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178話

ご覧頂ありがとうございます。

 遠目からでも分かっていた事だが、事故が起きた車線が通行止めとなったせいで、残りの反対車線の内一車線が代わりに通行できるように規制され普段はスムーズな走りも、今はかなり混雑していた。


「改めて見て、この事故の規模で死人が出て無いのは僥倖だわ……」


「俺は気絶してたから知らねぇけどよ、よく俺もお前も生きていたな」


 事故現場を見れば警察車両の他に、事故車を片付ける為だろうクレーン車等の重機も稼働中で、道路には砕けた細かいガラス片やホイールカバーにプラスチック片、あとはヘッドランプ等が割れたのであろう物が散乱し、所々黒いシミが見受けられるがあれは血液ではなくオイルぽい。

 爆発や火災までは起きなかったようだけど、ガードレールや折れてコンクリ―トの一部が砕け曲がっている電柱の傍には、既に人は居ないが未だ大きなトラックが突っ込み横転したままの物も在り、これで死者がゼロなのは不幸中の幸いと言っても過言ではないだろうけど、当事者にしてみれば「ふざけるな!」と言われそうだ。


 他にも実況見分中なのか、警官と一緒に事故現場を見て指を指しながら何か話をしている人も居て、道路にチョークを使い書き込んでいる姿も見える。

 そこで何を思い出したのか、箱根崎が突然「あっ!」と急に声を上げ、近場に居た人達の注目を集めた。


「そうだ! 俺って保険会社に連絡してねぇ! 携帯は……って恭也さんに預けたまんまかよ。番号なんて登録だけして覚えちゃいねぇし、これじゃ連絡の仕様もねぇか」


「おい、あまり大きな声を出すなよ。まだ杉浦さんが何処に居るか分かって~……って、居たっ! けど選りによってあのミニパトの傍か、ちょっと近寄りがたいな」


 軽く辺りを見回せば、事故車両を退けている場所よりもより人だかりの出来ているのが、件のミニパトと箱根崎のバイクの転がっている場所だった。

 理由は当然、幾ら事故現場に在ったからと言って、どう見ても事故とは全然関係なさそうな見事に真っ二つなバイクと、斜めに寸断されたミニパトは他と違ってそこだけ異様さを放っているのだ。

 まるで無理矢理何処からか空間ごと持ってきて、放置されたかのような雰囲気を醸し出しているのだから、注目が集まるのも仕方がないのだろう。


 俺と箱根崎が居る事に杉浦さんが気付いていないのは有難いが、あの様子は絶対に面倒な問題になっていると察せられた。


 やはり普段通りの日常を送る為には、『惑わし』の効果を使う事は避けられないようだ。

 と言うか、アレだけ注目を浴びている上に野次馬に写真まで撮られては、折角代わりのバイクや自転車を貰っても、すり替えた所で簡単に不審な点に思い当たり誘導された思考が元に戻ってしまうだろう。

 警察署内へ運ばれたとかならまた違ったんだろうけど、この状況じゃどうやっても杉浦さんだけを捉まえ、辻褄が噛合うような話を打ち合わせるのさえ無理だ。

 そうなると取りあえずは、先に箱根崎には最低限俺が何をするか言っておかないと不味いな。


「箱根崎、折角自転車もバイクを貰って来たけど、結局無駄になるかもしれんわ。流石にアレを、最初の予定通り誤魔化すには目撃者が多すぎる。玉突き事故とは関係なくさせるくらいが精々だし、今あそこで何が言われてるのやら……。これから話の持って行き方次第でどうなるか分からんが、無難に収まる様に祈っててくれ」


「あ? 何で今更変更なんだ? お前の『惑わし』がありゃ済むんじゃ無かったのかよ? 誤魔化すのが無理って事は、俺のバイクはどうなるんだ!」


 苦労して手に入れた手前、今の説明じゃ納得いかないのか包帯から覗く俺を睨む目は鋭く、つり上がって見える。

 そこで怒っても何の解決にもならんのに、相変わらず恭也さんの居ない所での箱根崎の沸点はかなり低い。


「お前そこでバイクの心配かよ。他に思う事は無いのか? ようするにアレはもう隠し通せないから、代わりの“犯人が居た”って風に『惑わし』で新たに捏造すれば、別に自転車もバイクも隠す必要が無いんだよ」


