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196話

ご覧頂ありがとうございます。

 新たに契約を結んでしまった、俺が名付けた千夏と言う蜘蛛の妖。

 友康が事情説明を求められ会話する中で、知り得た情報や予想された事を纏める頃には、結構な時間が過ぎて火弧と氷蛇は符の中に戻り、千夏は退屈そうにしながら、偶にちょっかいを出してきては俺に怒られていた。

 かなり長くはなるが、ここで友康の考察した事を述べる――


 千夏本人が対面した時に「生まれ変わった」と言った様に、こんな姿をしているが年齢で言えば本当に赤ん坊同然なので、取り込んだ伊周の記憶に影響され懐かしさと刷り込み(インプリンティング)に近い物も加味されて、今の千夏のような子犬が親犬に甘える(?)風な感じになったのだろう。

 元々封じられていた五体の妖の魂を、混ぜ合わせて出来た歪な集合体でも在った為、狂気や殺戮衝動などの感情は倒した巨人と共に消滅し、どちらかと言うと会話を通じ、精神的には攻撃、承認、遊戯、求知、が目立ち、後は幼体ではなく成体で生まれた為に、本能的な食欲や性欲ばかりが刺激され、引き継いだ記憶に影響された結果、あのような行動に移したに違いないと結論がでた。


 艶っぽい仕草や会話の行動原理は、親(?)の記憶から選択した物であり、友康が「情欲を糧にしていた」と言った意味が繋がり納得する。

 しかも、俺の様にこの狭間に入って来たり、封じられていた妖と違い肉体も備わった(・・・・・・・・)状態で生まれてきているのだ。

 いや、本当色々(・・)と凄い娘が出来上がったもんだと思う。


 集めた少ない情報の中で説明する友康は、学者でも食っていける知識と鋭い見識があり凄いと褒めると、火弧や氷蛇と言葉が無くとも通じ合っている上に、書物を読む時間なら幾らでも在ったと、何でもない事の様に言う。

 幾ら時間が在っても向上心が無いと出来ないし、友康を管理者として置いた菅生の人間は、少なくとも人(既に魂だけど)を見る目が在った事だけは間違いない。


 その後も会話は続き、俺は倒された伊周の魂が千夏の中に残っている事を友康に話すと、表層の自我と記憶は親の影響を受けても、魂の半分近くは吸収しきれなかった伊周が混じって生まれ、戦闘は起きたが俺が即捕獲されてしまい、短時間の会話を切っ掛けに伊周の記憶が呼び覚まされ、その結果感情は全く別物とは言え今の千夏を形成する原因になったのでは? と更に予想立ててくれた。

 それを聞き仮に伊周の記憶がまだ在るなら、伊周の本体だった鬼人大王・波平行安は鞘に納め回収してあるが、千夏に触らせた場合どんな反応が起きるのか、後で試してみようと俺は心の中で思う。


 また千夏の外見は、元の蜘蛛の妖が色濃く出ていても、大きさと基本の設計が人間寄りな事、更に混じった妖の特徴も少しずつ備わり、起源である『女郎蜘蛛』の固有種族名は消えたが雑種(キメラ)でも強力な妖に変異したらしい。

 各種五体から材料を用いて、中身に伊周の記憶も混じり、良い所取りの妖特製スクラッチビルドの様な仕上がりと言えよう。

 俺と友康が情報を持ち合い会話している前で、拗ねたように「まだ終わらぬのか? 我を放って置いてそのような者とばかり喋って」と言って唇を尖らせる千夏の行動からは、色気は全く感じないが妹の明恵の様な幼さが垣間見える。


 本来発生した(生まれた)ばかりの妖は、ある程度の知識を持ちその生まれ方(・・・・)によって本質が決まるらしく、世代を重ねる事で緩やかに変化する事も在るそうだが、千夏の場合はそれとは条件が違い、知識だけは在っても危害を加える者が今は(・・)居ないので、その経験の無さから幼さが少しずつ出てきているようだ。

 千夏の最初の行動は、言わば親から受け継いだ自己防衛本能に基づく、反射的行動でしかなかったと分かった。


 友康に影響された俺は真面目に話を聞いていたが、横に居た千夏が「主様はもっと我に構うのだ!」と突撃して来て、途端にこれまで気を張って聞いていた自分が、随分と阿保らしく思えて難しく考えるのを止める。

 ようするに千夏は、見た目は大人だけど中身が明恵の様な子供なのだ。

 だからあのファーストキスは本能から、セカンドキスは肉親に対する愛情表現と甘えから来るもので、これからは俺の親心的な自制心が試される訳か……それ、何て拷問?


