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186話

ご覧頂ありがとうございます。

 途轍もなく厄介な物を押し付けられたと思考がそれている間に、一階の玄関のドアが閉まった音に気付き、親父が帰宅した事を知る。


 夕飯時の母さんは俺を叱りはしなかったが、あの居間の状況を見た親父の反応に関してはある程度の予想しかつかない。

 俺が不利益を被ると考えられる事としては、これからの毎月の小遣いの全面カットか(居間の修繕費用その他諸々分)、前回の暴走で壊した冷蔵庫をバイト代で購入した実績があるので(実際は悪霊どころか、化物退治の補填だったが)働いて弁償の二択くらいだろうか? 俺は一端『窓』を閉じ一階の気配を集中し動きを探る。


 どちらにせよ、今日はもうこれ以上精神的に責められそうな問題は起きて欲しく無い……ハッキリ言って、今隣の椅子に座って口元だけに笑みを湛える恭也さんの事も含め、ストレスで俺の胃に穴が開きそうな気分だ。

 俺としては知りたい事もだいたい聞けたし、そろそろこの箱根崎から預かった符をどうするのか決めて、恭也さんには悪いけどお暇願いたい。


「何だこれはーーーー!?」


 ガタンと何かが廊下にぶつかったような音と共に、下の階から親父の悲痛な叫び声が聞こえて来た。


 きっと居間の変わりように驚き、鞄を落としたか膝でも付いたに違いない。

 隣に座る恭也さんにも聞こえて当然で、視線が下に向けられ「あはは……。キミの父上も帰宅したようだね」と引き攣った顔をしながら呟き、俺は何とも言えない表情で無言を貫く。


 親父と恭也さん……両方の気持ちも分からんでもない。

 なんせ最近の我家の電化製品の破損率は尋常じゃないし、居間のTVは親父がソファーで寛ぎながら見る為に買った四十六インチの大型の物だったし、それを態とじゃないとは言え破壊する事になった要因の一つは彼女でもある。


