205話
ご覧頂ありがとうございます。
6/24 ご指摘頂き誤字修正致しました。
7/01 次話の冒頭に繋がる様に、加筆&修正致しました。
私は少しだけ浮かれていた。
石田君から預かったエリザを、条件が付いたとは言えもう暫く家で預かれる事を約束し、後は彼の用事を済ませ予定通り荷物を移動させれば、今日の残る用事は学校と多少面倒な習い事を終わらせるだけ。
そう考えると、放課後がとても待ち遠しかった。
最近はただ決められた事を、消化して行く今迄の日々とは違って、毎日とは言わないけど中々に刺激のある出来事が増えたわ。
特に今一緒に車に乗るこの人、石田君が原因……と言うか全ての元凶って言うと大袈裟かしらね?
でも本当に、あんなに買い込んだ物をパッと消して見せたり、真琴の言う様に『何でも在り』で、次にどんな事を引き起こすのか楽しみになった。
何よりこの秘密を、六人の仲間で共有しているのが嬉しいのだと思う。
だから、田神に後部座席に居ろと止められても、私は二人の後を追ったわ。
石田君の周りでは、何か変わった事が起きる事は予想通りに外れず事は無く、コンテナに辿り着くまでの間、妨害を隠れて回避する冒険気分を味わえたかしら。
途中石田君の目を見て、視えちゃったけど、あれくらいは可愛いものよね?
真琴も全然気付いて無いし、石田君からは露骨な視線は送って来ない。
男子でもかなり珍しいタイプだし、水泳部の活動中にカメラを持って近寄る輩とは全然違う。うっかり本音を漏らしたら、真琴に変な顔をされちゃった。
それに石田君って弄り甲斐があって、あの恥ずかしがる顔を見るとぞくぞくしたわ。
でもまさか途中で厳つい方達に見つかって、田神とも合流出来ず、脱出するのに乗り物をポンと出すのは、私や真琴の想像の範疇を超え過ぎよ! 私達の知らない所でこんな楽しそうな物を用意していたのも悔しい! 驚かされた腹いせじゃないけど、軽く嫌味を言ったら「どちらにしても頼った」って狡いわ。
……そんな風に答えられたら、もう文句なんて言えないじゃないの。
だから気分を変えて真琴と石田君の後ろに乗り、草叢と林を曲乗りみたいに走破して、どうにか道路に飛び出したのは爽快だったわ。
けど直ぐに、二台の車に追われる田神が私達の前を通過して行ったのを見て、石田君なら解決してくれる筈だと、反射的に追う様に頼んだの。
単純に追いかけっこに混ざる様な軽い気持ちでいたら、行き成り寄って来た一台から身を乗り出した男に銃で撃たれ、一瞬何が起きたのか全く理解できなかったし、私はその音に驚いて身動ぎひとつ出来ず、ただ石田君の腰に回した腕の力を強くした。
代わりに動いたのは、弾の当たったバイク自身。
まさか相手の車のドアを強引に引き千切り、後輪をパンクさせて走行不能にするなんて……私は信じられない物を見て茫然とする。
撃たれたとハッキリ認識する頃には、既に石田君が「やられる前にやる」と言った後で、真琴も止めようとしたけど鏡越しに見えたその眼は、私と真琴に銃を向けた相手への怒り一色に染められ、恐怖で何も言えずただ震える事しか出来なくて、残りの一台へ石田君があの力を放つ事を止められなかったわ。
だからこそ、絶対このまま終わりにしてはいけない。
石田君がこうなったのは、私のせいなのだからと自分に言い聞かせた……。
「……くそっ、くそっ! おかしい! 何故だよ!!」
「石田……」
部品を撒き散らし、突っ込んで行った藪を見つめながらそう叫ぶ。
今度は黒蜘蛛に任せず、相手が動く前に俺の手で潰してやった。
風の刃の塊を放ち、車が横転した瞬間「これで解決した」と、嬉しさを感じ安堵もした筈だけど、代わりに湧き上がる訳の分からない感情で、苛立ちが全然治まらず黒蜘蛛から降りると、頭を掻きむしって悪態を吐く。
俺は身を守る為に、あの車を吹き飛ばしたんだろ? 追っ手も排除できて悪い事なんて何もない筈だし、寧ろ良くやったと自画自賛しても良いくらいだ。
なのに、なのに何で納得してない自分が居る? まだ本当は終わって無いからか?
宇隆さんは俺の名を読んだが、何故そんな驚いた顔をしているんだ?
