189話
ご覧頂ありがとうございます。
6/5 表現を少しだけ修正し、ルビも追加致しました。
勝手に俺達を妖扱いした勘違いおっさんが、こっちに向かって三国志にでも出て来そうな意匠の甲冑を着た鬼を、二匹も放って来た。
確か護法夜叉とか言っていたが、二匹ともに鬼の象徴とも呼べる角を生やし。
よくよく見ると、蒼白い方は体の表面に鱗のような物が見え、呼気と共に白い靄を吐き空気が氷りつくような雰囲気を放っている。
逆に紅い方は頭髪が炎で出来ていて燃え上がり、目や口からも火が漏れ出てやたら筋肉隆々の巨漢で、俺達よりも余程化物に見えた。
だから声を張り上げ、あのおっさんに俺はこう叫んだ。
「ちょっと待ってくれ! 俺達は別にあんたと争う気なんて無い! 出口と言うか、こっから出してくれるなら喜んで帰るぞ」
「主よ、何を言うておる!? 漸く斬るべき相手が向こうから姿を現したのだぞ! 望み通り斬ってやるのが情けであろう?」
おっさんはピクリと眉を動かし一応話を聞くつもりなのか、俺の方に顔を向けると一端二匹の鬼に「待て」と言って動きを止めてくれたので、これは交渉の余地ありかと思ったら、後ろに居た伊周がそれをぶち壊す台詞をのたまう。
慌てて何を言ってやがると振り向こうとした所で、ジャリッと地面を踏みしめた音が耳に入り、俺はおっさんの動きに注意を向けた。
「後ろの奴の言う通りよ。この大嘘つきめ! 何が争う気はないだ! 貴様らは既にこの修行場を散々荒らし回った後ではないか!! 道しるべに沿う様に用意された第一試練を斬り伏せ、第二の鳥居を斬り倒し、第三の木祠は真っ二つ、第四の石像は粉々にした挙句に踏んで行くなど! 全ての試練を悉く破壊しておいて、今更このまま帰せだと? この場の管理を任されし我を侮辱するのもいい加減にしろ!」
うわっ、凄い剣幕で捲し立てて来るし、相当このおっさん怒ってるよ!?
……何度も言うが、俺はどちらかと言うと文化系であり、静雄のような体育系男子では決して無いのだ。
ちょっとばかり伊周に感化され、バイクに跨りテンション上げ気味だったのは否定しないけど、ここまで通った間に見た物が修行に当たる試練だったなんて、俺は全然知らなかった。
悪気もないし、まさか悪意を持って態と壊すだなんてする筈がない!
誤解を解く為にもキチンと説明しようと思い、俺は更に話しかける。
「取りあえず、伊周は黙ってろよ? ……あの、もしかして、さっき途中で見た鳥居とかあの悲鳴も全部!? えっと、俺達の話もどうか聞いて欲しい。先ず、どうして俺がここに居るのか自分でも分かって無くて、おっさんが言った試練だって事も全然知らなかったんだよ! だから「だから何だと言うのだ! よくもそんなふざけた事が言えたものだな!! 貴様らは物を壊しておいて、壊して良いか知らなければ許されると本気で思っているのなら、黙ってその首置いて行くが良い! ……そんな事、出来ぬであろう? 例え勝ち目が無くとも一糸報いるのが我が勤めよ!」ハァ、ですよねぇ」
おっさんは、俺の言葉で更に激昂し拳を震わせながら数歩前に出る。
自分でも都合の良い事を言ってると分かっていたが、それに対しおっさんは決別の意を表して、怒り心頭のせいか歯を剥き出し顔色が青褪めて見えた。
うん、この体を震わせる程の怒り具合。
やっぱり許して貰えそうもないし、かと言って「はいどうぞ」なんて首を差し出す事など俺には出来やしない。
代わりにあんなのを二匹も相手に大立ち回りなんてするのも、正直勘弁して欲しいわ。恭也さんの様な交渉スキルが在れば違ったかもしれないけど、俺には残念ながら無理だった。
相手の希望する物が俺の首だなんて、値下げ交渉した場合次に来るのは心臓か?
幾らなんでも、こんな相手の領域内で未知の相手と喧嘩するには分が悪過ぎる。
仮にここで争って何とか勝ったとしても、このまま閉じ込められでもすれば目も当てられないのだから……。
「主よ、今更何を情けない事を言っておるか! 先程儂らを虚仮にしおったのは、あ奴に違いないのだぞ? 何故儂らがおめおめと逃げ帰らねばならぬのじゃ! だいたい滅せよとまであ奴はほざいたのだ。そこな二匹を完膚無きまで叩き潰し、許しを請うのは向こうであろう! ここは相手に勝って意思を貫く場面ぞ!!」
背後に居る伊周が、後ろから俺の制服の襟を猫でも扱う様に掴み上げ、俺に対する不満と怒りを捲し立て、額に青筋をくっきり浮き上がらせ唾を飛ばしてくる。
改めてこうして伊周をみると、前に現れた時と違い体が透けて無いので本当に生身が在る様に思えてしまう。
嫌な事を全力で後回しにしたいと考えると、こんなに俺は冷静になれるとは不思議なもんだ。
取りあえず顔に掛かった唾を拭い、伊周の手を振り解き「やれやれ」と溜息を吐いた。
どうやら俺の願いはまたもや叶いそうも無く、仕方なく気合を入れようと己の両頬を叩いて活を入れる。
このままでは、負け=死しかないのでもう俺には後が無いのだ。
俺は戦意を高めようと、ソウルの器を意識し風の要素を体に纏い始める。
伊周はスルリとバイクから降り、その端整な顔に野性的な笑みを浮かべた。
心なしか、俺が跨るこのバイクもエンジンの鼓動を強め「戦え」と言ってるようで、機械のこいつにまで励まされた気分になり、その事におかしさを感じ肩から緊張がスッと抜け集中力が高まる。
バイクから降りてスタンド代わりの杭を打ち、シートを一撫ですると俺も一歩地面に踏み出す。
「ふん、敵を前に仲間割れをするなど、やはり貴様ら妖は救いようのない奴らよ。貴様らの還るべき黄泉路へ、我の全てを掛けても送ってやるわ!」
おっさんはそう言うと、その腕を前方に一振りし錫杖を何処からか取り出すと、シャラリと鳴り響いたそれを高く振りかざし、勿体ぶる様に前に振り下す。
その動きを合図に彫像の様に歩みを止めていた二匹の鬼は、ついに襲い掛かって来た。
最初に襲い掛かると同時に、目と口から炎を溢れさせていた方が、獣が獲物を前にした様な妙な構えを取り、中国拳法の形意拳にも見えた両手を突き出し、更にそこからかなりの大きさの炎の塊を瞬時に形成し、俺に向かって放つ!
