210話
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名主の三人が消えた後、師匠に俺が急に二人に増えた事を説明したのだが、そこには新たに備わった“能力”や《身体再生》の符を入り口とした、狭間の世界で体験した事なども話す必要が出来て、二時間近く喋り通しとなる。
偽物の体を通してあちら側の気温の暑さを感じ、冷えた飲み物をシャハと師匠、それと俺の三人でちびちび飲みながら話は進められた。
「――なるほどのう。しかし、狭間の世界とな……。その様な場所が本当に在るのじゃな。世界を隔てる壁の事は、以前“全持ち”である御方から教わってはいたのじゃが、こうしてワシの住む世界とお主の住む世界が在る訳じゃし、不思議では無いと頭では分かっても、やはり目の前にアキートが二人も居るのは妙に落ち着かんものじゃのう」
「「たぶん師匠以上に、現在進行形で俺が奇妙な気分を味わっているよ」」
ちょっと気を抜いて喋ると、あちら側の俺まで言葉を発してしまう。
師匠はテーブルの前と、冷蔵庫の内側から同時に聞こえる声を聞いて額に手を当て、参ったとばかりに目を瞑り左右に頭を振る。
別に困らせる気は更々ないが、諦めて慣れて貰うしか無いだろう。
「それで、こっちのアキートはどのくらいの間、この姿を保てるのじゃ? 命名式の最中に突然元の姿に戻ったりされては、流石に進行が止まるじゃろうし、下手に知られるのも不味いのでな」
「そこなんだけど、滅多な事じゃ元に戻らないかも。あの水晶も話に聞いていた力を貯めると器と言うよりは、中身を半分持ってかれたって感じではあるけど、俺の感じている魂の基礎部分は変動してないから、繋がりは断たれてないんだよね」
「仕組みはよく分からないが、こちらのアキートもそっちのアキートも、中身は一緒だと言う事だな?」
二人目の俺は元が要素を使った道具であり、こうして今も体は消えず維持されている訳で、効果時間が気になったらしい師匠が確認してくるけど、この事に対し特に負担や疲労も感じてない俺は、消えないと思う理由を述べる。それに被せるように、顔(?)に似合わず良い声で確認してくるシャハ。
頭を使わず、直感で物事を決めるらしい性格だと感じさせる発言だった。
「端的に言えば」「そう言う事になるね」
「持ち物も半分になれば」「もっと納得できたけど」
「「理屈は分からないが、身に付けている物も同一みたいだ」」
「ええい! お主ら交互に喋るでない! 頭がおかしくなりそうじゃ!!
頭を掻きむしって叫ぶ師匠に悪気はないしごめんと謝ると、名主と顔合わせの最中に閃いた事を俺は話してみた。
今俺が持って居た水晶、若しくはそれなりの力を蓄えた『魂の石』と、明確な意思=魂が在れば今の俺の様に肉体を得て、“死者の復活”さえ出来るのではないだろうかと言う事だ。これに関しては狭間での経験が無ければ、思い付きもしなかった考えだろうけど、実際に俺自身が二つ目の体を得て動けている事に間違いは無い。
ただ師匠から帰って来た返事は「そんな突拍子も無い事を言われても、やってみなければ分からぬな」と言う答えで、シャハはナツメヤシを食べる手を止め、興味深そうに話を聞いていたが、俺も単なる思い付きと勢いで話したので、それ以上の会話は続かず一端静けさが戻る。
その間外から蝉の鳴き声と、内容までは分からないが一階に居る母さんと、千夏の声が聞こえた気がした。
「そうそう、大事な事なのじゃがそこに在る『命名の石』は、返して貰ってもよいかのう? 見た所色が戻って居る様じゃし、そちら側だと土に返す風習も無いからかどうか分からぬが、その分余計に回復が早いようじゃな」
師匠は話題を変え、髭を触り感心したように話しながら、冷蔵庫に出した赤い輝きを放つ『命名の石』を見て、「こちらと何が違うのかのう?」と首を傾げている。色々と違いが在り過ぎて、俺にも正確な答えなんて分からないので、取りあえず石が色を取り戻した時の事を話す。
「ああコレね、俺と明恵が触れて二回ほど空っぽになっちまったのは知ってるよな? それで偶々昨日の夜箱に閉まっていたのを触った時、また一気に溜まったから、今度も充分に使えると思うわ」
