表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

181/213

180話

ご覧頂ありがとうございます。

 半分グロッキーになっている箱根崎を伴い、玄関を潜った途端俺の耳に明恵の叫び声が聞こえた! まさか恭也さんが既に何かしたんじゃ!?

 俺はその場で肩を貸していた箱根崎を放り出し、靴を脱ぐのももどかしくそのまま家の中へと走る。


「明恵! 大丈夫か!? ……明……恵?」


「キャー! だめっ! 助けて! いやー!」


 俺が居間に飛び込んで見た光景は、床に転がり悶える明恵の姿だった。

 その額は軽く汗ばみ、窓から入り込む夕日に照らされ仄かに赤く見える顔に苦しそうな表情。

 そう、明恵は恭也さんの手によって押さえつけられ、脇腹を擽られた為に笑いを堪えながら、何とかその魔の手から逃れようと必死になって転がっていた。


「はっはっは、明恵ちゃん。もうボクからは逃げられないよ?」


「だめ、それ以上擽っ! いやっ あはははは! くふふふうふふはわあああああ!」


 ドタバタと床を蹴り明恵は必死に抵抗しているが、縦横無尽に動く恭弥さんの指先と腕は巧みにその位置を変え、徐々に追い詰めていく姿は獲物を捕らえ糸に絡め採る蜘蛛の様であった。


「もう、すっかり仲良くなっちゃって……あら明人、って! 何であなた家の中まで靴を履いたままなの! 早く脱ぎなさい!」


「ごめんなさい! 今直ぐ脱いで掃除します!」


 恭也さんと戯れる明恵を優しく見守っていた母さんは、居間に突撃した俺に気が付くと、クワッと目を開いてつり上げ怒鳴った。

 明恵の助けを求める声に反応して駆けつけたのに、結果はご覧の通りで俺は箱根崎が蹲る玄関に靴を放り投げると、これ以上母さんの機嫌が悪くなる前に急いで洗面所に在る雑巾とバケツを取りに戻る。

 この様子だと、抱いた不安は杞憂だったのだろうか?

 そんな風に考えつつ、絞った雑巾で廊下を拭く俺だった。





「おい、怪我人を放り投げて行ったと思ったら、掃除が理由だぁ? 手前は俺を馬鹿にしてんのか!」


「お? やっと復活したか。もう動けそうなら先に居間に行ってろ。恭也さんが俺の妹と遊んでるけど、お茶くらい御馳走して貰えるぞ?」


「……チッ、手前覚えてろよ?」


 そう言うと多少もたつきながらブーツを脱ぎ、紙袋に入ったたい焼きを持ち直し箱根崎は居間へ入って行くのだが、何故に毎度悪役めいた台詞が出て来るのか疑問に思う。

 何か奴なりの拘りでも在るのかと首を捻り、掃除が一通り済んだので俺も加わろうと、バケツと雑巾を洗面所へ置き居間へ向かった。

 母さんは俺と入れ違いで居間を抜け、台所へと移動する。

 きっとこれから晩御飯の準備に違いない。


「明恵、ただいま。恭也さんに遊んで貰っていたのか~、楽しかったか?」


「……うん、けどね凄いの。にげられなかった……お兄、あのね大怪我だれ?」


 テテテと恭也さんの傍に居た明恵は、ソファーに座り込んだ箱根崎を大きく迂回しながら俺に走り寄り、ズボンを掴むと下から見上げながらそう報告した後に、手招きをするので顔を近づけると、チラッと箱根崎を見て俺の耳の傍に口を寄せコソコソと小さな声で話す。


 微妙にこそばゆいが、そこは我慢して明恵に付き合う。

 まあ突然家の中に、腕どころか顔まで包帯を巻いた人間が入ってくれば気にするのも当然だ。

 ただ、母さんが別に変わった様子も見せず普通にお茶を出したので、警戒心よりも好奇心が勝ったらしく、俺に質問してきたのだろう。

 俺はここで少々悪戯心が湧き、ちょっとした嘘を吹き込む事にした。

 そうすると案の定、明恵は口をOオーの形に開いて驚いた表情を見せ、内緒だぞと告げると決意を込めた様な顔で頷く。

 そしてまたプリンで風呂の掃除を頼むと、明恵は箱根崎をじーっと見た後「キャー!」と楽しそうな声を上げて、風呂場へと走って行った。


 その様子を見ていた箱根崎も明恵を見つめ返した後、怪訝そうな顔をしていたので、俺はニヤケそうになる頬を必死に堪え真面目な顔を保持し、恭也さんの座る椅子へと近寄ると、テーブルの上に乗せてあった『清涼の腕輪』を恭也さんが手に取りその表面を撫でる。


「さっきの掃除は災難だったね。それとたい焼き御馳走様。で、早速だけどこの腕輪の事は詳しく聞かせて貰えるのかな?」


「はは、一気にそう来ますか。それは師匠からの一時的な預かり物で、何処で手に入れたかについては、俺も詳細を知らないんですよ」


「?……へぇ、キミの師匠が? 英里子さんにはキミが何時の間にか持っていたと聞いたのだけどね。じゃあ次の質問だけど……妹ちゃんも、キミの言う師匠から何か教わっているのかい? 英里子さんからは特に何か感じる物は無いけど、キミらは中々面白い兄妹だね」


