184話
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「がほっ! ごほっ、げほっけほっ!」
「あ~あ~、無理して喋んないでこれで拭いて、えっとこりゃ不味ったか……」
俺の手の平に行き成り現れた勾玉に驚いた恭也さんは、飲んでいたジュースが変なとこに入ったのか咽て咳き込み、俺はそんな姿を見て勾玉が何処に行っていたかを悟り、口元を押える彼女へベッド傍に置いてあるティッシュを箱ごと渡す。
……なるほど、俺が気を失っていた間に恭也さんが拾っていてくれたのか。
下手に母さんに拾われてなくて良かったかも? って、今頃気付いたけど左手に嵌めているの俺が師匠から預かっていた『清涼の腕輪』じゃね!?
「あの恭也さん、苦しんでいる所申し訳ないけど、その腕輪って『清涼の腕輪』だよね? 何で恭也さんが嵌めてるの?」
「んん、鼻と喉が痛い……酷い目に遭ったよ。えっと、そう言えばいつの間にか嵌っていたから特に意識した覚えが無かったね。この腕輪は『清涼の腕輪』って言うのかい? 是非どういった物か知りたい所だけど、それよりも気になるのはその勾玉だ。ボクは《封印符》に包んで首から掛けて持っていたのに、どうやって取り出したんだい? ま、まさかボクが認識できない様な素早さで、懐に手を入れて盗った。……訳じゃ無いんだよね?」
俺の方が疑問に思って聞いたのに、逆に質問で返すのはズルいし何で頬が赤いのさ! それに聞き捨てならないのが、俺が恭也さんの懐に手を入れたなんて酷い濡れ衣だ! しかも今少しだけ身を引いたよね? もしかしなくても俺疑われてる? ……変だな、『窓』を使った事くらい予想できそうなんだけど?
「あの、幾ら素早くたって《封印符》だかに仕舞われた物を、簡単に掏り取るなんて芸当は誰も出来ないと思うんだけど。だいたい前に話したように……って、そう言えば箱根崎には軽く話したけど、恭也さんには言ってなかったっけ?」
「……ふーん? ボクは教えて貰ってないのに、箱根崎君は先に知っているんだ? ボクはキミ達にはかなり協力しているつもりだよ? だから変な隠し事は無しにして貰いたいねぇ」
心なしか彼女の声のトーンと一緒に、周りの気温が下がった様な気がする。
……恭也さんは大人だし、まさか自分が仲間はずれだとか思って無いよね?
だなんて今の彼女の表情から察するに、とても聞ける筈も無いので「勿論です!」と脊髄反射に近い速さで返事をした。
どうしてこう、俺の周りに居る女性は極端なんだろう? 感情に任せて泣いたり叫んだり怒ったり忙しく、振り回されるのは俺だけで、偶には静雄にブン投げたいと思うのはダメだろうか?
……結局恭也さんには、箱根崎が知ってる範囲の事を簡潔に説明し、先程の勾玉もそうやって手元に引き寄せたと伝え、実際に勾玉を枠に入れて消して見せたり、もう一度取り出したりしてやっと納得して貰えた。
「ハァ、……もう何と言うか、今更だけど本当石田君って出鱈目だね。ただ、その勾玉だけどちょっと今のキミに持たせる訳にはいかないから、もっと性能の低い機能も単一な物と交換するか、暫くボクが預かっている方が良いかもね」
「はっ? いやそれはちょっと困る。元々俺が持つよりも明恵に危害が及ばない様に持たせるつもりで頼んだものだし、ってか、俺に持たせる訳にはいかないってどういう意味?」
「なるほどね。それでキミは勾玉を欲しがっていたんだ? けど、やっぱり自覚というか、あの居間で起きた事も余り分かってないみたいだから説明するけど、キミはその勾玉の特性の事は知っていた筈だよね?」
えっと、確か周りの気を吸い取って~……くらいしか聞いてなかったかな? と言うか便利で凄い機能が付いた程度にしか思ってなかったしな。
けど、こうして態々特性の話なんて持ち出すって事は、他にも何か理由が在ったのかな? 取りあえずここは黙って頷いておこう。
「うんうん、ボクの話を覚えていたみたいで嬉しいよ。だけど、あれ以外にもどうやら妙な機能がまだあるようなんだ。……今は追求しないけどまるでキミみたいだよね? フフ、そんな困った顔をしないで欲しいな。何処から話そうか、先ずこれは暴走したキミと直に対峙して分かった事だけど――」
それから恭也さんは機嫌が治ったらしく、楽しげに俺が暴走した原因が勾玉に在る事と、大まかな予測を立てて順に説明し始める。
