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195話

ご覧頂ありがとうございます。

 俺はあの蜘蛛の妖と争っていた筈だが、今は唇を奪われた上げくご覧の有様だ。

 もうあの妖を一人の女の子(・・・)と意識してしまっては、拳を振う事も術で攻撃する事も、ましてや刀で頭を差し貫こうなんて出来やしない。

 目の前で照れたように頬を上気させ、少し俯き加減で先程の行為を『心地よい』なんて言われた俺は、完全に敗北したのだった。


 髪の毛で身体の自由は奪われたままだが、それ以上の物までこの妖は俺から奪って行ったのだ。

 後ろの方で「くっ、だから言ったのだ。あれ程妖の眼を見るなと! 明人、助けられず済まぬ! お前が犠牲になっている内に、火弧と氷蛇を修復し終え、刺し違えても何として必ず敵は討つ! だから……恨むのは俺だけに!」

 とか、何とも悲痛な声で友康が叫んでいたが、後ろから見ると妖に捕獲され頭を食われてる様にでも見えたのだろうけど、勘違いしている奴はこの際無視だ。


 俺の方だって色々と初めての体験に加え、心に湧いていたどうしようもない怒りの矛先、それに伊周の仇を討つと言った誓いを、たった一度のキスで全部総取りして行きやがったコイツの事で、今はいっぱいいっぱいだからなっ!


「何故黙っておる。何か言ってたもう? 坊の望みに答えて接吻までしたのだぞ? 我の心の裡はちゃんと伝えたのに、……坊は何も言ってはくれぬのか? もしやもっとして欲しくて、我を焦らせているのかえ?」


 俯き加減から上目使いで見つめて来るのは反則だ! 何で俺の周りには似たような女がこんなに多いんだ! 俺に何て答えろって期待してんだよ!? もじもじしながら、まだビンカンになっている場所に腰を押し付けてスリスリしないでくれ! いやいやいやもう十分結構ですっ!


「あっくっ、もうその腰と髪は頼むから止めてくれ。……それで、何故俺の事を前から知っているだなんて思ったんだ? お互いに初めて出会った筈だが、俺はお前の事を可愛い女の子だと考えたら、もう戦うなんて出来っこない。ただ、最後のお前の言葉が妙に引っ掛かるんだ」


 残念ながら、まだ髪の毛を解いて貰えてないので身動きは取れないが、どうにかそれだけを口にだし、頭の中から余計な感情を追い出す。

 はっきり言って新手の拷問に近い仕打ちで、緩く繰り返す波が酷くもどかしい。


 俺の質問に心底驚いた様な表情をみせ、「我が可愛い? 可愛い!?」と呟きながら頬を押さえながら頭をブンブン振り回し、目を瞑った後は六本の腕を使い眉間を押さえたり、腕を組んだり頭を揺さぶったり……凶悪で刺々しい装いをしていても、意外と器用に表情を変える微笑ましい奴だった。

 装いと言っても、こいつの場合ほぼ全裸と変わらない格好に近いんだけどな。


「むぅ、何故かと言われてものう。我がこうして新たに形作られた後から、坊を一目見て妙な既視感と懐かしさを覚えてな? 勝手に口が動いてしまう事が在って、先程も褒美や良く分からぬ制服だとか、おかしいのが我は坊の血潮を舐めたいと思う筈が、心に浮かんで来たのは日本酒とやらを三升、艶を出す椿油が欲しいと「……お前、もしかして伊周、なのか?」……!?」


 妖が俺の疑問に答えようと考え込んだ後、次々に口に出していく言葉を聞いて、俺の中で生まれた新たなとんでもない考えが、自然とこぼれ落ちた。

 それまで俺の方を見ながら、困ったように喋っていたけど、俺が伊周の名前を声に出した途端、額の眼までをキョトンとさせた後、心底驚いた顔に変わる。


 まるで、普段まともにやってこない宿題のプリントを、既に終わらせたと仲の良い親友に告げ、驚愕の表情をしながら「あんた、本当に本物の明人!?」と言われた後に、「くそっ! これを見てまでそんな事を言っていられるのか?」そう叫んで鞄から出したプリントが、明恵の書いた落書きだった瞬間の、更に驚いた俺の顔のような……って分かんねぇよ!

