28話 一人二十秒
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室内プールへ外から回って進む中、スマホを取り出し秋山へ電話……よし繋がった。
「秋山不味い事になった、今学校に着いたんだがもう警察は来ているぞ。星ノ宮達とは連絡できたのか?」
「ううん。星ノ宮さん達あれから職員室へ行った筈なんだけど、連絡はまだないわ。だけど安永君がD組へ黒川さんを探しに行って、捉まえたらそのままプールで石田と合流するって話をしたから、今は移動中かもしれないわね」
「なるほど、もしかすると星ノ宮と宇隆さんは昨日参考人として警察へ行ってたから、案外そのまま職員室で捕まったのを幸いに、話を長引かせて足止めをしている……んだったら良いんだがな」
「何よ煮え切らない話ね、結局それもあんたの希望的観測、取らぬ狸の皮算用って奴でしょ? 急いで安永君に連絡して合流したほうが良いんじゃない?」
俺は秋山の意見に賛成だが、如何せんもう直ぐ昼休みが終わる。
残り時間から考えて急いで合流しても、午後の体育の授業で更衣室を使われてしまうと、バッティングもイイ所だと言うか、既に着替えに人が入っている可能性だって否定できない。
流石に対象となる物と離れすぎた場合、『窓』を使って交換(送り付け)は出来ないからある一定以上は近寄らないとかなりの確率で無効になってしまう。
ただ、元が俺の力のせいか、自分の所有物だけはある程度無視できる。
残念な事に更衣室前の廊下には隠れられるような場所も無ければ、男子更衣室からだと距離がある為ギリギリ届かないと、俺には予測できた。
やはり少し離れ廊下から送るのが最適か? 何か他に良い方法は無いだろうか?
「秋山お前次の五限で、プールを使う組と学年は分かるか? それと急遽自習になったりして無いかも大至急で確認取って貰えないか? 俺も急いで合流するつもりだから静雄と連絡とるのに一旦切るから、分かり次第そちらから電話くれ」
「もうあんたは急に何なのよ~! 仕方ないわね何とかするからそっちも頑張るのよ? 肝心なところでうっかりミスとか止めてよね。それじゃこっちも調べるのに切るわ」
うーむ、やはり奴の情報網は侮れない物が在りそうだ、兎に角静雄に電話して居場所を確認するか、え~と着信履歴から発信っと……あれ? 繋がらん何で?
とりあえずプールの近くまで行って、もう一度連絡を取ってみるか。
校門側から室内プールまでの近道は、やはり体育館裏を通るのが早いので、俺はそこを通り抜けようとして“ここがどういう場所”だったかを忘れていたのだが、今回はそれが大正解だったようだ。
「ふむ、明人は此方に間違いなく来るようだ。秋山星ノ宮達からの連絡はまだないのか?」
「まあ、あのバカが来ない事にはmicroSDカードがあっても、警察が調べる前に戻すなんて芸当できそうにないしね。それが星ノ宮さんあの後から全然連絡が取れないのよ。どうしたのかしらね?」
「兎に角、明人が向かっている以上こちらも準備を整えておくに越したことはない。秋山はここに残り連絡を取り合ってくれ。俺はD組に行って黒川とカードを確保して合流場所のプールへ向かう。頼むぞ」
「任せて! 安永君は確り石田のフォローをしてあげて。どこか抜けてたりするからあなたみたいに頼れる親友がいて、やっとアイツは一人前って感じなんだから」
そう言って胸を張る秋山は笑顔で何処か楽しそうだ。
俺も明人の親友として胸を張れるような男で無くてはな、秋山に頷きで答えD組へ向かう。
昼休みも終わりかけで教室には疎らにしか人は居なかったが、目的の黒川を見つけると何事か考えているのか宙を見つめているように思えた。
特に重要な事では無さそうなので、そのまま教室へ入り黒川の前に立つ。
周りに居た他の生徒が驚いた風に俺を見上げ避けて行く、何か急用でも思い出したのだろうか? 解せぬ。
「黒川よ、星ノ宮から話は通っていると思うが明人が此方に向かっている。残念だが時間も無い、今から合流地点へ向かうが異論はないな?」
「わひっ! えっ?」
「皆まで言うな、では行くぞ」
「えっ? ええ!?」
黒川が何をそんなに驚いているのか分からないが、兎に角急いでいるのだ。
俺は有無を言わさず黒川を脇に抱え、合流地点へと急ぐ。……しかし、こうして抱えてみると黒川はとても軽い、確り昼を食べているのだろうか?
