193話
ご覧頂ありがとうございます。
15R 今回のお話には、露骨に卑猥な表現が含まれています。
気分を悪くされる方は、読まない事をお勧め致します。
6/16 冒頭部分を分かり易い様に修正致しました。
石像が壊れた事で中に封じられていた妖が解放された。
その妖達が混じり合い出来た存在“出来損ないの巨人”が現れる。
だが伊周の抜刀により巨人は倒され平穏が戻ったのも束の間、巨人の身の内に潜んでいた者に隙を突つかれ、俺は不意打ちを受けてしまう。
しかし伊周がこれを何とか庇い消滅、そしてついにその襲撃者は姿を表わしたのであった……。
未だにその体は粘液に塗れてはいるが、先程の婀娜っぽい声とその艶然とした笑みに大きく膨らむ乳房から、人で例えるなら女性なのだろうけど肌は特定の部分以外は毛で覆われ、露わになっている肌の色は白く光沢のあるキチン質のようだ。
肩に至っては人間とは違う異様な構造で腕は六本もあり、下に目を向けてやれば太腿半分より下は体毛が変化したのか刺々しく尖り、足の指先などは全て爪で構成され、まるで鋭利な刃物のように見える。
更に言えば、顔の輪郭や鼻梁に唇は美女と呼べる作りだったが、大きく緑に輝く両目の上の額には小さな異形の瞳があり此方を見ていた。
俺達の前に姿を現した妖は、奇怪な蜘蛛を連想させるに十分な肢体を持っていて女性の官能さよりも、不快感を与える恐怖を押し出していたのだ。
「ほほ、我の姿に見惚れて声も出ぬのか? 可愛い坊よのう。我をもっとよく見て賜れ、いっそそこな邪魔者達を排除するのを手伝わぬか? さすれば素早く片付けた後は我と一緒にゆっくりと体を重ね、ともに淫楽に耽けられるのだぞ?」
まだしっとりと濡れ体に貼りつく長く黒い髪を、その沢山ある腕を器用に使い整えながら、余る腕で強調するかのように己の乳房を持ち上げ、瞳を輝かせながら唇に浮かぶ笑みを更に深める。
どうやら俺にご執心らしいが、態々姿を俺達の前に晒し余裕な態度を見せる事に不信感を抱く。
安い挑発だがこちらも相手を睨みつけながら、口の端を嗤いの形に吊り上げると鬼人大王・波平行安を鞘から独自の音を立てて抜き放ち、刀の正式な構えなど知らないので、片手で握り切っ先を奴に向ける。
「おいっ! あまり前に出て、妖の見た目や言葉などに騙されるでないぞ。この化物は貴様を食うつもりの上、巧みに誘いに乗せて貴様を操ろうとしておる。奴の眼を真面に見るなよ! 火弧、氷蛇、行け!」
「コン!」「シャー!」
おっさんの警告の声が合図となり、火弧の蒼い炎がボッと音を立てて宙に現れ、その大きな塊が妖を燃やさんとばかりに迫り、氷蛇は氷の盾を二枚展開させ先程の猛攻な反撃に備える。
俺は今まで不意打ちでしか攻撃を成功させてない妖が、先ずはどう動くのかを見極める為に、刀で身を守る様にして相手の様子を窺う。
怒りの感情は持続していても、まだ俺の心は冷静さを失ってない。
奴をぶちのめすまでは、倒れる事は許されないのだから。
「くふ。そのような攻撃既に飽いたわ」
そう聞こえた瞬間火弧の放った炎が着弾する前に、六本の腕の内一本の手の先端から出た白い紐が、周りに在った木に巻き付き妖の体をその方向へ引寄せ、炎の軌道から逃れる。
それを見て俺は伊周を貫いて消滅させた、尖って切れ味のある棒のような物の正体は、大人の手の親指のような太さを持つ糸だったと気付く。
更に妖は残りの腕を動かし、辺りにもその糸を幾重にも広がって見えるかの様に射出していき、網目で出来た包囲網をあっと言う間に作り上げ、俺達を周囲の空間ごと閉じ込める。
おっさんと氷蛇は火弧の攻撃が外され、尚且つ周りを瞬時に己の領域に作り変えた妖に、酷く驚いているようだ。
