5話 プリン好きな妹
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「ただいま~。ってー、クッソあの男女の奴力いっぱい殴りやがって……俺のこの高い鼻が曲がったらどうすんだよ」
駅で別れた静雄に指摘され鼻血が出ている事に気が付き、今は赤く染まったティッシュが鼻につっこまれており、誰がどう見ても情けない顔に違いない。
ブツブツと文句を言いながら我家の玄関で靴を脱いでいると、妹の明恵が出迎えてくれた。
「お兄おかえり~。……顔が変どしたー?」
「ううむ、これはな名誉の負傷って奴だ。商店街で悪漢に攫われかけた迷子を助けようと、幼子を庇った時に不覚にも受けてしまった傷なのだ。その為お前の兄は非常に疲れている。と言うわけで今日の風呂掃除を代われ」
「やらない。お兄の言うことはむつかしい。だけどウソなのはわかった。鼻がひくひくしてる」
なっ!? 俺は思わず鼻に手をやったが後の祭り、これこそ明恵の罠だった。
ぬぅ、我が妹ながら中々に手強い。ここは一つ懐柔策で行こう。
「ふむぅ、しかし良いのかな? 今俺の鞄の中にはお土産のプリンが入っている。(崩れていたけど)これを食したいとは思わぬか?」
「うぅ鬼だ、お兄は卑怯。お風呂掃除に行ってくる」
「うむ、プリンは冷蔵庫に仕舞って置くから。夕飯の後で食べろな」
明恵はコクリと頷くと、その足でスリッパをタパタパ鳴らしながら風呂掃除に向かう。
妹が俺を呼ぶ“お兄”とはまだ発音が達者でないときに、「おにいちゃん」を「おに、おに」と短く呼んでいたのがいつの間にか定着し、今は「い」だけ付け足されて「おにい」になったからだ。
偶にサラッと「鬼っ」と言われることもある。まっことけしからん。
折角話を色々と盛ってやったのに、最近俺の言う事をあまり信じなくなったので、こうして報酬をチラつかせて労働威力を湧かせている。
さっき交番に送った佳代ちゃんを見習ってほしい、あの子の瞳はとても純粋だったのに、……もしかして俺はもう飽きられちゃった?
「あら、おかえりなさい。明人あなたお風呂掃除を……って、どうしたのその顔? 誰かと喧嘩でもしたの?」
「ただいま。いやちょっとした意見の相違でね。ある事柄についての感想で対立しちゃって、言葉の代わりにグーが飛んできた。だから風呂掃除は明恵をプリンで雇ったので、少し部屋で休むわ」
台所から顔を出した母さんに風呂掃除の事を突っ込まれたが、それを華麗に回避し明恵に任せたと言いながら、鞄から若干マーブルな様相を見せるプリンを冷蔵庫に仕舞おうとしたところで、昨日の事を思い出し俺は考える。
そう言えば、うっかりしていたがこの冷蔵庫“あっち”と繋がってるんだっけ? 俺の居ない時に家族の誰かが扉を開けたとき、爺さんと出くわしたら……どうしよう?
それに、この不思議な『トレード窓』の事も詳しく聞きたい。
絶対この力は、あの時爺さんに腕を掴まれたせいで間違いないはずだ。
「明人? プリン仕舞わないの? 食べるなら後にしなさいね。もうすぐ夕飯できるんだから」
「あ~うん、そう言えば母さん何か変わった事は無かった? 些細な事でもいいんだけど、例えばそうカットパインが見つかったとか~。逆に物が無くなったとか」
母さんは人差し指を頬にあて目を瞑り「ん~」と考えて、「あっ!」と何かを思い出したのか目を開く。
「そうそう、今朝皆が家を出た後に気が付いたんだけど、シンクの横にちょっと汚れた革っぽい袋があったんだけど、家のじゃないし明人は何か知らない?」
「あーっ! それ俺! 俺のだわ! 昨日の夜中お茶飲みに来た時に、台所まで持って降りたんだ」
「お茶を飲むのに何でこの袋を持ってきたの? それにこんな袋、あなた持っていた?」
あっちゃ~そう言えばこの謎な容量の水袋って、驚いて一袋だけ先に満杯にした後に爺さんとカットパインで色々話していて、すっかり渡しそびれていたんだ。
後半は半分寝ぼけてたっぽいから、すっかり頭から抜けて置きっぱで寝ちまったんだな。そりゃ母さんに見付けられるわな~。
なんて言おう見かけは若干汚れてますが、実はその袋見た目と違って何十リットルも入る、コンパクトで大容量な最新鋭の水袋でございま~すってか?
