56話 擦り寄る者
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すっかり予定にない長居をしてしまった瀬里沢の家を出て、駅方面に向かう道を俺達は下っていた。
先程食べた食事の余韻に浸りながら、あれが美味しかったとか家の大きさ等の会話をしながら、先を歩いている秋山と黒川の笑い声が聞こえ、妙な事態にはなったが、こんなのも“悪くない”と考える。
ついちょっと前ならこんな風に、仲間と呼べる奴らで出歩いたりなど、あまりしてこなかった以前と比べて、“楽しい”と感じている事が不思議でもあり、素直に嬉しいと思う。
確かに静雄と何人かの友人は居るが、少しの間“遊び”と言う括りでしか関われなかった事を考えると、今こうして四人で歩いている事がとても貴重に思えたが、俺は一体何を血迷っているんだと、顔に触れ知らずにやけていた頬を揉む。
「何かさ~、こうやって特に何をするって訳でもないけど、歩いているだけでも……楽しいもんだな」
「ふむ。今になってそう言うとは、前はそう思ってなかったのか?」
俺の何気なく言った言葉に反応して、静雄がこちらを向く。
向くと言っても、身長差から考えると見降ろされている訳だが、街頭で照らされた顔は強面なのは変わらず、でも、今はコイツも態度には出さないが楽しんでる様に見える。
「ん~前もそれなりに楽しかったとは思うけど、上手く言えないが少し違う気がする」
「そうか……明人、やはりお前は少し変わったな。別に外見が変わったとか言う訳じゃないが、俺は今のお前で良いと思うぞ。前に答えた“明人だけが見る境地”たどり着けるかもな。俺も精進せねば」
何を言い出すかと思えば、境地ってあれか? かなり前っていうか入学して暫くの頃、部活の勧誘が凄かった静雄が少し羨ましい……何て思って、鍛えるの楽しいか聞いたときに言われたんだっけ。
何回か誘われたが、やる前から無理って思って、俺は自分専用を見つけるって答えてたな。
だけど、今こんな事話すなんて静雄もどんな心境の変化だ?
「なあ静雄、急にどうした? 変なもん食っ……ては無いだろうけど、やっぱ食いすぎたか?」
「いや、腹ならまだいける。ただ、お前はどこか他人に関わる事を避けてたように感じてな。今のお前は良い」
うん、絶対変だ。他人に関わらないと言うか、自分からは絡まないお前に言われても説得力が皆無だぞ? 静雄に関しては爺さんを倒すのが目標だろうけど、あの爺さんは倒す前に勝手にポックリ逝きそうだけどな。……後百年くらい後で。
なんか今日の静雄は饒舌だ、須美さんの作ってくれた料理に酒でも入ってたか?
「そう言えば、結局瀬里沢のばあちゃんって、会えなかったし挨拶出来なかったかな」
「ああ。食事の際には家族揃って食べると思っていたが、部屋に閉じこもっているのは本当なのかもしれんな。……ただ、あの」
「ねえ、そっちは何の話してるのよ? 男だけで何かやらしいわね。どうせ石田が変な事でも言い出したんでしょ」
静雄も瀬里沢の両親には会っても、件のばあちゃんに会わなかった事で、あの話の信憑性を確かなものと思ったようだが、話の途中で秋山に遮られてしまった。
「秋山、お前は何で俺が絡むとそう変な方向に捉えるんだ? お前こそ頭の中ピンクなんじゃねーのかよ。それに男だけって言うなら、そっちだって女だけで固まって、随分楽しそうだったじゃねーか」
「なーに? あんたもしかして混ぜて欲しいの? それならそう言えばいいのに素直じゃないわね。黒川さんもそう思わない?」
秋山が不意に黒川に話を振ったので、どう答えるのか少し気になった俺は黙って黒川の様子を窺ったのだが、思わぬ台詞が黒川から飛び出し、ついでにその表情がとても可愛く見えたので、デジカメを使うなら今がその時だったと思う。
「舞、私の名前」
「えっと。……それは黒川さんじゃなくて舞ちゃんって、呼んで良いの?」
「舞で良い。ちゃん、は……やめて」
おうおう、何かお前らの方がいつの間にか仲良しじゃねーか。
暗いから良く見えんけど、心なしか黒川の奴顔と言うか、普段白い首筋とか赤くね? さっき話していたと思う秋山との会話の内容が気になるぞ。
「きゃーー! ちょっと聞いた? くぅーー! 何この可愛い子。ダメ! あなたはもう舞ちゃんで決定ね! 私の事も茜って呼んで」
「茜……ちゃん?」
遠慮気味にそうポソポソと呟いた黒川に、秋山はル○ンダイブの宜しく飛び掛かり、そのまま抱きしめ頬ずりしているが、黒川は見るからに苦しそうだ。
秋山、お前は黒川より身長在るんだから、首とか締める場所は気を付けろよ?
