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185話

ご覧頂ありがとうございます。

 恭也さんのジュースを飲み干したコップから、中の氷が融けたせいかカランと軽い音が部屋の中に鳴り響く。

 暫く無言の時間が過ぎ、どうやって会話を再開しようか頭を捻っていた所で机に置いてあったスマホが、ヴーッと着信を知らせ俺と彼女を驚かせる。

 椅子に座っていた彼女が、少しだけ身動ぎし場所を譲ってくれたので、そのままスマホを手に取り電話の相手を確認すると、電話を掛けて来た相手は星ノ宮だった。

 目で彼女へ目礼し、着信が切れる前に電話に出る。


「もしもし、俺だけどどうしたんだ?」


「こんばんは石田君、貴方通学中に事故に巻き込まれて大して怪我も無いって窺ったけど、昨日の今日だしちゃんと安静になさっていたの? 体調や具合は大丈夫かしら? 余り心配させないでほしいわ。まあ、貴方の場合言ったところで無駄なんでしょうけど……。それは別として、もし問題無ければ確認させて頂きたい事が在るの。ですから今伺ってもよろしくて?」


「あ、ああ。具合は大丈夫だ。それで何を聞きたい?」


「大した事では無いですが、貴方から頼まれていた明日早朝の迎えですけど、予定の変更は在りません? 確か変更が在った場合、今日の内に貴方へ連絡が届くと仰ってましたわよね?」


 そうだ! 『肉の丸の内』に頼んでいたコロッケ等の料理は明日の朝に受け取るから、そのまま一度レンタル倉庫へ移動したいって話てあったんだっけ。

 この前事情を話した時に、受け取る時間とかも軽く説明していたのを覚えていてくれたらしい。

 ……俺の方が忘れていて、こうして星ノ宮から電話されて今思い出した。


「まあ、向こうから連絡は無いから大丈夫な筈だけど、迎えに来る時間を少し早めて貰ってもいいか? 少々料理以外にも運ぶ者が出来ちまってさ」


「分かりましたわ。別に構わないですが時間は何時がよろしいのかしら?」


 ――それから細かい変更点と、レンタルしていた倉庫に関しては明日以降使う予定が無くなったので、続けて借りるかどうかを確認し取りあえず三十日間はそのままらしいので保留となり、昨日からお泊りに行った家のネズ公が元気にしているか訊ねると、三十分近くに渡って食事をする時の仕草や愛らしさ等を、怒涛のような勢いで話されうっかり口を滑らせた事を後悔する。

 気になったのは会話の合間に「ちっ、近寄るでない! これ! お前は奏様の傍に居れば! やめっ、くるなー!!」と聞こえた事だが、気のせいでは無いだろう……。


 電話を終えて「ハァ」と溜息を吐くと、それまで黙って横で耳を傾けていた恭也さんは、フフっと笑い「お疲れ様」と労ってくれる。

 気まずい雰囲気がどうにか解けたので、一応心の中で星ノ宮とネズ公そして今回の被害者である宇隆さんへ感謝を捧げた。


「……そう言えば、腕輪の事や居間で起きた俺の暴走も含めて、恭也さんは母さんに何て説明して納得させたの? 今だから言うけど正直明恵が夕飯に呼びに来なかったら、窓からコッソリ逃げ出して静雄の家にでも避難する事も考えてた」


「ああ、キミに了承も得ずにボクの方で勝手に説明してしまったからね。けどキミが危惧するような内容を話したりはしてないし、他言無用と釘を刺してボクの本業とファミレスで話した説明を生かしてね。キミと出会った瀬里沢君の屋敷での話も混ぜて、ボクは“ちょっと特殊な古物商”だと言う事になっているから、キミの母上に何か訊ねられた時は、話を合わせて貰えると問題ないと思うよ」


「おおスゲー! 流石恭也さん。だから母さんも後で話はあるって言ったけど、俺を問い詰めもせず注意だけで済ませて、普通に夕飯になった訳か。……その話の上手さは、霊を祓ったりする時の依頼の交渉とかで培った経験? これなら確かに箱根崎が弟子で、恭也さんが師匠な訳だよな」


 俺の質問に対し恭也さんからの答えを聞いて、なるほどと思った。

 仮にだがこれから何か大人との交渉事が在った場合、彼女を頼りにしても良いかもしれない。

 それ以外だと星ノ宮を介して、運転手なのに秘書っぽい田神さんへ頼むのも問題ないとは思うが、俺ってあの人の事が少し苦手なんだよね。


 それから話は箱根崎が俺に何を渡して「忘れるなよ!」と怪我で呻きながらも伝えたのかと言う質問になり、朧気な意識で『窓』の枠内の鞄に仕舞いこんだ油脂で包まれた物を取り出してみせる。

 俺にこれを渡した本人は隠したかったようだけど、アレだけ怒鳴れば無理だろうと思いながら口を開く。


「箱根崎からは、これを俺一人で調べろって約束をしたんだ。でも、まだ中味を見てないんだよね」


「へぇ、箱根崎君がキミにねぇ……。ねえ? 開けてみても良いかな?」


「あ~……まあいっか。どうせ俺だけで先に調べたところで、中身に関しちゃ口止めされてないし、分かるのが後になるのか同時なのかの違いだけだしな」


「フフ、この事は箱根崎君には黙っていてあげるから心配ないよ? これはキミとボクだけの秘密だからね?」


「あえっ!? えっと、じゃあそう言う方向でお願いします……」


 くそ~! 失敗した! これってもしかしなくても、俺ってまんまと話のペースに乗せられて、恭也さんに弱みを一つ握られたんじゃないのか!?