ただ母さんなら「あらそうなの? 便利ね」って言って、それで本当に納得しそうで怖い。
「ええ~っと、そう昨日は暑かっただろ? だから水枕を作ろうとしてお茶飲んだらすっかり忘れてたんだ~。あ、その袋は静雄に貰ったんだけど、もう使わないって言うから折角だし有効活用しようとね」
「あらそうなの? 水枕ね~私も寝付けなかったら使ってみようかしら」
「うん、まあとりあえずそれ貰っていくね」
俺は上手く誤魔化した母さんから水袋を受け取り、自分の部屋へと向かいながら冷蔵庫についての対策を考えていた。
鞄と爺さんの水袋を机に放りだし、制服を脱ぐのも億劫でベッドに横になって深く息を吐く。
冷蔵庫に鍵を付ける? 却下。台所近くに常に待機? あからさまに怪しいと言うか無理。そうだ冷蔵庫を俺の部屋に移動させる! これは案外いい考えかもしれない。だけど、その理由と代わりになる冷蔵庫が必要だ。
母さんが親父に強請って買った六ドアの最新冷蔵庫、うーんどうにかして買うにしてもお金もなきゃ……って、俺ってお金を増やせるじゃん! それに貯金の残高が少しは在ったはず。
俺は机の引き出しに入れてある通帳をめくり残高を確認、五万とちょっとか~。この間パソコン買うのに結構放出しちまったからな~、ついでにモニターも新調して十九から三十インチのに買い換えたし。
何でああいったデカい買い物する時って、ついつい他にも物が欲しくなっちゃんだろう? 今の財布の残金が諭吉さんが一枚、漱石さんが三枚と小銭が少々。
残高合わせても六万ちょいか、あっ! 今月分の小遣いまだ入金されてないんだった。
俺の小遣いは毎月三千円、一日百円換算だ。
それを毎月十五日に銀行口座に振り込まれる。
親父曰く「金銭感覚を学ぶのに自分で考えて活用するように、無駄遣いも良し。だが忘れるな、追加予算は特別な事でもない限りびた一文やらん」とのお言葉を頂戴し、長期休暇のある夏と冬はバイトなどもして俺はやりくりしていた。
偶に弁当が無い代わりに母さんに貰える、ありがたいお昼の飯代をケチったりして運用している。
確かあの冷蔵庫は十五万したとか、居間でビール飲みながら親父が嘆いてたな。
家に冷蔵庫を運び込むときも、運送のおっちゃんと一緒に動いて偉い慎重だったし、同じ物を代わりに用意しても理由を上手く考えないといかんな~。
これは一時保留にして、先ずはお金を貯めねば。
そう決めた俺は頭を切り替え、買ってきたピンクなお宝をムフーと鼻息も荒く、例の素晴らしい表紙をめくる作業に没頭した。
うむ、これはけしからん! 実にけしからん! 夕飯だと妹に呼ばれる間まで楽しんだ。……あぶね。
――夕食を三人で取り(親父はまだ帰宅してない)、食後にお茶を飲みながら俺は母さんに今月の小遣いの事を聞いた。
「今月の小遣いって、もう入金されているよね?」
「そのはずよ? なあに明人は何か欲しい物でもあるの? 明恵にプリンを買うの止めて、自分でお風呂掃除で動けば少しは節約になるんじゃない?」
「ん~まあそうなんだけど、ほらその手間の時間を俺はプリンで買ってるわけで、これはキチンと明恵と取引したビジネスなわけさ」
「お兄、このプリン二個がどろどろ……一個だけしかプルプルじゃない!」
「例え形が崩れようともそのプリン魂は消えてない筈だ! 妹よ、お前のプリンを愛する気持ちは所詮その程度か?」
「プルプルじゃなきゃもうプリンじゃないもん! お兄のバカっ鬼っ!」
「こ~らっ、喧嘩するんじゃないの。そうね明人は明日銀行かATMに行ってパタパタしてらっしゃい。私の通帳もお願いね。あと人参と豆腐を二パック買ってきて、そうしたら帰りにお釣りで新しいプリン買ってきて良いから」
「母、私も行きたい。お兄だけズルい」
「あなたはまだ一人でお買い物は危ないの、それに明日はあなたのお洋服買いに行くから、学校終わったら寄り道しないですぐに帰ってくること。約束よ?」
そう言った母さんからメモを貰うが、二種類くらいの買い物忘れないっての。
何だかんだ言って母さんは明恵に甘い、仕方ないから明日はパタパタしてきますか~。
頭突く