181話
ご覧頂ありがとうございます。
5/30 ご指摘を受け、読み直し「うん、訳分からないね」と成ったので、慌てて加筆修正を致しました。既読の方には大変申し訳ないです。
先ずは居間のドアから誰も入れない様に、先程の合図を理解してくれた箱根崎君が《不動符》を、石田君に警戒しながら貼って行く。
強度的に少しだけ不安は残るけど、これでちょっとやそっとの打撃くらいでは壊れる事や開く事も無い筈だ。
視界の隅でその事を確認し、私もコートの内側から取り出した《身体活性》の符を使い、これからの石田君からの攻撃に備えた。
二枚以上貼れば、所謂火事場の馬鹿力的なものも出せない事は無いけど、下手をすれば筋肉の断裂や骨が圧迫骨折を起こすので、今は無理をしない。
先程壁を抉った《風刃》に近い術を見るに、一定の硬さを持っていれば防げそうだけど、生憎《不動符》では身動きが取れずモロにあの術を貰う事になる。
だからと言って、一度限り攻撃を緩和させる《金剛符》は作成にコストが掛かり過ぎる為、生憎今は持ち合わせて無い。
なので、せめて身体能力の引き上げだけでもしなければ、石田君の放つ術を避け切る事は難しいだろう。
「箱根崎君! 次も避けるか防ぐ亊は出来そうかい!」
「そうっすね。悪いっすけど次は無理っすから、頼んます!」
そう返事が来ると同時に、二発目の術が飛んで来た。
《身体活性》のお蔭で難なく避け、石田君の様子を窺うと向こうも同じ様な事を考えていたのか、目が合うとニヤリと表情を歪ませている。
……でも、普段と違い額に太く血管が浮かび上がり、更に目も血走っていて視線が揺れ、とても正常な判断を出来るような姿には見えない。
さっきの言動を聞いても、別人だと言われても彼を知っている人なら頷く事が出来るだろう。
それぐらい今の彼はおかしくなっているし、纏う気の質も陰陽が混じり合いまさに混沌を醸し出していた。
バン! と言う音と陶器が砕ける乾いた音が連続して鳴り響く。
音の正体は箱根崎君が居間に在った足の短い四角い長テーブルを床に蹴り立て、先程まで飲んでいたお茶の器が転がり割れたせいだ。
何をするのかと思えば、西部劇な映画の影響でも受けたのか立てたテーブルの裏に身を隠し、彼は残っていた《不動符》を更に貼って簡易的な盾とするつもりらしい。
何だか何時もなら相手を見れば即突っ込んでいくのに、今日の彼は頼んだ通り防御主体でとても段取りが良い。
一応師匠としても少しだけ弟子の成長が窺えて、こんな時なのに笑みが湧く。
それを忌々しく思ったのか、石田君が声を荒げ暴言を吐く。
「フン、小賢しく避けたり身を隠すだけか……。さっさと潰れるが良い!」
「はん! 準備を怠った奴がどうなるか、そっちこそ思い知るがいいっすよ!」
「あのね、余り挑発しないでくれるかな? 私からキミに狙いが移ると、対処するのだって難しいんだからね!」
風が渦巻く音のせいで聞こえ難く自然と呼びかける声も大きくなるが、更に高まった風切音に危機感を覚え視線を逸らさずに居ると、今度は両手構えだし連続での術を放つ気らしく、狙いが箱根崎君に変わる事無く私に襲い掛かって来た!
