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62話 見えない糸

ご覧頂ありがとうございます。

 ――着替えも済み会場に入ったのだけど、いくら忙しい父達の名代として来たにしても、一歩踏み出したばかりだと言うのに、既に帰りたい気分で一杯だわ。

 それと言うのも、星ノ宮から別れた分家の次期当主が何故か目に映ったから。


 あの様に派手な白のスーツを着こなす感性は、正直私には分からないと言うか分かりたく無い。

 一体どこの結婚式から抜け出してきた新郎でしょうね? それとも、よくある任侠集団の映画にでも出てきそうな、若頭と言ったところかしら? 背も高いのでそれくらいは目立つし、嫌でも人目を引く何かを持つ人物ではあるのよ。


 星ノ宮の分家である、あの高野宮(たかのみや)の叔父まで来ているなんて話は聞いていなかったのに、入り口に立つ私を見かけた途端、叔父に群がっていた大人たちは、蜘蛛の子を散らすようにそこからパッと離れた。

 私が来ない間、どんな話をしていたのか予想が付きそうな動きで呆れてしまう。


 叔父は表情にこそ出てないが内心でどう思っているのか……、私のような小娘が本家の力を引き継げたことを面白く思っている筈が無いので、祖父からの伝授が済んで以来、顔を合わせるこのような場ではあまり会う事も無かったのに、一体今日はどんな心算で来ているのやら。

 向こうもやっとこちらに気付いたのか、それとも“ふり”なのか相変わらず笑顔の表情を一切変えることなく微笑んでくるのが、非常にワザとらしくて気分が悪い。


「これはこれは、本家の奏様におかれましては御機嫌麗しく」


「御機嫌よう高野宮の叔父様。それと止してくださらない? そのような畏まった挨拶は、若輩の私には不要の筈。いくら代わりにここに来たとは言え、私は祖父や父とは違いましてよ」


 私のその言葉のどこが面白かったのか理解に苦しむが、一瞬両目を見開いたかと思えば両手を広げゆっくりと首を振った跡、肩を震わせ口を押え声も押し殺し笑い出す始末。

 ……大袈裟なその素振りが更に目立ち、まるで役者のようで滑稽ね。

 やっぱり私は、この叔父の事がとても苦手だ。


「いやはや、何を仰るやら。当主である亜雅人(あがと)様から、正式な伝授でその力を授かったのは奏様、貴女ではないですか。単なる継承の儀で次ぐだけなら貴女の御父上である、時康(ときやす)殿や御弟妹が居れば十分でしたでしょう? 伝授で授かれる者こそが、本来その家を継ぐべき者の資質を持っている訳で、その条件から言えば、奏様こそ次期当主であらせられる」


 めったに会う事の無い叔父は慇懃にそう述べる。

 言っている事は間違いないけれど、こうした場で祖父の次に当主になるべく父を差し置いて、私を持ち上げる事で星ノ宮を貶めているのが分かり、顔に出さないように努めるが怒りが湧く。


「そう言う事でしたら、このような場で言うのではなく星ノ宮の当主である、祖父に言って下さらないと。もっとも、その面会も叔父様が頼んだところで合わせて頂けるかは、全く私は存じ上げませんが」


「っ! ……まあ、私が亜雅人様に会える会えないどちらにせよ、奏様の御父上である時康殿が他の弟妹にどう思われているか、貴女も知らない筈はないのでしょう? 次期当主が誰に選ばれるか決めるのは、貴女の御父上では無い事は確かですからな」


 そう捨て台詞を残して、高野宮の叔父は会場の奥へと行ってしまったが、確かに父の弟妹である叔父と叔母は、長男である父を次期当主と認めるとは正直思えない。

 それぞれ星ノ宮の力を継承して、当主に認めて貰う為に働いてはいるけど、星ノ宮家を纏める祖父は、未だに次期当主を誰に継がせるか指名しては居ない。

 能力的な面で言うならば、力を増やし次に伝える力を考えると私が一番なのが、少々問題となってきている。面倒な事ね。

 その為父は別として、叔父叔母には煙たがられ従兄弟どうしもあまり仲は良くなく、昔から星ノ宮家に仕えてきた宇隆の家から、真琴が護衛も兼ねて一緒に居る訳だし……。


「奏様、あまりお気に召される必要など在りませぬ。あの方もやっかみ半分、御幼少の砌、奏様が亜雅人様から伝授された事が、未だにしこりとなって残っているのですよ。もしかすれば本家と分家の力関係が、変わるかもしれないと抱いていた希望が成されなかったせいで、諦めがつかないのでしょう」


