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204話

ご覧頂ありがとうございます。

 道すらない草叢と林の中を暴風の様に最速で突破して、その勢いのまま舗装された一般道を流している。背中にしがみ付いていた星ノ宮と、その後ろに乗る宇隆さんの悲鳴が、曲芸的な動きをしなくなった事でやっと静かになった。

 田神さんは車三台に追われていると言っていたが、そろそろ撒いただろうか? 運転はこの大型バイク『ブラックタランテラ』こと『黒蜘蛛』に任せているので、余所見をしようと全く問題は無い。

 やっと一息吐けたと思っていると左脇道から、見覚えのある黒いロールスが白い砂埃を立て、未舗装の道から俺達の走る道路を減速もせずに横切った。

 更にフルスモークが施された二台の車がその後を追う様に通り過ぎ、後には微かなタイヤの跡と白くなったアスファルトの路面のみが残される。


「おわっと! 危ねぇぇ。アレ完全に左右見てないし、一時停止違反だよな」


「そんなこと言っている場合じゃないわ! あれは田神に間違い無いわよ! 私達も後を追うの!!」


「奏様、どうか落ち着いて! 一台は撒いたようですから、田神を信じて任せるべきです。私達は先ず安全な場所に移動して、負担を減らす事が肝心でしょう……」


 これは星ノ宮の気持ちも分かるが、宇隆さんは何だかんだ言って仕えている側の考えを持っているって事かな。

 しかし、残りの一台は何処に置いて来たのやら……。両方の意見を飲むとするなら、二人を今居る場所から市街地まで送って、俺が田神さんを追うぐらいしか案は思い浮かばない。

 後ろで揉められても困るし、俺も意見を出すべきか?


「……と、田神なら奏様に言う筈ですが、幸いな事に切り札とも呼べる石田が居ますから、派手な事故を起こして田神が仕事を首になる前に、追いましょうか」


「フフ、真琴も言う様になったわね。石田君、そう言う事だからお願いできるかしら?」


 どうやら俺が提案するまでも無く、話を二人で決めちゃったのね。

 宇隆さん俺を切り札なんて、言い訳に使ってくれちゃっているけど、様子を見ようとミラーを覗くと、後ろで星ノ宮も宇隆さんも実に良い笑顔をしていた。

 俺としても借りは精算しておくに越したことは無いので、さっさと返せる時に出に回収して置く方が精神的にもいいに決まっている。

 勿論NOとは言わず、喜んで引き受けるつもりだ。


「後ろに乗せている二人にお願い(・・・)されたんじゃ、断るなんて俺には無理だろ? 精々コイツに頑張ってもらうさ」


 そう答えて、黒蜘蛛(ブラックタランテラ)のアクセルグリップを強く握って「行こうぜ相棒」と囁き一度減速すると、Uターンをして先程のフルスモークの二台の後を追うべく、未舗装の砂利道へとコースを取った。





 先程の道路では、右手に妙なモノを見た気がしましたが、きっと気のせいでしょう。それよりもまだ追って来る二台を、中々引き離せないのが痛いですね。

 最初の一台は、このロールスと同じくらいに車高を低くした車でしたが、態とアスファルトの欠損した所を走り、最新の4輪独立電子制御式のエアサスペンションを搭載している為、走行中でも車高を変えられるこちらは、障害物を気にせず進む事で罠に誘い込んだ。

 当然気が付くのが遅れた相手は、酷い擦過音を出しながら車体を削り、途中で道を逸れて林に突っ込んで行った。


 最初の相手が運転技術も未熟なのは僥倖だ。しかし、残りの二台はスピードでこそ多少遅れは在りましたが、こうも真面な道を走らない場合だと、引き離すのが精々で撒くのは難しい。


