192話
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6/8 文章内容の順番の狂い&加筆修正致しました。
今まで封じ込めていたらしいモノ達の、集合体とも呼べる出来損ないの巨人を伊周の斬撃と、この狭間の修行場の管理人が使役する二匹の護法夜叉、火弧と氷蛇の活躍によって何とか倒し、俺は伊周と一緒に石像の在った近くに移動し、倒れてしまったバイクを起こそうとハンドルを掴んだ。
「ふむ、あの二匹護法と言う割に防御は今一つじゃが、攻撃に関しては中々の威力であったな。あの管理者よりも余程頼りになるのう」
「そう言うなよ。管理人が変に強い必要は無いだろ? 寧ろ役割が確り分担されていて、俺はいいと思うけどな。そりゃ何でも出来る方が便利だけど、それって一人で完結しちゃっていて寂しくないか?」
よっ! と掛け声を出しバイクを立てなおしながら、伊周にそう答える。
もしかすると、まだ俺の言う感情を理解するのは難しいかな? そんな風に考えつつ腕を組んで思案顔をしてみせる伊周に、おかしさが込み上げた。
やはりまだまだコイツには、俺の言った事は難しいのかも知れない。
「しっかし、あの攻撃を受けてまだ形が残ってるなんて、随分と焦げちゃいるが頑丈な奴だったな。伊周に腕を落とされた後は、ちょっと異常な行動をしてドン引きしたけど、奴は腹でも減ってたのかな?」
バイクを立て直した後、地面と一緒に凍らされ炎で炙られたせいで、未だに煙と湯気を上げる巨人の死体を見て伊周にそう呟く。
改めて近くで見ると表面は黒く焦げているが、焦げた皮膚が剥がれ落ちている箇所からは、ジュクジュクと煮立った汁が零れる嫌な音が聞こえてくる。
そのまま視線を死体から滴る音のする方へ向け、妙な事に気が付いた。
この出来損ないの巨人も、元は何体かの妖が封じられて混じり合ったモノだと、あの時おっさんが言っていた筈だったが、俺の腰に繋がっている糸のような物が死体にも伸びていたのだ。
「……あれ? これって死体が消えるまで繋がっている物なのか?」
「ん? 主よ何を見て居るのじゃ? その様な死体など放って置けばよか」
ふと目が行った場所を何気なく見た所で、何かが光ったと思い注視してみればあの糸がまだ残っていたので、その先を調べようと近寄り隣に居た伊周が、其処に割り込む様に何を見つけたのだと訊ねた瞬間、空気を裂くような音が鳴り伊周の胸と腹から細くて白い物が生えていた。
「なん……だ、こ……奴っ」
「伊周!? くそっ! 今抜いてやる!」
自分の体から生えた細く尖った何かを見下ろしながら、伊周が息を吐くように掠れた声をだす。
突然目の前に迫って来た尖ったそれを抜こうと、背中に周りこみ両手で掴んで引き抜こうと力を込めたが、伊周は顔を一瞬歪めると直ぐに俺の手を払い除け叫ぶ。
「戯けっ! 離れぬかっ!!」
「馬鹿っ! お前は怪我っ」
先程よりも強い口調でそう告げ、伊周は俺が話を最後まで言い終わる前に、勢いよく俺を突き飛ばす。
次の瞬間、俺が居た場所まで届く程に長く尖ったそれが、更に伊周の体を貫いて目の前を通過し、今度は再び体内に戻るかのように引き戻されて行った。
伊周を貫いた何かが引きもどされた先には、死んだはずの出来損ないの巨人の体があり、先程まで無かった筈の四つの穴が開き、そこから崩れるかのように肉がこそげ落ち、ドチャっと地面に出来たしみ出し出来た肉汁の池で音を立てる。
何が起きたのかを頭が理解する前に、顔を顰めながら酷く満足そうな笑みを口元に湛え、伊周は俺の目の前で前のめりに崩れ落ちる。
そのままカシャン、と鞘に収まったまま本体である刀を残して、伊周の体はまるで空気に拡散していくように輝き消滅していく。
その光景を茫然と見送りながら、裂けた掌から感じる痛みよりも、伊周が最後に見せたあの”仕方がない”とでも言いたそうな笑顔が、酷く俺の胸を締め付けた。
「ああああっ!!」
「いかん! 火弧! 氷蛇!」
「コン!」「シャー!」
パシュパシュ! っと、ガスガンの射出音にも似た音が連続して鳴り、俺の膝を突いて蹲る位置に伊周を襲った時と同じ、細く尖った物がまた伸びて来る。
新たな異変と伊周の姿が消え、俺の普通では無い様子におっさんも気が付いたらしく、二匹の護法夜叉である火弧と氷蛇の名を叫び、俺の身を守ろうと謎の攻撃の間に割り込む。
距離は在ったが何とか間に合い、伸びて来たそれは俺との間に出来た炎の壁と氷の盾により、四つは燃え上がり残りの二つは盾の表面を深く削りながら逸らされた。
「伊周が! 伊周の奴が俺を庇って! 俺のせいで!」
「嘆く暇など無いぞ! そんな所で動きを止めるな! 何の為に貴様は生き残った! むざむざと抵抗もせずそのまま殺され、ほんの少しの寿命を延ばしただけか!? 違うであろう? 貴様が守られた意味を考えろ! 火弧はそのまま炎を放ち焼き尽くせ、氷蛇は気を抜かず守りに徹せよ」
そう叫びながら、俺の傍まで来ようとおっさんは走り寄る。
俺は今目の前で伊周が消えて行った事が、現実なのか夢なのか思考がぐるぐると渦巻き、おっさんの勝手な言い草で俺の中の何かが外れ、それまで感じていた胸の苦しみなど途端にどうでも良くなった。
生き残る? 寿命を延ばす? 守られた意味? そんな事知った事か!!
