201話
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件のレンタル倉庫へと、田神さんの運転で星ノ宮と宇隆さんの三人、朝早くから命名式用に購入していた飲み物を取りに来たわけだけど、何やら妙な事になってしまった。
それと言うのも俺は車が停止したので、駐車場に着いたのだと思って外に出ようとしたのだが、窓の外は駐車場では無い上に、鍵が掛かってドアが開かないのだ。
「あれ? ここ何処だ? それにドア開かないんだけど、壊れた?」
「こんな所で止まるなんて変ね? 石田君ちょっと待って下さる」
何やら星ノ宮がボタン操作を行うと、仕切られていた壁の一部が開き、運転席へと会話が可能に……何気にお金掛かってますね。
「田神、どうしたの? まだ着いてもいないようだけど」
「奏様、実は少々面倒な事に、これを使って前方を見て下さい」
田神さんが星ノ宮に手渡したのは、かなりゴツイ双眼鏡。
星ノ宮は田神さんに言われるまま、素直にそれを覗く。
しかし、こんな物で何を見ろと言うのだろう?
「あ、コレ距離も表示されるのね。……何かしら? 道路を塞ぐ様に車が二台止まって、車の外に二人出て立っているわ」
「事故か何かでしょうか? こんな朝早くから最近多すぎではないか? 昨日も石田が巻き込まれたばかりだしな」
ここからだと、目を凝らしてもかなり小さいのに、田神さんはよく気が付いたな……。
双眼鏡を覗き込み、その性能に感心したように話しながら、星ノ宮は状況を伝えてくれる。宇隆さんが星ノ宮の説明に答えながら、意味あり気に此方を見るけど、昨日だって別に俺が事故を起こした訳じゃ無いぞ……多分。
しかし、こんな場所にまであの悪霊は影響出せるのか? 流石にちょっと離れすぎて関係ないと思う。
「奏様、到着予定の駐車場自体はもう直ぐなのですが、あのように前方を塞がれては申し訳ありませんが、進みようが御座いません」
「ねえ田神、他の道は無いのかしら? 警察や救急車を待つには時間が掛かりそうだわ」
「……他に道は在りませんし、困りましたね。石田様には申し訳ありませんが、今日の所は荷物を預けるのは諦めては如何ですか? 幸い量はそれ程ではない様に見受けられましたから、こちらでお預かりするのも問題ありません」
「あ、う~ん。レンタル倉庫自体はもう近いから、俺がひとっ走りして置いてこようかな」
田神さんには、“荷物を預ける”のに車を出して貰った事にしているから、提案は間違っちゃいないけど、それだと俺が困る……。
それと、前に俺を呼ぶ場合は“様”の敬称は止めて欲しいって言っても、田神さんの癖なのか、やっぱり治らなかったな。
荷物に関しては既に目と鼻の先だし、森の中を横切っちまえば直ぐだろう。
「それなら私も手伝おう。奏様、宜しいですよね?」
「そうね。あら? あの方達、こっちに気が付いたみたいだわ。指を此方に向けて下品ね」
「……何がとは明確に申せませんが、どうも妙な雰囲気です。石田様、降りるなら御早目にそしてご注意ください。真琴、倉庫の暗証番号と鍵はこれです。奏様はくれぐれも、そこから動かずに居て下さいね?」
田神さんは口早にそう告げトランクルームを開けると、ドアロックも一緒に外してくれたので、俺と宇隆さんは急いで重いダンボールを二箱下ろし、道路から外れて横の草叢へと入る。
少しだけ大丈夫かな? と車を振り返ったが、そこは田神さんが何とか対処するだろうと、十六キロも在るダンボールを持ち上げ、ヨタヨタと足を動かした。
ふうふう言いながら草叢をかき分け進んでいるが、進行方向と目的地が分かっているだけで道なんて物は無く、たまに何かの蔓が足首に絡まり、靴下の上から皮膚を傷付けられ地味に痛い。
「なあ石田、もう良いのではないか? 邪魔だからコレ、先程の様に消したり出来んのか?」
宇隆さんは俺みたいに息を切らさず、平然と持ち上げたままそう指摘する。
すっかり手に持った箱を“運ばなきゃ”的に思い込んで、レンタル倉庫の中に預けた物ばかり頭に在って、視野が狭くなっていた。人は追い込まれると、途端に一点の事くらいしか考えられなくなるようだ。
一度箱を下ろし、早速『窓』を開いて転送を実行。別に口頭でもできるが、ちょっと口に出して言うのは恥ずかしい。
両手が楽になった所で一端止まり、一息入れる。
「はっはっ、ふぅ。あ~重かった! ありがとう宇隆さん」
「お前、安永の言う様に少しは鍛えた方がいいぞ。奏様の方が水泳や走り込みをしている分、余程体力はあるな」
「くっ、帰宅部舐めんなよ! 百メートル走なら負けないぜ」
「足の速さと部活動に入らない事は、別に関係ないのではないか? ……まあいい。それで何秒だ? 大層な口を利くのだから、自信はあるのだろう?」
珍しい物でも見たような表情をして、宇隆さんが訊ねる。
早朝でまだ涼しいとは言え、寝不足でしんどい俺は呼吸を整えた後に、少しだけ溜めを作り勿体ぶった風に答えながら、首の汗を拭った。
「……十一秒五三、結構速いだろ?」
「ふん、奏様は十二秒台だった筈。石田、お前は帰宅部など止めて、陸上部に入った方がいいんじゃないか?」
「いや、……静雄の方が速いし、誰かに言われて走るのは好きじゃない」
「お前も我儘な奴だな、しかし安永はあの巨体でお前より早いのか? ……通りで一年の頃、二週間も勧誘合戦が続いた訳だな」
どうやらあの時の勧誘の事は結構有名だったらしい。
静雄の奴は、速くて強くて硬くてデカいと四拍子揃って、どこのスーパーロボット様だよってくらいだし、今更だけど『極める』ってどうするんだか。その内「強敵を探しに行く」とか言わんよな?
