208話
ご覧頂ありがとうございます。
そろそろ学校も午前の授業を終え、昼休みに入った頃だろう。
先程の嫁云々は、予め師匠が止めていたと聞き安心した所で、命名式での俺の役割等も粗方聞き終えて、何とか準備が済んだのはいいけど、途中シャハが村の代表“所謂名主”である三人を連れ挨拶に来て色々と大変だった。
師匠が今滞在しているオグンの村は、師匠が店を構えている都市アカフシオンのある場所から、ラバクと言う此方で言うラクダに似た動物に乗って、水を確保できる道沿いを一直線に進んだ場合でも、速くてもだいたい一週間以上はかかるらしい。
これが乗り物も無く徒歩でなら更に大変で、場合によっては一カ月前後も掛かり大層苦労しているそうだ。
“羽持ち”と呼ばれる此方で言う妖精に似た種族が、己の背に在る羽を使い直線距離に飛んで来た場合なら、五日で済むと聞くと結構近いのでは? と錯覚してしまいそうだが、急ぎの手紙等の配達に掛かる料金が小銀貨二枚と聞くと、その道程を往復する事を考えれば、妥当な金額として高いのか安いのか俺にはイマイチ判断がつかない。
それならシャハと俺が、ソウル文字を刻んだ“割符”を交換した場合、必要な物資だけなら即座に送る事が出来ると言う話をすると、師匠もその確実性の高さから(うっかり忘れない限りは)、太鼓判を押すように話に加わったので、説明を聞いている三人は手数料が多少高くとも、是非ソウル文字を使った“正式な契約”を結んで欲しいと、物凄い食いつき様でちょっと引いてしまう。
一応定期的に村を訪れる行商人や、村からも人をやって売買に行く事は在るそうだが、何せ距離が在るので道中現れる獣による危険も伴い大変らしく、師匠を間に挟んで詳しい説明をすると、とても喜ばれ具体的にどう言った商品を扱うかと言う事も含め、昼食を挟んで話し合われる事になった……。
「――ですが、この様な便利な要素道具をアキート殿が持っている事自体、中々他に類を見ない程の好事家では無いですかな? その様な方が目出度い命名式とは言え、こうして辺境の祝い事に食事や酒などを振る舞って頂く等、ラーゼス殿が弟子を持ったのも驚きですが、他に思惑があるのではないかと、つい勘ぐってしまいますな」
「左様、アキート殿が仮にラーゼス殿の弟子でなければ、そう思って不思議でない程の温情でしたからな。それにあの風邪精の件にしろ、提供して頂けた薬も含め何某かお礼を考えていたのですが、アキート殿に相応しい物となると途端に難しくなってしまう……。何か思い付くご希望等はありませぬか?」
「うむうむ。我等に出来る事であれば遠慮なく言って頂きたいですな。この意見は村の総意だと思って貰って違い有りませぬ。何せアキート殿との取引は、この先も末永く続く縁にしていきたい所です故」
三人が三人とも意見を言い、味見用コップに注ぎ出した酒を軽く舐め、味を確かめながら「ほお!」と呟き頷くが、アルコール度数が高い為か目を白黒させていた。
こうした即断即決みたいな商談の話の理由としては、緊急時だけでなく商品の買い付けが簡単に出来る事も含め、今迄には無い商売体系を俺が提供できるからだろう。
“羽持ち”である小妖精なら移動は早くとも、荷物を持って移動となると制限されてしまい、迅速な物的流通がこの地にはあまり無い事も原因の一つだ。
だからこそ、長年確かな付き合いのある師匠の弟子とは言え、若輩な俺にまで畏まった態度で居るのは今迄の礼も含めてに違いない。
しかし、俺は師匠の様な商人になりたいとは思ったが、改めて考えてみるとあちら側のお金を稼いだところで、秋山の話だとこちら側じゃ銀の価値はそれ程高くはないので、余り儲けにはならないぽい。
今の所、兼成さんから貰ったお金も半分ちょっとは残っているので、お金自体に困ってはいないけど、ご希望の物と言われると少し期待し、色々と考えてしまう……。
「うーん、ご希望と言われても強いて言うなら、今使っているこの『疎通の指輪』と同じ要素道具や、『魂の石』とかかな?」
村の代表者である三人内、一人は俺や師匠と同じ“持たざる者”だが、他二名はシャハと同じ“鱗持ち”に、犬に似た頭を持つ“牙持ち”だった為に、予定より早く師匠から『疎通の指輪』を借りていたので、それを見せるように撫でながら俺は話しを振る。
これのお蔭で、シャハ達“鱗持ち”が使うあの独自の呼吸音のような会話でさえ翻訳され、日本語に聞こえるその効果に改めて感心してしまう。
「これアキート、あまり無茶を言うでない! この村でも『魂の石』ならば手に入る機会もあるじゃろうが、要素道具その物になると難しいのだぞ? 市場で出回っている品となれば、オグンでは中々手に入らんじゃろうし、制作できる職人は居ても必要な素材は、基本的に持ち込みとなるからの」
俺の話を聞いて、三人は困ったような表情(と言っても、分かるのは“持たざる者”である村長のザナラードさんと、犬頭の“牙持ち”である耳を伏せたオグロさんだけで、シャハと同じ“鱗持ち”のシャラカさんはさっぱり読めん)を見せるが、師匠の執り成しを受け頷いた俺に安堵していた。
