200話
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まだ眠いのにも関わらず、無慈悲な目覚ましは俺に起きろと暴れていた。
その使命を全うするまでは徹底抗戦の構えで、俺は仕方なく降伏し敗北宣言のボタンを押して文字盤を確認する。
早朝四時二分か……ギリギリ三時間寝たかどうかで、まだ頭がボケて重い。
目ヤニの溜まった瞼を擦り、大きな欠伸を一つ。
再び枕に吸い寄せられる誘惑を振り切り、ベッドから降りる。
「あ~そう言えば、星ノ宮の迎えが来る前に、明恵に頼んで割符交換しとかないとダメか」
明恵を起こす秘密兵器を一つ冷蔵庫から出し、部屋を襲撃。
千夏は起きていたが、まだ寝ていた明恵をプリンで覚醒させ、割符にソウル文字を刻んで貰い俺の部屋にセットする。
千夏には呪いの類と勘違いされたが、明恵から半分プリンを貰い物珍しげに口にし、その触感と味にとても驚いていた。
千夏曰く「斯様な冷たく甘い物を朝から口にできるとは、主様の家は氷室でも持っているのかえ?」だそうだ。
石像に封じられた七十二年前と言えば、碌な電化製品も無かった筈だし、少しは伊周の記憶も在るだろうけど、何かを味わう前に奴は千夏と同化しちゃったしな……。
しかしこのプリン、明恵を即座に覚醒させるとは……変な薬入ってたりしないよな?
少しだけ不安になったが迎えが来る時間も迫っていたので、まだ寝てて大丈夫だと言って二人を残し、俺は準備を整えると外で車を待つ。
待ってる間にスマホを取り出し、メールの確認をすると三件の受信が在り、相手は静雄に秋山それと黒川だった。
中味をそれぞれ確認して行くと、どれも最初に昨日の事故での怪我の具合から始まり、学校には来られるのか等俺の身体を心配した内容で、秋山だけは追加でこの前見せた銀貨についての質問が着ていたが、今の所答える気は無い。
メールの返事を考えていると五分もしない内に車が現れ、運転席から田神さんが降りて来て一礼、俺も「おはようございます」と声を出して挨拶していたら、直ぐに後部座席の開く音が響く。
「おはよう石田、奏様は車の中だ」
「おはようって、あれ? てっきり田神さんだけ来てくれると思ったら、宇隆さん達まで起きて来たのか。……目の下に隈あるけど大丈夫?」
「気にするな。普段より二時間早く起きたが、奏様も特に気にしてはおらん。それより、あのチューと無く奴を早く「おはよう石田君。真琴? 何をしているの早く乗りなさい」……分かりました」
パワーウィンドウを下げ、星ノ宮も顔を出して挨拶を交わす。
宇隆さんは目論見が失敗し、複雑な表情で「乗れ」と言う。
アレは相当ストレスが溜まっていそうだし、たったの二日で宇隆さんは随分窶れた様に感じるので、少しでも緩和出来る様にネズ公と話してみるか……。
軽い挨拶も終え俺達が座席に座ると、目的地は昨日の内に伝えてあるので静かに車は発進した。
「昨日は大変だったでしょ? でも本当に怪我も無いようで安心したわ。学校じゃ黒川さんと瀬里沢さんが特に驚いていたし、安永君と秋山さんだけは貴方が先に連絡したせいか、割と落ち着いていたわね。……それで、早速貴方に質問が在るのだけど宜しいかしら?」
「別に構わないけど、ネズ公は連れて来てないのか?」
「えっ!? ええ、エリザはまだ寝ていたし、起こすのは可哀想だから……」
俺がネズ公にも挨拶しようとしたが、見回しても車内には居ないし何処に居るのか訊ねると、星ノ宮は急に声のトーンを弱々しく答えた。
寝ているのは構わないけど、そんな自信なさげに言われると心配になる。
あの「チュチュッ!」と言って、手を顔の前でモチュモチュさせるのを見たかったのに、妖怪は病気にならないって歌も在るけど、風邪でも引いたか?
