4話 カードの錬金術師
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俺は先ほどうっかり言ってしまった。
今は偶然知り合った筈の迷子の女の子である佳代ちゃんの母親の名前を、何故分かっているのかと静雄と秋山の二人に問い詰められ、誤魔化そうと必死だった。
「えっと~それはその~、ほらアレだよアレ……勘って奴だよ勘! いやぁ~俺の勘も捨てたもんじゃないな~。本当偶然の一致って怖いわ~」
「怪しいわね。あんたさ、語るに落ちるって諺知ってる?」
「明人、俺も秋山に同意だ。普段も割と変だが、今回のは流石におかしいと思ったぞ」
「……かよのママのお名前、変なの?」
二人に俺が追い詰められる形で、話の蚊帳の外になっていた佳代ちゃんが秋山の後ろでそう呟く。
笑顔が曇り、その言葉には不安そうな感情が込められていた。
秋山もこれには焦ったようで、慌てて訂正している。
「えっとね、そうじゃないのよ。別に佳代ちゃんのママのお名前は変じゃないわ。佳代ちゃんと同じで素敵なお名前だとお姉ちゃんは思うな、ほら安永君……おっきなお兄ちゃんだって、絶対そう思っているわよ」
「ほんと?」
つぶらな瞳で見上げられ狼狽えている静雄の姿は、普段学校では絶対見れない。
それに気付いた俺と秋山は思わず口元がにやけ、何て答えるか見守る。
「……う、うむ。間違いない俺も同じく思うぞ」
「ほらほら~、早くいかないと佳代ちゃんのママさんだってきっと待っているんだ。些細な事に拘ってないでさっさと行くぞ!」
「ママのところにいくー!」
「もう! なによあんたが悪いんじゃない! 覚えておきなさいよ~」
「……ふむ」
あっさりと秋山と静雄の言葉を信じてコロッと表情を変える佳代ちゃん。
この頃の子供って本当純真だな、疑り深い秋山と比べええ子やなぁ。この子も将来この男女みたいに、何気ない言葉で人の心を抉る様に成るのかと思うと、お兄さんは無常を感じるぜ。
――暫くして俺達三人とゲスト一名は交番に付くと、そこに居たエコバッグを持った妙齢の女性を見て「あっ!」と皆が声に出す。
きっと佳代ちゃんはママさんが見つかった喜びで、俺達三人の場合は『大人になった佳代ちゃん』を幻視したからに違いない。
何故なら佳代ちゃんと顔のパーツがそっくりな女性が、交番内の安っぽいパイプ椅子に座っていたからだ。
二人にここまでの経緯の説明を任せて、俺は初めて入った交番内の物や備品、それに装備している物(初めて生で見た拳銃は、聞いたことのあるニューナンブじゃなく、スミス&ウェッソンM360Jライセンス“サクラ”回転式けん銃だった)等を視線で『トレード窓』を開き色々見ていると、中に居たお巡りさんは巡査部長(杉浦 東吾)と巡査(小野田 薫)の二人だけだ。
他にもう一人居るらしいけど今は居ないようで、備品を見て分かったのはその人の名前と階級(巡査の佐藤 健二)だった。
交番の中では丁度佳代ちゃんのママさんが杉浦巡査部長に、迷子になった佳代ちゃんの説明を話し終わったところだったらしい。細身の小野田巡査が巡回中のもう一人のお巡りさん佐藤巡査に、迷子が見つかったと連絡している。
静雄と秋山は商店街で出会った佳代ちゃんを、迷子と確認して連れてきたと簡単に纏め話すと俺達はママさんにはとても感謝された。
杉浦巡査部長や小野田巡査にも「最近の若い世代はたとえ迷子を見つけても、無関心か良くて電話で連絡だけして、中々交番まで来ることは少ないよ」と感心された反面、愚痴に近い嘆きも聞かされた。
「佳代を連れて来てくださり、本当にありがとうございました」
「バイバイー、お姉ちゃんたちありがとー!」
こうしてあっさりと「三島綾」さん(28歳)が見つかり、この件はサクッと片付くことになった。
「母親も直ぐに見つかって良かったな」
「流石にちょっと緊張したわね。普段交番なんて利用しないし、けど安永君の言う通り早く見つかって良かったわ。でも気が抜けちゃったせいか、何か忘れているような気がするんだけど」
「さ~て寄り道になったが良い事したし、俺の用事もだいたい終わった訳で、二人とも忘れているようだが、当初のお前らの目的だった本屋でも行くとするか」
俺は購買で『トレード窓』を利用して物を買えた事で、午後の授業中に色々考え思いついた事を本屋で試そうと、商店街で購入した物を鞄の上からポンと叩き三人で本屋へ足を運んだ。
三人とも買う本の種類が違うためか入って直ぐに別れる。
目で二人を少し追うと秋山は女性コミックのコーナーへ行ったし、静雄は何のCATV番組の影響を受けたのか分かりやすい。
大方色々発見するチャンネルでも見たんだろう、さっそく世界遺産の特集本を手に取って立ち読みしていた。
俺はと言うと、「トレード開始」と呟き『窓』を開くと毎月二回出ているゲーム雑誌を選択、値段は七百三十円(税込)で所有者名はこの本屋で間違いない。
普通に購入するなら単にレジに持っていけば済むがここで実験。
開いた『窓』の俺の側のトレード枠の六カ所の空欄に、商店街で購入した俺所有の物を選択して嵌めて行く。
三個パックのプリン、A4ルーズリーフ百枚入り、トレーディングカード一パック、単三乾電池十本セット、五百ミリ入りペットボトルのジュース一本、最後に図書券(五百円分)を載せる。