「代わりの犯人? どういう事だ? ……もっと分かる様に言ってくれ」


 俺の言った事で、暖まった頭が回転を始めたのか怒りは落ち着いたらしいが、理解までは及んでないっぽい。

 箱根崎にも分かる様に手短に説明するならば、多重玉突き事故とこのミニパトは一切無関係で、杉浦さんのミニパトが事故現場に到着後、“刀を持った犯人”が事故で転がっていた箱根崎のバイクも巻き込み、真っ二つにされたと『惑わし』の効果で“その犯人と目撃者を捏造する”のだと告げ、余計な事をされない為に未だに首を傾げる箱根崎には、少しこの場で待っていて貰う事にした。


 一目異常な破壊痕の残るミニパトを見ようと、たむろしている人達を邪魔に感じながらも避けつつ、杉浦さんのミニパトの他にバイクを調べたり、事情を聞き取りしているらしい警官達へと向かって歩き出す。

 ここからでも分かる杉浦さんのあたふたした様子に、何を喋っているのか気になった俺は風の要素を操作し、耳に届くように空気を調整すると今も必死に、何が在ったのか杉浦さんは説明していた。

 その耳に拾えた内容はと言えば「周りの人が急に居なくなって、石田君の服が燃え上がって、刀が勝手に浮いたと思ったらベルトだけになっちゃうし、箱根崎って怖い人が吹き飛んだんです!」と、既に滅茶苦茶だ。


 ……どうも聞こえて来る受け答えから察するに、何度か説明している内に話を聞いていた警官に途中で質問やら突っ込みをされたせいで、焦って話の順序が逆転&食い違って行き、どんどん支離滅裂な事になっているらしい。

 これは、案外俺達にとっては良い傾向かも?


 俺は例の『日傘』を左手に取り出すと、如何にも知り合いだとでも言う風に杉浦さんへ声を掛け「やっと帰ってこられたよ」と近寄り、聞き取りをしていたと思う警官との間に、邪魔にならない程度に入り込む。


「あーーー! 石田君! 今まで何処に行っていたんですか!? 私あの後怪我した人を運んだり探したりして、凄く大変だったんですよ! それなのに急に居なくなっちゃって、いつの間にか全裸だったのに服まで着ているし!」


「……全……裸? 普通服を着ているのは当たり前だろう? 杉浦巡査、君は一体何を言っているんだ? それとこの少年が今話に出ていた石田君かい?」


 突拍子も無い事に加え、顔を赤くし俺が裸でこの場に居た様な事を言うので、質問をしていた男性の警官は彼女から心なしか離れると、若干眉を顰めて杉浦さんを見ていた。

 対して杉浦さんは、本当の事を言っていてもその内容が異常過ぎて、涙目になって訴えているが全く取り合って貰えてないのも当然だろう。

 そりゃ聞くたびに証言内容が変になっていれば、誰だってその話を信じるのは難しいだろうし、俺の裸を思い浮かべて頬を染めるのは止めて欲しい。

 見られた俺の方が、よっぽど頬染めたいわ!


「ええっと、俺は今朝の事故に巻き込まれたのですが、その時に駆け付けたのがこの杉浦さんで彼女とは以前からの知り合いで、助けて貰った訳ですよ。まあさっきまで病院で怪我の手当てをしていたんだけど、俺の自転車が事故現場で見つかったから来て欲しいと連絡が入り、こうして現場にやってきた所です。……それで、何か問題でも在ったんですか?」


 かなり白々しいが、事情を良く知らないこの男性の警官はホッとしたように「なるほど」と呟くと、対応していた杉浦さんの代わりに俺の様子を足元から顔へと視線を動かし、最後に包帯の巻かれた左腕を見て頷く。

 きっとこの人の中で、俺が言った言葉に間違いは無いと思ったのか、手元に持っていたバインダーの紙束を数枚捲り持ち直すと、ボールペンを動かし何かを書き込む。

 よしっ! これなら上手く行きそうだ。


「そうか、君が先程から話に出てきていた石田君で間違いないと……。じゃあ怪我の方は大丈夫そうだし、色々と聞いても良いかな? どうも彼女から話を聞いても要領を得ない事が多くてね。済まないが、出来れば君からも今朝の状況を教えて貰えないだろうか?」