一撃目は注意深く見ていたので、こちらの頭を狙ったそれを元々避ける動作に入ったまま首を反らせ回避したが、二撃目は体勢も悪く無理だと判断。
こんなに早く使う気は無かったけど、使い捨ての符では不安が在るので一枚一枚の符を特殊な単糸を撚りあわせて作った糸で編み連らね、折り畳んで束ねてある経典をヒントにした、私専用の《連結符》を宙に展開し全てを一度に並列起動させる。
《不動符》や《身体活性》等は発動の際に力を込めた分だけ、術式に割り振られた効果と持続の二種類で構成されているけど、この《連結符》は三十二枚の符で構成され、威力、効果、持続、切り替え、の四種類で作られ、起動させる符の枚数で威力を足し、予め決められた効果の術式を切り替えで操作しながら、状態の維持等をその都度命令と発動で展開して使う、攻防一体となった符だ。
今まで使っていた物より符の枚数の増加と安定性を図るために、態々香港まで行って作って貰った一品で、最終試験を済まさずに急遽日本に戻って来た為、今回が初の実戦使用となる。
符の一枚一枚に力が行きわたり、単体の符のような点ではない面へと効果を広げ、私を切裂く筈だった風の刃が届く前に、一瞬早く水で出来た半透明の障壁が展開し、《連結符》に組み込まれた術式が私の命に従い防ぎ、表面で風の刃の威力を掻き消す。
これが私の最も得意とする水の術式を組込んだ《連結符》で、大幅に構成する符の枚数の増えた今、風の刃なら難なく防ぐ亊が可能だと判断し、一気に押し切ろうと考え悔しそうに睨みつける石田君へと、今度は私から仕掛けた。
宙に展開する《連結符》に触れて掴み、同時に面から線に切り変え再度力を流し込み武器とした棍の形に切り変える。
この棍は常に生じる水圧によって、攻撃対象として触れる物を巻き込みながら、捻り千切る武器だ。
無機物には余り効果は無いけど、流石に生身に当たれば皮膚ごと肉を千切るので威力をかなり抑えたが、代わりに硬さだけは並じゃ無い。
そのまま気絶させるつもりで、《身体活性》で強化された足で踏み込みと同時に跳躍し、瞬発力の跳ね上がった全身が生み出した加速は、たった一回のジャンプで石田君の目前に移動し、水圧で固めた《連結符》の棍をスピードを乗せたまま叩き込んだ。
一連の動きを目で追えた様だけど、体の反応が遅れた石田君はそのまま回避も間に合わず、私に打ち払われてくぐもった声を上げ、そのまま後ろに在った壁へと激突した。
「……様子がおかしいとは直ぐに分かったけど、近寄ってみて異常な力の流れを見つけたよ。石田君の左腰辺りに妙な力が集中して、陰陽の気が激しく収縮を繰り返していて、これが原因に違いないと思う!」
「なるほど! 流石恭也さんすね! あっさり沈められたみたいすから、簡単に終わりそうっす……って、おいおい。まさかアレを食らって無傷だなんて、あいつ酷いズルっすよ!?」
手加減無しで撃ち込んだ筈なのに、石田君の脇腹は赤くもなって無ければ腫れも無く、ただ箱根崎君のお気に入りのTシャツだけを螺旋切りボロボロにしただけで、背中を打ったせいか咳き込みはしていたけど、無傷の素肌を晒していた。
箱根崎君の言葉で石田君の腰に手を伸ばしていた私は、《連結符》を直ぐさま棍から切り替え、目の前で口を笑みに歪ませる彼に警戒し攻撃に備えた瞬間、先程まで飛んできていた風の刃では無い、強いて言うなら回転する穂先の付いた槍のような物が付き込まれる!
「貴様ぁ! はは羽虫の分際ででででで、よよくもやってくれれれたな!」
「会話はまだギリギリ出来るようだけど、どうにかしないと石田君の方が壊れそうっ! だねっ!」
「フゥ、冷や冷やしたっすよ恭也さん! バッチリ防いでるすね。これなら俺も援護に「ちょっと! 明人! あんた何を暴れてるの!? ここを早く開けなさい!」って、こりゃ不味いっすわ……」
ガチャガチャとドアノブを回す音が聞こえるけど、真横から突き出された高速回転する風の刃が迫り、何とか展開が間に合った《連結符》の水の障壁とぶつかり合い、じゃぼじゃぼと洗濯機の水を掻きまわすような音が邪魔をする。
お蔭でドアの向こう側で叫んでいるらしい英里子さんの声が、よく聞き取れない。
今下手に気を抜くと、この電動ドリルのような風の槍に一気に貫かれそうで冷汗が止まらず、息さえ堪え穂先が抜けてこない様に《連結符》に力を注ぎ防ぐ事へ集中する。
一度で終わらせようと近寄った事で、この異常な事態を生んだ元凶らしい物の位置は掴んだけど、代わりに身動きが取れず状況が一変してしまい寧ろ悪化してしまった。
チャンスだと思って仕掛けた筈が、いつの間にかピンチに陥っていたのは私の方で先程の自分を罵倒してやりたい気分だ。
「あの、お母さん? 落ち着いて欲しいっすよ! こっちはちょっとお宅の息子さんのせいで立て込んでてっすね。あーあー全然聞こえないすよー。おかしいな、急に辺りが暗くなってきたなー」
「くくっ、ちょっと不味いっ! かなっ! 元々の馬力で負けているのは理解していたけど、こうもあっさりしかも最悪な事に彼は片手だけで私を押し返してきていてねっ、箱根崎君! そっちを早いところ終わらせて助けてくれないっ、かなっ!」
どうやら箱根崎君は、擦りガラスから見える英里子さんをドアの前で押しとどめようと頑張っているみたいで、お得意の黒い炎の形を操作しドアに纏わせて視界を防ぐつもりらしい。
弱音を吐いた理由としては、今箱根崎君が押さえに走っているドアから尋常でない程の、ガン! ゴン! と激しい打撃音が聞こえ始めたせいでもある。
……いったい英里子さんは、どうやってあんな音を出しているのか隣の石田君とは違った意味で、背中に冷汗が流れる。
と言うか、石田君まで意識がドアに向いていて、一瞬押し込む力が弱まった! 今が上手く離れる絶好の機会だ!