「ええ、きっと真琴の言う通りなのでしょうけど……。態々それだけを言うために今日顔を見せに来たのかしら? 他に何か理由があったから本家のある麓谷まで来た筈よね。真琴、悪いのだけど田神に言って、分家で何かあったのか探るように伝えて来て頂戴」


「承知致しました。少し離れますゆえ、奏様は会場からは出ないようにお願いします」


 そう言うと真琴は足早に出て行ったけど、ドレスを着たまま良くあのように速く移動できるものね。

 少し感心して目で追うけど、携帯で知らせるではなく直接言いに行くのが真琴らしいと思う。

 でも、効率を考えると少しだけ複雑な気分になるのは仕方のない事の筈よ。

 溜息を一つ吐き、よしっ! と気合を入れて丁度目の前を通り過ぎようとする給仕の男性が目に入った。


「面倒な事は先に終わらせるに限るわね。それではもう少し挨拶をしに回るとしましょうか……、あ、ちょっとそこの給仕さん宜しくて? その飲み物一つ下さる」


 傍を通りかかった給仕から良く冷えたグラスを受け取り、一口含み唇と喉を湿らすと頭を切り替える。

 私は名代の役目を果たすべく、来場者に挨拶をしながら高野宮の叔父についても聞いて回る必要があると思い、仕方なく先に来ていたであろう叔父と叔母にも会うつもりだ。





 ――挨拶も一通り終わり真琴も戻って来たところで、会場に用意されていた料理を摘まみながら、互いの成果を確認し合う。

 今回も大した者は居なかったので、名代としての挨拶の他細々な話を幾つか聞き、後日父への面会を希望した者のリストを作り渡せば、今日の役目はほぼ終了だったのだけど、挨拶周りをしていて気になったのは、あの瀬里沢さんの両親がここに来ていた事ね。


「それで、田神は何か言っていたのかしら? 私の方は叔父も叔母もいつも通りで、忙しいからと言って顔を出さず、私を名代としてここに出している事に不満たらたらだったわ。ご自分達も忙しいなら、泰也(ひろなり)舞美(まみ)でも名代として連れてくれば良いのに」


「奏様、それは聊か無理があるかと。泰也様は学業が忙しいそうですし、舞美様についてはこのような場に出る事を極端に嫌っていますから。それで分家の方ですが、今回高野宮の次期当主が来ていた訳は、分家に来たお客がこちら麓谷で、紹介をして欲しいと頼まれ一緒について来たようですが、詳しいことはあまり掴めなかった様子」


 短時間の間に、分かる範囲ではあるけど高野宮の叔父が来た理由は分かった。

 ただ、麓谷に用があるとして、何故そのお客が分家の叔父に頼んだのか? それらしい人を見た覚えはないが、もしかしてこの会場に知らないうちに紛れ込んでいたのだろうか?


「分家に来たお客? それで態々叔父が来るって、どんな方だったのかしらね? その要件も含めて、引き続き調べられる範囲で動くように頼んでみましょ」


「御意、して奏様は叔父上たち以外の事では、何か進展はありましたか?」


 特に今話した事以上は無かったから、丁度会場に居る瀬里沢さんの両親が目に入ったので、学校で別れた後、石田君達がどうなっただろうかと話してみる。


「そうそう、今丁度あそこに居る御夫妻だけど、私達が日曜に家に招待された瀬里沢さんのご両親だそうよ。挨拶周りをしていた時に、私の事を息子の瀬里沢さんが話していたと言って、少しだけ会話をしたのだけれど楽しそうだったわ。案外瀬里沢さんが気にしていた祖母の事も、ただの心配しすぎなのかも知れないわね」