人混みを避け明人と合流すべく漸く体育館横まで来たが、黒川は心得ているのか何も語らず無言で俺に着いてきており、流石明人にカードを託されるだけは在ると感心する。
きっと黒川は肝心な事以外は黙して語らず、有言実行を良しとするのだろう、中々にできた人間だと思った。
そんな折、体育館裏に数人の上級生が座り込んでるのが見えたが、通り抜けようとするとニヤニヤしながら此方に向かって声を掛けてきたのは、知らない男達だ。
「あ? 何こっち見てんだお前? ……そのガタイとツラ、思い出したぜ確か二年の安永とか言ったな? 相棒の煩いオカマはどうした? 脇に女なんか抱えて一人でここに来るとはお楽しみか? イイねイイね~俺らにも少し分けてくれよ。勿論断りゃしねーよな?」
「これからイイ事しようってんだろ? ここの使用料だ俺らにも使わせろよ。そうすりゃ黙ってやるし悪いようにはしねえぜ」
「そう言う事だ、まあこの人数差で逆らう事なんてしないだろ? どうせ邪魔は来ないんだまずはソイツ脱がしてみれよ」
「理解できん。黒川こいつ等は頭がおかしいのか?」
「ひっ」
「ああ!? 俺等に逆らうのかお前!」
黒川は一言発しただけで口を閉ざす。
なるほどこいつらに話す口を持たないようだ、これには俺も納得できる。
この男達の話す言葉の意味は理解も共感もできんが、取りあえず相手の数は六人。
既に取り囲む心算なのか、少しずつ逃げ道を塞ぐ位置取りだ。
慢心が在るようで、正面からしか仕掛けてくる気は無い様子、黒川を後ろに立たせると軽く力を抜き、重心も下げ指を開いて構えを取る。
「こいつやる気のようだ、先ずはこのデカいサンドバックで汗を流してお楽しみはその後だ!」
「やっちまえ! 一斉にかかって袋だぜ!」
「ふむ、面倒だ一番弱い奴からかかってこい。強い奴ほど狡賢く楽をする」
そう言ってやると、予想通り牽制しあい動きが止まったのを見越して一番近くに居た男の手首を取り外側に捩じる、痛みで自ら前に出てきたので、その反動を利用して反対側の男に押してやる。
忽ち互いにぶつかる様に抱き合い倒れ、それを踏みつけ捻ると次に向かう。
まだ躊躇しているのか動きが硬い、時間も無いので隙だらけの首に掌底を放ち、その勢いのまま相手の軸足を払うと盛大に飛んでいく。
残りは3人だがここまで三十秒もかかってない。
状況を把握できてないのか、棒立ちのままの残りを捌いていく。
ここで懐に入れた携帯が鳴るが、構えは解かず緩やかに呼吸をする。
占めて二分弱か、まだまだだな。
「黒川よ待たせたが、携帯に着信が在ったのでもう暫し待て……む、明人からだ」
黒川は大人しく待っていてくれたようで、口を開けポカンとしていたので腹でも空いてるのだろうか? そう言えば俺も何だか小腹が空いたので、懐から飴を二つ出すと一つを黒川の開いた口に放り込み、もう一つを口に含むとレモンの甘さが舌に広がった。
「はん!?……イチゴ味だ。あの、安永? さん? この人方生きてる? 動かないけど」
「問題ない、手心は加えたから落ちているだけだ。暫くすれば勝手に起きるだろう」
こちらから明人の携帯にかけなおそうと思った時に、誰かが近寄ってくる気配を感じたがまだ仲間が居たのであろうか? 俺はそちらに顔を向けるとそこには丁度タイミングよく明人が現れた。
「おーい静雄! ……あ、黒川も一緒か丁度良かった。もう警察が校内に来てるから急ごうぜって言うか、ひ~ふ~……六人か本当静雄は俺らと違って、どこのバトル漫画の出身だよ。そいつ等何秒?」
「一人二十秒弱か? 俺の爺さんならこの程度の奴ら一人五秒だな。まだまだ俺は精進が足りんな」
「うへぇ、六人を三十秒でか? もう静雄の爺さん人間業じゃ無いんじゃね?」
そう明人は顔を顰めて言うが、声の方は顔と違って楽しそうな響きを感じる。
明人も俺と同じように修練を重ねれば、同じ境地に辿り着けると誘った事があるが、答えは何時も同じ『そいつは静雄に任せるよ、俺はお前と違う境地を見つけてやるさ』
俺は高校に来て、背中を任せるに足る心友を得たのだ。
如何に数が多くても、その巨体から繰り出される力と意外な素早さに圧倒された……のです!
つづく