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1話 冷蔵庫IN爺さん

ご覧頂ありがとうございます。

 その日の昼間は物凄い暑さだった。

 折角の日曜日なのに暑さでどこにも出かける気にはならず、冷房の効いたリビングでゴロゴロしていた俺、石田明人(いしだ あきひと)は明日の学校の準備をすると早々にベッドに入ると目を瞑る。

 気温も三十二度を超える暑さで、ピーク時には最高三十五度まで気温が上昇して、子供と老人の熱中症患者の件数増加と、ベッドに入る前に見たニュース番組で女性キャスターが言っていたなと、ぼんやり思いながら意識をフェードアウト。


『暑苦しい』その感情がまず頭に浮かび、次に喉が渇いて薄いタオルケットを除けベッドから起きる。

 近くの国道を走る自動車の音が聞こえ、カチコチと置時計の秒針の刻む音で時刻を見た。午前二時半を少し過ぎたところだ。

 お茶でも飲もうと覚醒しきって無い頭で考え、部屋のドアを開け一階の台所にある最近買い換えた六ドアの大型冷蔵庫を両手でガチャリと開き冷たい風を頬に感じると共に、そこで見知らぬ『爺さん』と目が合う。

 相手の爺さんも吃驚したのか、目を見開きながらも俺をジロリと見返してくる。

 あまり働いていない頭を絞って俺はこう尋ねた。


「……どちらさん?」


 別に俺の家は冷蔵庫にそんな珍妙な物を入れて冷やす趣味はない。

 ……死体遺棄でもないぞ。

 ひんやりとした冷たい空気が漏れだす中、その爺さんは俺がそう尋ねるとハッと何か思い立った様な顔になり、次に必死な様子で喉を掴みながら一言「み、水を」と弱々しく言って『向こう側』で倒れた。

 俺は慌てて冷蔵庫の中に手を突っ込んだが、爺さんを支えることはできずに叫ぶ。


「おい! 爺さん大丈夫か確りしろ、水で良いんだな。大丈夫だ一杯あるから気を確り!」


 俺はこの時、人が目の前で倒れた事に驚き焦っていたが、それ以上に何故冷蔵庫を開けて、中に居た爺さんを助けようとしているのか、寝起きで寝惚けていたせいか全然不思議に思わなかった。

 けど、こんな大した事の無い小さな行為でも、それが稀に大きな変化を生んだりする切っ掛けとなる事もある――――






「ふほぉ~いや、(かたじけな)い。本当に生き返ったような気分じゃ」


 額に汗を滲ませ俺からコップを受け取り、本当に美味そうに水を飲み干すこの人物。

 目の前の爺さん倒れはしたが、別にまだ意識を失うほどではなかったらしい。

 俺の声は確り聞こえていたようで、「水」と聞いて視界からフェードアウトした後、直ぐにまたムクリと這い上がってきた。

 具合は悪そうに感じたが、顔色は日に焼けて分からん。

 案外演技だったかもと思ってよく見ると、額や鼻の頭に掻き出したあの汗の流れようは演技では出せない筈、少しダルそうに見えたが案外タフな爺さんのようだ。


 俺は蛇口を捻ってコップに水を汲んだだけ。

 だが爺さんはそのたった一杯の水で本当に命を繋いだ様だ。

 冷蔵庫を買い換えたばかりでなんだが、最新の冷蔵庫はこんな変わった機能が付いてたのか?

 ……イヤ、ナイナイ。

 俺は今夢を見ているに違いないのだ。

 これが噂の明晰夢ってやつかな。


 それから満足行くまで何杯か水を飲んだ爺さんから、コップを受け取るとその爺さんの後ろの背景には、外国の砂漠にあるような砂丘と、ラクダっぽい動物(ヒトコブラクダか?)に積んだ荷物も見える。

