55話 倉INに七枚の札
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そろそろ日も西に沈み始め、綺麗な茜色に染まる空が淡い藍色との境界線で曖昧になる時間、今は丁度夕方の五時を過ぎた所であるが、近くに要る筈なのにその夕日の逆光のせいで、傍に立つ瀬里沢の顔が一瞬だけ、表情すら見えない塗潰された黒い影に見えた気がしてゾッとする。
単なる見間違いの筈なのに、それがとても不吉な予兆に感じて、気が付くと俺は吸い込んでいた息を吐けず、苦しさを感じた事で如何に緊張していたのかを自覚した。
「安永君の質問は学校で話した時は、ハッキリとは言わなかったけど、それも承知で来てくれたと考えて良いかな? 勿論無理に残って欲しいとは言わないさ。……でも、石田君だけは多少遅れたとしても、当日は絶対協力して貰いたい」
「それってつまり、本当に幽霊何ているのね! 私一度見てみたかったんだけど。そう言うのさっぱり分からなくて、怪談話とか聞いて怖いとは思っても体験はした事は無かったのよね。黒川さんや安永君は見た事ある?」
「アホかっ! 何で態々そんな怖い目に遭いたいと思う人間が居るんだよ! やっぱり秋山、お前は普通じゃねぇ。ただ、実際目の前に幽霊が出てきても、秋山なら殴って倒しそうだよな……」
「ふむ、殴って倒せるモノなのか? 良く知らんが触れるなら俺も協力しよう」
どうも俺の冗談は静雄には通じなかったようだけど、その気持ちは心強いので頼りにさせて貰うとして、黒川だけは特に何も言わず、静雄の台詞にコクコクと頷いてる。
そう言えば黒川は静雄の実力を見て知っているから、本当に触れるのなら楽に片付けてしまうのを、思い浮かべられるんだろうな。
単純な戦力としては秋山以下な俺が必要なのって、瀬里沢の言う日曜の真っ昼間だけで、よく考えれば幽霊が出るのは大抵夜中だろうし、そんなモノに遭遇する事は無いと思いたい。
廊下で5人、幽霊云々の話をしていると、後ろから足音が聞こえ誰かがやってきた。
「坊ちゃん、御夕飯はどうされますか? お友達の分もご用意して良いなら、今日はそれが済み次第上がりますけど」
「そうだね、まだ僕の部屋にも招待してないし、終わった後夕飯も一緒にどうかな?」
後ろから来たのは、家政婦の須美さんだった。
正直瀬里沢の提案してくれたお誘いは、どんな料理が出て来るのか興味があるが、あんまり暗くなる前にここから退散したいので、さっさと御札を見せて貰って帰りたい俺は、“遠慮”と言うオブラートに本音を包みつつ断る気満々である。
なんと言うか、もう横に見える中庭も薄暗く不気味に見えて仕方ないのだ。
それなのに空気を読まない(読めない?)奴らが、軽く返事をする。
「無論、問題ないぞ」
「家も電話すれば大丈夫かな。石田、あんたと黒川さんは?」
「私も遅くならなければ、平気」
お前らって少しは怖いとか感じないのか? 平気かどうかは知らんけど住んでる人に対して失礼かもしれないが、選択できるなら怪談話など回避するのが常識だと思うのは、俺だけか?
