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183話

ご覧頂ありがとうございます。

 明恵を脇に抱き上げ台所に着くと、丁度料理を並べ終わったらしい母さんが恭也さんへご飯を盛った茶碗を手渡していた。

 居間があんな風にボロボロになっている為、今日の夕飯は此方で食べるようだ。

 親父が帰ってきたらどんな顔をするのか考えると、今から胃が重い。


「あまり階段をドタバタ音立てて降りるんじゃないの! 埃も立つし。もう、この子達はお客さんの居る前で恥ずかしいんだから」


 そう文句を言いながら母さんは俺と明恵に早く座る様に促し、いつもの席に着く。

 対面に座る恭也さんは、明恵が箸を掴んでおかずのささみフライを摘まもうとしたのを見て、「あら? 明恵ちゃん、食べる前にいただきますをしないの?」と微笑む。

 明恵は忽ち照れたように顔を背け、隣に座る俺を見た後「ん~ん、いただきます、する」と頭と体を揺らしながら、チラチラと恭也さんを見て答え、俺や母さんもそんな恥ずかしげな様子な姿の明恵を見て、声を上げて笑う。

 今夜は恭也さんも居る為、珍しく夕飯の席が全て埋まった。


 しかし、そんな和やかな雰囲気で始まった食事だが、俺はついさっき明恵との会話で頭に浮かんだ映像が、やけに生々しく思い返され改まって対面に座る恭也さんを前にすると、視線が胸に移動しそうになって慌てて目を閉じる。


「お兄、まだ眠いの?」


「べ、別にただ、その……」


「なあに? チラチラ菅原さんの方を見て、もしかして明人まで照れてるの? 仕様の無い子達ね。そうそう菅原さんからあなたの事色々聞いたわよ~? 父さんや母さんに内緒で余り危ない事はして欲しくないけど、その話はまた後にして今はご飯を食べちゃいましょ」


「えっ!?」


「済まないね。流石にアレを誤魔化せる程の話術は無いから、石田君には悪いけど説明を交えて起きた事を話させて貰ったよ」


 マジか!? 俺は何て返事をすれば良いんだよ!?

 俺は焦って母さんの顔を確かめたが、変わった様子は感じず普段のまま食事を続けているので、何がどうなっているのか理解できず動悸と息切れを起こす。

 恭也さんは俺の事を話したと言ったけど、いったいどんな風に俺の事が母さんに伝わったのか気が気でなく、その話のインパクトのせいで、すっかり胸の事なんてどうでもよくなり、ただ黙って機械的な動作を繰り返し夕飯を腹に収める。


 表情の消えた俺を心配したらしい母さんに「今日のささみフライは中々の出来だったんだけど、美味しい?」と聞かれたり、恭也さんには「箱根崎君は、どうも鎖骨をボルトで止める手術をした方が良いって言われたらしいけど、頑なに反対してるらしいよ」と話を振ってきていたが、「うん」としか相槌を打てる心境でしかない俺は、必死に頭の中で「どうしよう」を繰り返すので精一杯だ。


 明恵は始終横で楽しそうに三人でお喋りしながら夕飯を食べていたが、俺は食べた物の味が舌に乗った後から消えて行くような、表現し難い時間を過ごした。

 食後のお茶を出されても何も喋る気にならず、「ごめん」と言って自分の部屋へと逃げ込んだ。


 ドアを閉め、ベッドに倒れ込み頭の中がぐちゃぐちゃになりそうだった。

 もう俺一人だけの問題でなくなってきて、親父や母さんにも相談しなきゃいけない時期が来たのかも知れないとは思う。

 だけど何て言えば良い? 俺の部屋の冷蔵庫は自分でも良く分からない場所に繋がっていて、そこに住む人と交流を持ってこれから商売の真似事をしようとしている……なんて言える訳がない。


 それに、明恵の事もある。

 仮初の石を迂闊に机の上に置きっぱなしにしていたから、明恵はソウルの器を解放してしまったので、俺には明恵を守る義務と責任があるんだ。

 ただ、俺の人生は俺の物だが、明恵の人生は俺の物で無い。

 だから俺の勝手な判断で明恵の事を決めて良い訳がないし、かと言って明恵に説明するにはまだ早すぎる上に、話した所で明恵本人には半分も理解できないだろう。

 今は取りあえず、俺と明恵の取り巻く状況を親父や母さんに話す――


 ゴンゴン


 俺の部屋のドアにノック……と言うか少々強めな打撃音が響き、深く考え込んでいた意識が浮上する。

 母さんだろうか? 明恵だったらきっとノックなんてしないだろう。

 ベッドから起き上がり、ドアの傍に近寄って気配を探る。


「ちょっと良いかな? 行儀は宜しくないけど、足でノックさせて貰ったよ。なんせ今両手が塞がっていて、ドアを開けられないんだ」


「……へっ? あ、恭也さん!? ちょ、ちょっと待った!! 三分! いや五分待って!」


「なんだい? ボクに見せられない様な物を広げていたりするのかな? ……仕方ないね。じゃあ五分後にまた来るよ」


 そう言って遠ざかる気配と、トントントンと規則正しく階段を下りていく足音が聞こえたので、急激に高まった脳内緊急事態宣告(エマージェンシーコール)が一時的に解除され、慌てて見つかるとヤバそうな師匠から貰った道具や物を掻き集め、袋に纏めようとして最後にクッキーの空き缶に入っていた仮初の石を掴んだ瞬間、光が立ち上り例の真下に居る自分を感覚が捉え、五つの地、水、火、風、空の要素の色が解けて消えた。