 冷蔵庫から何度目かの開けっ放しの警告音がピピッと音が鳴りだし、中から漏れだした空気が温度差で白い靄がかっていた。

 ……電気代大丈夫かな? もう一度コップに水を汲みながら、夢なのにそんなことを心配する自分に苦笑する。


 改めてよく見ると爺さんは海外の日常を撮影したTVで見るような、少し草臥れた感じはするが異国情緒溢れる服装に、ターバンみたいな布を被り日に焼けた黒い肌をしていた。


 爺さんは日本人ぽくは無いが、どこか親しみを感じる顔だ。

 激しい陽射しに照らされる髪は白よりは灰色で、太い眉毛と細い体で顔には深い皺が刻まれている。

 その風貌は厳しい環境で鍛えられてると感じた。

 冷蔵庫の向こうは昼間のように見えるが、残念ながらこちら側はまだ寝苦しい深夜だ。


「なあ、爺さんは何でそんなところに居るんだ? 暑くないか?」


「水には礼を言うが急に何を言い出すんじゃ、お主こそ何故箱の中におる? 変わった男だの」


「いや、俺からすると爺さんこそ変だし、箱の中に居る事になるんだが……」


 真面目に考えるとバカな話だ、冷蔵庫の中に人が居るなんて変な夢。

 しかも夢の中の人物にまで変人扱いされるとは、俺の頭は暑さでイカレちまったらしい、俺は黙ってコップを渡す。


 そう考えているとそれまで不思議そうな顔で俺を見ていた爺さんは、黙り込んだ俺を変人な上に頭が弱いと不憫に思ったのか、急に優しげな声で勝手に自分の状況を説明し出す。


「そうじゃの掻い摘んで言うなら、ワシはちょっとした商売の途中で商品を運んでいる最中なんじゃが、……途中にある貴重な井戸が砂賊に占拠されてての、何とか見つからない様日の上がる前に荷と逃げ出したのは良いが、肝心の水は補給できんかった。だがギリギリ持つと考えたのに、あまりの暑さに持たなかったんじゃよ」


 爺さんは大丈夫と思っての行動が失敗だったと俺に話すと、ヤレヤレと首を振りながらチビチビ飲んでいたコップの残りの水を飲み干し締めくくる。

 俺が分かった内容は爺さんは商人らしいって事と、水が無くて困っていたくらいか。

 だけど砂賊ってなんだ? 語感からいうと砂漠の盗賊みたいなもんか? まんまだが聞いたことが無いな。


「……そっか、なんだか分からんが爺さん大変なんだな。よけりゃ水もっと要るか? 何か入れる物でもあれば水なら沢山汲めるぞ」


「おお! 本当かそいつは何よりありがたいわい。今水袋を渡すから待ってくれ」


 爺さんはそう言って冷蔵庫の奥に見える範囲から少し外れると、次にはその手には袋を二つぶら下げていた。

 その袋は肩から下げられる紐付きの変わった手触りの袋で、これは二リットルも入れば満杯だろう、持たせるって言っても爺さんと後ろのラクダの分だとしたら、そりゃ足りるわけないわ。


 早速受け取った袋の栓を外し、台所の蛇口を捻りどんどん水を入れていくがここで変な事に気が付く。

 そろそろ水を入れ始めて一分は経つ、流石に二リットルペットボトル位の大きさの袋に水を貯めるのに、一分も掛かる事は無い。

 だが一向に水が溢れない……別に穴は開いてないぞ。

 この入れ物がおかしいんだ!


 結局首を傾げながらも、十分位水を出しっ放しにしてやっと少し溢れた。

 どんだけ入るんだこの袋? 俺は袋の栓を閉めると冷蔵庫の前に戻り、水で膨らみタプタプと音の鳴る袋を爺さんに手渡そうと中を覗きこむ。


「悪いな爺さん暑いのに待たせちまったな、っておい! 爺さん勝手に冷蔵庫の中の物をあさるな! それは朝食の後のデザート用に買っておいた、カットパインだぞ」


「あいや、すまん。つい珍しい物が在ったんで、少し見せてもらおうとな。この器は透明で軽いのにピッタリと蓋が閉まっとる。素晴しい器じゃ! それに中身のこの黄色い物、これはいったい? 『かっとぱいん』とは何かのう? それに大そう冷えて気持ちええの。……急にこんな事言うのも失礼だが、金銭で何とか譲ってはくれぬか?」


 最初はへばってたのに、この爺さん大分元気になったみたいだ。

 金銭と言ってもどうせ爺さんの国の金って、日本じゃ絶対両替しないと使えないよな。

 ……面倒だしそのまま渡しても良いか、どうせ夢だし。


「あ~いや別に金は要らんよ、やるから後で食ってみな美味いぜ。それとこれ返すわ。とりあえず溢れるくらいに水入れといたから、暫くは大丈夫だろ。他に何か必要な物はねーか?」


