188話
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ふぅ、はぁと少しばかり息切れを起こしながら階段を上る。
隣の伊周を見ると張り切り過ぎてうんざりするが、誰かが一緒にこの苦しさを共有していると思えば、ちょっとは気分も楽に……。
「って、お前浮いてんじゃねえか!? 一人だけズルいぞ! 俺が苦労して階段を上ってるって言うのに!」
「何を言うか! 儂は己の力をもってしてこの様に移動しておるのじゃ! そんな事よりも、主は少々鍛錬が足りておらんのではないか? このくらいの階段を上るくらいでその様に息切れするなど、情けなくて殺る気が失せるではないか。儂と刀を交えたあの男や女子に負けてどうする!」
「どうせ俺は帰宅部ですよ! だいたい静雄みたいに年がら年中バトル漫画みたいに鍛えてる奴と、一緒にされちゃ困るっての。あいつは奴自身の拳で、目指す道を極めるって言う目標があるんだ。俺とは路線が全然違うんだよ」
ただでさえ余計で面倒な厄介事に巻き込まれて、何故か俺が体を張って戦った事が多いんだから、多少楽したって良いじゃないか。
伊周の指摘に対しぶりぶり文句を言いながら歩を進めるが、タダでさえバテ気味な体力で喋ったりしたもんだから、すっかり息が上がってしまう。
「ふ~む、仕様の無い主よのう。あまりに無様な姿を儂に見せる様ならば、契約を破棄して他の奴に鞍替えするかもしれぬぞ? 精々足掻くんじゃな」
「なに、言ってやがる。お前の維持費、払い切れる、奴が、居るのかよ? ふぅしんどいわ~。やっぱ、浮いたり、飛べるのはすげぇアドバンテージだよ、なっ」
俺は隣で少しだけ浮きながら進む伊周を見て、そうぼやいた。
誰かに見られるのは非常に不味いけど、空を飛べたりすれば俺は上から風の要素を使って攻撃出来て、楽が出来るのになと考える。
……何だかんだ文句言いながら、自分の思考が伊周のせいで攻撃選りになっていて、思わず苦笑いを浮かべた。
「あどばんてぇじとな? 主の言うそれはどんな意味のある言葉じゃ? 随分と拘る辺り重要な事柄が含まれる物なのであろう?」
「はぁ、よっと、ちょっと休むか。アドバンテージってのは、……あれだ。相手よりも上を行き有利に物事を運べられるって意味だな。地面しか動けない奴が敵なら、空に浮いてりゃ相手はただの的だし反撃もされないだろ?」
「ふむ。しかしそれでは踏み込みが甘く、刀を振っても威力を乗せるのに難儀しそうじゃの。いっそ弓でも在れば少しは違うのだろうがな」
「……お前、さっき斬撃を飛ばして片っ端から障害物を斬ってたじゃねえか。弓なんて必要ないだろ?」
人にバイクの運転させといて、コイツは楽しそうに後ろでブンブン刀を振り回していたし、今更弓? 何を冗談ほざいてんだか。
……それとも、素で気付いてなかったんだろうか? だいぶ毒されてきてるのか、口調も随分荒くなってる自分に気付く。
いかんな、こんな風だとうっかり明恵の前で喋れやしない。
もっと気を付けようと顎を擦った。
「おお! なるほどのう! その手が在ったか。次は主の言う様にやってみるかの? 儂も“あどばんてぇじ”とやらを得られる事だしのう」
ふふんと偉そうに胸を張って言う辺り、どうやら後者だったらしい。
まあ、こいつは刀の付喪神だし見た通りの刀馬鹿だから、さっき俺が話した様な事はした覚えが無いんだろう。
考えられる範囲だと、伊周は人間相手にしか戦った事が無いんじゃないだろうか? どうもある程度の知識は持ってそうだが、自分の力を十分に知りえて活用している風には感じない。
俺はそう考えながら深呼吸をして立ち上がり、制服のズボンを叩くと再び上を目指して上る事にした。
「しっかし、この階段何時まで続くんだ? もうそろそろ頂上に……」
「うん? 如何した? 何を立ち止まる?」
「あ~、伊周、ちょっくら後ろ向いて見ろよ。きっと驚くぞ」
「ふむ? ……何と!? いつ儂らは騙されておったんじゃ!?」
少し休憩して立ち上がり、何気なく後ろを振り返ってみると五十段くらい下には、階段の前に置いて来たバイクが目に入る。
階段を只管上っているつもりになっていたが、どうやらまんまと一杯喰わされたようだ。
「不覚! 間抜けな主だけでなく、儂さえも騙すとはのう。中々やりおるではないか、これは確りと借りは返さねば成らぬようじゃな」
「おい、さり気なく契約主を馬鹿にすんな。……最初に化かされたのに気付いたのは、俺の方だぞ?」
伊周は怒り若しくは羞恥の為か、プルプルと震えながらカチャカチャと自分の本体である鬼人大王・波平行安鳴らす。
しかも俺を軽くディスって来るので突っ込んだら、顔を真っ赤にしてキレやがった!!