「何か物っ凄い疲れたわ……。なあ友康、もう俺達一度帰って良い? 長居すると寿命減るのが気にかかるし」


「あのなぁ明人、貴様は何をふざけた事を言っておる? あの像を直す約束を履行するまではダメだ。封じた妖は……まあ、明人が貰い受けてくれたことで何とかなったが、やはり防備に不安が残るしな」


「むぅ、主様の寿命が減ると言うのはここで活動している分減る事であろう?それとも魂の力の総量で減る可能性を指しておるのなら、それは杞憂ぞ。寧ろ主様が一番多いしのう」


 何をそんなに困ってる? とでも言う風に、横に居た千夏が俺の膝の上に頭を無理矢理乗せて来ながら「くふ」と笑って話す。

 ちょっと重いが頭を撫でろと手を引っ張るので、その通りにしてやり何故魂なのに重さを感じる? と余計な考えが頭を過り、軽く溜息を吐く。

 そう言えば魂が強けりゃ寿命は減らないとか言ってたけど、この中で一番俺が多いってどういうことだ? 普通に考えりゃ友康や火弧に氷蛇は、ここの管理者に護法夜叉だから、寿命どころか既に定命の枷など無いだろう。

 千夏にしてみても五体の妖に、伊周の魂まで備わっているのだから、並の量ではないと予想できるが、それよりも多いとはこれいかに?

 つくづくこの狭間の法則が、自分の常識とかけ離れた所だと思った。


「こ奴、ばらしてしまったか。まだ生きている者には、個人の魂の量など知らぬ方が良いとされておるので、一応管理者の我は本来喋ってはならぬ決まりごとになっておってな。黙っていた事許せ。まあ、だからこそ明人には像を直せると踏んで頼んだ訳だ」


「はっ? じゃあ俺は活動している分以外は寿命減らないのか? ハァ~……心配して損したわ。なら像を直す手間くらい待っても問題ないけど、仮に俺があの像を直すとして、元の様に守護してくれるのか? 流石に俺は過去の技術の粋を集めて作った、人造の神様なんて元に戻せないぞ?」


 一つ心配していた事は消えた訳だが、友康に質問しながら新たな疑問が湧く。

 あの石像あっさり抵抗もせずに壊れたのは何故か? 妖に対しては防衛機構が働いて、千夏の前身だった蜘蛛の妖なんて、体の半分は引き千切られ封じられたって話だったのに、伊周に一切反撃しなかった事を不思議に思ったが、答えなんて俺に分かる訳が無かった。


「ああ、それなら心配ない。像さえきちんと元通りに修復出来るのなら、この狭間を構成する門がその像を新たに認識すれば、問題なく動く様に出来ているから安心せよ」


 少しだけ得意そうにそう友康が言うが、何ともアバウトな仕組みだな。

 昔の人も壊れる事くらい予想できるし、当然ある程度対策済みな訳か。

 それでも湧き上がった疑問は解消しておきたいし、聞いてみよう。


「むぅ、像など如何でもよいではないか? 主様もここにはもう用は無いのであろう? 我は主様のものなのだから、もっと構わねばいかんのだぞ?」


「あ~千夏、悪いけどそれはまた今度で……。と言うか像を直す媒介をどうしようかな。最初は友康が自分を使うとか阿保言っていたけど、管理者が消えたら困るし、菅生の人間とは出来ればあまり余計な問題を起こしたくないんだよ」


「む? 明人は菅生の者ではないのか? 最初は凶悪な妖が攻めて来たかと思ったが、そうではなく神気を帯びた刀まで持ち、尚且つ妖気を放つ乗り物まで従えその魂の量。明人、お前は本当に何者なのだ?」


 千夏がぷりぷり怒って腹に頭をぶつけて来るので、ペシリと額に手を置き窘め、面倒だから媒介はポケットの銀貨で試そうかと思いながら、先に友康に釘を刺したところ、菅生の者でなければ何者かと問われた。

 そう言えば、下の名前は言ったけど名字は名乗ってなかったっけ? もしかして菅生の者じゃないと、ここに居ちゃ不味かったのか?

 ……何て答えよう? 菅生の者なんてさっぱり知らないし……お! そうだ恭也さんや兼成さんが知り合いだから、菅原本家がどうとかって言ってたし、それを言えば大丈夫かな?