「ふむ、お主欲が無いのう。そんな事じゃ一端の商人にゃ成れんぞ? だがこの恩は確りと返さんと、商人としては失格じゃな。そうさの、お主のような御人好しには簡単に人に騙されんように、ワシの商人としての秘訣でも……授かるか分からんしの。どれ、ちょいと手を貸してくれぬか?」


 俺って商人じゃないしただの学生です。

 非ケツ? 別に尻は要らん。 まあ、代わりに何かくれるならと冷蔵庫越しに手を出すと、ガシッと腕ごと捕まれる。

 見た目は細い爺さんなのに、意外なその力強さに結構驚く。

 爺さんの随分と分厚いゴツゴツな手が俺の手の平と重ね合わさった途端、ビリッと静電気が走ったような感じがした。


 その感触で反射的に「イダッ」と声を上げて慌てて手を引っ込め、手の平を広げて確認してグッ、パッと手を動かすが異常は無さそうだ。

 爺さんは俺のその反応に何を思ったかわからないが、ニヤリと笑う。

 不安になった俺はもう一度そっと手のひらを開いて見るが、別段何所にも傷一つ無いのでホッとした。


「爺さん何かビリッとしたけど、いったい俺に何をしたんだ? イタズラならやめてくれよ?」


「ほっほ、それは良きかな。お主は“才能あり”じゃ! なぁに、ちょいとしたおせっかいじゃよ。お主とは今後とも良き付き合いをしたいからの。変な奴に騙されんように『おまじない』じゃ」


 爺さんは嬉しそうにそう告げる。

 何だかよく分からんが、よく在る験担ぎや年寄りの知恵袋的な何からしいと、俺は勝手に結論づけた。


「そっかありがとよ! ところで爺さん、どうやって家の冷蔵庫と其処を繋げたんだ? 悪いがこの冷蔵庫は最近買い換えたばかりで、まだ支払いがどうとか俺の親父が言ってたから、勝手に改造されて壊れると流石に困る」


「ほほぅ、冷蔵庫とは分かりやすい名じゃ、小さいがまさに冷えた蔵よの。あと何か勘違いしとるようじゃが、ワシは何もしとらんよ。商品の荷の中に紛れていた『この世に無い風景』と言う題材の『絵』が積み荷から落ちての、それを拾おうとしただけじゃ」


「えっ?」


「そう、『絵』じゃ。変わった御仁から酒の代金として交換した物でな。たまたま荷に紛れていたんじゃが、不思議なもんじゃの。すっかり描かれた中身が変わってしもうたんで、売る事もできん。それに繋がってしもうたのも偶然じゃし、仕方あるまいよ。ただ結果は上々、借金の代金以上の物になったわい!」


 いやいや、絵が冷蔵庫に繋がるってなんだ? それじゃあ爺さんは絵に向かって話しているのか? ……よく考えりゃ俺も冷蔵庫に向かって話しているんだしお互い様か、それにしても変わった夢だ。

 もう何だか考えるのが疲れてきた、頭もクラクラすると言うかまだ全然寝足り無くて眠い。

 目を擦りしばしばさせ、浮かんできた欠伸の衝動を噛み殺す。


「ふぁ~爺さん、例え夢だとしても俺そろそろ寝たいんだ。今もちょっと喉が渇いて起きただけなんだよ。そろそろ閉めてもいいか? そっちは昼かどうか分からんが、こっちはまだ夜中で寝る時間なんだわ」


「ほっ、そりゃスマン事をしたの。まだ礼は十分とは言えんが、そういう事なら仕方あるまい。次会えるのは何時になるか分からんが、楽しみにするとしようかの。もう一度言うが、お主のおかげでワシの命は助かった感謝するぞ。それとこれは夢じゃありゃせんよ。それでは“また”の」


 眠気でハッキリしない頭で爺さんの話を半分ほど聞き流しつつ、冷蔵庫のドアを閉めると俺は部屋に戻りベッドに戻って目を瞑った。





 翌朝、ジリリリリと枕元にあった置時計から目覚ましの音が鳴り、重い瞼をうっすら開けるがまだハッキリとは開かず手探りでスイッチを切る。

 朝早くからすでに気温は高いようで、首の後ろや背中に寝汗を掻いて気持ちが悪い。

 こりゃシャワーでも浴びてサッパリして行こうと考えながら、早足にドカドカと音を立てて一階に降りると、台所で朝食の準備をしていた母さんが「階段は危ないから走らないの」と言ってくる。


