212話
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「師匠、折角こっちに来れたんだし、村の中を見て回りたいんだけど、うろついたりして大丈夫かな?」
「アキートや、今の時間帯じゃと外を出歩くのは厳しいぞ? かなり日差しが強くてな。もう少し待つのが普通じゃが、水と風の要素を合わせて使い纏えるなら快適に過ごせるし、暑さも凌げるじゃろうがの」
「水と風の要素ねぇ……。一応ある程度以上の熱までは火傷もせずに耐えられるけど、こっちの体にもその影響が在るかどうか分からんし、無理は止めておくかな」
「ある程度の熱とはどう言う事じゃ? その体じゃと熱に耐性でもあるというのか? 外が幾ら暑かろうと、流石に服が燃え出すような暑さはないがのう」
「その話が本当なら、アキートは火の要素の素質もかなり高そうだな。村の“鱗持ち”なら皆日差しにも強いから、私で良ければ外に出て案内してもいいぞ?」
「ふむ、シャハが一緒ならば別段問題は起き無さそうじゃし、ワシはもう少し日が傾くまでは中に居るから、何かあれば戻って来ればよいぞ」
師匠に外を出歩いても大丈夫か訊ねたら、水と風の要素を纏えばいいとか言ってきたが、予想よりも外の気温は高い上に部屋の中も湿度が低いので、掻いた汗も直ぐに乾くから風だけでなく、水の要素の素質があれば尚良いと、師匠が俺に言うのも当然な訳だと理解した。
火鼠のネズ公とも契約している事で、向こうの俺はかなりの熱さにも耐えられる筈だけど、だからと言って態々自分に火を近づけてまで確かめる気は無い。……試した結果この体が水晶に戻ったり、服だけ燃えてまた恥を晒すなんて事は勘弁だからな。
取りあえず、師匠は外に出るのにあまりいい顔をしなかったが、シャハが代わりに外を案内してくれると言うので、その言葉に甘える事にした。
先程まで居た部屋は、質感もさることながら壁紙代わりに模様の編み込まれたタペストリーのような物が掛かり、足元にも綺麗な絨毯が敷いてあったが、木の扉一枚隔て外に出れば、日陰とは言え暑さが増し直に外の空気に触れると肌がヒリヒリとして、海辺の砂浜で日に焼けている気分になる。
今居る場所は建物内の中庭に面した場所の廊下で、屋根とそれを支える柱はは在っても、外壁は存在しない作りの為に日が当たるせいだ。
シャハは特に変わった様子も無く先を歩くが、師匠があまり外に出たがらない訳が分かった。外の暑さが半端ではなく、まさに日焼けと言うに相応しいだろうと感じる。……これだけ日差しが強いなら、日焼け止めオイルでも持って来ば良かったかな? だが今はその日焼け止めよりも切実に欲しい物が在った。
「おいシャハ! 俺を置いてそんなスタスタ先に行くな!」
「どうしたアキート? 外に出るならこっちだぞ?」
シャハは戸惑う俺に、何故モタモタと歩みが遅いのか首を捻る。
俺がシャハに態々声を掛け足を停めさせた理由も、欲しい物の筆頭が直ぐに必要なせいだった。
何故なら日差しのせいで熱せられた床が、靴を履いていない俺の足の裏を責め立てて来るからだ。
熱いじゃなくて軽く痛みを感じる上に、これから外に出歩く訳で石でも踏んづければ更に痛い思いをする筈なのだが、シャハの足元を盗み見ると流石“鱗持ち”と言うか、脛当ては着けているけど、足の裏は頑丈らしく当然靴なんて履いてない。
「えっと、出来れば靴が欲しいんだが、何か代わりの履く物でもいいけど何か無いかな?」
「……そうか、アキートには靴が必要か。村の外へ出る訳でも無いからすっかり忘れていた。獣や邪獣も流石に人の多い場所へは、餓えてでもなければ中々現れないからな。丁度いいまだ村長のザラナードの所に、シャラカが居るかも知れない。革細工で編み靴でも作って貰おう」
困った俺はシャハに、靴かその代わりになる物が欲しいと言うと、一拍置いてシャハは納得したように、革細工師でもあるシャラカさんに頼もうと話し、俺を置いてまたスタスタと先に行ってしまう。