俺も説明を聞きながら『窓』を開いて効果を確認し、概ねその推測があっていた事でもっと早く調べておけばよかったと後悔した。
『窓』からの情報だと、この勾玉は周囲から吸い込んだ陰陽の気を、少しずつ持ち主に合った力へ変換する機能もあった為、昼間から常に駄々漏れだった俺の気と偶に持ち歩いてた日傘の気を吸収し続け、変換された力で俺が過負荷状態になり、更に勾玉自体も許容量オーバー……どうも日傘が放つ陰の気は、俺の漏らす陽の気よりも多いらしい。
此処までが『窓』で分かったログを読んだ説明だ。
これに彼女の話からの推測だと、勾玉に許容を超える陰と陽の気が混ざり合ったせいで性質が混沌へ変化し、その影響も受け俺は手が付けられなくなったらしい。
結果として流入を止められない俺は、更に溢れるような力に簡単に酔い勾玉のせいもあって暴走し、普段は理性で抑制されている欲求が解放され、途中壊れかかってたが攻撃的で傲慢になり、相手を支配しそれを承認させ優越感を得ようとしたそうだ。
……そんな欲求を満たそうとした自分に愕然としたが、これは大小の差は在っても、誰しも持っている欲求だと言われ少しだけホッとした。
しかしよくもまあ、そんな状態になった俺を止められたもんだと感心して、どうやって止めたのか詳しく聞こうとしたら、「ばっ! ……い、言えない」と顔を背けられ何故か頼み込んでも教えてくれないので、今度箱根崎の見舞いに行った時にでも聞いてみようと思う。
取りあえず勾玉に関しては、俺が持つ事は危険と分かったので、当初の目的通りお守りとして明恵に持たせる事に。
理由としては俺と違って明恵には、漏れ出すほどの気は無いそうなので、暴走の危険はないだろうという結論を聞けたからだ。
これで明恵は下手な厄介事に巻き込まれない筈だと、少しだけ肩の荷が下りた気分になれた。
「それにしても、明恵ちゃんもかなりの力をもっているし、どうだろう、いっそ二人とも力を抑える術を習ってみないかな? 勾玉だって万能じゃないし、自分で制御出来た方が安心だと思うんだけどね」
「あ~それは有難い申し出だと思うけど、変に要らん事を知って妙な事に関わり合いになっても困るし、今はまだ明恵には判断する事が難しい。だから俺が守る。……そう言う訳であいつはそっとして置いて欲しい」
「フフ、明恵ちゃんは本当に愛されているね。……羨ましいよ。ボクもキミみたいなお兄さんが居たら、今頃『恭也』の名を襲名せず後継者候補として見られる事も無く、ただの“ちはや”として守って貰えたのかな」
恭也さんは手袋に包まれた自分の手をそっと抱きしめるようにして、そう呟く。
その姿がとても寂しそうに見えて、俺には何も言えなかった。
「……ごめん。ちょっとだけ弱音を吐いちゃった。ボクの不用意な発言のせいとは言え、そんな顔をしないで欲しい。えっと、そう! さっき感じた妙な気の流れの事を説明して貰ってないよ! さあボクとキミの間では隠し事は無しの筈だよ? さあさあ! きちんと答えてよね」
「あはは……あ~、何と言うかその~溜まったものを出したと言うか、放出した? 何故あんな風になったか、正直俺にもよく分かってないかな?」
気まずい雰囲気を変えるように明るい声を無理に出しながら、恭也さんが聞いて来た質問は、俺にも理解できなかった現象の事だ。
理解できないと言うよりは、ナゼ? と言う気持ちが大部分を占めていたが、仮初の石については口が裂けても、誰にも言う気は無いので笑って誤魔化した。
「あの、聞いちゃダメだったかもしれないけど、溜まったものを出したって、……もしかして男の人ってそうなの?」
「……へっ!?」
質問した後で、何を思ったのか急激に恭也さんの顔から耳まで真っ赤に染まった。
この人いきなりツラっと何言ってんの!? 違うよね? 俺の今思い浮かんだ事は物凄い勘違いに決まっている!!
変に間が開くとおかしいから、兎に角さっきの現象を説明しよう!
俺はそう思い、迷いを振り切る様に先程の事を的確に伝えれば変な誤解を解ける筈だと口を動かした。
「さ、さあ? 気の放出って男女に違いが在るのかもよく分からないし、俺の感想としてはモヤモヤした気持ちがスッキリして、気分が楽になる感じ……って違う! あ、いやそうじゃなくてほら、アレだよ! 爽快感?」
「「…………」」
どう頑張って説明しても、間違ってないのに誤解を与えてしまったらしく。
暫くお互いに顔を見る事が出来ず、時計の秒針が奏でる音だけがこの空間の時間の流れを支配していた。
つづく