29話 仲間
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俺も少々焦りすぎていた、体育館裏は偏った思考を持つ上級生のちょっとした“たまり場”になっているのだ。
どこの世界の話だよって思うだろうが、実際ここは外からも校内からも死角になりやすく、ある意味“伝統”にもなっていると言う訳で、教師も見回り以外来たりはしない。
幾ら人通りを避けると言っても、それを知っていれば中々通ったりする生徒も珍しい部類に入る。
……その珍しい部類に俺は入った訳だが、きっと熱のせいでとち狂ったに違いない。
今回ばかりは人目を避けるつもりで、静雄もここを通る事を選んだのだろうが、それに巻き込まれた黒川には同情するし、慰めてやっても良い程だ。
未だに目を開きっぱなしで辺りに倒れている奴らと、静雄の方に視線が行ったり来たりしているのがまる分かりで気の毒に思う。
普通は多勢に無勢でこんなに楽に勝つのは厳しい、でもそれをできるのが静雄クオリティ……俺には絶対無理。
コイツらこのまま放置しても良いが、静雄にたったの六人で立ち向かうってスゲーな、大方黒川を連れた静雄なら数で勝てると考え、保険で人質でも取る気だったのかは分からんが、どちらにせよ無謀な奴らに違いは無い、さてどうしよう?
「あ~、一応聞くが二人とも怪我は無いよな? それにしてもなんだって突っかかってきたんだ? 数に依ってボコる気だったんかな? 静雄コイツら何か理由とか難癖言ってたか?」
「ふむ? 揃ってグダグダと……確かイイ事をするのに使用料代わりに貸せと、あの人数で俺を脱がせて汗を流すと言ってたな」
「えっと、私は大丈夫怪我も掠り傷も無い。でも安永君の話は間違って無いけど、絶対間違ってると言わせてもらう」
静雄の話してくれた事に戦慄を覚えた俺は、黒川に視線を向けると虚ろな目で首を左右に振っている。言ってる事がどうにも要領を得ない。
間違って無いけど間違う? ナゾナゾか? 兎に角その不気味さが伝わって来るだけに、静雄の身(貞操?)の危険だったらしい、おかげで熱も下がったけど悪寒まで感じたぜ。こんな情報知りたかないわ!
「何だか良く分からんけど……マジか? お前に絡んでいく奴でソッチ系が集まってとか凄まじいな。静雄お前狙われてたっぽいから、暫く後ろに気を付けたほうがいいぞ。いや本当コイツらさわんのやーめた」
「無論遅れを取る気は無いが、背中はお前が居る心配ないな」
そこに居る奴らの危険度を理解してないのか、静雄は平然としたままでそう答え、倒れている奴に近寄りしゃがみ込むと何かしている。
無知って素晴らしいね、そんな特殊な嗜好の方に囲まれたら俺は悪気はないが即逃げる、断言できるわ。
「お、おお。まあコイツらが痛みに快感を覚えないタイプである事を祈ろうぜ……黒川、俺本物って初めて見たわ」
「酷い勘違いを見た、私はもう知らない」
しゃがみ込み頭を両手で抱えてブンブンしてる黒川、髪を振り乱していて若干怖い……っと、今度の着信は星ノ宮からか千客万来って感じだぜ。
「はいはい、ちょっと立て込んでるし時間も無いから手短に頼む。警察が来てるのは分かってるから、動きを教えてくれ」
「……御機嫌よう石田君、風邪の具合はどうかしら? 手短って無理よ、分かっているなら話は早いわ。さっきまで警察の方と職員室で話をしていたのだけど、二班に分かれて五限の間にD組生徒と水泳部の部員を、何人かずつ生徒指導室で聞き取りと同時に更衣室も調べるそうよ。本当は他の学年が使う予定だったらしいけど、設備に不備が見つかった事にしてプールじゃなくて、グラウンドでの授業に切り替えるって話を聞けたわ」
「上出来! なるほどな、それなら女子は更衣室じゃなくて教室使えば済むし、男子はそのまま更衣室使えるしな。しかし、そうなるともう5分も時間無いな、何とか足止めをしたいところだけど、何か良い手は無いもんかね」
星ノ宮からの連絡で更衣室に人がこない事は分かったが、それ以上に悪いニュースだった。
このまま直行しても何か策が無いと、女子更衣室近くに居て警察とのご対面はあまり嬉しくは無い。
どうしたもんかと若干頭を捻るが、そう簡単にアイデアが出るなら困りはしないのだ。
「足止め『だけ』でいいなら、簡単。直ぐにできる、だけど騒ぎになる大丈夫?」
「ふむ、黒川も『そこ』に気が付いたか? 確かに足止めには最適だ」
俺には考え付かない策が2人には出来るようだ、しかも言葉から伝わった自信には揺ぎ等全く無く、確信に近いような案が在ったらしい、静雄が黒川を見て『笑って』やがる。ありゃ~本当に楽しい物を見つけた時の貌だ……怖っ。