今俺の心の中に渦巻いているのは、たった一つ、それは怒りだ!
俺を勝手に守って勝手に満足し勝手に消えた伊周も、それを引き起こした原因のこの狭間や伊周を消した相手、そして何より嘆くだけで反撃もせず、何も出来なかった俺自身に対して、身を焦がすような怒りで狂いそうだった。
魂だけでここに要る筈なのに、呼吸が乱れ背筋から首を通り後頭部まで血が駆け巡るかのような熱さを感じ、拳が震え湧き上がる激情で顎に必要以上の力が入り、喉が圧迫されてそれ以上の声が出せない。
伊周が俺を庇ったせいで消えちまった。
大切な仲間を……誰だ? 誰がやったんだ? こんなふざけた事をしやがった奴は誰だ! 俺はそいつを絶対に許さねえ!
俺のそんな想いに反応したのか、伊周に突き飛ばされ傍で倒れるバイクが、カタカタと揺れ始める。
……お前も分かってくれるのか? 一緒に馬鹿やって、ここを走り抜けた伊周の事を? もしそうだと言うのなら、お前の持っている力を貸しやがれ!!
そう念じながら、横たわるバイクを睨みつけた。
まるで俺の意思を感じ取り返事をするかのように、四つのヘッドライトを光らせると、俺の中に十字路の悪霊の日傘の能力の片鱗であるその使い方が、胸を切り開かれる様な痛みとともに魂に刻み込まれ、苦しさで涙が溢れるが声を漏らさず歯を食い縛って耐えきると、“三本目の腕”を手に入れたように感じた。
そんな俺の様子には気付かずに、おっさんは前に立ち次々に火弧と氷蛇に指示を飛ばし、巨人の死骸から伸びて来る攻撃を氷の盾で防ぎ、炎を放って倒そうとして動き回る。
「ええい! 小賢しい。いい加減姿を見せよ! それとも出来損ないの死骸よりも見るに堪えない醜い姿でもしているのか? ならばそのまま燃やし尽して進ぜよう! 氷蛇、前面に立ち両腕に盾を持て、火弧は蒼き浄化の炎を使え!」
俺は未だに火弧と氷蛇を、牽制する様に伸びて来る攻撃の大本である巨人の死体を睨みつけ。
立ち上がると同時に、地面に落ちた伊周の本体鬼人大王・波平行安を“引寄せ”で掴み取り武器を得ると、バイクに近寄り「行ってくる」と声を掛ける。
今度は俺が伊周の代わりに生き残った機会を使い、こいつから貰った力でこのふざけた戦いを仕掛けて来た奴をぶちのめす番だ――
何故護法夜叉の攻撃で死んだはずの死体が、あのまま消滅もせずに残っていたのか、理由は至極簡単で奴は元々五つの妖の魂が混じり合い、無理やり形作られた出来損ないの化物だったが、狭間の門となる機構によって管を刺され守護者たる青面金剛と三尸によって、元の姿形を封じられ食われた筈だった。
だがその五つの妖の内、一番自我の残っていた者が湧き上がる飢餓と殺戮の衝動を抑え込むと、右腕は持って行かれてしまったが、表面には決して出ずに内側で左目と左腕それに両足も隠して、唯一外に出した残りの右目で外を覗き、何が起きたのか様子を窺っていたのだ。
途中で巨人の動きが最適化され始めたのも、伊周に断たれた腕を食う様に命令を下していたのも、全てこの残りの内側に潜む者の仕業で合った。
そうする事で無駄な外側の肉を己の内に取り込み、死んだと思わせ機会を窺い、最も魂の総量の大きな者が傍に来るのを、まるで蜘蛛が糸を張り巡らし罠とするように、その瞬間を待ち望んだ。
結果的には邪魔が入り外れを引いたが、一番手強い相手でも在った奴を仕留め、手に入れた魂は妙にスカスカだったが、それなりの力を蓄えていたらしく、残っていた四体の残りかすも全て取り込み終わると、昔封じ込まれる前に見た、五月蠅い管理者と忌々しい護法夜叉をあしらう。
そうして準備が全て整い終わると、最後に欠けた己の体も内側から食い尽し股から生み落とした……。
再度ボチャリと液体が粘つくような音が聞こえ、巨人の肉塊の中から何かが出て来ると、醜く汚らしい姿を晒していた死骸がザーっと、砂で出来た城が一気に崩れ去る様に消えていく。
「くふ。長い間であったが、漸く抜け出す機会が出来た事。ほんに感謝する。礼代わりに坊は苦しまないように食ろうてやろう。そこで何もせず震えておれ。先ずはそこな男と忌々しい護法夜叉を片付けた後で、生まれ変わったこの体でたっぷり法悦と悦楽を教えてやろう。そして快楽に狂いながら逝くが良い」
巨人の内側に潜み姿を隠していた者は、欠けた筈だった己の体の全てを取り戻し、生まれたばかりの粘液塗れな妖艶な姿を、最低限度しか隠さずに惜し気も無く晒しながら、毒々しい笑みを此方に浮かべ、その厚ぼったい真っ赤な唇を舌で舐めとり、楽しげな声音を上げて俺達の前に立ち塞がった。
つづく