「ええ俺は別に構いません。先ず最初に――」


 そこから俺は今朝の事故の事を話していった、勿論杉浦さんが口を開き何か喋る前に『惑わし』の効果を発動させ、一度この道を通り離れた後で事故が発生したと、全く違う話の内容だが少々気合を入れて発動させたので、何処となくぽやんと上の空に見えるが、それ以上杉浦さんに変化は見られなかった。

 序に『惑わし』を使い始めた頃から、ポケットに入れていた勾玉から妙な冷気を感じるが、気のせいだと思いたい。


 それ以上おかしな点は無かったので、杉浦さんの様子に安心した俺は更に話を続け、事故後に彼女が慌てて駆け付けたのは助かったが、野次馬の中から“刀を持った男”が突如現れ、車道手前に在ったバイクを蹴飛ばしミニパトにぶつけると、いきなり抜刀し狂ったように刀を振ってミニパトを真っ二つにした後一瞬で走り去り消えて行ったと説明し、怪我もあったし何より武器を持った相手を追う事なんて出来なかったと締めくくる。


 普通ならとても信じられない疑わしい内容だが、風の要素を操作して辺りに聞こえる様にした結果、『惑わし』の効果も上乗せされ“刀を持った男”の目撃証言が周りからも出始めた。

 それこそ最近新聞にも載った“自動販売機切断の犯人”なのでは? と誘導する事にも成功し、モンタージュを作ろうと言う話にまで発展する。

 そうして俺や周りから証言の取れた事で必要な事が揃ったらしく、俺の壊れた自転車だった鉄屑は返還され(されても困るので『窓』のゴミ箱行きだが)、箱根崎のバイクも一度証拠として調べられた後、戻って来るらしい。


 余談だがその後書き起こされた“犯人の顔”は、杉浦さんの証言を元に混ざったせいか、数日後に市内に張り出されたそのポスターには、どことなく“蛇っぽさを感じる顔”として仕上がっていた。

 きっと俺にはモザイクにしか見えなかったが、あの時印象に強く残り恐怖を感じた箱根崎のあの業で見た蛇頭のせいだろう。





「どうやら丸く収まったみてぇだけど、結局何がどうなったんだ?」


「簡単に言えば在る筈の物を無い事にすると、それが新たに見つかれば変だと思っちゃうけど、今回の場合は居ない筈の犯人を居た事にして、目撃証言と物的証拠だけは揃っているから、それ以上変だと誰も気付かないって事かな? バイクは後で調べた後に返すって話だし、証拠も在るからお前が気にしてる保険は大丈夫じゃない?」


「……随分とややこしいな。そう言う訳なら俺は荷物の事もあるし一端帰るからよ、今恭也さんが何処に居るか連絡してくんね? このままじゃ財布も無くてタクシーだって乗れやしねぇ」


 そう言えば荷物は全部恭也さんが持っていて、尚且つ病院のロッカーに預けていたとか言ってたな。

 俺はポケットに入れていたスマホを取り出し、恭也さんへと電話を掛け暫くコール音が続く。

 ……出ないな? 後でもう一度掛け直そうかと思った所で繋がったようだ。


「あ、石田ですけど今「石田君! キミはこれをどこで手に入れたんだい!? 細工は丁寧だし何よりこの腕輪から感じる力は凄い! いったい今日は何度キミに驚かせられたら済むんだろうね。ボクはこんな」ちょっと待って! 何の話だ?」」


「だから、キミの母上が持っていたこの腕輪だよ! どうやらデザインからして日本で作られた物には見えないけど、何処でこれを? 今丁度キミの家にお邪魔しているんだけど、是非聞きたいね」


 ちょっと待て!? 何で恭也さんが俺の家に? しかも話からすると師匠から預かったあの『清涼の腕輪』の事を話して……あっ! そうか! 母さんに取り上げられたままだった。

 不味い、流石にあの腕輪のキーワードが、まさか俺がいつも唱えている呪で発動させるとは気付かないだろうけど、このまま家に居れば明恵の事まで恭也さんにばれちまう!?

 それだけは断じて……でも、考えてみれば仮にこの勾玉で漏れている物を抑えられたとしても、同じ市内に住んでいる訳だし何処かで偶々出会えば、割と簡単にばれるよな?

 どうやっても完璧になんて隠しきれる筈もないし、俺じゃ感知できない事も恭也さんには分かる訳だし、これは一度見て貰うか?


 そんな俺の葛藤を他所に、耳に当てたスマホからは恭也さんの呼びかける声が繰り返し響いていた。


つづく

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