やっぱり止めをさ「い、石田君……。お願いだからもうやめて。ね?」
やめろ? 星ノ宮は何を言っている? 確かめないと次も来るんだぞ? こんな奴らは、一度嗅ぎ付ければ幾らでも湧いて来る。
見逃すなんて甘い事を考えれば、最後に泣くのは俺達だ!
そうだよ、だからこんなにも苛立つ上に胸が苦しいに違いない。
「ダメよ! 行っちゃダメ! 今、貴方は間違った選択をしようとしているの!」
星ノ宮の声を無視して黒蜘蛛に「守れ」と言って歩き出す。俺は何も間違っちゃいない! 俺が起こした事だから、最後までやり遂げなくちゃならない。
「石田! 待て! 奏様だってやめろと言っているだろう!!」
宇隆さんが、同じように降りて来て俺の肩を掴む。
何故二人とも、そんな顔で俺を見る? 誰かがやらなくちゃダメなんだ。
そうじゃないと、俺だけで無く関わる皆が襲われ不幸になる。
「何って? 止めを刺さすんだ。安心できないだろ? あいつらが殺しに来るなら、逆に皆殺しにしなきゃ、何時までもやって来る」
「そんな事を考えていたのか! 馬鹿な違うだろう!? 本当にそんな事を思っていたなら、……何故、お前は泣いているのだ!」
はっ? 俺が泣いている? 何故そんな嘘を吐く? 俺が泣いている訳ある筈がない。だから肩の手を振り解いて笑ってやった。
他の誰にもこれ以上妨げられない様に、そして他の誰もこんな思いをさせない様に、腹の底から辺りに響き渡るように力を込めて……。
星ノ宮が、黒蜘蛛から降りて来るのが見えたが、何故こんなにも歪んで見える? 変だ、俺、あの時やると決めた筈、それなのに……。
「石田君、貴方自分が泣いている事さえ気付けない程、苦しいのよね? ごめんね。本当にごめんなさい。私が、貴方に無理をさせたわ。もうこれ以上力をぶつけなくていいの。その事で誰も責めたりしないし、私がさせないわ!」
歪んで良く見えないが、星ノ宮が泣いている。
そのまま俺に近寄り、頬に触れると正面から抱きしめられた。
星ノ宮は俺が苦しいと、何故分かったんだろう? 何故涙が止まらず余計に溢れて来るんだ? どうしてだ? 俺には全然分からない。
分からないけど勝手に嗚咽がもれ、星ノ宮から伝わってくるその暖かさに苛立ちが薄れ、とうとう我慢できずに星ノ宮に縋って叫ぶ。
……喉が枯れる程声を上げたけど、代わりに苦しかった筈の胸が、少しだけ楽になった気がする。
「ね? お願いだから諦めないで、貴方だってまだ生きていると思っていた筈よ? だから今から貴方が助けるの。貴方は人を殺してはいけないし殺させない。そんな事誰も望まないし、私も真琴も傍に居るわ」
「いいか? 奏様が言うからだぞ? わ、私は仕方なくだからな? 勘違いするなよ!」
宇隆さんまで寄って来て、俺と星ノ宮を一緒に巻き込んで抱きしめて来る。
でも力加減が全然出来てなくて、星ノ宮も俺も息が詰まったが、決してその事は口にはせず、やっと俺は「殺したくなんて無かった」のだと勘違いに気付けた。
その後直ぐに前方の横転した車に近寄り、中の状況を見る運転手はシートベルト無し、エアバッグは作動していた。星ノ宮が「危ないわ! 急いで」と俺に伝え、怪我の状態を見ようとドアを除け、フロントガラスが円形状に罅割れ出血し兎に角酷い有様で、意識は無く呼吸も浅かった。
慌てて俺は《身体再生》の術式にかなり力を込め解放して行く。
その間に宇隆さんは、トランクに積んであったらしいシートを外に敷き、呼吸がしやすい様に男を仰向けにさせ寝かせる。
気持ち悪いぐらい、録画映像の巻き戻しみたいに傷が治って行くが、呻き声を上げ苦しんでいた。
生きているだけマシな筈だし、死なない程度に治ったのを確認すると、次は助手席にいた方と思い、反対側へ回り歪んで開かないドアを風の刃で切り開き、外へ運び出す。両膝の骨折以外は運転手と似たような怪我をしていたのは、シートベルトを同じくしていなかったからに違いない。
この様子だと怪我は治っても、暫くは全身の痛みが残るだろう。
