35話 口止め料はプリンで
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上手く明恵をゲームで釣って俺の部屋に閉じ込めた後、机に置いてあった割符を手に持ち冷蔵庫の扉を開けるが、……少々早かったようでまだ普通の冷蔵庫の中身のままだった。
昨日師匠は夕方頃にまた会おうと言っていたが、向こうで何か在ったんだろうか?
もしかして件の子供の容態が悪化でもしたか? 俺は念の為熱が出た時に使ったピッタリ熱冷ましーると氷嚢に氷、後は親父が偶に酒を飲んだ次の日作って飲んでる、水分を補給し易くするポ○リスエットの粉を準備、後は果物でも渡せば大丈夫だろうと点検を終え、冷蔵庫からお茶とコップを持つと、明恵の待つ2階の部屋へ上がって行く。
理由としては師匠と話している間に、明恵に喉が渇いたと言って降りてこられるのを防ぐためだ。
流石に冷蔵庫の中に話しかける姿を見られる訳にはいかん、どう見ても頭のおかしい奴に思われてしまう、それでは兄の威厳が保てん!
その為にもちょくちょくプリンで、俺の兄としての甲斐性を見せているのだから。
部屋の中からは独自の軽快なBGMが聞こえてくる、少し音量を下げるように注意するかヘッドホンでも付けさせよう、そう考えながらドアをノックし中へ入る。
「ほら、喉が乾いたらこれでも飲……ん明恵っ! お前何してるんだ!?」
「ふえっお兄! お兄助けてっ!」
部屋のドアを開けて中の光景を見た俺は絶句した。
明恵が半泣き状態で、机の上に置いてあったあの“命名の石”を持っているのは頭で理解しているのだが、それより驚いた原因は俺の目に明恵とその石に“変に輝くエフェクト効果”が映っているからだ。
俺があの石に触った時も、傍から見ればあんな状態だったのだろうか? だが輝き方が微妙におかしい。
なぜなら明恵の体から発する光は徐々に弱まるように見える代わりに、その手に持った“無色透明”になっていた筈のあの石が、まるでその光を吸い取るかのように少しずつ赤い色が戻ってきているのだ。
あきらかにこの状況は不味いと思った俺は、“命名の石”を捨てさせるべく叫ぶ。
「明恵! 早くその石を捨てるんだ!」
「ダメなの剥がれない。助けてお兄!」
明恵が必死に俺に助けてと叫んでいる! 何でこんな事になったんだ、俺があの石を机の上になんか置いといたばかりに! クソッ何とかしなくちゃ、明恵の光……ソウルの力が吸い取られている!?
考えろ、考えるんだ。今ここに師匠は居ない、明恵を助けられるのは俺しか居ないんだ!
きっと今明恵から光が漏れ吸い込まれているように、俺の中にあるソウルの器からも師匠が指輪に力を注いだと話していた、“空の要素をソウルの器から引き出す”事と同じく、明恵の代わりにこの光に似た力を渡せれば……渡す? そうだ! 俺には便利な力が在ったじゃないか!
得体の知れない状況に泣き出した明恵を、安心させるべく抱きしめると同時に、その石を掴み「トレード開始!」と叫ぶ、途端『窓』が展開し選択していた“命名の石”が何時ものアイテムアイコン表記へと変わる。よし、良いぞ上手く行きそうだ!
俺は履歴を確認して行き、その使用方法を読んでいく……なるほど中身が空っぽの状態で放置していると、勝手に周りから五つの要素を吸収していくのか。
だが、期間を開けずに“命名式前の揺らぎが在る者”が触った為に、接触した事で明恵の中のソウルの器が石と繋がった際、逆にそのソウルの器から五つの要素が、吸収されかかってしまった訳だ。
なら、明恵では無く代わりに俺の中のソウルの器から、その要素を“渡せば”石の中の力は満たされ、暴走した吸収は収まる筈に違いない! 迷うことなく俺の中のソウルの器から五つの要素を選択し、決定を押した。
俺の腕の中に居る明恵とその手に持った“命名の石”、両方から発していた光は収まりかけ、透明だった“命名の石”は鮮やかな綺麗な色を取り戻し、ホッとしたのもつかの間、俺は酷い虚脱感を覚え急激に眠くなったが、今度は先程とは違う質の輝きが明恵を包み込む――
その光輝いた時間は、実際には瞬き一つにも満たない間だったかもしれないが、俺にはとても長い一瞬に感じる時間だった。
「……えっ?」
「お兄、この変な石って……それにそうるってなに?」
「はああああああ!?」
「お兄が石から助けてくれた後、ピカッてなってバーって」
「そ、それってもしかして」
「あなたのそうるの、うつわをかいほう? しましたってなんだろ?」
まて、コレは無い。確かにスゲー眠かったが一気に吹き飛んだわ! 明恵までもしかして命名式を出来ちまったって事か!? 本当に大丈夫なんだろうか? どこにも他に変化らしきものは見当たらないが、具合が悪かったりしないだろうか? そう言えば少しぼぉっとしているように見える。
俺の時のようにあの光景を見えたせいだと思いたい。
確かに明恵は七歳を過ぎているが、もう一つ重要な事を確認しなくちゃならん。
「あ、あのな明恵。よく聞いてくれよ? もしかしてソウル文字ってのも出来るのか?」
「あっ、そうる文字もしゅとく? したって誰かに言われた……誰?」
明恵も頭に響いた例のあの声を、聞いたのは間違いないようだ。
本当誰なんだろうな? 俺も明恵のように首を傾げたいところだが、つまりだ……俺はポケットに入れていた割符を取り出し、明恵の手に持たせてみる。
「明恵、その木の板に“何て書いてあるか”読めるか? 別に読めなくても問題は無いけど、できれば正直にお兄ちゃんに教えて欲しいな」
「ん、らーぜす? お兄これで良い?」
「うん、間違いないよラーゼスって書いてある。そっか、明恵にも見えるようになったか……それじゃ、明恵これを鏡に映して見てご覧」
俺はそう言って、今度は机の引き出しから小型の手鏡を取り出すと、割符をその鏡に映し明恵に見やすいように手に近づけてやる。
明恵は素直にその手鏡を覗きこみ、その視線を俺の持つ割符と鏡の中の割符を交互に見やった後、俺を見て首を振る。
「……何も書いてない。お兄手品?」
「うん、手品みたいだけどちょっと違うんだ。この字は普通の人には見えない文字で、今の所俺と明恵だけにしか分からない筈なんだ」
「お兄と、明恵にだけしか見えないの? 何で?」
「うーむ、それは難しい質問だ。流石に上手く説明できないけど秘密の文字だから、他の人には見えない。だから内緒だ約束だぞ?」
「ん! お兄との約束! ……プリン買ってくれる?」
「むう、はあ。お前が石に触りさえしなきゃ問題なかったんだが、机の上に出しっぱなしにしていた俺も悪いか。……仕方が無いな、プリンで手を打とう」
俺がそう言うと、「やった」と笑顔になり喜ぶ明恵だが、一時は本当にどうなるかと寿命が縮まった気がした……本当に縮まってないよね? 気になるのはあの石の説明に在った名前が、“命名の石”では無く“仮初の石”と表記されていたのが妙である。
兎に角無事に済んで気が抜けた途端、抱きしめていた明恵の温もりも相まって、気が付くと俺は意識を手放していた。
《アキエもソウルを解放した!》
《序にソウル文字も習得した!》
《アキートはプリンで懐柔した!》
つづく