51話 延滞は助言の囁き
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俺のスマホから聞こえてきた声を、星ノ宮と宇隆さんだと確信したのか、凄い形相の顔で俺を睨む瀬里沢だが、その前の驚き呆気にとられた顔を見た後では、大して怖くも無い。
元々美形な瀬里沢の顔が凄んでも、普段から静雄の強面を見ていれば大抵の奴の顔なん……顔の話は止めよう。
地味に静雄の奴気にしてるっぽいし、見かけに寄らずあいつは繊細な男なのだ。
そんな事よりも何故俺が必要なのか、本当の事を瀬里沢が話すか分からないが、今のまま単に俺を脅す様な交渉を続けるようであれば、何を言われようとも手助けなどする気も起きない。
瀬里沢は俺がどうして星ノ宮と電話出来るのか考えているらしく、俺の顔と声の聞こえるポケットに、交互に視線が移動している。奴自身、俺と星ノ宮との繋がりがいつの間に出来たのかも理解の範疇に無いようだ。
入学当初から情報を得ていた訳なのに、知らない事が起きて軽い混乱を起こしているのかも知れないな。
「……やっぱり切れたのかしら? さっきから静かだし。宇隆、貴女の電話から石田君に掛けなおすことが出来て? 呼び出し音の後、私の電話とまだ話し中なら繋がらない筈よ。確認をお願い」
「分かりました、暫しお待ちください」
そんな声が聞こえて、俺は慌ててポケットからスマホを取り出すと、瀬里沢の様子を窺いつつスピーカーモードに操作し、星ノ宮に返事をする。
「あ~、悪い。ちょっと電波のせいで音声が届いて無かったのかもな。それよりこっちの話は拾えていたか?」
「ふーん、電波が悪かったの? 買いなおした方が良いのかしら……途中からだけど、そちらの話伺わせて頂きましたわ。それで石田君、貴方は何時に成ったら私の下着を返して下さるのか教えて頂ける? 私の記憶だと貴方には一日だけお貸しした筈だけど、その後は一向に話題に上らないものだから、忘れてしまったのか、それとも貴方は、そのまま着服でもしようとしたのかしら?」
「星ノ宮様! 石田っ、お前が早く返さないせいで要らん誤解を広め恥を掻かせたとあれば、この宇隆真琴、お前を絶対に許さぬからな覚悟しておけ!」
星ノ宮の声音には先程までの呑気な風では無く、今は随分と楽しげな響きが含まれている感じがする。
今なら奴の浮かべている表情まで予想できそうだ、大方星ノ宮の嗜好から考えて、きっと退屈しのぎの良い遊びとでも思っているに違いない筈だ。
ただ、この状況下でその発言は大いに問題ありだと言いたいぞ! おかげで宇隆さんに何をされるか想像できなくて逆に怖いわっ!
新たな問題に頭に幻痛まで感じ額を押さえながら、向かいで会話を聞いている瀬里沢を見ると、顔色がどんどん悪くなっている。
きっと星ノ宮に今までの話を聞かれてしまった事と、俺が星ノ宮から“自分の下着を貸し出す程の間柄”だとでも妄想したのか? それは早計に過ぎず勘違いも甚だしいぞ。……俺も第三者として聞いたなら、大いに誤解するだろうけどな。
瀬里沢の奴自分で気が付いているかは分からないが、今まさに漢泣きと言う感じに口をへの字に閉ざし、拳を震わせながら涙を流すさまは、見ていて非常に鬱陶しい。
実際には俺と星ノ宮の間に、瀬里沢の考えていそうな関連性は全く無い訳で、どちらかと言うと“良い玩具”と思われてそうな俺としては、変に嫉妬されても迷惑でしかなく、何かアホな事を言い出す前に、釘をさして置くべきだろうな。
「言っておくが、俺は星ノ宮とサシで話た事はほんの数日前が初めてだからな? お前が何を考えていようと自由だけど、俺にとってあいつは単なる仲間でそれ以上でも以下でも無い」
「……そんな訳が在るか! 大体キミの話だと出会って僅かで星ノ宮さんがキミに下着を、一日と期限を設けたとはいえ貸したと言質を本人から取れたんだぞ! そんな言葉で誤魔化せると思うほど、僕を軽く見ない事だな! 言え! キミは一体彼女の何なんだ!」
俺の言葉が信じられないらしく、瀬里沢は酷く興奮して俺に詰め寄ってきた。
お前近いって、唾が顔に掛かるだろ! 少しは離れやがれ! 肩を掴んで揺さぶって来るので、その分首を反らし顔も背けようとするが、離れようとせずしつこい。
いっそもう静雄だけでも呼ぼうかと思っていると、こちらのやり取りを聞いている筈なのに、手に持ったスマホから更に星ノ宮が爆弾を落としてくれた。
「あら? 石田君、貴方は私の事そんな風に思ってくれていたの? 以上でも以下でも無いって事は、他の人よりも対等に扱って下さるって事よね? フフ、嬉しいわ」
