36話 己が持つ誇り
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あれから疲れ切った俺と明恵はそのまま一緒に寝ていたようで、帰宅した母さんに見付けられ、「病み上がりなのに掛布団だけで床で寝ちゃダメじゃない」と一度起こされたが、覚醒しきってない頭ではどうにも眠気に抗えず、結局ベッドにダイブしてハッキリ目が覚めた時は、既に二十二時を過ぎていた。
俺は割符を持って焦って台所に向かうと、親父が丁度帰って来ていて晩御飯を食べながら、母さんと何か話をしていたが俺を見て「少しは具合良くなったのか?」と聞かれ頷くと、「お前もお腹が空いただろ? 早く座れ。母さん明人にも用意してやって」と言う前に既に母さんは動いていた、こうして両親と俺の三人だけで過ごすのは久しぶりだ。
流石にこの状況で冷蔵庫を開けるのは無理だ、本当なら夕方を予定していたのに、師匠は連絡のない俺を心配……よりも怒って無いよな?
「それで、もう大丈夫なのか? 急に熱なんか出すなんて明人らしくないな。お前は誰に似たのか体だけは丈夫だったのに、誰かに夏風邪でも貰ってきたのか?」
「夏風邪と言うより、ちょっと疲れが溜まっていたんだと思う」
「そうよね、母さん明人が目の下に隈作っていたからちょっと心配していたのよ。夜更かし何かしないで、寝るときはちゃんと寝ないとダメよ? 明恵も今日はもう晩御飯を食べたら直ぐ寝ちゃったけど、夕方帰ってきた時は二人して布団被って床で寝ていたから、ちょっと吃驚したわ」
「あ~、あれは明恵と俺の部屋でゲームしてて俺が寝ちゃったせい。けどおかげで熱も無いし頭は大分スッキリした。それで……俺の寝ている間、明恵は母さんに何か言っていた?」
母さんは特に追及しては来なかったが、目の下にできた隈の事は気が付いてたらしい。
俺の意識の無い間一応内緒と約束はしたが、心配した母さんに明恵がアレの事を話していないか。少しだけ不安になった俺はそう聞いてみたが、俺らを見つけて直ぐに母さんは何が在ったのか聞いたところ、明恵は「お兄が寝たから布団を掛けて一緒に寝てた」とだけ答えたそうだ。
よしよし、明恵は俺との約束は忘れてない。プリン同盟の結束が固い分、確りと対価を支払う必要ができたな。
両親からはあまり遅くまで起きてたりせず、夜更かしは程々にと小言を言われてこの件は終了したのだが、俺としてはまだ師匠に会って話をしないといけないので、それは約束できない。
その為食事をして部屋に戻った俺は、眠気は全くないので階下の様子を窺って、今日の日付が明日に変わる頃に、やっと両親は寝室へと引っ込んでいった。
待ってる間は“命名の石”の事や偶然明恵までソウルを解放した事等、師匠に報告する話題を纏めていたのだが、寝ても体の怠さが抜けないのは、俺のソウルの器から力を抜いたせいだろうか?
兎に角会って話をしてみないとソウルに関しても、石にしても分からないのでさっそく台所へ行き、師匠がもう寝ていない事を祈りながら冷蔵庫の扉を開けた。
この時の祈りは実際叶う事になるのだが、嬉しくない結果だった事は後で分かる事になる――
割符を持って開けた扉の先は、間違いなく昨日見たあの部屋だったのだが、部屋の中は明かりが消されてなく、師匠は寝むりもしないでこちらに背を向けて何やら唸っていた。
だがその背中から漂う雰囲気に俺は、“これは何やらヤバイ”と肌で感じ慌てて扉を閉めようとしたが、その動きの気配を感じたのか師匠が突然振り向き、閉めようとする扉の間に手を挟めた。
「師匠何か込み入った問題が起きてそうなので、今日の所はお邪魔みたいなので帰りますから、その手を放してください。いやマジで」
「何を言うか! ワシはアキート、お主を待っとったんじゃ! ここまで待たせた揚句逃げられるとは思うでないぞ! お主こそ諦めてその手を止めんかい!」
師匠はそう叫んで扉を閉める事を邪魔するが、一体どうしたと言うのだろう? やはり例の熱を出したと言う子供に、何かあったんじゃないだろうか? しかもこの時間まで寝ないぜ俺を待っていたと言う事は、もしかして渡した薬に何か問題でもあったのか?