今までの出来損ないの巨人と違い、ただ攻撃するのではなく、此方の動きを封じるその戦闘スタイルに俺は警戒心をより一層強めた。
「おのれ! 火弧の炎を回避と同時に、行動の妨げになる糸を放って来るとは……。奴は本当に七十二年前に封じた蜘蛛の妖か? これでは次に何をしてくるか全く予想がつかぬ。火弧は邪魔な糸を焼き落とし安全圏の確保、氷蛇は夜叉に変わり奴を打ち破れ!」
「七十二年前と言うか、前にもあの妖と戦った覚えが在るなら、奴の弱点は何処だ? 分かるなら教えてくれ、俺も隙を見てそこを攻める」
おっさんの命令に従う様に、火弧は動きの妨げになりそうな糸を焼き払い、氷蛇は最初に見た甲冑と蛇矛に盾を構えた鬼の姿へ変化し、太い糸を蛇矛で凍らせ砕きながら前進し、盾の表面を深く削る程の威力を持った、飛んで来る斬糸を何とか打ち払っている。
俺は妖の眼ではなく腹や腕を視界に収める様にして、おっさんに声を掛けたが、どうやら聞こえて来た話からすると、以前よりも進化していると見た方が良いのかも知れないが、弱点があるなら知っていた方が有利な事に違いは無い。
「分かった。あの妖が七十二年前に封じられた時は、弱点と呼べるかどうかは微妙だが、青面金剛が強烈な打撃を胸部背面へと叩き込み。一時的に動きを止めた隙に下半身を半分程引き千切り、目を潰し腕も捥ぎ取りそうして弱った所で、残りの手足を圧し折り封じたのだ」
「……は? それは弱点とか殆んど関係なくないか? 寧ろ動きを止めた隙だけでその青面金剛が、其処までの暴れっぷりを出来た事に驚くんだが、青面金剛ってそもそも何なんだ!?」
「そんな事も知らぬのか!? 火弧! それくらいで良い。氷蛇の支援を。氷蛇は火弧と協力して奴を取り押さえよ! 貴様が知らぬなら教えよう。青面金剛とは青い肌をし、三つ目を持つ八本腕の神で、それぞれの手に三叉戟、弓、矢、剣、棒、法輪、錫杖、羂索を持ち、両足で邪鬼を封じると言われる夜叉で、火弧と氷蛇はその従者でもある」
「神って、マジもんの神様かよ!? そりゃあ強い訳だ。……俺らそんなもんが宿った石像ぶっ壊して、罰当たったりしないよな?」
「罰なら今受けている最中ではないか。それに青面金剛とは言え、ここに在ったのはその神性を模倣し陰陽寮が最盛期を迎えた頃に、狭間で創造された物であって、火弧と氷蛇も普段は符に収められている事から、同じ物と分かるであろう?」
つまり、伊周が壊したあの石像は、言わば過去に作られた最高傑作に近い物なのだろう。
そりゃあ管理者の責任が問われるとか、そんな小さな問題云々以前の話だな。
よくもまあ、そんな堅そうな像を壊せたもんだ……。
一時の気の迷いと言うか、暴走で何かを勢いでやっちゃうと凄い結果が起きるもんだと、悪い意味で理解した。
おっさんの話す青面金剛の性能に驚くよりも、それを作り出した過去の技術や、そんな技術の粋を集めた集大成をあっさり破壊してしまった伊周に、呆れてしまう感情の方が強く、ほんの少し眩暈を覚える。
「ギャウッ!」「シャッ!? シャー!」
悲鳴にも似た鳴き声に、切羽詰まったような鳴き声が続き視線を向けると、おっさんと俺がほんの少し目を離した隙に、火弧が妖の放っていた糸に四肢を斬り裂かれ地面に横たわり、氷蛇がそれを守ろうと必死に蛇矛を振り盾で前方からの斬糸を防いでいた。
いったい何が在ったのか、俺はおっさんが火弧に近付くのを助けに入りながら見守ると、その傷を癒そうとおっさんが手を翳し本当に少しずつだが、修復しているのが見える。
あの時おっさんが話した、多少なら修繕出来ると言うのは本当の事らしい。
「ほほ、狐、油断したのう。以前に受けた屈辱、我は覚えておる。次はそこな蛇の番よ。何時まで我の糸が捌き切れるか、見せて貰おう」