即座に《連結符》へある命令を走らせ、私は床を蹴った。
しかし、彼が意識をドアへ向けていたのもほぼ同じタイミングだったらしい。
「うぉおおおおのれぇえええっ! にがあああああああああすかあああああああああ!」
「なっ!? きゃあっ!」
「くそっ! 恭也さん!?」
一瞬の隙を突いたつもりで《連結符》を手放し、そのまま持続させる事で一時的に風の槍を抑え込む筈だったが、彼の空いていた左手を翳さず集中も無く新たな風の槍がもう一本投射されるとは思わず、何とか逸らせないかと身を捻ってはみたけどコートを空中で引き裂きながら突き破ったそれが、願い敵わず反対側の壁まで私を吹き飛ばした。
避ける事を失敗したと自覚し、背中と胸から伝わる痛みに目を瞑る。
「フハハハ、さあ全ての風を解放しよう。では止めをさ……」
「ああああ! 手前! ついに恭也さんをやりやがった! 確りしてください! きっと助かります! 傷だって浅いし死ぬほどじゃな……」
「ぐぅ……。槍が私の……血が……? あら? 出て……無い?」
当たった筈の左胸近くの出血を抑えようと、恐る恐る手で触れてみた。
衝撃を受け確かに吹き飛ばされ、ここまで転がされたはずなのに。
鈍い痛みは感じるけど、何かが刺さったような激しい痛みは無いので不思議に思い、自らの傷口が在る筈の部位に目をやる。
……風の槍が確かに当たり、コートだけでなくその下に来ていた長袖のYシャツとブラまで千切り飛ばしたらしい。
見た目には出血が無いけど、損傷を確かめる為に手袋をしている手で直に触れ、左胸から感じる肌触りはとても微妙だった。
息を吸うと鈍い痛みが走る為、最悪肋骨に罅でも入ったかもしれないが、何故素肌が剥き出しなのに皮膚は切裂かれず無傷なのか首を傾げる。
少し右手に力を込め、左胸を揉んでみても確かな感触を感じ表面的な怪我は全く無いようで安心したのも束の間、さっきまで必死に叫んでいた筈の箱根崎君の声が止んでいて、何故か纏った風で宙に浮いている石田君の目が私の剥き出しとなった左胸に集中している事に気が付き、一気に首と顔付近の血管へと血が流れ込むのを感じた。
「きっきっきっ、……見るなーーーー!!」
私は全身の力を込めた叫び声を上げたと同時に、次に行おうとして待機させていた《連結符》が、私の意思を感じ取り生み出した水の塊が部屋の中心で盛大に渦を巻く濁流となり、私以外の全てを飲み込むと庭側の大きな窓を突き破って、飲み込んだ物を一気に外へ押し流す。
時を同じくして廊下と居間を隔てるドアが内側に吹き飛び、私の目の前を跳んで行くのを見て驚きの余り叫んでいた口を閉じる。
こうして居間に居た二人の女性は、茫然と座り込んだ方の左腕に偶然嵌った腕輪が、鈍い輝きを放ちながら纏いつく微弱な風を吸い込むのを、気が付く事は無かった。
つづく