27話 釣りは要らない取っときな
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いつもの様にジリリリリと目覚ましの音が鳴っている。
俺は寝ぼけ眼で枕元にあるそれを止めようとしたが、何故か体が言う事を聞かずノロノロとした緩慢な動きしかできない。
なんとか音を止め起き上がろうとするが、頭を持ち上げようとした途端に酷い頭痛と眩暈、それに吐き気が襲う。
……どうやら俺は風邪をひいたようだ。
昨日は子供の熱を下げる為に師匠に解熱剤を渡した癖に、今日の俺はその熱にやられるとは何という皮肉だろうか、これでは約束を果たせない。
一応静雄と秋山には昨日の内に星ノ宮達と直接会って、microSDカードを黒川に預けたとメールし、詳しい話は明日と伝えてはいたが不味い事になったな。
俺は頭痛と熱を訴えてくる頭で、今日やるべきであった事をぼんやりと考えるが上手くまとまらず、気が付いたときには時間が過ぎて、部屋のドアをトントンと叩く音が響いていた。
ドアの向こう側からその音の発生源の、明恵の声が聞こえる。
「おはようお兄、起きないと遅刻。ご飯も冷める」
「……起きてる。お前は、部屋に入らず母さんを呼んで」
何とかそれだけを絞り出すと、明恵の気配が消え階段をトットットっと降りる音が聞こえた。
よし、部屋には入れなかったが空気感染とか大丈夫だろうか? 今は夏なのに寒気を感じる俺は、縮こまりタオルケットを隙間が出来ないように抱き込んだ。
……少し眠ってしまったらしい、気が付くと被っていたタオルケットはなく軽い羽毛布団に変わっており、頭には冷却用ジェルの付いたピッタリ熱冷ましーるが貼られていた。
母さんの仕業だろうがそこまでされて、全く気が付かなかった事にそんなに症状が重かったのか? と自問するが症状から風邪としか連想できない。
布団から腕をだし、時計を寄せて時間を見ると既に十時を半分程過ぎていて、小さくため息を吐き、とても気怠く関節も痛む事を自覚する。
その時耳にヴーッヴーッと着信音が机から聞こえるが、今の俺にはたったの五歩ほどの距離が酷く遠く感じ、その電話に出る事も出来ない自分に情けなさを覚えた。
俺は昨日感じたソウル解放の高揚感を、寝る前これは現実なのだとある意味浮れていたのに、そんな気分はちょっと風邪をひいただけで急激に萎えて、今は感情を上手く制御できず孤独と心細さしか感じない。
普段ならこんなことを意識もせず、精々“学校休んじまった”くらいにしか考えない筈なのに、俺はいったいどうしてしまったんだろう?
そんな事を取り留めなく考えていたが、星ノ宮に返す下着の事を思い出し『窓』を開くと自分の所有物を確認していくと、その中に“盗品フォルダ”が隠されていた。
この『窓』は師匠が話すような“真面目な物品交換士”には在りそうもない機能なので、益々俺は本当に“ただの物品交換士”なのか怪しい物だ。
だがその考えに答えが出る訳もなく、次第に眠気に襲われ目を閉じてしまう。
次に目が覚め、今は丁度十三時過ぎで大分熱も下がって回復した俺は、軽く空腹を感じた。
「そう言えば、俺朝も食べていないんだっけ」
誰に聞かせる訳でも無く、グゥと鳴く腹を押さえ独り言を呟く。
そして、さっき着信が在ったよなと起き上がり、軽い頭痛を感じるが動けない程では無いので、そのまま机まで移動しスマホを取って確認した。
着信履歴は静雄、秋山、星ノ宮(昨日登録済み)の三件だったが、メールは二桁に達して特に秋山からの件数が圧倒的で、今から中身を見るのがとても億劫だ面倒事にしか思えない。
件名からして「あんた遅刻?」「学校サボり?」「バカは風邪ひかないって嘘」と中身を見なくても分かりそうなメールに、「昨日の事件」「下着ドロ“あんた”って噂」「三限から二年生自習」等中々物騒な題名に続き、「館川さんに一ヶ月停学処分」……俺は中身を見る為クリックした。
秋山からのメールの内容は端的に言うと、例の盗撮の件で起きてる事だった。
昨日学校内だけの問題では済まなく警察に届けられた為、夜からは全職員会議が開かれていたらしい。
しかも盗撮されていた生徒(星ノ宮達が実検、誰かを確認)の保護者にも連絡が行った為、今日改めて生徒の保護者が学校へ来たそうだ。
そして保護者を含めた二年の各担任と管理職に着く教諭での話し合いの結果、更なる被害届の提出と学校側への管理体制見直し要求、最後に館川への学校側の処置が決まった。
……一ヶ月停学の後自主退学(誰の情報提供だ?)。
一ヶ月時間を取ったのは、きっとそのまま夏休みに入り消えて貰うのだろう。
この後警察側が検察側にどう書類を書いて提出するのかで、館川の今後が変わってくるんだろうな。
腹が立つのが俺が下着ドロって、誰がそんな噂流しやがったんだ! ちくしょー!
