に怖かった、これも全部あの石田のせいよ!
けど、舞ちゃんには眠いのに悪い事しちゃったかな? それに怪我をしていたのに、私の事を家まで送ってくれた安永君には別れ際にお礼を言ったけど、もう一度別の形でお礼をした方が良いわよね。
もう二時過ぎか、明日瀬里沢さんのお屋敷に皆本当に行く気なのかな? 安永君を怪我させたのが“幽霊”の仕業だなんて、言われただけじゃ絶対信じなかったけど、実際に見ちゃったら否定できないし、何よりあの何かを引き摺るような地面を擦る音、私にも聞こえちゃった。
まだ耳に残っている嫌な音、私だけ行きたくないって言っても許してくれるかな……?
こんな風に縮こまって膝に顎を乗せて考え込むのなんて、いつもの私じゃない。
いつだって、気になった事や分からない事は調べないと気が済まないもの! そうよ! このまま何も知らないで、ずっと怖いって気持ちを抱えて過ごすだなんて嫌! 私には無理。
こうなったら片っ端から調べて行って、絶対に何とかしてやるんだから。
そうと決まれば、先ずは瀬里沢さんが言っていた菅原って人から情報を集めてみようかしら、そもそも瀬里沢さんがどうやって菅原って人と知り合えたのか、……確か瀬里沢さんが所属しているモデルの事務所の名刺、前に要らないって言ったのに、押し付けられて貰っていたわね。
ダメ元で瀬里沢さんの名前を出してちょっと聞いてみて、何か分かればそこからまた探ってみれば、きっと何か分かる筈だわ。
逆に分からないって事が“分かる”だけでも十分、他に手を探せば良い訳だし……早速やるわよ~! 秋山茜行動開始ね!!
行くわよ私! 大体見えもしない“幽霊”なんて生意気よ、そんな奴どうせ石田の頭みたいに、中身はスッカスカのピーマンに違いないんだから、ボッコボコにして吹き飛ばせばいいのよ! よーし、やる気湧いたわー!
「もしもし、葉山モデルリストファッションエージェンシーですか? 実は私、そちらに所属している瀬里沢……」
参ったわね、私が倒れている間にそんな事が在っただなんて、石田君達も直ぐに連絡してくれれば良かったのに、って思うのは単なる私の我儘かしら?
それにしても“幽霊”ねぇ、星ノ宮も古い家柄で色々不可思議な力を持っているし、他の家の者も変わった力を持っているから、存在自体を否定したりはしないけど、真逆周りの人間や私自身がそれを知る対象になるとは、思いもしなかったわね。
真琴の報告だと私が倒れたのも、どうやらあのパーティー会場で会った瀬里沢さんのご両親もとい、あの人方に取り付いていたモノの影響を受けたせいで、私の“気”が弱ったせいで倒れてしまうだなんて、……真琴は平気だったのにそれに耐えられなかったのが、とても屈辱だし許せないわ。
「ねえ真琴、私が倒れたのに貴女や石田君達が平気だったのには何か“差”でもあったのかしら? どう思う?」
「それは……私が考えるに気の巡らし方と言うか、ある意味“図太さ”が原因ではないでしょうか? 私や安永に関してはそれなりに鍛えているせいもありましょうが、石田や黒川に秋山の三人に関しては、特にそのような話は聞いたことが在りませんし、こう言っては難ですが奏様とは違い繊細さが無いからでは?」
繊細さね、そんな物がいざと言うときに何の役に立つと言うのかしら? どこかの物語の様に、儚げで弱々しいお姫様には必ず助けに来る王子様が定番ですけど、本当に現れるか分かりもしない輩を頼り、況してや敵とも呼べる相手の前で無様にも倒れるだなんて、星ノ宮の人間としては許されざる事ね。
何か良い対抗策を考えないと、……そう言えば石田君達はどうやって件の“幽霊”を退けたのかしら?
「真琴、石田君達はどのようにその“幽霊”から助かったの?」
「はっ、何でも『硬い物をぶつけた』としか私も聞いていませんので……」
「えっ?」
「ですから、相手の“幽霊”に硬い物をぶつけて退けたと」
……知らなかったわ、噂話や怪談などで“幽霊”に関して耳に挟んだ事はあるけれど、真逆物をぶつければ退散するだなんて、目から鱗が落ちるってこういう事なのかしらね?
真琴も自分で言った事なのに、どこか納得のいかない顔をして私を見ているし。
「今度、投球の練習でもしようかしら……投げる物は硬ければ何でも宜しいのかしらね?」
「それは私にも……いっその事、奏様の御加減がよろしいのなら石田に連絡でも取ってみては如何でしょう? 何かしら有意義な情報が得られるやも知れませんし」
「そう、ね。善は急げとも言うし連絡、してみてもいいわ」
真琴が勧めてきたんだから、私から連絡をしても別に変では無いわよね? そう、これは純然たる星ノ宮の者として行うべき対処法を知る為の事ですもの、何も問題は無い筈よ。
それでは、連絡を……。
ヴー、ヴー
「わっわたくし、別に焦ってなどいなくてよ!」
「奏様、落ち着いてください。表示を見る限り田神からの連絡のようですが、取りましょうか?」
「ま、任せるわ。電話に出なさい」
「はっ、では。……もしもし田神だな、私だ真琴だ」
全くこんなタイミングで連絡が来るだなんて、なんて間の悪い。
ああもう! 真琴の前で驚いて落としてしまうなんて恥ずかしいったらないわ。
田神もいったい何の用で連絡などしてきたのかしらね。
「奏様、どうやら田神は高野宮様が動いたのを掴んだようです」
「高野宮の小父様がねぇ、例の連れてきたと言うお客様と一緒なのかしら?」
「田神の言うには今は一緒では無いそうですが、どうされますか?」
幽霊の対処も問題だけど、先ずは分かっている方を片付けるのが先決ね。
仕方ないけど、石田君達に連絡はその後でも大丈夫な筈。
田神には手数だろうけど、そのまま追わせましょう。
「真琴、田神に後を追わせなさい。足取りを追って合流場所が分かれば、状況次第ですが私達も行きましょう」
「そう伝えます。田神聞こえていたか? では奏様の指示通りに頼むぞ」
全く、変なところで邪魔が入ったものよね。
それにしても高野宮の小父様、本当に何の用で来たのかしら?
つづく
12/13 更新したのは良いけど、文章で変な点があったので修正しました。