「あのしつこさには困ったものです。防音材と多層ラミネート加工されたこのガラスでも、悪路の振動と砂利の多さでは、全てを消音は無理ですかね」


 このまま走り続けても、その内麓谷市を囲む河にぶつかり、いずれ道を変えなければならなくなる。悪路でも安定した加速と走行を得る為素早さが犠牲になり、ステアリングもギア比の問題と、ハンドルがスポーツタイプな小さな径とは違い大きい為、曲がるにはより多くハンドルを回す必要が在った。

 その為単純に小回りが利かず、残念ながら速度以外では勝ち目がない。


 今追ってくる二台より頑丈さは折り紙付きとは言え、ロールスでは流石に体当たりをする訳にも行かず、私用で乗っている金属骨格入りのジムニーなら、バンパーも改造して在り、多少ぶつけても問題は無い上、更に悪路に相手を誘引できる利点はあるが、今乗ってる訳ではないし考えても詮無い事。

 兎に角こちらの運転の腕や性能よりも、やはり相手が二台な事がネックなのだ。


「流石に外に飛び出した奏様を隠す為とは言え、相手の傍まで行った後に二人程沈めたのは不味かったか。まさか他にも仲間が居るとは、本当ままならない物です。おや? あの後ろに見える黒い点は……」


 ミラー越しに再度確認すると、後ろから追ってくる二台の車の後方から、黒く輝く車にしてはやや細身の何かが追跡してきている。

 新手の仲間かと思ったがどうやらそうでは無く、目を凝らしてみると何処か有機的で、奇妙な形状をした大型の二輪車のように見えるが、自分の目を疑う光景には違い無かった。

 何故ならその大型二輪車には誰も乗って無いのだ(・・・・・・・・・)


「なんだ……あれは? 私は夢でも見ているのか?」


 仕方が無いとは言え、三台の車とカーチェイスをして一台は振り切っても、執拗に追いかけて来る追っ手の次は、禍々しさを感じる無人の大型二輪車。

 何処の三流ホラー映画です? 無人で追いかけて来る乗り物なんて、プリムス・フュリーの赤い車で十分ですよ。まあ、あれは車に女性の悪霊が憑りつき、次々人を殺すと言うフィクションですがね。


 件の大型二輪車はみるみる後ろの二台へと近付き、その外観が分かるようになる。

 特徴のある四つのライトと、不気味で刺々しい外装から飛び出る爪のような物、更に前輪には牙のような装飾のパーツと言い、全体としてみると、まるで黒い蜘蛛が足を揃え、巨大なタイヤを掴んでいるようなデザインだった。


 アレが都市伝説や幽霊等の類でなければ、後ろの二台も同じ物を見たに違いない。


 驚きのあまりハンドルの操作を誤ったのか、大きく蛇行して一台が減速する。この道では致命的な失敗とも取れるが、必然的にあの不気味な大型二輪車に近付く事になり、その動揺が此方にも伝わって来るかのようだ。


「……? 後ろの連中は、何をする気ですかね?」


 漸く動揺から立ち直ったのか走りが安定すると、遅れた一台の車から窓を開け、軽く身を乗り出す者がミラーに映った。

 何をするのかと思えば、そのまま懐から銃らしき物を取り出し二度発砲、直後に大型二輪車から咆哮の様なエグゾーストと黒煙が吹き出し、前輪に当たったのかタイヤが外れ……たのではなく、フロントシャフトに見えた部分が左右に別れ、右側の部分だけで走行を続け、発砲した一台へと車体を寄せる。

 シャフトが破損してバランスを崩したようだが、自由になった左側の二本のそれが(・・・)動きだす(・・・・)

 一瞬自分の目を疑ったが、鋭く尖った先端を走行中の車に突き刺し、銃を撃った者が居たドアを(・・・)簡単に引き裂いた(・・・・・・・・)

 乗っていた者は無事だったらしく、更に発砲音が連続して聞こえても、奇怪な大型二輪車(?)はそのまま右側後輪にも突きを入れ、タイヤを破裂させると元の様に姿を戻し、脱落した者には興味が失せたらしく、もう一台を追う様に向きを変える。


 ……このままいくと、最終的に私の乗るロールスが標的でしょうか?