「え~と菅生は違うけど、俺は菅原本家「なに! まさか本家の方だったのか! 道理でそのような刀を持ち、妖まで従える程の大きさの魂な訳だ……。ハッ!?、これは真に失礼仕った。今迄の明人殿への数々の御無礼、どうか平にご容赦下さいませ」……えっ? 何それ!? ちょっと待って! 頭あげてよ!! そうじゃなくて、コレどういう事さ!?」


 俺が焦るくらいに、友康は畏まって平伏し頭を下げるので、慌てて訂正しようとするが、焦り過ぎて頭が回らず友康の手を取って頭を上げる様に頼む。

 恐る恐る頭を上げる友康もかなり戸惑っているのが、その表情から分かる。


「どう、と申されましても。菅生は菅原本家から見ればの分家の一つ、まして我はその末席に名を連ねるばかりのただの庶子。こうして管理者として命じられ留まっては居りますが、あまりに身分が違いますれば……」


「くふ、流石は我の主様じゃ! よくは分からぬが、誰もが平伏するくらい凄いのじゃな!」


 千夏がふんすと鼻息荒く胸を張り、嬉しそうに隣で座り直す。

 あんまり胸を張るんじゃない! お前服着てないから丸見えなんだし……。

 女の子がはしたないと思いながら、何か着せる物でも作るかと銀貨を取り出しながら、平伏する友康に誤解を解こうと会話を続ける。

 どうも服のイメージが湧かん、パッと思い付くのは高校の制服くらいだし、千夏は肩と腕のせいで普通の上着は無理か? 取りあえず友康の着ている狩衣をベースに袴もイメージして作り羽織らせる。

 これで残りの銀貨の枚数は五枚、十三枚在ったのにもうこれだけ。


「はいはい、千夏はこれを着て、もう少し大人しくしていてくれな」


「我に? この服ほんに我が着てよいのかえ? やれ嬉しや! 主様が我に服を拵えてくれたわ!」


 脇の縫い合わさって無いヒラヒラとした狩衣と内衣、それに袴を千夏は六本の腕で広げながら穴が開くんじゃないかと言うぐらい見つめ、頬を綻ばせていそいそと身に付ける。

 横目でサイズは勝手に収まるんだな等と思いながら、着飾った千夏を見て微笑ましく思う。


「……あ~それで俺の事だけど、菅原本家の人に頼まれ……あれ? 俺って恭也さんの弟子だっけ? 一応弟弟子? まあ直接の繋がりなんて物は無いし、血も引いてないからさっきと同じく普通に!」


「……まったく、それを早く言わぬか流石に肝を冷やしたぞ? しかし、そうか。だからここに来れた訳だな? ではやはり、明人がここに来た理由は師匠か本家から、何か命が下ったのか?」


「ん~何も聞いてないと言うか、たぶん俺に《身体再生》の符の作り方というか、術式を学んで来いって事だったんだと思う」


「ほう、《身体再生》ならば我が作り方を伝授出来るぞ? 基本的に《修繕》を人の肉で行う様に式を変える訳だし、とは言え覚える者によって得て不得手が在るから、明人が身に付けられるかはまた別だがな」


 ……もしかして、それで修得難易度が人によって変わるから、ここで修行する奴が殆どいなくなっちまったんじゃなかろうか? 真相は分からないが、寿命を削ってまで修行したいなんて思う気合の入った奴は、今の御時勢いな……いや、凄い身近に一人居たかと、静雄の事を思い出す。


「そう言う訳で、どうだろう? 俺が持っている媒介で像を直せるか試して、問題なく青面金剛を門が認識したなら、代わりと言っちゃなんだけど「ああ、皆まで言わなくともその時は、我が《身体再生》を伝授しよう」ありがとう。それは来た甲斐があるし、助かるわ!」


「むぅ、また主様は二人だけで楽しそうに……。何か我に言う事を忘れて無いかえ? ほら、ほら、な?」


 何とかいい方向で話が纏まった所で、友康と頷き合っていたら内衣と狩衣、それに袴を着終わった千夏が、不満そうに俺にジト目を向けた後、着込んだ衣装を見せつける様に腕を広げ、くるりとその場で回って見せる。

 その期待に輝く眼が、何と言って欲しいかなんて誰でも分かる事だろう。


「うん、とてもよく似合っている。千夏はやっぱり可愛いな」


 蜘蛛の巣と、蜘蛛を意匠化した文を柄にした白色の狩衣に、赤が濃い小豆色をした袴を着ている姿は割と似合うと思うが、千夏が着ると衣装の方が負けてしまって、妖艶さの微塵も感じないその笑顔に答えながら、自分のセンスの無さに苦笑いが浮かぶのだった。


つづく

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