6話 鼻せば分かる
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――昨日秋山に殴られた鼻は腫れも無く血も止まっているけど、まだ少し疼痛がありイラッとする。
今思い出すとあの時の秋山のパンチは素早く、すっかり油断もしていたが俺には全く見えなかった。
奴の右拳はもしかすると世界を狙えるかもしれん、と……まあくだらない話はここまでで。
俺は家族に例の事がばれない様に念のため、あの爺さんと冷蔵庫で出会った時間まで粘り、一時間に一度のペースで台所に見に行ったが、結局何度冷蔵庫を開けても『向こう』と繋がる事は無かった。
そのせいで家族に変な目で見られ、妹なんて寝る前に「お兄、私のプリン食べたら罰金!」なんて言われ、親父には「お前は明恵より落ち着きが無いな」とトドメを指された。
おかげで若干寝不足気味で今日は頗る眠く、余り回転の良くない脳で現在学校へ通学中だ。
あと朝食を片付けた際に、母さんから通帳を預かり昨日頼まれた買い物の内容をもう一度確認されたが、流石に半分寝ボケた俺でも人参と豆腐二パックくらい流石に忘れないぞ! ……ないんだからね。
夜に親父の帰宅後、あの冷蔵庫の値段を聞いてみたら「なんだ? 明人もしかして冷蔵庫に何かしたのか? 母さんに怒られるぞ?」と言われ、更に「あれは高い買い物だった。冷蔵庫なんてどれも一緒じゃないか……」と、母さんには聞こえないように愚痴を零し、ため息をついていた。
値段に関しては「あれはな~消費電力が」と言い始め長いので省略、結果六回の分割払いの十七万万六千二百円だと肩を落としながら語っていたけど、よくもまあキッチリ覚えていたもんだ。
俺が十五万ちょいと記憶していたのは、母さんが「現金払いだと安くなるのかしら?」と値段交渉していた時、某電気屋店員さんの引きつった顔と声が印象だったからに違いない。
俺が歩きながら「う~む、目標額が十五万から十七万へ遠退いてしまったか……」と呟いていると、ガシッと肩を掴まれ振り向くと相手は静雄だった。
「おはよう明人。顔は腫れてないがかなり眠そうだな。昨日の本はそんなになる程凄い物だったのか? 目の下に隈ができているぞ」
「おはようさん静雄。なあ、お前は一々俺を捕まえないと挨拶できんのか? それとこの隈は単なる寝不足だ。確かに秋山のせいで痛い思いをしたが、未知の領域を知った俺はまた一つ大人になった。アレは実にけしからん内容だったが……」
と、ここで自分で話した秋山の名前で奴が逃げ帰った事を思い出し、俺は口を閉ざす。
秋山はパンチが強いだの俺に絡むとか男女等言ったが、奴は基本的に人付き合いが良くそれなりに顔が広いので、クラスの女子以外にも色々と情報源的人脈があったりする。
そんな奴に例の本を購入した事を知られ殴られヘンタイとまで罵られて、俺は学校と言う狭い社会の中、その人口の半分を占める女生徒が敵に回る可能性を今更ながら気付き、胃がキリキリと締め付けられじっとりと冷や汗が滲みでてくる。
「な、なあ静雄、秋山の登校時間って早いんだっけ?」
「ん? そうだな。奴はいつも俺達よりもかなり早く来ている筈だ。他のクラスの友人にも朝顔を出し、俺たちのクラスに戻ってくる。マメな奴だ昨日の朝もそれで途中から横に居ただろう?」
「クソー! 既に先回りされていた! 秋山は俺の事はどこに居ようと平気で罵るくせに、どうして奴はそんな所だけ良識があるんだ! 俺に未来は無いのかー!」
俺の叫びのせいも少しはあるだろうが、周りの通学中の生徒達がチラッと見てくるので、見た目だけは凶悪プロレスラーな静雄が横に居るから、注目を浴びるのも当然だとばかり思っていたのだけれど、少しすると俺達が何のリアクションも起こさないので、周りの生徒達はまた普通に隣の奴と話し始めたり何でもない事のように歩きだす。