「あ~秋山気持ちは分からないでもないが、もう少し手加減してやれ。黒川を抱き潰す気か? お前の力で締め付けたら死ねるぞ?」
「無理っ! あんたも潤んだ瞳に微かに赤い頬で囁かれてみなさい! あーー、もうこれは星ノ宮さんにも報告ね!」
黒川は恥ずかしさと息苦しさから赤いんだと思うが、秋山のそれは見るからにテンション高めで異様に興奮しているさまが分かり、どう見ても百合百合しい変態です。
秋山ってもしかして……いや、念の為我が妹明恵の事はなるべく秋山と居るときだけ、話題に上がらんよう気を付けよう。
「フッ」
「いや、フッじゃなくて静雄。そろそろアレ止めんか? 黒川がヤバくね?」
ザリッ ザッ ザリッ
楽しそうに笑う静雄を見ながら言った俺は、その時聞きなれない変わった音が、耳に届いたような気がした。
静雄もそれに気が付いたようだが、その途端明らかに顔の表情が変わっていた。
フォンッ
顔近くを何かが加速していったような、空気が切り裂かれる音と同時に俺の肩から背中に強い衝撃が走った。
その強さに一瞬息が止まり、目を閉じてしまい胸が痛む。
次に目を開けた時、俺はアスファルトの地面に転がっていた。
「えっ!? ちょっと! どうしたの!?」
「早く離れろ!! 俺にも分からん!」
秋山の困惑する声と、静雄の普段聞く事がない明らかな焦り声。
俺は混乱する頭の中で、目を閉じる前に見た事を思い出す。
あの風切音とほぼ同時に、静雄が俺の肩を押して俺が吹っ飛ばされた。
あの音は一体どこから? 急いで立ち上がろうと膝立ちになり、頬に痛みを感じて手を触れると、ぬるりとした冷えた物が手につく。
「何かが居る。狙いは……明人だ!」
フォッ フォンッ
静雄の叫びに合わせたかのように、また風切音が聞こえたが、今度の音は二回。
それを何とか“目で捉えた”が、俺は体が動けないままそれが当たる瞬間、怖くて目を瞑る。
二度目の衝撃が腹に来て、鈍い痛みと“斬られた”と言う恐怖が俺を襲う。
「ふあっ!」
「ッ!」
目を開けると、俺はまた静雄に助けられていた。
今度は距離が在ったので、手で押すには無理があり蹴り飛ばされる事になったが、代わりに静雄の制服が右肩から斜めに裂けているのが目に映る。
ザッ ザリッ
アスファルトを踏みしめる音が聞こえ、目を向けると其処には有り得ない存在が居た。
今の現代社会にこんな格好で歩いていれば、目につくしどう考えても不審人物として警察に通報されてもおかしくない。
だが、俺以外に誰もその姿を捉えられて無いようだ。
それは抜身の刀を構え、俺と静雄の間に立つその“人”は、どう見ても片足が半分千切れかかり、立っているのも大変そうな眼窩が空ろの黒い血で染まる“死人”だった。もし見えていれば、誰だって驚き声を出すに違いない。
コイツの狙いは静雄でも無ければ、他の2人でもなく確実に俺の様だ。
「ほわぁ! なんだコイツ!? 皆逃げろ!」
「安永君一体どうして!? それに血が出てるわ! 急いで、き、救急車!」
「……構うな、いいから走れ!」
余裕のない静雄の声は、既に焦りから怒声になり、切られた右胸を押さえていた。
掠っただけで制服が切られ血が出ているにも関わらず、全く姿の見えてない未知の相手が居る為だ当然だろう。
あの刃が俺に直撃していたらと考えると、急激に血の気が引いた。
俺以外にはやはりアレが見えて無いようで、秋山と黒川も何が起きてるか分からず、逃げろと言われても、恐怖の為か簡単には動けないようだ。
もう一度切りかかられた場合、ハッキリ言ってアレを自力で避けるなんて無理。
最初の一撃もさっきの攻撃も、静雄だから音で反応して俺を飛ばせたに過ぎないのだから。
俺も逃げたいけど、腰が抜けたのか体全体が凍ってしまったように動かんし、今も何とか立ち上がれただけで精いっぱいだ。
こんな時漫画やアニメなら、颯爽とヒーローが登場して助けてくれるが、そんな存在は都合よく現れる訳がない。
まさに絶体絶命と言っても。過言では無いピンチだった。
つづく