「師匠、落ち着いてくれ。そんなに叫ぶと不味いって、俺の親まで出てきたらもう収集つかないよコレ」
「む、すまぬ。じゃがお主も悪いのじゃぞ? 夕方から待っていたのに全然現れる様子がなかったしの。いったい何故こんなにまで遅くなったんじゃ?」
俺は夕方に一度こちらに繋ぐべく冷蔵庫を開けた事や、その後明恵に起きた事と俺のソウルの器から力を引き出して、命名の石を元の色に戻した結果明恵までソウルを解放したことまで伝えると、師匠は驚くよりも口を大きく開いて呆れた顔をしていた。
そこで師匠らしく良くやったとか、大変だったなとか労いの言葉は無く、呆れるってどうよ?
そう思った時“ピピッ”と冷蔵庫が扉を開けっ放しな俺と師匠に対して、抗議の音を鳴らした。
「……アキートは随分と無茶をしたもんだの? 普通なら“命名の石”はそれまでの“かりそめの名を捨てさせ”新たに生まれなおすべく、人一人のソウルを活性化させる程の要素を必要とするんじゃぞ? 良く倒れるだけで済んだの」
師匠は白く伸びた髭を扱きながら、感心したように答える。
人一人分のソウルの活性って言われても、俺良く分からんし困るわ……どちらかと言うと明恵のソウルの器が小さいか、命名の石の容量が小さいだけじゃねーの? まあ結果的に上手く行ったから良かったけど、本当もうあんな思いは絶対したくない。
「いや、本当に大変だったんだぜ? そもそも空になって使い終わった物に、そんな“再吸収”をする効果があるなんて、普通思ったりしないから」
「アキート、普通使い終わった“命名の石”は寺院に預けるか、その命名式を行った土地に埋めて“還す”もんなんじゃが、……お主が知ってる筈も無い事じゃったな。それは重ねてすまん事をした」
師匠は姿勢を改めると、俺に向かって丁寧に頭を下げ謝ってくれたが、こんな大人の人に謝罪された事なんて無いから、逆にちょっと焦った。
でもそれは師匠のと言うかキチンとした一人の人間として、誰かの大切な人を危険な目に合わせたと、本気で思ってくれたんだと考えた俺は「分かりました」と受け答え、頭を上げて貰った。
「俺もよく調べもしないで明恵の手の届く位置に、あの石を置いといたのも拙かったんだと思う。だから預かった石を、もっと大切に保管しておくべきだった。師匠、ごめん」
「何の、そこはお互いさまじゃ。うむうむ、やはりワシの目に狂いは無かったと、そう思えるわい、……話は変わるんじゃが、実はお主から貰った“あの薬”なんじゃがかなり困った事になっての」
師匠は会うたびに毎回困ってるように感じる、初めてあった時も水が無くて困っていたし、もしかして割と不幸体質なのか? そう考え思わず笑いそうになった俺は、右の掌で両頬を掴み何とかニヤケルのを防いだ。
だが、それまで敢て聞かず考えていたことを、口に出して聞くことにした。
「えっと、それで何に困っているんです? まさか……例の子に何かあったとか?」
「それなんじゃがどうもこうも、お主から貰った薬が大層よく効いての。普段から村人たちが使っている薬師が作った薬は、効果が出るまでそれなりの時間がかかるんじゃ」
うーん、あの“バジリスクの葉”と酒とか混ぜた物だったっけ? なんせ手作りだし割と効き目に差が在りそうだったから、こちらの医薬品と違って効果が万人に確実に効く……て事も難しいのかも知れないな。