そんな周りを一瞬見回し窺うと、静雄は腕を組んで頷き俺を見る。
「俺が思うに明人はそのどこでも叫ぶ癖を改善すれば、少しは周りの評価は変化するだろう」
「ちくしょー! 一番近くにいる俺の親友までそんな評価かよ!」
「諦めろ、こればかりは自業自得だ」
「そこまで言うか! どうしよう急に俺は今、教室の扉を開けるのがとても怖くなった……」
そんな話をして歩いていれば、当然学校の門が近づいてくる。
俺は遠い目をしながら校門を通過し、静雄と教室へ向かった。
――教室の扉を開けると、外にまで聞こえていた声は止まりシーンと静まり返る。
中に居た騒がしかったクラスメイトは皆一様に黙って無表情になり、その一切の感情を映し出すことのないガラス玉の様な無機質な目で、冷たく俺を見つめる……なんて事は無く、普段通りの煩い教室だ。
自然と俺は秋山の姿を目で探すが、今奴は教室内には居ないようだ。
静雄の話の通り、この時間は他のクラスでお喋りでもしているんだろう。
その話題のメインディッシュとして、昨日のネタが添えられてない事を祈りつつ俺は自分の席に着いた。
静雄も前の席に付き、鞄を降ろすと一度立ち上がり俺に向き直す。
コイツは体がデカいため座ったままだと、どうしても座りなおす必要がある。 要は後ろを向くには机との間が狭すぎるのだ。
「明人、お前は昨日の事を気にしている様だが大丈夫だろう。秋山も流石にプライベートな事でとやかく言ったり、その事を周りにベラベラと話すような軽薄な奴ではない筈だ」
「んあ、うーん。まあ、そう言えばそうか……奴は女の風上にも置けない様な男らしい女だしな。奴のパンチは世界を狙えるかもしれん程だし、そんな男らしい奴が女々しく人の陰口など口にするはずがないな。そうだよ、よく考えりゃあいつは陰でなく、堂々とその場で俺を罵るもんな!」
静雄の話で俺は納得し、気分が軽くなったので一気に口の滑りも良くなった。
何故か話を聞いていた静雄は、途中から目を瞑り沈痛な表情になる。何故だ?
「あら、おはよう安永君。そんな表情は似合わないわよ、今日も良い天気だし体育のプールはさぞかし気持ち良いでしょうね」
とても良い笑顔の秋山が俺の横に立って、気分良く楽しそうに静雄に話しかけるが、俺には秋山の背中に何故か『ゴゴゴゴゴ』と言う漫画で言う擬音効果と集中線が見えた様な気がした。
「う、うむ。そうだな今日は良い天気“だった”」
「お、おは、おは」
俺はおはようと言いたかったが、おかしい。
思うように口が上手く動かないし、そして何故静雄の返事は過去形?
「そして石田、あんたにはこの言葉を贈るわ『口は禍の門』てね。あんたがそんなに私の陰口を聞きたいなら、あんたは『人の噂も七十五日』って言葉を嫌って言うほどよく味わう事が出来るわよ?」
「ま、まて。おは、おはな」
俺は慌てて秋山に「まて落ち着け、話せばわかる」言いたいのだが、口が痙攣して全然言う事を聞いてくれないので、既に涙目だ。
「けど、その前に~本当に“私のパンチが世界を狙える”のか、試してあげるわ! ご希望通りあんたのその鼻でねっ!」
「は、はなーーーー!」
あ、見えた。見える! 俺にも秋山のパンチが見切れたぞ!
俺は何故かその時昨日は全く見えなかった筈の、秋山のパンチの挙動から腕を引き拳に回転が加わる過程までが、鮮明に言うなればスローモーションで見え知覚できた。
これなら躱せる! まさか俺の方が世界を狙える目を持ってい……そこで俺の世界は暗転した。
ちょい短い&話が進んでませんが、そんな日もあると言う事でお願いします。