返事の無い残りは俺一人、何とも須美さんの優しそうな眼差しのせいで断りにくい。
だが俺は言いたい事はハッキリ言う男! すまんな皆、俺は夕飯を辞退して帰らせてもらう。
「えっと、俺は「遅い! はい決定、お世話になります。黒川さん遅くなればコイツに家まで送らせるから大丈夫よ」って選択の余地なしかよ! 俺の自由意思はどこに行った!?」
「あんたに拒否権は無いの!『思想・信条の自由』は認めてあげるから十分でしょ」
「フフ。そう言う事らしいので、須美さん追加でお願いするよ」
「ええ。分かりました本当、随分と仲のよろしい御友人方ですね」
そう言って微笑ましい物でも見たかのように、須美さんは目を細めて、にこやかに瀬里沢に頷くと下がって行く。
突然増えた来客にも嫌な顔一つせず、廊下を進む足取りと須美さんの後ろ姿は、俺にも心なしか楽しそうに見えた。
勝手に残ると決められた事はイラッとしたが、今はちょっとだけ断らなくて良かったかなと思う。
その足で先程話していた瀬里沢の部屋へ向かうと、驚いた事に狭い廊下を進んだ先に在った倉の中を改装して活用し、二階とまでは言わないが、それなりの高さと広さを併せ持つ大きな部屋だった。
単純に二階と言うよりは、ロフトと言った方が的確な作りだろう。
「外から見た外見と中身が、これほど違うのも詐欺よね。まさに、見たと嘗めたは大違いって所かしら? 冷蔵庫とシャワーさえあれば、ここで生活できそうじゃない?」
「外は漆喰の和風だけど、中がフローリングだしな。まさか部屋の中にまともなトイレが在るとはね。まるでホテルの一室みたいだし確かに生活出来るんじゃね? あ、このTVってケーブル繋がってるのか?」
秋山の話に答えていた俺はテーブルの上にあったリモコンを見て、間違いなくそうだと思い確認すると、丁度静雄の奴がトイレから戻ってきて、俺の手にあるリモコンに目を輝かせていた。
黒川は一人ロフトに登って、上から俺達をデジカメで撮影している。
「これは確かに至れり尽くせりだな、ケーブルTVも揃っているとは、少し見ても良いか?」
「構わないよ。操作の仕方は分かる? 話はずれたけど石田君に交換をする時に覚えていて貰いたいのは、この御札なんだけど見て貰えるかな」
そう言って瀬里沢が取り出してきたのは、A4サイズ位の紙を補完できるファイルに入った、見るからに“御札”としか言いようのない物だった。
ファイルを捲っていくと長方形の札も納めてあり、瀬里沢が貼ったと言う7枚の御札を教えて貰うが、その札は変わった形をしていて、良くある長方形では無く5つの切れ込みが入り、まるで人を表すかのような形をしていた事だ。
その札には梵字の様な文字と五つの線が合わさった、五芒星も掛かれており何より気になったのは、その中央に“光る字で『水』と読める”文字。
これって、命名式をやった後に読めるようになった、あのソウル文字か?
俺は驚き何も言えないでいると、ヒョイと秋山が横からファイルを取り上げ、捲りながら同じように中身を見ていくと、途中でその手が止まり首を傾げる。
「変わった御札ね~、あれ? この御札って水鏡神社の御札じゃない?」
「水鏡神社? この御札ならこの前来た、お寺の人が持ってきたんだけど」
「ほら、ここよく見て水鏡の文字が入っているでしょ? コレ隣町の水鏡神社の御札に違いないわ。その持ってきた人って本当にお寺の人?」
「実際に立ち会ったのは母と祖母、それに須美さんで僕はその時間学校だったからね。直接あった訳じゃないし、それに効果も無かったから対して確かめもせず、纏めてここに入れておいたんだ」
秋山の話だと、最初に御祓いをしたのは坊さんでは無く、神社の神主かもしれない事がわかった。確かに御札をよく見るとちゃんと水鏡の文字が見えるし、間違いはなさそうだ。
どうやらお寺と言った事は、瀬里沢の勘違いかもしれない事が分かったが、こちらの七枚の札の内、三枚が『水』で四枚が『風』と読める物だった。
……最初に効果のあった札はこちらの『水』の札で、製作者の“菅原”って人はもしかすると、ソウル文字が読めるのだろうか? 念の為アイテムアイコン化し履歴を見ると、所有者は瀬里沢本人で製作者も、菅原恭也に間違いなく、更に分かった事は属性が付与された残滓が、偶々ソウル文字を読めるせいで『水』と『風』と分かりやすく、自動的に認識してしまっただけの様だ。
結局その後瀬里沢の両親が帰って来て対面し、日曜日に二名追加でもう一度来ると挨拶をした後、中々に手の込んだ須美さんの“和食”を御馳走になり、静雄がご飯を六杯もお代りをし、炊飯器を空にして瀬里沢親子を驚かせた。
皆のお腹が膨れた所で夜の二十時を少し過ぎ、外も完全に暗いので瀬里沢の家から帰宅する事になったが、帰り際瀬里沢の両親に「日曜はもっと沢山用意しておくよ」と言われ、静雄が「それは楽しみだ」と答えたので、必ず来なさいと約束させられ、俺達“オカ研”メンバーは完全に気に入られたようだ。
つづく