「おはよう母さん。あれくらい大丈夫だって、それにしても今日も暑っいわ~。だから朝飯食う前にシャワー浴びてくるわ」


「おはよう。シャワーは今お父さんが入っているわよ。それよりね明人、昨日の夜に冷蔵庫にあったパインあなた食べた?」


「へっ?」


「……変ね、その様子だと食べたのは明人じゃないようね。お父さんも昨日はビール飲んだ後直ぐ寝ちゃったし、あと明恵は先に寝たから無理よね、私だって食べて無いわ。それに容器はプラゴミだから分けてるでしょ? それも見当たらないのよ」


 母さんとの話でサーッと血の気が引いた、夢の中の出来事として今の今まで忘れていた昨日の出来事。

 あの爺さんとの話や、家の冷蔵庫が砂漠と変な絵らしい物に繋がった事――


「あれって、……夢じゃなかったのか?」


「んもう確りしなさい。もしかして、夜中寝ぼけて食べちゃったの? 明人もし食べたのならキチンとプラ分けして捨てておいてね」


 母さんは俺にそう言うとポットに水を入れて、朝食の準備の続きに戻る。

 その後俺は普段通りシャワーを浴び、母さんに妹の明恵と親父の四人で朝食を済ませ学校へ登校したつもりだが、何を食べてどの道を通って教室まで来たか思い出せない。

 あの後ずっと昨日の夢ではなかったかも知れない冷蔵庫での、例の爺さんとのやり取りを思い出そうとしていたからだ。





「なあ明人、お前朝から変だぞ。席に着いたと思ったら黙ってボーっとして、もしかして朝飯抜いたのか? 朝はしっかり食わないと体も脳も働かないぞ。……餡パン食うか?」


 この俺の前の席に座りアホな質問を話しかけてくるコイツは、安永静雄(やすながしずお)本人の性格は至って温厚でイイヤツなのに、生まれ持った恵まれたプロレスラー並の体格と高身長、それに加え顔が世紀末覇者の様なゴツイ悪人面のせいで誤解を受けやすい不憫な奴。

 あと見たまんま大食いで、何時も何か食い物を持ち歩いている。


 静雄とは入学当初から同じクラスで、最初こいつに出会った時は何もしてないのに出合い頭で「ごめんなさい」と思わず言ってしまい、初対面で凹ませたもんだ。

 だがそれが切っ掛けで良く話すようになり、今では俺の数少ない親友と呼べる男だろう。


「静雄、俺は別に腹は減ってない。朝は食べてきた、ただ何食ったか思い出せない」


「……お前今日は一段と変だな。食べたのに思い出せないって、相当痴呆が進んだ爺さまか?」


『爺さま』その言葉で今まで考えていた昨日の事を、静雄に言い当てられた気がして驚く。

 静雄なら話を真面目に聞いてくれそうだ、でもどう切り出す? 正直俺が誰かに昨夜体験した事を語ったとしても、単に「夢でも見たんだろ」で済ませてしまう様な話だ。

 それに本当に起こった事かどうか証明などできないし、他に証拠になりえそうな物って言えば、冷蔵庫から消えたあの『カットパイン』位しかない。


 例えで言えば殺人事件(昨日の夢)の犯行に使われた凶器(カットパイン)は分かっても、肝心の凶器が見つからないので犯人(俺)は証拠不十分で不起訴になり迷宮入り(結局夢じゃね?)みたいな物か? 証明するにも買ったレシートを探せば見つかる程度で、証拠になる物が消えたんじゃ証明にならないな。