が、俺は既に結構な勢いで風の要素を体に纏って循環させていた為、その炎は何一つ威力を発揮する前に、俺の体から十数センチ先で散ってしまう。
動き的には、前に伊周と静雄がやり合ってた時の方が速く、しかも炎の熱さも大した事が無かったので、先程までの警戒心が少々薄れた。
見た目はかなりの迫力が在ったのに、肝心の火力の強さは今一か?
そんな感想が浮かぶくらい余裕が生まれ、視線を横に向けると鬼人大王・波平行安で攻撃を受け流す伊周と、あのもう一匹の鬼が奴の能力なのだろう氷で形成されてるらしい、特異な刃先を持つ蛇のような穂先をした蛇矛と、鬼の面を模様にしたような盾も使い激しい攻防を繰り返し……何故か伊周は先程までの楽しげな様子が全然見え無い。
苦戦しているのかと思えばそうでは無く、何か納得できてない様な雰囲気を出していて表情も曇り妙だった。
しかも、俺はてっきり後ろのおっさんも何か攻撃してくるのではと考えていたのに、剣戟の響きだけは激しく聞こえる隣へと顔を向け、冷汗を流しているだけだ。
「……様子見か? それにしちゃおっさん隣に集中しすぎだな?」
つい他人事のようにそう呟き、隙だらけのその姿に単体攻撃用の《アフ=カ・アーフ》を唱え牽制してみた。
狙いはあのおっさんの持つ錫杖で、上手く当てれば弾き飛ばす事も出来る筈だ。
そう考えて俺の放った風の刃はギィンと音甲高いを立て、寸分違わず狙い通りに錫杖に当たり、尚且つその箇所からスパッと綺麗に切り落とし、その先端部がカランと乾いた音を立て地面へ落ちて転がる。
「ひぃっ!?」
おっさんはそれに気付くと酷く焦って、手に残っていた錫杖も取り落とし悲鳴のような声を漏らす。
その途端、目の前の赤い方の鬼が慌てたように後ろを振り返り、伊周の相手をしていた鬼もそれに気を取られたのか、簡単に隙を突かれ持っていた蛇矛を弾かれると、喉元に刀を突きつけられていた。
……俺って、こんな風に何かしながら物を考えられたか?
しかも、錫杖に当たった風の刃も意識した訳じゃ無く普通に放ったのに、前に無かったような切れ味を出している。
絶対に変だ、どう考えても今の俺は何処とは言えないがおかしい。
そんな俺の戸惑いを他所に、伊周は盛大な溜息を吐くとダン! と激しく地面を蹴りつけ声を荒げて喋り出す。
「こぉんのぉ~戯けどもがー! 揃いも揃って貴様らぁ……三匹とも糞弱いではないか! このままでは儂の久々の得物を前にして昂った気を、どう鎮めろと言うのじゃ! 相手をよく見てからかかって来んか!!」
そう叫び、伊周は己の本体である刀をカチャカチャと鳴らし悔しそうに俺の方を見て来るが、俺だってこんな展開は予想外だ。
伊周に「糞弱い」と申し渡され二匹の鬼も肩を落とし、項垂れていたがその主だろうおっさんは、落とした錫杖をジャリンと鳴らし蹴り上げると、伊周を睨みながら溢れた涙で頬を濡らし怒りの声を上げた。
「うぅ、そんな事、我だってついさっき気が付いていたわっ!! だが引けない事だって世には沢山在るのだぞ! 妖に我の気持ちなど分かるのか!? これ以上この修行場を壊されては我の存続さえ危ぶまれ、もう下手をしなくとも管理者権限の剥奪は勿論の事、最悪の場合この修行場さえ破棄される。折角“良き管理人が着いた”とまで言われておったのに! それを! それを貴様らが全て無にしようとしたのではないかー!!」
その魂の籠った叫びに、伊周は困惑気味に一歩後ろに下がる。
……何だか今のおっさんの叫びは、世に居る俺の親世代の大人の社会人の心の声に聞こえた。
泣きながら自分のこの先待ち受けている運命を、呪うかのような慟哭。
二匹の鬼も、おっさんが崩れ落ちそうになって慌てて抱き留め、確りと支え合い互いを慰めているように見えてしまう。
俺はもう、このおっさんを攻撃するなんて出来そうもないし、したくないと心の底から思ってしまった。
つづく