 まあ兎に角、俺も半分以上混乱していて似たような表情をしているのだろうけど、目の前のこの妖も凄い驚いてんだよって事だ。


「これ……ちか……? これ、ちか。これちか!? むぅ。我は坊にそう呼ばれると不思議な気分になるわえ。何度も何度も同じように以前から呼ばれていた様な、坊の口からその名を呼ばれる度に、何故か無性に腹立たしさと愛しさが込み上げてくるのは何でなのじゃ!? 分からぬ。……のう、坊はこの胸に湧く苦しみを、解く方法を知ってはないかえ?」


 妖は伊周の名を何度か呟きながら、湧き上がる想いを確かめる様に繰り返す。

 こんな非常識な考えは、もしかすると俺の単なる願望なのかもしれないが、新しく形作られたと言う話が本当なら、ほんの微かなありえない様な確率で、あの時倒れた伊周の魂が食われる直前に妖の中に取り込まれ、今もこうしてしぶとく残り同化していたのだとしたら?

 コイツは敵なんかじゃなくて、新しく生まれ変わったあの伊周なのではないだろうか?


 ……姿は変わったとは言え、ワイルドなイケメンだった伊周とキスをしたなんて想像すると、あれ程煩く暴れていた鼓動が急激に静まり一気に萎えた。

 だが、困惑と不安そうな表情を浮かべ戸惑うコイツに、俺はキチンと応えなければならないだろう。

 なんせ伊周は俺との契約者であり、且つ俺は元契約主だったのだから。


「あ~それはだな、お前は俺の知っていた伊周で間違い無い筈だ。契約主だった俺が断言してやる! でも、今のお前は姿も変わって随分と可愛くなっちまったし、伊周のままでも良いが、……どうせなら女の子らしい名前の方がいいよな。ん~伊周、ちか、よしっ! これからお前は千夏(ちか)って名乗ればいい。これから先、千の夏を廻れますようにって、な?」


「!! 坊は……坊は、我にそのような名を贈ってくれるのかえ? 契約主と言う事は、我とこの先もずっと一緒に居てくれるのだな? 我は、我は今とても嬉しいぞ! こんな気持ちを味わうのは、生まれて初めてかも知れぬ。我は千の夏を廻る者、千夏。もう坊とは呼べぬな……。我の主様(・・)、どうかこれからも末永く、寂しくない様に何時までも離れず、我と共に居ておくれ」


 涙を溜めた大きな瞳が細まり、再度間近に迫ると身動きの全く取れない俺は、再び唇を塞がれてしまい、あっさりとセカンドキスを終えてしまった。

 ……と言うか、そりゃ生まれ変わったって言っていたしな。

 ん? ちょっと待て!? 俺はただ迷子みたいに見えたコイツに、自己を確立できるようにと名前を付けてやっただけの筈なのに、いつの間にか再契約(・・・)していただと!?

 そんな事を頭の端で考えながら、俺は窒息しない様に啄む唇と絡まる舌に応えるので精一杯だった。


「またせたな! 我は明人の犠牲を無駄にはしなかっ……!? 火弧、氷蛇、何か悪い夢でも見ているのだろうか? 今、目の前で明人の顔に愛おしそうに頬ずりして接吻をかました妖は、本当に我らを苦しめ、青面金剛が封じし妖と同じ奴なのであろうか? 纏う気配まで変わっておる……」


「コーン?」「シャー? シャー!」


「ぷはっ、千夏、もういいから一端落ち着け! 分かった、分かったからな? そんなに興奮するな! ハウス! ハウス! と言うか、いい加減下ろしてくれ!」


「むぅ、主様はつれないお方じゃのう。もっと我はくっついていたいのに……、何じゃ貴様らか。もう貴様らに用など無いぞ? さっさと去ね。我は貴様らにもこの狭間にも、もう興味など疾うに失せたしのう。……だから主様、早う我と一緒にここから出ようぞ?」


「明人!! 貴様まさかこの妖にまんまと誑かされ……と言うより、誑かしたのか!? よくもまあこやつのような、情欲で発散される気を糧にするような妖だった奴を手懐けたものよ。して、仇はどうするのだ? それに先程から感じるこの妖? の纏う気配はどうした事だ? さっぱり分からぬ。説明を求めるぞ!」


 火弧と氷蛇の修復が済んだのか、友康は自分の服装はボロボロのままなのに、険しい顔をして駆けつけてくれたようだが、俺と千夏の様子を見て顎が外れたように口を開け、脱力したようにヘナヘナと地面に膝を突き、orzの絵文字よろしくその姿勢のまま頭を上げて、質問の嵐と来た。

 いや、気持ちは分からんでもないが、俺だって上手く説明できる自信が無い。

 友康と違い火弧と氷蛇は呆れたとばかりに、俺と千夏を一瞥した後座り込み、我関せずを決め込んだのか毛繕いをし始める。


 取りあえず、俺の分かる範囲での説明と予想的内容を纏めて経緯も話す事で、友康とも過去に封じた妖達の事など、互いの情報の補完をし合い色々と分からなかった事を摺り合わせた事で、見え始めて来た物があった。


つづく

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