 やっぱ話すのは却下だな、友情は冷え込まないが静雄にますます変人扱いされそうだ。


「……また黙り込んで、本当今日のお前はどうかしている。何を悩んでるのか分からんが、相談くらいは乗るぞ? これでも食ってシャキッとするんだな」


「いや本当大丈夫だ餡パンはイラネ。むしろ餡パンでシャキッとは成らんだろ? それは別のアンパンだ。それより今週のジャ○プも買ってきたんだろ? そっち寄越せ」


「俺だってまだ読んで無い。明人には代わりにメロンパンを進呈するからジャン○は諦めてくれ」


 静雄は机の上の餡パンを回収すると、代わりにジッとメロンパンを見つめた後にスッと、まるで喫茶店のウェイターの様な自然な動作で机にそれを置く。

 ……静雄の好物のメロンパン、惜しいならくれなくても良いのに。


 それから静雄は前に向き直ると、ジャ○プを鞄から取り出して読み始めたので、俺は仕方なくメロンパンに視線を戻す。


 どうやら本当にくれるらしい。

 折角だから昼にでも食おうと考え手に取った。

 その途端にシステマチックな音声が聞こえ、半透明な窓枠が目の前の空間に現れる。


《トレードが開始されました。受けますか? YES or NO を決定してください》


 目の前にはゲームで良くあるアイテム交換ウィンドウの様な物が表示され、先ほどのメロンパンのディフォルメされたアイコンがあり、YESとNOが点滅していた。

 突然の出来事に驚いて、周りの席や教室に居るクラスメイトを見回す。

 だがこれだけ目立つ物が浮いているのに、誰もその事を騒がない。

 ……本当に誰にも見えないのだろうか? 俺は目に前にいる頼りになる親友で試すことにした。


「なあ静雄、ちょっとで良いからこっち向いてくれるか? ほんのちょっとで済むから」


「明人、俺の週一回朝のHR前の細やかな楽しみの邪魔をするからには、それなりの理由があるのだな?」


 静雄はそう答えて、ジャ○プを閉じ肩越しにこちらを振り返る。

 俺は静雄の驚く顔と呆れた顔、どちらを見る事になるだろうか? ゴクリと口の中に溜まった唾を呑み込んだ。


「で、何の真似だ? 明人、この行為の理由を説明しろ。場合によっては三秒ウメボシの刑だな」


「まて! 話せばわかる! 俺は本当にお前の好物のメロンパンを食べていいのか確認したかっただけだ!」


 静雄はため息をつくと「そうか」と言ってジャ○プの読破に戻った。

 危なかった……静雄の体格差でウメボシ(左右の米神を拳でグリグリ&そのまま吊り上げ)三秒は朝から死ねる威力だからな。

 俺はもう一度注意深く誰かがこちらを見てないか、目だけを動かしながら確認するが、やはり俺にだけしか見えてないようで、恐る恐るその半透明で点滅するYESを触る。


《トレードを行うアイテムを選び決定ボタンを押してください》


 ……またあの声が聞こえ、実は俺はまだ部屋のベッドで寝てるんじゃないかと考えて、そこで昨日の夢を思い出した。

 爺さんが言っていた『おまじない』ってこの事だったのか!? 他の誰にも見えてないわけだし、アレ? って事は爺さんと在った事や話した事、全て現実なのか? 俺はいっその事開き直って色々調べることにした。


 このトレード用の窓は一度に交換できる数は六個までのようで、他にお金とその額を打込む枠もあり、正にゲームで良く見る仕様のようだ。

 静雄のトレード欄も弄れるのか試してみると、此方は既に(ロック)を固定されており金額を打込んだり鍵を外す事は出来ないが、トレードに出したアイテムは色々と確認できるようで、このメロンパンの情報が色々と分かる。


 アイコンをつんつんすると、名称や製造日に購入時の値段、原材料から果ては購入日等色々、更に履歴まで追って見れた。

 現所有者の名前も確り載っており、『安永静雄』となっている。


 これってスゲー面白い! メロンパン一つで様々な情報が分かるのが凄まじい。

 俺からも何か相手に渡せるようで、自分の所有している物の一覧が表示された。

 試しに消しゴムやボールペンを適当に枠に乗せてみると、これも情報が出てくるが俺の場合は所持品の値段と、現所有者名しか表示しかされない何故だ? それに購入時よりも少し値段が下がっている気がする。