もともとある程度の騒ぎには既になっているし、俺達の目的が無事に達成できるなら問題は無い筈だ。
静雄も頼りになるが、黒川が同じ思考を持って動ける事に嬉しく思った。
「無問題って奴だな、星ノ宮どうやら運が向いてきたようだ。俺達は勝つぞ」
「勝って、貴方達何の話をしているの? 別に私達は誰かと勝負している訳では無いでしょ? ……でも、そうね私も負けよりは勝利の方が楽しいわ。そう言う事なら貴方達に全て任せてよろしいかしら? 休み時間が終われば代表として、私も直ぐに移動なのよ」
「承知! 朗報を待っていてくれればいいさ。やっぱ頼りになる仲間が居ると心強いよな」
「あら、私と宇隆もその仲間として見てくれると考えてよろしくて?」
「当然、後は秋山にも連絡をして直ぐに行動に移る。後は任せてくれ! それじゃあ切るぞ」
一旦電話を切ると秋山に連絡を取り直し、警察の動きと静雄&黒川と合流したことを告げる。俺はこの作戦が上手く行きそうで興奮した。
残念ながら頼んだ情報は手に入ったけど、今回は必要なく終わりそうだ。
だが、やはり秋山の情報収集能力は凄まじいな、こんな短時間で一年のAとB組の合同授業だなんて、俺には調べられる伝手はない。
落ち着くために深く息を吸い込むと気力が満ちてくる、気が付けば残っていた頭痛も消え体調も戻ってきた。
「よし、時間もないから警察よりも早く更衣室に先回りだ。その後二人の作戦を実行で間に合うか?」
「大丈夫、それよりもコレ渡しておく。肝心な役目あなたに託す」
「フッ、明人全て任せるが良い。こう見えて黒川は案外強かだぞ」
黒川が両手で差し出してきたmicroSDカードを右手で受け取ると、確り握りしめ『窓』にセットする、これで無くす事も壊れる事もない。
俺を見る黒川の瞳には、最初に出会った時の様な不安も怯えも無く、ただ真っ直ぐな力強さを感じ、隣に立つ静雄の顔は不敵な笑みを浮かべていた。
「ああ、黒川は俺なんかよりもかなり強いぜ? 何せ廊下で押し倒されて危うく……まあ、見かけは可愛いが内に秘めた強さは俺の倍はあるんじゃね?」
「……あの時は必死だったから、もう言わないで」
「ほう? 明人を押し倒す、か」
静雄はばつの悪そうな顔をした黒川を、感心したように見つめ。
俺は悪い悪い、と黒川に謝りながら三人で更衣室へと急ぐと一分もかからず辿り着き、丁度昼休み終了の鐘が鳴った。
誰にも見られて無いのを確認し、外から校内へ入り急いで曲がり角で待機すると、念の為静雄に辺りを警戒してもらう。
チラっと横に立つ静雄に視線を合わせると頷くので、中にはやはり誰もまだ来てないようだ。
男子更衣室には秋山の情報通り、一年の男子生徒が集まってきているが、女子更衣室は少し離れこうして廊下を一本隔てているので、俺達に気が付く奴はまず居ない。
少し問題なのは、このままもう少し近寄れば『窓』を使って交換できるが、それだと二人には俺が更衣室にも入らないのに、microSDカードを戻すことが出来たと証明できない事だ。
手品と誤魔化すにはかなり無理があるし、そもそもそんな事が出来ると分かれば、こんな苦労する必要もない訳なのだが、……流石にまだ『窓』の事を話す度胸はない。
「もう少し人が少なくなってから、鍵を開けて入るからタイミングは静雄に任せる。それで黒川よ足止め方法はお前に任せるが、そろそろ内容を教えてくれ。二人の事は信用しているが分かってないと、いざと言う時動けないなんて洒落に成らんからな」
「気配は俺が探っているから、心配は要らん。説明は黒川に任せよう」
静雄の一言で、俺達の背中に居た黒川がボソッと話すのだが、耳に息が掛かってソワッとした、もう少し離れて欲しい。耳が、耳が変になる。
俺の気持ちが全然伝わらないで、黒川は声を押さえより耳の近くに顔を寄せる。
ゾワゾワと背筋がむず痒く気色悪い、黒川の奴実は気が付いててワザとやってないよな?
「足止めは簡単、私達が見張るあなたは安心して中に入って。そうしたら私が『火災報知器』前で待機、安永君は警察が廊下の端に見えたら連絡して、すぐボタンを押すから間違いなく調査どころじゃ無くなる筈」
「えっ? ちょ、それは流石にどうなのよ!?」
「短時間かつ、確実に足止め。安永君はあなたの手助けに残ってもらう。私の役目は簡単ですぐ逃げれるから安心」
「うむ、実に理にかなった策だな。俺も黒川と同じ考えだ」
何だか更にややこしいと言うか、面倒な事態に成らなければ良いんだが、どうにも不安で胸騒ぎを感じるのは俺がこの二人よりも、キモが小さいのだろうか? 全く持って脳筋思考に思えてならない。
しかし、もう時間も無ければ策もない俺には、この流れに乗るしか無さそうだ……。
全然商売の「し」の字も出ないが、まだまだつづく。