大きな声は上げても無いのに、妖の声は嫌にはっきりと聞こえた。
言葉の意味だけを聞けば嘲る様に笑っていても、その声音には背筋に凍らせる様な凄みが含まれている。
七十二年も封じられたのでは、その原因ともなった青面金剛の従者が相手と成れば恨みも大きいのだろう。
「くっ、このままでは氷蛇までやられてしまう。貴様、何か手は無いのか!?」
「貴様貴様って、俺の名は明人だ! いい加減貴様は止めろよ。んで、おっさんの名は? 俺だって策の一つや一つくらいはある」
「……それは一つしか無いのではないか? まあ良い。我の名は友康だ。それと、おっさんと言う程の齢は重ねておらん……生前ではな」
おっさ……友康と名乗るこの人はこの人で、おっさんと呼ばれる事に少しは抵抗が在ったんだなと分かった。
しかし、策が在るって言ったけど大した物では無い。
あの妖は攻撃を放つ際、必ず目標に対し当然だが糸の射出穴を向けているので、射線を読んで避ける……のは無理がある速さだったから、腕その物を“曲げて”射線を逸らし懐に飛び込んで、先ずは刀で思いっ切りぶちのめす。
伊周の仇でも在る奴には、絶対に一発ぶち込んで仕返しせねばならない。
他にも風の要素で風の刃を放つ事も考えたが、火弧の炎をあっさり避けた事と、まだ一度も使ってないと言う有利さとも呼べる奥の手を、ここで先に使うのは早いと思うからだ。
「氷蛇、お前は火弧と友康を守り防御に専念してろ! 俺が行って奴をぶん殴って来る!」
俺は巨人との戦いで覚えた、身体に風を纏って速度を上げる加速と魂だけである身軽さに加え、スタミナ切れの無い事を活かし一気に妖へと飛び込み、奴が俺に向かって斬糸を放つ際の、腕の動きだけに集中し何時でも“曲げる”用意を頭の中で念じ、待機状態にさせた。
「おや、坊はそんなに待ちきれず我の下へ来たのかえ? ほんに愛い子だのう。そう慌てなくとも我は何処にも逃げぬ。今はもう少しその興奮を抑えて、我を焦らせてみせてはどうかのう?」
「ああ! もう待ちきれなくてな! お前をこの手でぶん殴らないと、俺の中の怒りが胸に渦巻いて治まらないんだよ!」
「ほほ、その気概実に良いぞ。坊の熱い猛りが我の腑を押し分け入り込み、中で暴れ激しく動き我の蠢きと合わせ、雄の臭いが果てるのを想像できるわ……。くふ、我慢などせず、先に食べてしまいたいくらいだの」
俺の声など無視して勝手に恍惚とした表情になり、卑猥な事を口から吐き出す妖に対して更に怒りが増し、刀を握る手と脚に力を込める。
油断している今がチャンスだ、そのまま馬鹿みたいに俺に狙いを定めて、お得意の斬糸を撃って来い!
そう心の中で叫びながら、今の俺には第三の手とも呼べる、この『引寄せ』と称していた“念動力”の解放を待った。
最初に現れた場所から数メートル離れた距離に居た妖は、口腔内が見えるくらい大口を開き、その中に見える鋭い牙を見せ嗤う。
腕が動いたその瞬間、俺は斬糸を放って来るだろう腕を纏めて“握った”。
ビクンと震えを走らせた腕は、予想通りに伸びる前にその動きを止め、斬糸は俺に当たらず、奴の懐へと俺は入り込む!
「っしゃあ! 食らい「シャアア!」「ギャウン!」「うおおっ!」れ! ……がはっ!?」
俺は確かに妖の腕を掴んで、斬糸の起動を逸らした筈だった。
だが、腕は俺に向かって動いたわけでなく、宣言通り最初から氷蛇を狙い真下に向けた腕は、掴まれた所で多少曲がろうとも“地中を通って伸ばされた糸”は火弧の四肢を捉えたように、俺の後ろに居た三人に再度襲い掛かり、俺はと言えば右手に持った刀を両手持ちに変えて、妖の腹を一閃。
しかし、妖の身体に生えた体毛が刀を弾き、加速に乗った俺は妖の身体にぶつかり長い髪の毛に締め付けられ、全身を絡め捕られたのだった。
つづく