 母さんは恭也さんとそんな事まで話していたのか!? ちょっとうちの家族は余りにも無防備過ぎないだろうか? 簡単に他人を信じて家に上げるなんてダメ過ぎるな。

 ……全くいったい何を考えているのやら、少しは危機感を持って行動して欲しいものだ。


「はぁ……。つまり、恭也さんは明恵も“普通とどこか違う”って分かるんだな?」


「?……いや、恭也さんだけじゃないっすよ。その力は家系的なもんすか? お前の妹だって、今から鍛えりゃちょっとしたもんになるんじゃ、ないっすかね?」


 俺と恭也さんの会話に割り込んできた箱根崎の声には、少し面倒そうな感じが窺えたが、口調の変わったその言葉を聞いた恭也さんは、満面の笑みを浮かべて箱根崎を見た後に、此方まで余裕そうに見て来るので腹立たしく感じた俺は、睨み返してやった。

 ……やはり今の明恵には箱根崎にも恭也さんにも、俺には分からないが見える物が在るらしいな。

 ソウルの器を解放した事で、恐らくそうだとは思っていたのだが、箱根崎の言った表現が若干引っ掛かる。


 こいつは“今から鍛えれば”と確かに言った。

 と言う事はだ。明恵は俺と同等な力は持って無く、寧ろ“そこそこ”的なニュアンスを感じ少しだけ救われた気がする。


 明恵と俺との明確な違いは、解放した時の年齢や性別的な差が原因だろうか?

 流石に知識として比べる物差しが無いので、これ以上考えても無駄だろうと思った俺は、先程から不快な視線を送って来る二人を忌々しく感じ、思考を止める。


「そんな怖い顔をしないで欲しい。ボク達は仲良く出来る筈だと思うけど? 例えばキミが他に師匠から預かっている物や、キミが修行中に得たあの日傘のような物でも良いんだけど、もし似たような物を持っているのなら是非見せて欲しい」


「……そんな物は無い。それよりあんたはこの腕輪を電話じゃ随分と褒めていたけど、何を分かったと言うんだ?」


「フフ。石田君、キミは嘘が下手だね。今少しだけ間が在った。つまり考える余地のある物を知っているに他ならない。…………ねえキミ、ちょっと変わった?」


「は? 何を言っている? 俺の何処が変わったと言うんだ? 変な言掛りは止めて貰おうか。下らん」


「恭也さん……。なあ石田、よ~く考えろよ? お前自分の名前分かるっすか?」


 何だ? 箱根崎の奴、終に怪我と疲労で頭がおかしくなったか? 元々馬鹿だったのは変えようのない事実だが、こいつに着けて治る薬など例えラーゼスの居るあちら側でも無いに違いない。

 俺の名前? …………そんな物どうでも良い事だ。

 俺はこんな取るに足らぬ者と居たのか? フン、今までの自分にまで虫唾が走るな。


「石田君、本当に分からないのかい? キミの親が一生懸命考えてくれた大切な自分の名前だよ? 小さな子供だって分かる筈だよね? それとも……答えられないのかな?」


「はっ、恭也さん、今のこいつに何を言っても無駄っぽいっすよ?」


 煩い煩い! 忌々しい蛆虫共め!

 二人揃って何を企んでいる? まさかとは思うがこの俺に刃向うつもりか? 余りにも愚かな選択を選んだこの蝿達には、忘れぬよう痛みを刻み込む必要があるな。


「俺を侮るとはたかが虫けらの分際で、我にそのような考えを持つ愚考、誰に向かって対等の口を開いたか分からぬなら、その身で持って後悔するが良い!」





 初撃は態と手加減したのか何とか避けられたが、不快な音が後ろから聞こえ視界を一瞬向けると、居間の壁紙に縦の線が入り裂けていた。

 瀬里沢君の屋敷で見た術と違い、今度は鋭さが本来のままのようだ。


「ああ、こりゃダメだ。俺のお気に入りのTシャツはもう諦めっすね。更に言うなら、俺は満身創痍の上に持ち札もギリっす。恭也さん、何とかできそうっすか?」


「……フフ、肉親の情に訴えるのは最後の切り札かな? 今のボクの手持ちでもちょっと処じゃ無く不安しか湧いて来ないね。アレを見てご覧よ」


 疲れたように呟く箱根崎君は、右手にお得意の黒い炎を呼び出すと左手に『不動符』を束で取り出していた。

 会話の途中から豹変した石田君は、体の周りに纏いつく空気も文字通り代わり、風が渦巻いているのが見える。

 仮に見えなくても、ビュービューと風鳴りが聞こえる筈だ。

 今の状態で、英里子さん達が立ち入るのは危険すぎる。


 この異変に気が付かれる前に箱根崎君には目で合図し、代わりに今回は私が前に出るしかなさそうで泣きそうだ。

 彼の家、保険には十分に入っているだろうか? 不思議とそんな普段通りの考えが浮かぶ自分に、良く分からないおかしさが込み上げ涙が引っ込む。


 きっと大丈夫、こんな状況だけど私も箱根崎君も相手に呑まれてない。

 でも余り待ってはくれなさそうだし、香港で手に入れた物の実戦試しも兼ねて、事が済んだ後の為に精々彼には恩を売っておくとしよう。

 そう考えつつ置き忘れた腕輪を左手に持ったまま、私はコートの内側へと素早く手を伸ばした。


つづく


恭也さんは、意識せずに素に戻るとボクから私になる……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