そんなアホな事を考えながら、目的のレンタル倉庫まではもう少し。
箱も消え移動が楽になったので、芝刈り機をイメージして風を操作し、足元の草を適当に刈り“念動力”で除ける二つのサブルーチンを作って繰り返す。
「……本当に石田は何でも在りだな。便利だが疲れたりしないのか?」
「ん~最近暑いだろ? だから風を纏う練習している内に、考えなくても別々に出来るようになった事を足してみた。電話しながらメモを取ってTVを見る感じ?」
「簡単そうに聞こえるが、面倒な事をしているのは分かった」
他愛も無い会話を続けていると草叢が途切れ、レンタル倉庫のコンテナ群の傍にやっとたどり着く。以前来た時は大して気にもしてなかったので、目の前に柵と側溝にコンテナまで在る為、奥の見えない城壁と堀の様に思える。
この側溝の深さは前と同じくらいだが、敷地内に在った物より幅が広く柵に深さがそのまま加算され、余計に高さを感じさせる作りだった。
「こりゃ宇隆さんは待ちだな。その恰好じゃ無理だ」
「此処まで来て何を言う。このくらい私は越えてみせるぞ?」
じーっと俺は宇隆さんに向けた視線を下に移す。律儀に学校指定の制服を着ていて、上は涼しそうな夏服仕様で下は当然スカートだ。
溜息を吐いた所で、上手く伝える良い案は出てこないので、楽に渡る方法を先に考える事にした。
俺が先に行く事は当然として、柵を越え向こうに行った後でスカートを押さえて貰いながら……と考えていると、後ろからガサガサと音がして、誰かが俺達の後を追って来た事に気付く。草叢を刈って進んだのが仇になったか!?
反射的に隠れようと側溝に飛び降り、コンクリートの壁に貼りついて上の様子を窺うが、宇隆さんを上に置いて来てしまい失敗した事に気付く。
「やっと追い付いたわ……って、石田君、貴方そこで何をしているの?」
「石田、お前が何を考えて行動したのか、何となく今の動きで分かったがな? 追って来る者など奏様以外に居る訳が無かろう? そそっかしい奴だな。そして奏様? あれ程田神に止められたのに、着いて来て仕舞われたのですか?」
草叢から出てきたのは、予想した危険な獣や犯罪者などではなく、星ノ宮だった。
警戒と緊張で息を潜めていた俺は、その声で一気に肩から力が抜け、「何だかなぁ」と思いながら、自分の想像力のアホさ加減に頭痛を覚える。
今の世の中、早々そんな物に出くわす方が稀で、田神さんの一声が余計に俺の脳味噌へ拍車をかけたに違いない。
やれやれと上を見上げようとして、妙な既視感を覚え思いとどまる。
俺は緊張とは別の意味で胸が苦しくなり、目を逸らしてしゃがみ込んだ。
「足でも挫いたか? 全く仕方のない男だな。奏様、どのみちあの柵を越えるには降りねばなりません。先に行きます」
「……あら、そう言う事。フフ、石田君、危なかったわね。だけど、今迄の事を考えれば貸し二つかしら?」
宇隆さんの合図の後二人が降りてきたが、星ノ宮が楽しそうに笑いながら、俺の耳に囁いた台詞で敗北を悟った。
つづく