 その代わりにスッキリとして、胸に重く圧し掛かっていた不安や悩みが一気に消えたような、不思議な爽快感に襲われる。


「あ!? なにこれ、スゲー気持ちいい……」


 ハッ! 今一瞬意識が飛びかけたって、……またこの石、元の鮮やかな赤色に戻ったって事は、明恵の時みたいに俺からソウルの器に溜まった力を吸い取ったのか? 前と違って苦しさは全く感じず凄く楽になった気分だ。


 ハテ? と浮かんだ疑問の答えを出す前に、時計の針が約束した時間を残り一分を切っていたので『窓』を開き、空いている枠へと急いで取り込む。

 仮に箱にこのまま詰め部屋の何処かに隠したとしても、恭也さんの妙な勘の良さで見つけられでもしたらたまったものじゃない。

 一仕事終えたとばかりにふぅと一息吐くと、また下から階段を上がって来る足音が聞こえて……駆け上って来た!? 俺はドアを蹴破られる前に開け恭也さんを待った。


「はぁはぁ、……石田君! 今さっきここで絶対何かしたよね!? キミに五分と言われて引き下がったけど、その後でちょっと言い表せられない様な気の流れが、空に向かって伸びて行った感覚を受けたんだけど! 何をしたんだい!」


「ちょ! そんな興奮しないで! 息が荒いし。ジュースが零れそうだって! 分かった! 分かったからお盆で押さないでっ!」


 階段を駆け上って来た事だけが原因では無い事が明らかで、道具の事は隠し通せそうだけど、さっきの現象に関してはキッチリと感知されていたようだ。

 もうこの人の傍で何かする時は、細心の注意を払わないといけないと肝に銘じる事を、目頭を押さえながら心の隅で誓った。


 取りあえず部屋の中へ通し、机の上に飲み物とお菓子を乗せたお盆を置いて、椅子に座って貰おうと引いた所で恭也さんが口を開く。


「あれ? ……石田君、なんか縮んだ?」


「はっ? あの、そう簡単に背が縮んだら、俺どんどん小さくなるんですけど?」


「そうだよね、背が縮む筈が……ん?」


「えと、どうかしました? そんな風に目を細めるとド近眼みたいに見え……いだっ! ちょっ脛を蹴るの反則!」


 妙な事を言いだして、恭也さんはメガネを掛けたまま顔を顰めるので思った事を口にしたら、脛に力の乗った蹴りが入った。

 恭也さんって普段冷静と言うか、大人しい人って印象だったのになんか違う。

 今の彼女はそこはかとなく、秋山に近い雰囲気をしているような……。

 これ以上秋山みたいな奴が増えるのは勘弁なので、俺は浮かんだ考えを放棄し謝る事でそれ以上蹴られるのを収めた。

 ちょっとだけ不貞腐れた風な恭也さんは、気を取り直し再度ジッと見る。


「……分かった! 今のキミは普段漏れている陽気の放出が止まってるんだ! だから圧迫感も感じないし、縮んだ様に錯覚したんだよ!」


「と言う事は、今の俺は普通の人と同じくらい、なのかな?」


「ん~……明恵ちゃんに近いくらいかな? あの子も結構な陽気を纏っているけど放出と言うか、漏れ出すまでは行ってないからね」


「あれ? 明恵は纏っているだけ? 漏れたりはしてないの!?」


 俺の予想していた範疇ではなく、もしかすると伊周や十字路の悪霊(オニ)のような物の怪が、気にする程の強さでは無いのかも知れないと少しだけ安堵する。

 まだ試した訳じゃ無いけど、明恵には自衛手段が今の所無いしこれは朗報と言って良いだろう。


「驚くのはそこなのかい? 本当にキミは変わっているね。明恵ちゃんは普通の人よりは力を持っているけど、キミと比べたら子猫と虎くらい差が在るよ?」


「それは、何とも分かり易いような違うような。虎と子猫ですか……」


 かなり微妙な表現だったが、力の差を表すに上手い例えが無かったのかな? けど明確に明恵も力が在る事が分かったので、やはりあの勾玉は必要なので早く見つけなくちゃならない。

 黙って浮かんだ考えを纏めようとし始めると、恭也さんは興奮の影響も在って喉が渇いたらしく、机の上に置いたジュースを手に取り飲みだした。

 そこで視線の逸れてる間に俺の所有権のある物なら、ある程度の距離は無視して引寄せられる事を思い出したので、『窓』を展開し勾玉の名前をドラッグし、アイコンがポップした所で俺の手にドロップする。


「あ、んっ」


「へっ?」


 その途端ジュースを飲んでいた恭也さんが、急に艶めかしい声を上げ、同時に俺の手の平の上には生暖かく、人肌くらいの温度に暖められた勾玉が乗っていた。


つづく

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