「うっがーー! こうなればキミを倒して「瀬利沢、僕も死ぬとかアホ丸出しな事を言うつもりなら止めとけ。星ノ宮の奴を楽しませるだけだぞ? あいつ外見はお嬢様の様に見えるけど、中身はそんな軟なタマじゃねーぞ?」……キミに何が分かる! それは勝者気取りの惚気か!」
「石田、お前星ノ宮様に向かってタマとは何だ! タマとは! 確かに珠のように美しいと言えるかも知れぬが、お前の言い様は無礼だぞ!」
何で俺が責められなきゃいけないんだ? 人が関係ないって説明してるのに、いい加減段々腹が立ってきた。
そもそも呼び出しからして、既に俺に関係ない理由な訳だったしな。
さっきは瀬里沢から話を聞き出し、大本の原因を確かめようとは思ったが面倒だ。
星ノ宮の件も電話で確認とれたし、憂いは在るが着服するつもりなど微塵もない。……うっかり返し忘れていたくらいだ。
「……ハァ、もう何か飽きた。瀬里沢さんよ、要件がそれだけなら俺は帰る。あんたの言う秘密とやらもブツも、本人の了承があっての事が分かった筈だしな」
「なっ!? ま、待ちたまえ。まだ話は終わって無いキミには「俺には? どうせ何も無いんだろ? 俺をこれ以上この場に留まらせたいなら、さっさと目的を言え。さもないと金輪際お前との関わりを絶つ」
「ッ!!」
「あ~らあら、石田君怒っちゃった? 短気さん。そんなんじゃ良い大人には成れないわよ? それと瀬里沢さんでしたわね。今そこで黙って彼を返しちゃったら、絶対に後悔する事になると、私は断言してあげる。彼、別に言葉に出して断らなくても帰れた筈なの。その事をよく考えて賢明な判断をね」
「うっせぇ、星ノ宮は余計な事言ってんじゃねーよ。俺はさっさと帰りたいんだ、廊下に静雄や秋山も待たせたままだしな。後で待たせた分何を言われるか……」
「石田、煩いとは何だ! 星ノ宮様もあのような口調で言われて喜ばないでください。全くあなた様は困ったお人だ、そうやって手助けをするなど」
うーん、星ノ宮の奴何故喜ぶ。宇隆さんもさっきと違って、あまり声に怒りを感じなかったと言うか呆れてたなアレは。星ノ宮の奴も大概御人好しだな、さっきの俺と瀬里沢の話を聞きゃ、相手に少しくらい嫌悪感を抱いてもおかしくないのに。
瀬里沢の奴は頭に血が上っていたせいか、顔色は戻ったが頭は回って居なかった筈だったが、今はその顔は普段(?)の落ち着いた雰囲気も取り戻してやがる。
あ~あ、面倒だからさっさと消えようと思ったのに……厄介事だったら恨むぞ星ノ宮め。
意を決したのか瀬里沢は涙の跡を残したまま、俺を見つめる。
「キミには色々と迷惑が及ぶかもしれないが、それでも聞いて欲しい。キミのその人前にある物さえ手際良く消して見せたと言う技、頼む! その技を生かして僕に協力してくれないだろうか」
「あ、やっぱり? 改めて聞くけど嘘か本当かも分からない、俺のそんな眉唾な噂話を瀬里沢、あんたは信じられるのか?」
「単なる噂なら聞き流していたかもしれないが、我が部の同士が目の前で見たって話だ、今まで集めた情報の共有で嘘を吐いた者は居ない。僕は仲間をそしてキミの事を話す星ノ宮さんを信じる!」
「私を信じて下さるのは喜ぶところなのでしょうけど、……瀬里沢さん、貴方の言う目の前で見た“同士”って誰の事なのか、後でじっくりとお聞かせ願えないかしら? 私少し興味がありますの」
行き成り口を挟んできた星ノ宮だが、言ってる事は“お願い”の筈なのに、その声から伝わって来る威圧感は、そんな優しい物では無く“命令”にしか聞こえなかった。
名も知らぬ同士とやら、残念ながら瀬里沢のあの冷や汗の掻き様は、あっさりゲロると思うぞ、ご愁傷様です。
「あ、ああ。なら先ずは一旦倉庫から出て、あっちの美術室の方で話をしようぜ。それと宇隆さんも話を聞いてたと思うけど、俺の代わりに静雄と秋山に連絡してくれないか? 待機は終わり中へ入れって」
「了解した。今日は偶々まだ学校に残っていたのでな、まだ校内に残っているか分からんが、黒川を拾った後で星ノ宮様と私もそちらへ行こう。今何処に居るのだ?」
「部室棟の旧校舎の美術室、通称『撮影部』のある場所だ。まあ、俺は今日初めてそんな部が在る事を知ったんだけどな」
どうやら今日はすんなり帰る事は出来ないらしい、でも瀬里沢が何故俺を脅してまで手助を求めたのか、理由がはっきりするに違いない。
どうなるかはまだ分からないが、コレも“物品交換士見習い”として、真っ当な人と人の橋渡しになるんだろうか?
つづく