「ええい! ならば儂がこのような階段諸共全て叩き斬って見せようぞ!」
「うわっ! 馬鹿止めろ! 良い子だから落ち着けって! お前は俺よりも先にあの偽物のガキンチョを見破っただろ? お前は十分凄い奴だよ。なっ?」
こんな所で癇癪を起されて、まかり間違ってこの空間まで斬り裂かれれば何が起きるか見当もつかないし、危険すぎて慌てて止めに入る。
こいつ、こんなに子供っぽい奴だったか? 何か初めて見た時より退化してないだろうか? 確かめようがないが、仮に契約主である俺の影響を受けているのだとしたら、ちょっとショックだ。
それにしても伊周には話してなかったが、今更ながら俺はここがあの《身体再生》の符の中か、何かしらこうなった原因の一つに違いない為、こいつに本気で壊されては困るというか死活問題にさえ成りえるのだ。
なので、俺は仕方なく伊周を必死になって宥めた。
「ぬぅ、何やら余計に腹が立つのは何故じゃ? まあ、主がそこまで言うのなら許してやらんでもないがのう。……して、どうやって先に進む?」
「う~ん、本当に空でも飛べりゃ楽ちんなのにな。それかこの階段のループしている場所を見つけて迂回するか、戻される前に一気に駆け上ってみるしかないかな?」
取りあえずパッと思い付いた案を出してみたが、ここがある程度イメージ優先な場所だとしても、流石に空は飛べそうも無いのでループ箇所を特定するか、一気に突破するか……時間制限在りだとしたら、実に悩み処だ。
「ふむ、ならば主と儂がもう一度あれに乗り、儂は刀を振るえぬが代わりにあれを宙に少しだけ持ち上げ段差の問題を解決し、主が乗りこなしながら走り抜けると言うのはどうじゃ?」
「なに? お前そんな事も出来たの? もっと早く言えば態々階段上らなくても、引っ張り上げて貰えば俺って楽出来たんじゃない?」
「それでは主の為に成らんじゃろ? これでも儂は主の事を考え行く末を心配し「分かった。それじゃ早速試してみようぜ。善は急げって奴だ!」……ぬぅ」
方針が素早く決まったので、一度階段を降り俺達は伊周の出した案を実行に移そうと、バイクを留めていた杭を抜き、再度乗り込むとキーを回しエンジンを暖める。
……そう言えば、このバイクって燃料メーターが全く目減りしなかったけど、いったい何を糧にして走るんだろう? やはり基本のガソリンだろうか?
エンジンの振動がドッドと体に伝わり、そんな疑問を振り払うとハンドルをギッチリ掴み、足元を確り踏みしめクラッチを繋げずアクセルグリップを回すと、心地よい重低音の咆哮を上げ辺りに響き渡った。
「よし! こいつも何時でも走れるって歓喜の声を上げている。伊周、準備はいいか? 今回ばかりはイメージじゃ無く、アクセル全開で行くぞ!」
「クカカカ、それこそ愚問よ。儂もこ奴を気に行ったからには、その働きに見合う場を作らねばな。さあ儂らを止められる物は居らぬぞ!」
その伊周の声を合図に、階段の前を軽く走りながら加速して行き、トップスピードに乗ったところでハンドルを階段に向け、一気に駆け上がった。
バイクはまるで意思を持ったかのように、直ぐに石段から脇に逸れ坂道を蹂躙して頂上まで登り切り、バイクと俺達の全重量が地面を抉りサスペンションが衝撃を吸収し、フロントが伸びると車体が軽く沈み同時に体にGが掛かる。
加速したまま突っ込んだ最上段は、軽く視界に入る範囲は石畳を引いた神社の境内のような作りになっていた。
そこで俺達を待ち構えていたらしい相手は、白い狩衣を着て伸ばした髪を後ろに撫でつける総髪に近く、階段を使わずに走破してきた此方に向けて忌々しそうな顔で睨みつけて来る。
「おのれ陰気を放つ妖共め! どのようにしてこの地に届いたかは分からぬが、ここは菅生の管理する修行場である! 試練を悉く破壊し排しようとも、我の前に来たからにはもう絶対に逃がさぬ! この地の糧となり滅するが良いわ! 出よ護法夜叉! 汝と我が敵を塵芥も残さず滅ぼせ!」
「……妖? あのおっさん何言ってんだ? 伊周、俺達って妖怪の類だったか?」
「主は何を呑気な事を言っておるのじゃ! 来るぞ!」
平安貴族擬きなコスプレをしたおっさんは、依代らしい符を宙に放つとレンタル倉庫前で伊周が変化したような、甲冑に身を包んだ見るからに鬼と言える化物が二匹、地面を踏みしめ姿を現したのだった。
つづく