……結果、交換枠に乗せてアイコンが赤表示(対象外)となったのは、以外にも図書券だった。
図書券に関しては、念のためお金以外の金券にトレード窓でも交換対象として使えるのか確かめるため載せたのだが、つんつんして本物と分かっていてもダメな理由が分からない。
あとは予想通りに交換対象にできたようだったが、トレカ(トレーディングカード)に値段差がでた。駄菓子屋で見た玩具と同じ現象だな。
例の如くつんつんすると、パックの中身の一枚がレアで結構価値が高くその一枚に千五百円の価値が表示されている。
雑誌値段七百三十円を引くと、こちらは五点の合計千百六十七円となった。
本来なら差引千百七十円なのだが、プリンの価値が三円分下がっている。
どうやら運んでいる最中に劣化したらしく、差額がプラスの四百三十四円となった。
だが決定ボタンが点滅することはなく、首を傾げ調べるとこちらが足りない金額分を打込んで足すことはできても、トレード窓では飽くまでも販売時の価値が不動らしく、ピッタリ交換しか出来ないようで差額は貰えないようで残念だ。
……あれ? トレカの中身って、もしかして買う前から中身が分かる? これは調べねばと俺はさっそくトレカコーナーに移動して検証。
結果は……パックの中身が買う前から分かり、トレード窓ではパック毎に価値が変わっているので、とても分かりやすいです。マジスゲー!
暫くトレカコーナーで買い取り価格表と睨めっこしながら“トレード”を繰り返し、店にあったパックからそこそこ価値のある物を選び、手に入ったレアカードを持って買い取りコーナーに並んだ。
「すみませ~ん買い取りお願いします」
「いらっしゃいませ~カードの買い取りですね。それではお客様のご希望のカードを拝見します。……どれも美品ですね~傷も全くありませんし、今合計金額の計算をしますので少々お待ちください」
――「ありがとうございました~」
買い取りコーナーの間延びした男性スタッフの声を後に、俺は現金を一万二千円ほど増やす事に成功した。
トレード窓で中身を確認後に交換もできるおかげで、価値のあるカードが入ったパックをトレードで購入し、トレカ買い取りコーナーでそれを売って、元でのあまり掛からないショボイ錬金術の完成だ。
思ったよりも結構時間が掛かったし、そろそろ戻りましょうか。
懐が温かくなり、何よりも思いがけない収入に浮かれた俺はそのままブックコーナーへ、足取りも軽く飛ぶように向かう。
最初に買おうとしたゲーム雑誌は普通を装いレジに並んで購入したが、以前なら恥ずかしさと年齢的な問題で、女性店員の多いこの本屋じゃ絶対買えなかったアダルトな雑誌を、トレード窓でドキドキしながら厳選して選び、二冊も購入して今は俺の腕の紙袋の中でその重みを伝えてくる。
つい本の中身の女性のあられもない姿を思い出し、軽い興奮のせいか胸がグッとして苦しくなった。
よっし! 完璧だ。誰にも顔バレせずにあの本を手に入れたぜ~! 静雄にも今度貸してやろう。
「石田! あんた何処うろついていたのよ。安永君も私もあれから直ぐに本買ったのにあんたときたら全然姿が見えないし、携帯も繋がらないから散々書籍コーナーを探して回ったわよ。だから安永君は今DVDのレンタルコーナーにあんたを探しに行ったわ!」
レジで精算が終わり店の出口に近い所で、行き成り目の前に秋山が飛び出してくると、怒った顔でいっぺんに俺にそう捲し立ててきた。
改めて時計の時刻を見ると店に入ってから一時間とちょっと過ぎている。
名前を怒鳴られた事で、一瞬秋山が先ほど俺の頭に浮かべていた事が、コイツにバレた様な気がして、先ほどよりも心臓が高鳴り変な汗が出てくる。
「……悪い、携帯は電源切ってた。それとちょっと立ち読みした後向こうのゲームコーナー見に行ってたから、本当にすまん」
「別のコーナーに行くならちゃんと一声かけてよね。あんたもその様子だと用事は済んでそうだし、安永君と合流したら今日はもう帰りましょ」
腕に持っていた紙袋を指摘され、更に心臓が早鐘を打つ。
焦った~この中身を見透かされたんじゃないかってくらいの鋭い目線だった。
「あ、ああそうだな。俺もなんかドッと疲れが湧いたよ、一刻も早く家に帰りたい気分だ」
「散々私達を待たせたあんたがそれを言うなんてね。……もういいわ」
呆れたように言われたがそのまま秋山と待つ事暫し、紙袋を持って静雄も合流したので俺たちは本屋を出た。
歩きながら俺が遅くなった理由を話す中、秋山と静雄は電車通学なので商店街をそれて駅の通り沿いに向かう。
今度は静雄の持っていた紙袋で、立ち読みしていた世界遺産の本を思い出し話題を移した。
「それで、静雄は何の本を頼んでいたんだ? さっき見かけた世界遺産特集?」
「いや、アレは偶々見かけて読んだだけで、俺が頼んでいた本はこれだ」
そう言って静雄が持っていた紙袋から取り出した本は『応用サバイバル術』と言うタイトルだった。
俺と秋山は顔を見合わせた後、無言で静雄を見つめる。
……似合いすぎて何も言えねぇ。
「ええっと~、安永君はその本を読んでどうするのかな?」
偉い! 俺には突っ込めなかったその台詞待っていたぜ! 今だけは褒めやろう。ナイスだ秋山!