そう言えば命名式で必要だとか言っていたし、丁度いい機会だから返しておこうと思って、タイミングよく中身も溜まった事を伝えたのだが、俺の話を聞くと師匠は何かを喋ろうと口を開きかけて噤み、そのままシャハと顔を見合わせ妙な顔付きになり、再度確かめるように俺の眼を見ながら話した言葉を繰り返す。
「……触った時に、また溜まった。じゃと?」
「ほら、明恵のソウルが解放された時も、半分くらいは中身を補充させたって話しをしただろ。それが昨日は別段前みたいに体調も崩さずに吸収されて、寧ろ気持ちが良いくらいだったな」
あの時の爽快な気分を思い出し笑みを浮かべ、師匠に伝える。
何とも言えない不安とイライラする焦燥感、それら重苦しく感じていた感情を纏めて吹き飛ばしてくれて、うっかり明恵のソウルの器の解放なんて事もしてしまったが、ある意味この石には感謝したい気持ちもあったからだ。
「よいかアキート? ワシはお主に前に言った筈じゃ、人一人のソウルを活性化させる程の要素を必要とするのに、それが一気に溜まったじゃと? あの時は病魔の事も在って、深く追求しなかったが、おかしいにも程が在るぞ!?」
「ラーゼス、そう興奮するな。一度“器合わせ”をして見てはどうだ? そうすれば分かるに違いないし、言葉で語るより簡単に済む」
唾を飛ばしながら俺に向かって声を荒げる師匠に、怒られたような気分になるが、横で聞いてたシャハは、長い舌でペロリと口の周りを舐めると静かに話す。続けて何か言おうとした師匠は、シャハに向き直りポンと手を叩くとテーブルに居る方でなく、冷蔵庫の前に来て俺に両手を出す様に促した。
「ほれ、今の話を聞いていたであろう! 何をもたもたして居る。両の掌を突き出し落ち着いて心安らかにせよ。今からお主のソウルの器を測るがよいな?」
「よいな? と言うか、俺が嫌って叫んでも師匠の様子だと無理だろ。半ば強制みたいなもんじゃないか、別にいいけどさ……痛くないよね?」
俺のぼやきに対し師匠はガックリと首を垂れて盛大な溜息を吐く。そんな様子を見てシャハは、空気の抜けるような笑いを漏らす。
何だか思いっ切り呆れられてしまったようだが、シャハは面白がって俺と師匠を見ながら頬杖を突く。
「はぁ、まあええわい。もう黙ってお主は手を出せばよいわ」
「へいへい。これでようございますか?」
少しばかり投げやりな気分になって、師匠の方へ掌を突き出すと、同じように師匠も掌を出して、俺の手と重ね合わせくる。……心安らかなにって言っていたし、目でも瞑って大人しくしようかね。
そう考えた俺は深呼吸を一つすると、目を閉じてみたが同時にまた外の蝉の五月蠅い鳴き声が部屋に届き、耳を騒がせ集中力を欠かれた。
そうして少し経つと、俺はシャハの言う“器合わせ”の意味を何となくだが分かった気がする。これは前に明恵が倒れた時に器同士を繋げ、同調した時に似ていたのだけど、あの時は体の動きや血管に沿った流れを強く感じたが、今回は更に深く器の根幹とも呼べる“魂に触れて来る”様な感じだ。
何となくだが、俺の中にあった弦が引っ張られたような、そこはかとないこそばゆさを感じたのは、気のせいだろうか?
「ぷはっ! 何じゃ!? アキートお主の器はいったいどうなって居る!? 大きさと言うか広さも在れば、まるで壁で仕切られているような感触までしたぞ? 更にはワシ以外の、何処か別の繋がりも感じられたわい!」
「それってもしかして……「いった誰じゃー!! 我と主様の魂に触れお……ああああああっ!? わ、我の、我の主様が、浅黒い変態爺に手籠めにされておるーーー!?」ブーーッ!?」
まるで今迄深い水底に潜って息でも止めていたかのように、空気を吐き出すと同時に一気に師匠は捲し立てる。俺は今感じた事を告げようとした所で、階段をドタタタタタッ! と物凄い勢いで駆け上る足音を立て、更にバンッ! と部屋のドアを蹴破る勢いで乱入して来た千夏が、俺と師匠の器合わせを見て、とんでもない事を叫びやがった!!
そんな幼女ボイスで、人聞きの悪い事を言うんじゃねーーー!!
外にまで響いた千夏の怒りの声に驚いたのか、蝉がジジジジーと鳴きながら遠ざかったようだ。
つづく