 母さんの事と言い、どんどん彼女に頭が上がらなくなってきた。

 自然と彼女に会話の中で都合よく主導権を取られ、挙句に色々と選択権まで握られてしまった気がする……。

 俺のどんよりとした気持ちとは裏腹に、彼女はとても明るい声で話す。


「さあ、それでは御開帳っと……うん? これってもしかして!?」


「油紙の中からまた紙、と言うか符? なんの符だこりゃ?」


 恭也さんの驚く声を聞きながら、俺は油紙の中から出てきた符を眺め、今まで見て来たものと違って“空の要素”を感じ取り、『窓』を開いて調べる。

 ……どうやらこの符は盗品らしく赤い文字で名称が表示されていて、箱根崎が作った物ではないようだ。

 今まで見た符と言えば《不動符》が土の要素で《身体活性》は水の要素と、風や水等の属性ばかりだったのに対し、この《身体再生》はここに来て新たな属性を持った符だったので、その効果も合わせてとても興味が湧いた。


「《身体再生》の符じゃないか! もし本物だとしたら箱根崎君はこれをいったいどこで……」


「その話しぶりだと珍しい符みたいだけど、そんなに特殊な物なの?」


 どう言った符なのかを見て判断できる割には、先程までのニヤニヤとした楽しげな表情とは打って変わり、恭也さんのその顔からは明らかな焦りを感じとれる。

 例えるなら、楽しみにしていたプレゼントの箱の中身が、予想外の爆弾だったとでも言うような印象を俺は受けた。


「そう……だね。珍しいと言うより《身体再生》の術式は残念だけど家には伝わってないんだ。だからこの符の作り方を独占している菅生(すごう)家の者が管理しているから、本来ならここに在る筈の無い符なんだ」


「なるほど。だから恭也さんはそんなに驚いていたんだ? もしかして“だからこそ”俺一人で調べろって箱根崎が行ったのかも知れないな」


 俺にはこの符が盗品だって事は簡単に分かったし、箱根崎も危惧したからあんな風に言ったのだろうけど、逆効果だったな。

 たぶんこれがどういった物か、恭也さんの浮かべる今の表情と話を組み合わせて見れば、簡単に出所も分かる。

 しかし、この符を俺に調べろって事は制作方法の元になる術式の構築を探れって事か? 奴の思惑が何処に在るかは別として、随分と常識外れな事をやらせる気になったもんだ……。


「これを調べろって事は、そう言う事でいいのかな?」


「……無茶というか、こんな物を預けるくらいだし、箱根崎君は余程キミの事を信頼しているみたいだね。何時の間にそんなに彼と仲良くなったんだい?」


「う~ん。そう言われても箱根崎とはド突き合ったり、お互いに罵り合うくらいの奴? でもそれって仲良くなったって言えるのか?」


 探る様な視線をメガネの奥から俺に向け、恭也さんはそう訊ねてきた。

 だが思い返してみても、奴とは別段仲良くなった気はしないし、何方かと言うと気に食わなければ殴り合うような関係だ。

 俺の考えだと、単に彼女には関わらせたくなかっただけの様な気がする。


「だけど、何故俺なんかに調べさせる気になったんだ? ハッキリ言ってこういった符に関しちゃド素人も良いレベルなんだけど」


「ああ、それはきっと、瀬里沢君の屋敷で見せたあの《結界符》や《迷宮符》の出来と、それに込められた力の具合まで見破ったからじゃないのかな? あの時キミはそれ以上の事は何も言わなかったけど、分かっていた……違うかい?」


「あれは恭也さんや兼成さん、それに珠麗さんだって分かっていたくせに。俺の他に誰が気付いていたか分からんけど、それこそ今更だよね?」


 このやり取りが楽しいとでも言いたそうに、恭也さんは口元を綻ばせる。

 俺がこの問題に対し何と答えるのか、ギラギラと輝き見つめて来るその瞳は、逃がしはしないとまるで獲物を狙う狩人(ハンター)のようだ。

 今日一日を振り返っても俺の力の暴走まで起きた後で、まさか更に面倒な事態が引き起こり、こうしてその当事者になるとは全く思いもしなかった。

 つくづく俺は、厄介事の神様に好かれているらしい。


つづく

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