「夏休み中にだが、爺さんと少し山に籠るかもしれない。その為にだ」
お爺さんと仲良く登山ですか? ……違いますね所謂「ザ・修行」って奴か!
「へ、へぇ~安永君のお祖父ちゃんは登山家か山登りが趣味、とか?」
「いや、実家の裏の山が代々家の土地で、畑を荒らす猪が増えたから狩るって話だ」
今俺の頭の中では安永さんの家は、日本特有の農耕民族では無く絶賛荒ぶる狩猟の方がメインで、毛皮を体に巻き付け槍を持った蛮族のイメージです!
「……安永君のお祖父ちゃんって、凄いお元気な方なんだね」
もう良い、秋山お前は頑張った! それ以上は踏み込むな。帰ってこれなくなるぞ!
「そうだ、爺さんが誰か友達を連れてきても良いと言っていた。明人に秋山二人とも良ければ一緒に来るか? 無駄に広いから部屋は沢山あるし、空気も良いぞ」
秋山は無言で俺を見る。静雄も同じく顔を向けた。何故こっちを向くんだ! 俺をお前らの話に巻き込むなー! 仕方が無いここは緊急回避だ。
「いや、ほら俺も行くのは吝かではないが、期末の試験の結果次第じゃ勉強しなきゃならんし、親にも色々と確認とかあるし、秋山は女だし今すぐには返事は出来ないよなっ? な?」
「ふーん、あんたは吝かでもないんだ。そうね確かに今直ぐには返事を出来ないわね」
「そうか、吝かではないんだな了解した。そう言えば秋山は探していた本は買えたのか?」
あれ? 何かニュアンスが変じゃね? 上手く回避したつもりだが何か間違えた?
「私? 探していた本はまだ入荷してないって聞いたから、買ったのは単行本が二冊ね。石田あんたは?」
秋山も紙袋から単行本を取り出し見せてくれた、ボヘッとしながらでもチラッと見えたその表紙のキャラクターは、最近流行りでアニメにも成っていた奴だ。……ん?
「へあっ?」
「へあっ、じゃなくてあんた私の話聞いて無いの? あんたも本買ったんでしょ? その紙袋」
「えっ? あ、いやこれはゲームの攻略雑誌だよほら」
ボーっとしていた俺は左腕を開き持っていた紙袋から上を掴んで本を引っ張り出す。
途端、俺の顔面に鈍い痛みが走り鼻から熱い物が込み上げてきた。
「イヤー! ヘンタイ! バカっスケベ! あんた何て本買ってんのよ。堂々と私にそんな本見せるなんて信じられない!」
秋山はそう捨て台詞を言い放つと、脱兎の如く踵を返して凄い速さで走り去っていく。
酷い痛みに顔を顰め、右手を見ると其処には『特集!あの『神殺し2』SP攻略30P+特殊防具コード付き』のゲームキャラが格好良くポーズを決める表紙では無く、『特集!大胆ポーズで水着から零れる果実に激しい果汁私の全て見えちゃう』の際どいポーズにほぼ全裸に近い、透けた布を纏った艶めかしい女性の表紙だった。
茫然とし表紙を見つめる俺の肩がポン叩かれ振り向くと、何かを悟った様な表情で静雄が言う。
「流石だな明人、照れも無しか。……今度その本貸してくれないか?」
「ぜってー貸さねぇーーーーー!」
街灯がチカチカと点灯し始め夕闇を照らす中、俺の絶叫が辺りに響き渡った。
展開はゆっくり、もう少し続きます