 きっと今の叫び声は、隣の大園さんの家にも確実に聞こえた筈だ。

 夕方救急車が到着しても空気を呼んで来なかったが、明日は絶対母さんと昼間は出掛けて近くの喫茶店かファミレスで長話だろう。

 昔から母さんと隣の大園さんは、大の仲良しだからな……。

 そんな事を考えながら、俺は下の階で嘆く親父の姿を思い浮かべる。


「その内、親父にはもっと良いTVでも買って返すわ……」


「うん。そうしてあげて貰えると、ボクも胸に湧き上がって来た罪悪感が少しだけ薄れるかな……」


 再び二人して溜息を吐き、問題の符へと視線を戻す。

 油紙に包まれていたこの符は、見た目に汚れなどは全く見当たらないが心なしか古さを感じる。

 取りあえず箱根崎に調べろって頼まれた事だし、油紙から取り出し――





 次の瞬間、全く見覚えの無い場所に突っ立っていた。





「恭也さん……?」


 何が起きたのかさっぱり分からず、目の前に居た筈の恭也さんも居ない。

 吸い込む空気からは青臭さを嗅ぎ取り、足の裏から感じる感触はフローリングの床ではなくゴツゴツとしてひんやりする土の地面だ。

 目の前の空間は薄暗く鬱蒼とした茂みと高い木々が見え、妙にスースーとして肌寒さを覚えた。

 取りあえず辺りに見覚えのある物が無いかと、視線を動かした所で自分の姿が目に入りギョッと驚く。

 何故かと言えば、今の俺は靴下さえ履いてない己の身一つだと気付き、慌てて前を隠してしゃがみ込んだ


「ちょっ! 今朝に引き続きまた真っ裸かよ!?」


 視覚と嗅覚それに触角は、ここが俺の部屋の中では無いと頻りに訴えて来るが、突然の事に意識が付いて行かず。

 しかも知らぬ間に素っ裸にされていて、羞恥よりも怒りの方が勝った。


「くそっ! 何処の誰の仕業だよ! さっさと俺の服を返しやがれ!」


 そう叫んだところで、返事をするものは無い。

 仕方なく近くに生えていた、かなり大き目のフキっぽい草を引っこ抜いて腰に巻きつけ、前と後ろを隠したがどうにも心許無く下着代わりには程遠かった。

 早急に服を見つけてどうにかしたいが、この薄暗い中ではどっちに進んで良いかさえ全く判断がつか……足元を確かめると妙な糸が見えた。

 この奇妙な糸はよくみれば半透明で見え難く、更に気持ちの悪い事に俺の背中と言うか腰から垂れているらしく、触ろうとしてもすり抜けてしまうのだ。


「なんだよこの糸……いったい何処に続いてるんだ?」


 標識も無ければ行く当ても無いので、この糸を辿って先に進んでみる事にした。

 この糸はこの先に続いて見える森の中へと続いているようで、偶に聞こえて来る何かの鳥か動物の声に、不気味さを感じながらも奥へまた一歩と歩いていく。


「裸足は地味に痛いな。フキでもいいから足の裏に巻いて靴代わりにするか……」


 暫く歩き尖った小石を踏んだ痛みでそう呟き、手近なフキをまた引っこ抜いて茎を曲げ足に巻き付けたが、数歩も歩かず直ぐに千切れ意味を成さない物になり溜息を吐く。

 歩くのも面倒になった所で糸の続くだろう先に視線を向けると、誰かが倒れているのを発見し駆けつけようとして、今の自分の姿を思い出して立ち止まる。

 この格好で誰かに見つかるなんて、俺ってただの変態じゃね!?

 そう思って躊躇っていると、倒れている人の居る方から微かに呻き声が聞こえ、迷うのを辞めた。


「ここは一先ず人命優先、あとの事は助けてから考えよう! そこの人、大丈夫か!」


 自分に言い聞かせるように言葉にだし、倒れている人に近寄り容態を確認しようとして、それが大人では無く小さい子供だった事に気付く。

 見た所何処にも外傷らしい怪我は無さそうだが、取りあえずその子を抱き上げ途方に暮れた。

 もしこの子が喋れる状態なら、ここが何処だか聞けるかもと言う打算もあったが、残念な事に呼びかけても返事をせず、呼吸はしているが意識が戻らない。

 少し気になったのは、こんな暗い森の中で動きやすい洋服では無く、綺麗な着物を着ていた事くらいだろうか。


「ここが何処だかも分からんのに、俺は何をしてんだか……一応五体満足だし、せめてスマホってか『窓』の中に入れてた物でも確認しとくか」


 ずり落ちそうになったその子を抱き直し、何か役に立ちそうな物が無いかと『窓』開き操作する。

 気が動転しすぎて『窓』を使えた事さえ頭から抜けていたが、枠の中に入れていた鞄の中に、着る物が無かったかも含め中身を見て行く。

 ……結局鞄の中を含め、役立ちそうな物は一つも無かった。

 だが着ていた服とは違い『窓』の中身が何も消えて無かった事は、唯一の救いだ。

 俺はこの状況から脱出する術を相談しようと、伊周を取り出した。


「早速で悪いけど、お前の知恵を借りたいんだ。ここが何処か分かるか?」


「何じゃ? 主はまたそのような姿を晒して……うん?」


 俺が伊周を呼び出すと刀の姿から、現身である伊周(人間Vre)の姿へと変化し、普段の様に頭に直接声を響かせる感じでは無く、その返事は生の肉声のように耳から聞こえる。

 好きでこんな格好をしてないと反論しようとしたが、伊周自身も妙な事に気が付いたのか、首を傾げつつも辺りを見渡し「ふむ」と何か分かったのか声を上げた。


「俺の恰好はどうでもいいから、お前の意見を聞かせてくれ! ここに見覚えはあるか?」


「このような場所儂には全く見覚えなど無いが、主は何か変な物に触ったりしたのではないか? ここは主の居た現世でもなければ何処でもないその挟間。しかも性質の悪い事に、この場を作るのも留まるのもどちらも主の力を利用されておるな……」


「はぁっ!? すると何か? ここは俺が作った場所だとでも言うのかよ?」


「そうでは無い。例えるならば火を燃やす為の薪の代わりをしているのが主で、この場を作っているのはまた別のモノじゃな」


 伊周の「変な物に触った」と言う質問に思い当たる物は、あの《身体再生》の符しか思い当たる物は無いが、現世でない何処かの狭間と説明されても実感が湧く筈も無く、ただ驚くばかりだ。

 兎に角ここから出るにはどうしたらよいかなど、俺には見当もつかないので頼りになる伊周が居ただけ、俺はまだ運が良いのかも知れない。


「しかし癪に障るのう。儂に断りも無く勝手に主から力を盗み取るなど許し難き所業。主に繋がるその糸を手繰れば、その下手人へと辿り着ける筈……であろう?」


 突然伊周はその右手に刀を呼び出すと、俺に向かって振り下す。

 同時にビュッと風を切る音が耳に届くが、体の何処にも痛みは無い。

 慌てて飛び退こうとしたが流石に間に合わず、思わず斬られたと錯覚し目を瞑った。

 

「ちぃ! 本体は逃がしたか! 主も何時までその様にしている! さっさと目を開けぬか!」


「へっ!? あっ!」


 俺は一瞬伊周に斬られたと思ったが、そんな事は無く。

 左腕で抱き上げていた筈の先程の子供が重さごと消え、代わりに真っ二つに成った人型をした紙で作られた物が地面に落ちていた。

 俺はどうやら、伊周の言う下手人とやらにまんまと化かされていたらしい。


つづく

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