俺も昨日治療した千夏の噛み跡は、治ってもまだ多少痛みがあるし、やっぱり車に乗るなら、シートベルトは必須だなとしみじみ考え、漸く俺はこのオッサン二人が生きていた事で、心の靄が晴れた気がした。
「星ノ宮に宇隆さん、俺、二人のお蔭で人殺しにならなくて済んだよ。……ありがとう」
「言ったでしょ? そんな事、私が絶対にさせないわ」
「私や奏様だけでなく、安永や秋山に黒川、それに瀬里沢でも止めた筈だ。感謝を述べるなら、お前は一人では無い事を肝に銘じるのだな」
二人に俺の気持ちを伝え、さあ次は黒蜘蛛がやった方を確認だなんて考えていると、車が近くに止まった音が聞こえた後、誰かが走り寄って来る。
「奏様! それに……真琴まで、今迄何処に? そこに止まっている無人で走っていた大型二輪車は何なのですか? 石田様? あなたは何が起きているか御存知ですか? この状況について、勿論ご説明頂けますのでしょうね?」
後ろから聞こえた田神さんの声に、今迄にない殺気と俺に対する疑惑を感じたけど、それ以上に今俺は助手席に居た男の治療に忙しかったので、放置するつもりだった。
しかし、今田神さんから、聞き逃せない言葉が耳に届いた……無人で走っていた? どういう事だ?
「田神、無人ってどういう事かしら? 私達三人ずっとアレに乗っていたのだけど? 運転に忙しくて気付きもしなかったのかしら?」
「はっ? 奏様、御冗談を。無人で走っていたからこそ、あのように私の後ろを走っていた二台が動揺して、結果ミスを犯して操作を誤り事故に……と言うかどうやって此処まで? ……まさか本当にアレに乗って!?」
田神さんの言う通り、仮に俺達が見えて無かったのだとしたら、銃を撃って来た相手も、この気絶した二人も誰も乗って無い無人のバイクが近寄り襲って来たとしか認識して無い訳か……。
これは思っても見ない程の幸運だと、俺はこの後の事を考える。
「そうなると俺達は顔も見られて無いようだし、こいつらが意識を取り戻す前に、治療したら救急車を呼んでさっさとずらかろう。変に関わっても面倒なのは間違いないからな」
「田神の言う事に間違いがないなら、石田の案が最善でしょう。奏様?」
「ええ、急いでもう一台も確認して問題が無いようなら、事故の立ち合いはしないで、今回ばかりは姿を隠す方が賢明だわ」
だが、俺達が戻って確認した時には、残りの一台の方は既に乗員は逃げ出した後で、周辺も黒蜘蛛に探って貰っても見つからず、取りあえずは死んではいない事も分かって一安心だけど、逃げた相手が銃を持っていた事が気懸りだ。
田神さんと宇隆さんの二人は、横転している車と散らばる破片を調べてる間、星ノ宮はまだ意識を取り戻さない怪我人に近寄り傍にしゃがみ込む。
《身体再生》で治療はしたけど、何か気になる事でも在ったのかな?
「流石に無傷は怪しいから、一応擦り傷程度は残したんだ。まあ頭は怪我の割に血が多く出るし、これなら中身が無傷なのも悪運が強かったで済むだろ?」
「……えっ? あ、うん。そうね」
怪我の具合が気になって診ていたと思ったが、何処か上の空だった風な星ノ宮の態度に、俺は“治し過ぎたか?”と少し不安になる。
星ノ宮と宇隆さんの二人には、止めてくれたお礼を言いたかったのに、今の空気ではどうにも言いだし難く、手持ち無沙汰になり黒蜘蛛に近寄って触れると、“守れ”と言ったのに出番が無かった為か、少しだけ拗ねたように感じた俺は、顔の前に手を挙げ拝み「すまん」と一言呟く。
結局銃を持った方は取り逃がしたが、事故車発見の連絡を入れその場を後にする。
帰る際、俺だけ黒蜘蛛に乗ろうとして改めて分かった事が、黒蜘蛛に乗る場合は常時“惑わし”の効果を発揮して、搭乗者を隠しているのが分かったけど、効果を出さなくても目立つのに変わりなく、仕方無いので『窓』に戻して星ノ宮達と一緒に、田神さんの運転で家まで送って貰う事にした。
……この後暫くして無人の大型バイクが、フルスモの車ばかりを狙って襲うと言う噂話が流れ出したのは、仕方が無い事だろう。
つづく