「くっ、石田、もう暫くあの者を奏様に預けてはくれぬか? 今朝もその寝顔を確かめては頬を弛ませていたのだが、ここに連れて来る段階で少々な」
「ごめんなさい! いけないって本当は分かっているのに、どうしてもエリザともう少し一緒に居たくて、態と家に置いて来たの」
あのネズミ嫌いな宇隆さんまでお願いしてくるとは……。
こりゃ相当星ノ宮の方が、どっぷりネズ公に嵌っているな。
流石に預けっぱなしは不味いし、千夏とも顔合わせをさせたいから、一度は家に連れて来たいんだけど困ったわ。
ネズ公はただのネズミじゃ無いって事、少し強めに言っておくか。
「星ノ宮はネズ公の意思を確かめたか? お前もあいつはちゃんと言う事を理解していると、薄々感じているだろ? 無理強いするなら俺は許さないし、ネズ公だってきっと勝手に外に出る。俺に聞く前にネズ公に聞いてみろよ」
「……そうね。貴方の言う通り、エリザと話し合ってみるわ」
「なら俺は煩く言わないけど、明日顔を出すように言って貰えるか? その後こっちに残るか、星ノ宮の家に出張を続けるか確認するからさ」
「済まんな石田、本当ならば私が強く言わねばならぬ事なのに、お前に言わせてしまって……」
「宇隆さんも気にしないで、取りあえずこの話は終わりな?」
――ネズ公の話で盛り上がってると、丁度『スーパーミラクル』に着いたので、予定通り商品を受け取り、店長が帰ったのを見計らい二箱だけ申し訳程度にトランクに乗せ、他はそのまま明恵の割符へ転送。
流れ作業的に『肉の丸の内』で出来たての惣菜を受け取り、これも転送する。
惣菜をトランクに入れるのは微妙に感じたので、何個かオマケにくれた物だけを星ノ宮に手渡し、再びレンタル倉庫へと車は走り出す。
「お待たせ。そう言えば最初に星ノ宮が俺に聞こうとしてた事って何だ?」
「……そ、それより、今のは何が起きたの!? 真琴、貴女だって見ていたわよね? こう石田君が持っていた袋が、パッて消えたの!」
「奏様は少し落ち着いてください。私も石田がトランクに積むのかと思い、後ろに回り開けて待って居りましたが、目の前で荷物が消え失せたので、あのチューと鳴く物が走って迫って来るよりも、余程驚きましたよ」
「どうして真琴はそんなに冷静なの!? おかしいでしょ? 消えちゃうのよ!?」
「いえ、もう何だか石田の事で驚くのが馬鹿らしいと言うか、ほら石田のやる事ですから……」
「そこで諦めるなよ! だいたい石田のやる事だからって、どういう意味だ!」
俺の抗議はあっさり無視され、星ノ宮まで「石田君じゃ仕方ないわね……」と変な納得の仕方を始める始末で、まるで“夏は暑くて当然”みたいな風に思われるのは、少々心外だった。
そもそも両手で八往復もする量が、普通のトランクに乗る筈が無いから当然の処置だったし、またそれだけに作業員とトラックを借りるのは、流石に忍びなかったのもあり、当初の予定と変わって命名式で振舞う為、部屋に送らないと不味かったのだ。
一応田神さんには注意を払って、ミラーに映らない様に転送したけど、惣菜の方は正直ちょっと怪しい。
この会話も途中で壁が隔てており、基本的には運転席からは聞こえないとしても、聞こうと思えば幾らでも探る事は出来る筈だ。
でも俺はあのネズ公の居た横穴での出来事で、星ノ宮に害さえなければ田神さんは絶対動かないと確信していた。
「もう! 驚き過ぎて何を質問しようとしていたのか忘れてしまったわ。真琴は石田君を見て何か気付かないかしら?」
「そうですね。寝不足は関係ないでしょうし、あ! 石田、お前包帯を外して腕の傷は大丈……夫みたいだな。と言うか傷一つ残って無いではないか!?」
「そうそれよ! 私もそれを言おうとしていたの。真琴は私の言いたい事をよく気が付いてくれたわね。さあ石田君、貴方は隠さずキリキリ吐くのよ!」
「ああコレな。前に覚えるって約束した術式の一つを会得したんだ。これで多少の怪我なら治せない事も無い……流石に肉の再生は痛すぎて、暫く集中すら出来なかったけどな」
そう昨日の夜、千夏の化ける能力の検証の時、俺の血と髪それに肉を一掴みが必要って聞いて《身体再生》が在るし、調子に乗って試したら一掴みでは無く、一つ噛みだったんだよな……。
意味の履き違えとは言え、余りの痛さに俺は集中なんて全然出来なかった訳だ。
漫画の登場人物みたいに、自分の怪我を「これしきの痛み!」なんて先ず無理。
あれは特殊な状況下とか、アドレナリンがドバドバ出て無いと出来んよ。
そんな風に昨日の失態を、難しい表情で思いだしていた。
「石田君? 聞いているの? 貴方……昨日の事故で怪我が無いだなんて、嘘だったんじゃないかしら? 昨日はTVにも事故現場が映し出されていたのよ? あの惨状で掠り傷一つ無いなんて有り得ないわ! もう無理は止めてね」
「奏様、石田は肉の再生と言ったんですよ? かなり酷い怪我だったに決まってます! 石田、幾らお前が便利な術を会得したからと言って、あまり無茶をして私達に心配かけさせないでくれ……」
「えっ? いやあの、ええ!?」
何故か俺が本当は事故で怪我をしたのに、皆には隠していた風な話しが二人の中で出来上がっている。
星ノ宮は若干怒り気味に、宇隆さんは何処か沈痛そうな表情で俺をチクチクと責めるので、仕方なく「ごめん」とだけ言って謝った。
確かに事故に巻き込まれて、皆に心配をかけた事だけは事実だしな。
そんな会話をしている内に、車は倉庫へと着いた。
つづく