 ……使って減った分価値も下がるのか? 顎に手をやり感心していると、そこで急に俺に声が掛かった。


「石田~? あんたメロンパン見つめて何ニヤニヤしてるの? この暑さで頭イカレた? と言うよりあんたは元々頭悪かったわね」


「ん? ああいや実は……ってお前か、うっせーよバーカ。この間の数学じゃお前の方が点数低かったじゃねーか。お前の方が頭悪いだろ」


「今はテストの点数は問題じゃないの、問題なのはあんたのバカ面の事を言ってるのよ。どうせそのメロンパン安永君から貰ったんでしょ」


「静雄から貰ったらどうだって言うんだよ、俺の面もこのパンもお前に関係ないだろ? ほっとけ」


「ふんだ、あんたはそうやって安永君に餌付けされて、まるで犬みたいね」


 そう俺に憎まれ口を叩いた秋山は、静雄に挨拶すると窓際の女子の集まっている輪に入っていった。

 俺を静雄の(ペット)だと言い張ったあの女は、静雄の隣の席に座る秋山茜(あきやまあかね)だ。

 見た目はそれなりに可愛いほうだし、明るく活発で俺によく絡んでくる。

 ただ、今の通りバカ扱いしてくるので俺もコイツをバカ扱いし返したが、隙を見せると其処を突いてくるので、中々油断ならん奴だ。


 何故か静雄には普通に対応しているので、やはり見た目で威圧されるのだろうか? 俺も恵まれたボディが欲しいぜ。

 因みに理数系は秋山に勝てても、英語と古典のテストでは圧勝で負けているので悔しい。

 静雄? あいつはクラス平均を行ったり来たりだけど、見た目に違わず運動系に関しては抜群の性能を発揮する男だ。

 煩い奴も消えたのでトレード窓の決定を触り、晴れて名実共にメロンパンは俺の物になった。


 その後は何事もなく朝のHRも終わり、授業が始まるが俺はこのトレード窓をずっと弄り回していた。


 説明するなら静雄に対してトレードを開始し、俺のボールペンにカッターで線を刻むとそれを入れて決定をする。

 そうすると予想通り、手元に在った筈のボールペンは消えていた。

 たぶん静雄の所有となって持ち物の中に紛れ込んだはずだ、後で授業の間の休み時間に静雄に断わって持ってたボールペンを見せてもらうと、案の定線を入れたボールペンが出てきた。

 俺から何かを『無料で渡す』には、制限は今のところ特に無いらしい。

 交換が済んだ後静雄には「俺はペンにこんな線を入れた覚えはない。どうせお前が何かしたんだな?」とズバリ言い当てられた。

 何で俺の仕業って分かったんだ? 静雄の動物的直観だろうか。


 他にも教室の前に移動し黒板の履歴を調べてみたり、チョークを一本盗ってトレード枠で調べたら、表記が今までは白文字だったのに赤文字に変わり、所有者は変わらないが横に括弧で『盗品』と表示が増えていた。

 どうやら盗品は赤文字で表記されるようで、何となく怖いからチョークを交換相手の所に入れて、表示されてた金額を打込んで決定すると、白文字で所有者が俺に変わったのでホッとした。

 『盗品』表記は元の金額の倍の価値の物を入れる事で、何とか消せるらしい事も分かった事の一つだ。


 後は物に触らなくても二メートル位の距離なら、視線で物をトレード開始できることも分かり、試しに相手の所有者が身に着けている物をトレードしようとしたが、これは流石に(ロック)されていて無理だった。

 他にも現国の先生のフサフサの髪は実は地毛ではなく鬘であることが分かり、試したのだがトレード窓を開くとアイコンの表記が『交換不可』と出ていたからだ。

 全然鬘に見えない分結構な高級品で値段も高く、思わず「なるほど」と呟いて現国の先生に注意されたりもした。

 大丈夫ですよ先生、あなたの秘密は俺がシッカリ守りますから。


 そんなこんなで授業も終わると、昼は静雄から貰ったメロンパンと購買でさっそくトレードを使用し『並ばず』手に入れた、コンビニで売っている物とは一味違った手の込んだ人気の焼きそばパンと、ジューシーで作り立てなカツサンドを手にホクホク顔で教室に戻り食事を楽しんだ。

 近くの席の静雄と秋山には、カツサンドを一個ずつ奪われどうやってあの人混みを潜り抜けたのか聞かれたが、コツがあると誤魔化したら明日の昼の分の購入を頼まれた。

 どう考えても俺だけ理不尽だ! どうしてこうなった?


続きます。最初なんで長いですが、次からは3000字前後で投稿して行こうと考え中。

 最近は中々時間取れないので、短めの方が良いかも知れないと考え直しました。


12/12 『トレード窓』を使用できる距離を変更致しました。

   五メートル→二メートル 五メートルって計ると範囲広すぎでした。


2/10 加筆&修正致しました。


4/18 副題を編集していきます。

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