 諦める選択肢はありませんが、どうにも現状を受け入れ難く現実感が希薄になる。

 奏様、真琴、私はいつの間にか、目を開けたまま寝ているか、あの世と言う物が本当に存在するとすれば、どうやらそこに片足を踏み入れていたようです。




「あっぶねぇぇぇ! って、ふざけやがって! あいつら本物の銃バンバン撃ってきやがった! もし星ノ宮と宇隆さんに掠りでもしたらどうすんだよ!! 頭きた! そっちがその気ならぶっ潰してやんよ!!」


「お、お前の拘る所はそこなのか!? 興奮し過ぎで口調もおかしい。取りあえず落ち着け! それに弾が当たっても平気で走行するバイクに先ず驚け! なにより貴様も見ただろう? こいつ勝手に動けるんだぞ!!」


「……へっ? 言わなかったっけ? このバイク半自動だぞ。行先決めて、俺らは乗せて貰ってる(・・・・・・・)だけ。それより星ノ宮、お前大丈夫か?」

 

 星ノ宮は驚いて声も出せないのか、背中にしがみ付いたままだ。宇隆さんは撃たれた事よりも、黒蜘蛛が足で攻撃した事に驚いて、興奮した声を上げている。その事で俺は呆れたようなおかしさが込み上げ、少々毒気を抜かれた。

 こうして高速で走行していても、普通に会話できるのは俺が風を操作しているからって事も、気が付いてないだろうな。

 しかし、俺も撃たれて恐怖より怒りを覚えたし、焦ったのも嘘ではない。だけど、まさか黒蜘蛛が足でドアを引っ剝がすとは思わなかった。

 こいつも撃たれて痛かったのか、結構腹を立てたのかね?


「星ノ宮、怖かったら答えなくてもいいからよく聞け、例え俺達に当たらなかったからと言って、銃なんてもんを躊躇無くぶっ放して来る奴らを、俺は……許す気にはなれ無い。分かるよな?」


「石田、お前何を言っている! まさか……!?」


「そのまさかだ。あいつら警告も無しに撃って来たんだぞ!? 黙って次も撃たれろって宇隆さんは言うのか? 冗談じゃない! あんなもん当たったら痛いじゃ済まん。間違い無く当てて来た事も含め、俺は決めた。やられる前にやる!」


「くっ……」


 宇隆さんの苦しそうな声が漏れる。それを聞いていたのか、星ノ宮が俺の腹に回した腕の力が強くなる。

 下手をすればさっきの銃撃で、俺を掴むこの腕が永遠に離れてしまったかも知れない。ミラー越しに見えた俯く宇隆さんと、偶然顔を向けた星ノ宮と目が合う。

 血の気が引いたその表情に、更に怒りは増加しアクセルを握る拳に力が入った。

 この距離ならもう風の刃の射程内だ、斜め前を走る車に何時でも放てる。


 残り最後の追跡車の一台も、さっきのやり取りを確認していたのか、ランダムに車体を左右にずらし、接近を避けているのが分かった。

 どうやら外に身を乗り出し、此方を撃つのは危険と感じているらしい。

 だがそれは何の意味も成さない。俺は二つの後輪に狙いを定め、《アフ=カ・マアーフ》を唱え両手から風の刃の塊を放つと、車の後ろを粉微塵に解体しサスペンションや周りを構成する部品を撒き散らし、盛大にタイヤも弾け飛んでいく。


 後輪が吹き飛び、安定性を失った車はリヤバンパーで地面を削り、ゴガガガッ! と凄まじい音と砂埃を巻き上げながら、未だに加速の衰えない車体が急激に方向を変えると横転し、道路を外れて横の雑木林に突っ込む。

 シートベルトを着用していれば死ぬことは無いだろうが、していなければ「運が悪かったな」としか俺には言いようが無い。

 腹に回された腕や背中にも星ノ宮の震えが伝わり、宇隆さんの嘆く声が耳に届いても、俺の中で擽る何かが晴れる事は無かった。


つづく

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