……ただ、実際星ノ宮の盗まれた下着を持っているのが、本当に俺なだけに悔しい。
と、メールを見ていたら秋山からまた電話がかかってきた。
「……もしもし、おかけになった電話相手は今具合悪いから手短に頼むわ」
「あんたね、今そんな呑気な冗談言ってる場合じゃなくなったんだってば! 被害届を出した生徒と保護者の数が多くて、今日中に警察が現場調べに来るって! 今星ノ宮さん方が確認しているから、這ってでも来なさい! と言うか急いで!」
はっ? そんなに日本の警察って尻が軽かったっけ? もっとドッシリしてりゃ良いのに、こんな時だけ妙に対応が早くね? 保護者にエライさんでも居たんだろうか……ってそれ原因星ノ宮じゃねーの?
「それマジかよ、俺本当にフラフラで飯も朝から食ってないんだぜ? どうやって行けば良いのよ?」
「そんなの考えている暇があるなら走れ! 途中でタクシーでも捕まえればいいでしょ! グダグダ言ってたら下着ドロの噂本当だって流すわよ?」
「はあ!? 本当勘弁してくれ。ちゃんと今から学校行くから、お前の情報網でその噂誤解だって流してくれよ~」
「あんたしか、隠しカメラの位置正確に把握している奴居ないんだからねっ。microSDカードに関しては、黒川さんが持ってきてるそうだから彼女から受け取って。成功したら下着ドロの件に関しては、吝かでもないわよ」
吝かって、そこは任せてって言うところじゃないのか秋山よ? 確かにお前と相性は良くないが、思っているよりも奴の俺に対する信頼度は低いって事か?
ん? 何かガサゴソと音がするが何かあったのかな?
「明人か? 電話を代わった。秋山はこう言ってるが、既にその件は誤解だと俺もクラスの連中に話している。心配は要らん安心して来るが良い」
「おお! 静雄お前って奴は本当に頼りになる親友だぜ。分かった必ず行くから星ノ宮達にはスタンバっておけって伝えてくれ。昨日更衣室の鍵、黒川に返し忘れたままだから直接室内プール前で合おうってな」
そう言って電話を切ると汗で張り付いた下着を取り換え、制服を着る。荷物は『窓』に仕舞い一階へ降りると、居間で母さんがソファーでTVを見ていた。
「明人? もう動いて平気なの!? 母さん心配だわ本気で学校へ行くつもりならコレ飲んで、タクシー呼んでいいから無理しちゃだめよ?」
「ありがとう。ちょっと外せない用事が出来たんで寝てもいられなくなってさ。って腹の中空っぽだけど大丈夫かな?」
「タクシーが来る間に、お粥を少しくらい食べれるでしょ。そうじゃないと母さんあなたを家から出さないわよ?」
そう言われ中途半端にぬるいお粥を腹に収め、薬を飲むと丁度着いたタクシーに乗り込み学校へと針路を取った。
天気は晴れて気温は高い筈なのに、やはり少しばかり寒気がする熱が上がらなければ楽なんだがね。
そんな事を考えてタクシーの後部座席でぼんやりしていると、見慣れた学校が見えたのだが、普段空のある駐車場には黒と白のツートンカラーの車が止まり、他にも赤色灯を付けたステップワゴンもあった。
「はて? 学生さん、中で何かあったんですかね? あれパトカーですよ。他に救急車も見えないし何か事件かな? あ、御代は九百八十円になります。領収書は要るかい?」
「お釣りは要りません! 急ぐんで!」
俺は千円札をタクシーの運ちゃんに渡し、領収書を受け取る。
背中に「毎度!」と声を掛けられ、俺は振り向かず手だけを上げて玄関には向かわず、そのままプールへ移動した。
つづく