何故靴が必要だと言う話で、獣や噂の邪獣の事が出て来るのか俺はかなり疑問に感じて首を傾げていると、いつの間にかシャハは先に進んでいて俺を置いて行く。
だから歩くと痛いと……言ってなかったけど、そこは察して欲しかったがシャハは平気な為に、俺は「あっち! あたたたっ!」と情けない声を出しながら後を追ったのだった。
何とか見失う事無くシャハの後を追いかけたのだが、途中で擦違った人達はこちら側で初めて見る女性だったけど、忙しそうに大き目な壺を頭に乗せ移動していたのに、俺の姿を見るなり慌てて立ち止まり、壁に寄って通り易い様に道を開けてくれたりして不思議に思う。
この時ばかりは俺も口を閉じ、足の裏から感じる痛みも平静なフリをして通り「ありがとう」と礼を言って去ろうとすると、女性達はとても驚いた風に俺を見返し、器用に壺を載せたままやたら笑顔に変わり、軽く頭を下げて目礼をしてきた。
……別に特別な事をした覚えはないけど、何か嬉しそうな風に感じたので、こちらも笑顔で手を振りシャハの入って行った部屋へと視線を戻すと、扉から頭を出して此方を窺うシャハに早く来いと手招きされ、急いで俺も部屋へと入る。
「アキートよ、もしかして先程の中に、気に入った娘でも居たか?」
「はっ? 気に入った? 道を開けてくれたから礼を言っただけだぞ?」
気に入るも何も俺は平静を保つフリをするのが精一杯で、そんな事を気にする余裕なんて全然無かったしな。
まあ何処の女性も須らく可愛い筈だ……秋山だって俺に対し理不尽とも言える暴力さえ振るわなきゃ、ちょっとはねぇ……。
何故かじーっと俺を見た後、シャハは「そうか」と短く答え、そのまま部屋の中で寛いでいた村長のザナラードさんと、“牙持ち”のオグロさんが居たが肝心のシャラカさんは居ないようだ。
なので手短に訪れた要件を話すと、「部屋まで訊ね何が在ったかと思えば、お安いご用です。お任せ下さい」と笑いながら、ザナラードさんの予備らしい革の紐靴を出して貸してくれた。
しかし、見た感じ少しばかり俺の足よりサイズが大きく見え、きつく縛れば大丈夫かなと考えながら足を入れた途端、キュッと足に吸い付くように大きさが変化し、まるで俺の足に合わせて誂えたようにピッタリになる。
思わず「おお!?」と声に出すと、ザナラードさんが不安気に「やはり、アキート殿にはお気に召しませんでしたか?」と気遣われ慌てて否定すると、オグロさんが「シャラカに言えば、今からでも靴を作ってくれる筈だぞ? 奴は今仕事場に居る筈だから、遠慮せずに行ってみるといい」と話し、シャハと俺はザナラードさん達にお礼を言うと、シャラカさんの仕事場へ行く為に建物から外に出る事になった。
ザナラードさんの屋敷の玄関から出ると、暑さは変わらないが強い風が吹くと熱い砂が飛んで来るので、外を歩いている人はあまり居ない。少し離れた場所では石を積んで立てたような櫓が在ったり、何かの作業現場みたいな物も見えたし、視線を更に奥に向ければ水辺と大きな壁が見える。
外に出て特に目には入ったのは、平屋の高さくらいの背丈の見た目に特徴的な羽に似た葉が生えた昼食時、師匠達が口にしていたナツメヤシ(たぶん)の木だった。軽く見回すだけでも、結構な本数が村の中にも植えられているのが分かる。シャハや師匠も甘味を好むのは、ナツメヤシの実を食べ割と甘い物を口にする機会が在るからかも知れないと思いながら、シャハの後に続いて歩く。
他に気になる物と言えば、村を囲む大きな塀の高さだ。
この塀自体も、ナツメヤシの木と同等くらいの高さが在り、重機の無いこちら側でよく作ったなと感心したが、よく考えれば今は遺跡として観光名所になっている所でも、巨大建造物なんてざらにあったなと考えなおす。
師匠の話だと水が手に入り難い地域だと話していたけど、井戸らしき物も村の中には点在するし、先程視界に入った泉と言いここは砂漠の中のオアシスに違いないと今更ながら思った。
つづく