やはり要素道具ともなると高価でも在り、師匠の様な伝手を持つ商人でもなければ手に入れるのは難しいようだ。
ただ、今聞かされた話の中に気になる事が一つある。
「師匠の話しぶりだと、要素道具を作れる職人がこの村にも要るのかな?」
「うん? ある程度熟練の腕を持っていれば、ワシの“物品交換師”の様に弟子を見つけ“伝授”で昇格して行き、極めると要素を込めた物を作れるからのう。とは言っても物作りの場合、前提として“閃いた者”であれば、生れつき技能を持っていた物と比べた場合、熟練の腕になるまでは二回程昇格が必要じゃが、どこの村にも一人くらい熟練工は居るぞ?」
「ラーゼス殿、そこから先は職方の長として私が話そう。一応この村には服を作るのを得意とする裁縫師と革細工師が居るので、ある程度なら要素を加えた物を作れますぞ。ちなみに私は革細工師として弟子を育てている所なので、どう言った物が必要なのか分かれば、注文に沿った作成に応じれますな」
師匠は俺の質問に答えてくれたが、更にシャラカさんは自信ありげに胸を張り、唇を歪めて尖った歯並びをギパッと見せ、今対応できる職人が二人いる事を教えてくれたのだが、どうやら笑顔を見せているつもりらしいが逆に怖い。
職方の長と言うだけに、この人自体が革細工師として、ある程度の物を作れるようなので、実際に出来上がった物を見てみたいと思う。
その中に俺の物欲を擽る物があれば、別に貨幣でなくとも物々交換で取引しても良いくらいだ。
「なるほど。やはりアキート殿は、要素道具を集めていらっしゃるご様子。もし良ければどのような物を持っているのか、一つ見せては頂けないかな? 何せ私どもは、アキート殿が持って居ない品を用意する為にも、参考にさせて頂けますしな」
村長のザナラードさんの言う様に、比較する物が無ければ確かに難しいかもしれないと頷き、俺は自分の持って居る要素道具を思い浮かべる。
どれも師匠から貰ったり預かった物なので、大した数は無いが『窓』を操作して、纏めて枠の中に入れた荷物の中から、皆に見え易い様に冷蔵庫の中へ出す。
取り出した物は、『枯渇の指輪』に『命名の石』と『要素を貯め込むらしい水晶』……あれ? 『清涼の腕輪』って、恭也さんに渡したままだっけ?
他は要素道具じゃない『勾玉』と『初代《身体再生》の符』が在るけど、この二つは見せずに仕舞っておく。
「……ラーゼス殿、いったいあの『窓』の様なモノは何ですかな? 今迄一度も見た事も無い不思議な物に感じるのだが?」
「あ~……アレはアキート独自の“物品交換士”として、ワシから“伝授”を受け発現した技能なのじゃが、ワシも詳しくは分からんので上手く説明できんわ」
今迄黙ってやり取りを聞いていた“牙持ち”のオグロさんが、俺の方に指を指して師匠に訊ね、いつもの癖である髭を扱く師匠の様子が目の端に映る。
やはりこの『窓』は、“命名式”が済んでいる人には普通に見えるらしい事が聞けた。明恵にも見える訳だし、世界中を探せばもしかしたら同じように見える人が他にも居たりして……ないか?
「取りあえず、今手元に在るのはこの三つかな。ただこの指輪は『枯渇の指輪』と言って、知らずに着けると活力を奪われるし、こちらの水晶に関しては――」
良く分からないと言葉を続けようとして、妙な眩暈と吸引力を感じ、目を閉じながら必死に意識を保とうとする。これは本気で洒落にならん!! 例えるなら掃除機で身体の中身を吸い取られる様な、えらく気持ちの悪い感触と不安を覚える消失感が俺を襲う。
何とか冷蔵庫の縁を掴み倒れない様に支えるが、俺の名前を呼ぶ師匠の声が今の影響のせいか、まるで二箇所から同時に聞こえるような不思議な感覚を覚え、思わずそのまま視線を動かすと、あちら側の絵の前に置いたテーブルと、椅子から立ち上がった師匠と座ったままの三人、それに部屋の入り口前に立っているシャハが見えた。
ただ、ここで問題なのは眩暈のせいで、今現在俺は目を瞑っている筈なのに、何故か五人の姿がはっきりと分かる事だ。
「お主は……アキート? なのか?」
「師匠いったい何を言っているんだ?」「師匠いったい何を言っているんだ?」
「えっ? 誰だこの声?」「えっ? 誰だこの声?」
「……俺の真似をするのは誰だ!?」「……俺の真似をするのは誰だ!?」
おかしい……誰かが一言一句タイミングが一切ずれる事も無く、俺と同じ言葉を喋っている。
先程まで感じていた眩暈がやっと薄れ、師匠の方を見ようと目を開き冷蔵庫の方を覗くと、驚いたまま固まる五人と同時に見知らぬ誰かの背中が見えた。
冷蔵庫の狭い空間に体を丸め折り畳み、無理矢理入って……だけどこの服装、何処かで見た事がある。
そう、ごく最近と言うか午前中師匠と話をしていた――
「「あれ? あの服って俺が師匠から借りた奴といっしょじゃね? ……っ!?」」
つづく