だけど、それで何で師匠が困る事に繋がるのか良く分からん。
「あの子も熱が下がったんなら問題ない筈じゃ? 副作用とか無いですよね?」
「副作用? そんなものは無かったの。だがアレは弱っていたあの子も『とても甘い』『ありがとう』と言って喜んで飲んで、しかも直ぐに熱が下がった。親御さんもとても喜んだんじゃが……」
そこで言葉を切った師匠は何故か酷く疲れた様子を見せる、益々不思議に思った。
師匠は俺から視線を外すと、深く息を吸い込み吐き出すと先を続ける。
「あの薬は“効きすぎ”たんじゃ。あの子が熱も下がりケロッとしてすぐ治ると、他の村人から“何故もっとあの薬を早く出さなかったのか?”とワシに詰め寄って来てな。しかもあのように効果のある薬だし、きっと値段も高く“水の要素を含んだ秘薬”に違いなく、渡すのが惜しくて隠していたのではと、変な風に話が大きく成ってしまっての」
「それって、逆恨みも甚だしいじゃないか! 偶々師匠が俺とこうして冷蔵庫……そっちは絵だっけ? と繋がったからできた事で、別に他意なんて無くて助けたい気持ちで師匠が頑張ったからじゃないか! そんなの酷いぜ」
俺がそう言うと、師匠に「お主も落ち着け声を荒立てるでない」と追われてしまって慌てて口を塞いだが、二階の両親に聞こえて不信に思われてないか少々ヒヤッとした。
「それに、あの子の前に熱が在って苦しんだ子供が、未だに体に赤いぶつぶつが出来て治りきって無いので、もっとあの薬が在るなら多少高くても売って欲しいと言われたんじゃが、あれはお主が善意でくれた物、勝手に売る事はできんしワシも値段を付けられんので、村人には待って貰っていたんじゃよ」
「そう言う事だったのか、待たせて悪い。と言うかあれまだ残り何錠か在ったんだし、別に他の人に分けても良かったんだぜ? もうこれで師匠が悪く言われる事も無いな」
俺がニカッと笑ってそう言うと、師匠はヤレヤレと首を振って「それは出来ん」と言ってきた。何でだよ!
「お主のその気持ちはありがたいし、とても尊い事じゃと言える。じゃがここでもう一度あの薬を“タダ”で渡すのが問題なんじゃ。最初は効果を確かめさせて欲しいと、こちらからお願いして飲んで貰ったからの。また“タダ”で物を分け与えると“次も”と“期待”してしまうんじゃ、人は弱った時特にそう思ってしまう。それが今ワシの居るような辺鄙な村じゃと正に不味いんじゃ、何処かで“けじめ”を付けんとな」
「何でさ! 助けが要るんだろ? 師匠もそう思ったから動いたんじゃないのかよ!」
「そうじゃ、だがなこの村にワシが次に訪れるのは早くて半年後じゃ。その間に何かあった時、ワシが居ればなど考えられてはダメなんじゃ! “特別”にはそれ相応の理由が要るんじゃよ。今回の例を挙げるならば、病気になったが“高価な薬が買えたから”助かったとな。何もせずとも助かれば、それまで“助からなかった者”はどうしても相手を“恨やんだり妬んだり”最悪憎んでしまうモノなんじゃよ。“何故? どうしてアイツだけ?”とな、そうなればこの狭い村の人同士で、いがみ合う理由を生んでしまう」
長く語った後、師匠は「だから物品交換師は、公正に人と人へ物と物を交換する懸け橋になるんじゃ」と寂しそうに呟く。
俺には師匠の話は難しい理屈で、やりたい事をやれない理由にして、逃げているようにしか思えなかった。
つづく