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69話 強さの基準

ご覧頂ありがとうございます。

 冷蔵庫が壊れたショックで親父は力尽き(死んではいない)、「明人、……掃除頼む」とだけ言って明恵を抱いて二階に上がっていったが、その背中は一気に老けたかのように見えた。

 買ったばかりでローンがまだ残っている事も原因だが、冷蔵庫が壊れた事で母さんの機嫌が悪くなるのと比べると、あきらかに親父の危惧の比重は後者だと思う。


 親父が二階に消えたのを見送った後、俺は冷蔵庫の修理保証期間内だけど修理費用は全額対象で効くのだろうかと考えながら、台所の床に残る水を全て拭き取り終わった頃には外が既に明るくなっていて、朝の五時を回っていた為今日が土曜休みで幸いだった。

 掃除の間はその前の事が在り眠気も吹き飛んでいたが、流石に限界が来て俺も自分の部屋に戻るとベットに入った記憶から先が無い。



 ――暑さで目が覚めて枕元にある目覚まし時計を見ると、十一時を二十分ほど過ぎていた。

 6時間近くは眠れたようだが、体を起こそうとして節々が痛むのに気付く。

この痛みは台所をしゃがんで掃除をしたせいに違いなく、たかが掃除で筋肉痛になったらしい特に腰と太腿にきている。

 ……仕方なく痛みを我慢し起き上がるが、俺って運動不足だったか?


 普段なら休みの日でも明恵は俺を起こしに来るが、ある意味死にかけたとも言え、まだ体力が戻っていなく寝ているかもしれない。

 後で様子を見に行って、起きているなら昨日の事を説明しなければならないだろうな。


 そう考えながら寝ている間に誰かから連絡が来てないか、制服に入りっぱなしだったスマホをポケットから取り出し確認すると、意外にも黒川と静雄からメールが届いていた。


 内容を読むと静雄は俺との約束通り、秋山を家まで確りと送り届け念の為近くに残り一時間ほど警戒しながら、辺りを見張っていたらしい。律儀な奴だが夜中に一人で見張りをしていたなんて、あいつの肝はどんだけ太いんだ?

 襲われた直後とも言えないが、静雄は何の装備も無いのにアレが現れたら、一人でも迎え撃つ気だったのだろうか? 俺とは違いマジで勇者だな。

 しかも、最後にこんな事書きやがる……。


『明人、お前は以前の様に簡単に諦めた訳じゃなく、俺達の為に瀬里沢の事を切り捨てた。本当は黒川の時の様に何とか助けたかったんだろ? もし俺の考えが間違ってなければ連絡を待つ』ってどんだけよ! 静雄は俺の事を買い被りすぎだ。

 ……気持ちは嬉しいが、俺はお前みたいに強くは無いよ。


 静雄への返信は保留し、黒川からのメール内容を確認する。

 俺達と別れたあの後、秋山から電話が在り眠れないと朝方までお喋りに付き合ったらしい、秋山の奴余程怖かったんだな……って当然か。

 誰でもあんなモノが知らないうちに近寄ってきて、襲い掛かって来るかも知れないと考えたら、さあ寝ましょって普段通りに眠れる筈がないよな。


 改めて考えてみると、秋山以外の仲間は割と神経が図太いに違いない。

 ……そう言えば、宇隆さんは星ノ宮が倒れたとか電話で話していたけど、実は普段は割と強がっているが、アイツが一番この手の話苦手だったりして。

 静雄のメールへの返信……どうしよう。

 重くなる気分を変える為、先ずは明恵の確認がてら母さんのご飯でも食べよう。


 何とか気を取り直し、俺は明恵の部屋へと向かいドアをノックするが返事は無い。

 まだ寝ているのか確認しようと中を見ると、誰も居なかった。


 あの状態だった明恵はもう回復したのか? そう考えると師匠の火の要素を使った施術は、あの時に聞いたように実際に砂漠で行き倒れた人に、試した事が在るに違いない流石は師匠だと凄さを実感したが、ついでにシャハとか言うトカゲの事を思い出しイライラが再燃する。

 最後師匠に幽霊の対処法を聞いた時、絶対奴は鼻で笑って俺の事をバカにした。

 このままあのトカゲ野郎に、バカにされたままじゃ気が済まない!

 師匠から折角“清涼の腕輪”を借りたんだし、こうなったら幽霊をブッ倒して見返してやろうじゃねーか!