「そうでしたか、でしたら石田達も今頃楽しく騒いでいる頃でしょう。おや、どうやら件のご両親がこちらのテーブルにも来るようです。私も日曜に窺う訳ですし、先にご挨拶をせねば」


 真琴と話をしていたテーブルに、タイミングよく瀬里沢御夫妻が来たので真琴の紹介も含め、日曜に招待された事を話すべく声をかけた。


「先程はどうも、実は私達日曜に瀬里沢さんの息子さんに御家にご招待を頂きまして、それで改めてご挨拶をと思いましたの。御二人とも少々宜しいですか?」


「何と! 家の息子が星ノ宮様のご令嬢を我家へと招待されていたのですか。それは是非お越しください。家族でお出迎えさせて頂きます」


「あ、いえ。そんな大層な事はされなくても、少しの間高校の部活動の一環として、お話を伺いに行くだけですのでお構いなく。それで瀬里沢さんに聞いたのですが、御婆様の御加減が優れないそうですが、御心配ですよね」


 日曜に窺う前に、瀬里沢さんから聞いた話がどれくらいの物なのか少し予備知識としてでも聞ければ、役に立つかもと思い聞いてみる事にしたのだが、真琴が隣で「星ノ宮様、あまりご家族の事をそう聞くのは……」何て言うけど、少しくらい良いじゃない。


「はっ? 確かに母は最近部屋からは出てきませんが、別に体の方は心配ありませんガ? 家ノ息子ガ、本当ニ、ソんナ事を、言ッテ、イタノカ?」


「「えっ?」」


 普通に歓談しているつもりだったのに、突然豹変したように御夫妻の顔から表情が消え、口調にも異様さが漂う。

 ……どういう事かしら? 何だか聞いていた話と少々食い違いがあるような?

 そう思っていると、真琴が急に私の左腕を掴み軽く引っ張ったので、バランスを崩し真琴の方へ体が傾き、大きく仰け反ってしまう。


 ヒョッ カッ


 一瞬何が起こったのか良く分からなかった。

 分かった事は私が先程まで立っていた空間を、鈍色の何かが飛んで行った事だ。

 心臓の鼓動が耳にドクドクと五月蠅い。


「な、ナ、なニニに、モ無い。カか、関係ナい。しシし、知ラナい」


「その通り失礼した。瀬里沢には何も無いようだ」


 普段よりも一段低い声でそう真琴はハッキリと聞こえる様に話すと、焦点のあって無い不気味な目で、ガクガクと奇妙に揺れていた瀬里沢御夫妻が、その動きを徐々に静め止まる。

 それこそ何事も無かったかのように、最初と変わりなく普通に話し出した。

 

「ええ、それでは日曜に星ノ宮様御機嫌よう」


「……ごき、げんよう」

 

 はっきり言って異常としか思えない怖さを感じ、背筋が凍りつく。

 まだ早鐘の様に心臓がバクバクしているが、何とかそれだけを絞り出すと床にへたり込んでしまう。


 真琴は私の前に立ち塞がったまま、瀬里沢御夫妻が会場から出て行くのを睨みつけている。

 少し離れて周りに居た会場の警備が、私達に気が付き慌てて走り寄ってきたが、真琴がそれに対し左手を突き出し制し、瀬里沢夫妻が“何事も無く”駐車場へ行くのを見送るように伝え、椅子を持ってくるように告げた。


「真琴、今一体何が起きたの? 私早くて良く分からなかったのだけど?」


「奏様、先程は失礼を。ただ、あの時引かねば奏様は怪我をされていました。どうやらこの件少々私達にも、石田達にも荷が重そうです」


 真琴が隣でそう呟き、私は警備が持ってきてくれた椅子に座ると最初の挨拶回りで感じた疲れより、たった今さっきの出来事で全身が鉛の様に重くなった気がしてならない。

 石田君達は、今頃瀬里沢さんの家に居る筈だけど無事なのか? それだけが気掛かりだった。


つづく


12/12 高野宮の読みを変更しました。

   高野宮(こうやのみや)→(たかのみや)

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