 そう気合を入れた俺は、嵌めたままだった腕輪を一撫ですると階段を下りて居間へと向かった。


「母さんおはよう。何か食べ……」


「おはよう明人、母さんね。聞きたい事が在るんだけど、良いかしら?」


 居間に降りると母さんがソファーに座っていたので声をかけると、開口一番そう聞かれた。

 顔は笑顔のまま微動だにしてないが、肌にピリピリと感じる張りつめた空気、アレは怒りを何時でも放てる様に抑えているに違いない。離れているのにかなりの威圧感を受ける。

 俺は助けを求める様に目だけを動かして部屋の中を視線が彷徨うと、台所に子豚を抱えて微妙に怯えた風に見える明恵が、袋から取り出した食パンを何も塗らずに一人で齧っていた。


「えと、明恵。……その、大丈夫か?」


「明人、母さん返事を聞いてないんだけど」


 こええええ! 母さんマジ切れしてる!?

 普段なら別にこんな事で、会話の流れをぶった切って追及してくる事は無いのに、今は口だけ笑って目が笑ってない。うちの母さんはとても器用で居らっしゃる……。

 明恵はその声にビクッと肩を震わすと、急いで食パンを口に詰め込もうとしていた。


「めめめめっそうもないっす。何でも聞いてください!」


「そう、明人は嘘を吐かないわよね。母さんね、父さんは冷蔵庫が壊れたのは明人が原因だって言ったんだけど。本当かしら?」


「……えっ!?」


 あんのクソ親父ぃ~! 台所の掃除は俺が全部したのに、冷蔵庫の事は俺に全部擦り付けてさっさと仕事に行きやがったな!!

 冷蔵庫が壊れたのは俺だけのせいじゃない筈(希望)、だって買って直ぐ壊れる冷蔵庫が悪い! いや、あの冷蔵庫を勧めた電気屋の店員が悪いに違いない!(断定)


「真逆! 俺が冷蔵庫を壊す理由なんて無いです。きっと電気屋の持ってきたこの冷蔵庫が悪かったに違いないです。そもそ一カ月も経って無いのに壊れるのがおかしいデス!」


「ハァ、明人。母さんね、嘘を吐く子には御仕置きが必要だと思うの」


「ぎゃあああああ! 何で? 何で俺の言ってる事が嘘っだって分かるの!?」


「……お兄、いつもとはなし方ちがう」


 あーきーえー! そう言う事はもっと早く言い……って、母さんの前で言ったら意味ないやん!!

 明恵は母さんの顔色を窺いながら、気持ち椅子を引いて離れようとしている。


「明人、母さんあなたが正直に話してくれれば、怒らなかったのよ」


「えと、その御免なさい!! あと三日、あと三日在れば同じ冷蔵庫の新品を用意します!!」


 言っちまった。母さんの説教(物理的)が怖くて、つい三日で同じ冷蔵庫を用意するって。

 明恵が大人しく食パン齧っていたのも、母さんが怒りを溜めて朝食を用意しなかったのが原因に違いなく、それにもっと早く気が付いていればこんな事に成らなかったのかもしれないのに!


「明人、母さんね、出来ない約束をするのも、嘘と同じだと思うの」


「いやいやいや、待って! 本当待ってってば! 明日俺静雄とバイトでお金が入るの! お願いだから待って!」


 俺が静雄の名をだし、バイトで金が入ると言うと母さんはきょとんとした顔に成り、首を傾げながら人差し指を頬に当て「んー」と唸りつつ俺を見つめる。

 これは僥倖ありがとう静雄! 何とか、俺って助かった?


「そう、分かったわ。冷蔵庫の事は待つけど、母さんに嘘を吐いた事はダメ。許しません」


「ええ!? ちょっまっ!」


 視界の隅に映った明恵が慌てて椅子から降りて、子豚を抱きつつ階段を駆け上って行くのが見えた。

 その間蛇に睨まれた蛙の様に動けなかった俺の前に、ソファーから立ち上がった母さんが俺の目の前に立ったと思った瞬間、俺の右手を掴むと同時に腕を前に引っぱり、母さんは自分の左足を俺の首に絡みつけ、バランスを崩された俺はそのまま床に引き倒される。


 その一瞬の隙に組み倒された俺は、何とか母さんの足を外そうともがくが、簡単にあしらわれ母さんはもう片方の脚で、俺の肩と頭が抜けないように更にキツク固定してきた。

 不味い! このまま黙ってやられてたまるか! と思うが声に出す余裕は無く、母さんはそのまま容赦なく、両膝で頭と肩の間にできた隙間を縮めていく。

 成す術の無くなった俺は、母さんの内腿と俺自身の肩で頚動脈を極められ、俺の意識の最後に浮かんだ言葉は、うう、こ、この技は“トライアングル・スリーパー・ホールド!?”

 そう、以前宇隆さんが館川を羽交い絞めした時に、俺の頭に浮かんだ技名“ドラゴン・スープレックス”は、その二週間前母さんに御仕置された時の技名だったのだ。


つづく

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