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177話

ご覧頂ありがとうございます。

 レッカー車に乗せて貰いながら、今朝の事故現場に向かっているのだけど、先程から仁さん(名前を聞いた)のテンションが高くお喋りが止まらない。

 序に窓を閉め切りエアコンが入ってはいるが、煙草を吸われているので非常に煙く、うちの家族は誰も煙草を吸わないので、こう空気が悪いと車酔いをしそうだ。


 勢いで『窓』の変則的な使い方をして(交換最中限定で所有権を貰った)、工具を使ってバラすのが面倒らしい部品取を一気に終わらせて見せた事もあったせいか、驚いた気持ちは分からないでもないけれど、この人少々声が大きいので余計に煩く感じる。

 それに今はハッキリ言って、そんな事を聞いていたい気分じゃ無かった。


「いや~それにしても、あれだけ綺麗に部品を外したり交換は出来るのに、まさか運転免許を持ってないなんて勿体無い。今まだ十六だっけ? 十分二輪なら取れるでしょ? この際だから免許も取っちゃってさ~、ちょくちょく顔出してくれると嬉しいな~」


「……最近何かと忙しいしそれには何とも言えない。と言うか折角バイクを貰っても乗れないし、後で返す」


「あ~いいからいいから貰っときなよ。そこであのバイク返されちゃうとさ~、宮下の爺様本当に臍曲げちゃうから止めといてね? これ俺とのお約束よ?」


「お前よ、折角納得してあげたもんをイラネって突き返されたらどうよ? 分かったら黙って受け取っとけ。……それとまださっきの事ウジウジ気にしてんのか? 割り切らないとこの先何か起こっても、そんなんじゃ簡単に潰れちまうぞ?」


 何故こんな風に二人が話しかけ、仁さんだけでなく箱根崎まで俺に気を使っているかと言えば、解体工場に居る内に打ち合わせを済ませ、事故に巻き込まれはしたけどミニパト真っ二つとは関連性が無かった様に、認識を書き換えると決めた時の事が原因だった。


 取りあえず、現場に行ってのすり替えは『窓』の操作で済むので全然時間は掛からないし、『惑わし』の効果中に終わらせるなんて簡単だと検証でも分かる。

 ただし問題なのは、あの十字路の悪霊(オニ)と対峙した時に一緒に巻き込まれた杉浦さんの事だ。

 俺達と係わったと言う認識を変えてしまう事も考えたが、四六時中これからもミニパトを目にする機会が在る訳だし、それでうっかり思い出されでもしたら面倒極まりないので、直接本人とは話し合う必要があるかも知れない。


 そう提案した所で箱根崎に「面倒だしバックれちまえよ? 誰も女一人の訳の分からん言い分よか、適当に処分を下す方が楽だからな。俺達にまで追求が来るこたぁねぇ筈だ。それによ、アレのせいで事故った他の奴らはどうすんだ? 巻き込まれたのはあの女だけじゃねぇんだぞ? まさか全員を助けられるとでも思ってやがったのか?」と苦笑い気味に言われて、理解が及ぶと一気に血の気が引いた。

 事故に遭った全員を助けようだなんて気は全然なかったが、巻き込まれた人達の安否をほんの少しでも気に掛けたかと言うと、……それすら他人任せのままだ。



 無意識に考えないようにしていたのか、それとも単に俺が他人なんてどうでもいい冷血漢で無神経な人間だったのか、何方とでも取れるし今頃になって箱根崎の言った意味がスッと頭に入ってくる。

 あの時恭也さんと一緒に救急車へ乗り込む前に見た、他の血を流す怪我人やまだ救出されてない人と助けを呼ぶ叫び声。

 俺は『惑わし』の効果が切れ、周りが見えてくると事故の惨状を目にはしたが、心に湧いた感情は“あ~あ、大変だなこりゃ”と言った他人事であり、杉浦さんの様に誰かを助けに走る訳でも無ければ、俺がやった訳でも無いので自分の保身に意識が向いていて、罪悪感なんて物は全く湧きもしなかった。


 それなのに、今更箱根崎に言われ初めてそんな事に気が付くと、古傷が痛むかのようにジクジクとした重苦しさを覚える。

 助けが必要な人を見ても“レスキュー隊も来ているし、俺の出番は無い”としか感じなかった俺は、あの時自分の周りの事だけしか見えて無く、箱根崎からしてみれば他の事故に遭った人と比べ、俺の杉浦さんへの対応の差に呆れを感じた事だろう。

 それでも一応気を使ったのか、あんな風な言葉で慰めも含め「バックれちまえ」と言ったに違いないが、一度考え込んでしまうと抜け出せなくなっていた。


 また、俺の肩や背中に目には見えない存在しない筈の重石が圧し掛かる。

 更に一度瀬里沢や珠麗さんを見捨てようとした時に感じた、あの昏い感情がジワジワと紙に油が染み込んで来るように俺を浸し“所詮他人事、お前が誰かを助けるなんて無理、お前に出来る事なんて高が知れている”そんな幻聴が聞こえ責め立て始めた。

 俺は師匠の様に誰かを助けながら自分も幸せになるなんて、この先本当に出来るのだろうか? もしかして今以上に他の人を食い物にし、不幸に貶めながら踏み台にしてこれからも生きていくのか? どうせそうなるくらいなら、いっそ……。


 急に横から衝撃を受け、目の前が一瞬ぶれて見え深みに沈み込んだ意識が戻る。

 いったい何が起きたのか分からず、次いで鈍い痛みを感じて誰かに頭をど突かれた事に気付く。

 誰かと言っても、突然こんな事をする野蛮な奴なんて隣に座る包帯野郎しか居る筈がない。


「ってぇ……いきなり何すんだよ!」


「お前、今何に囚われてやがった? 妙な考え違いを起こすんじゃねぇぞ? 誰もお前に救いなんて求めちゃいねぇし、勝手に決めつけんな。一言でもお前に向かって泣いて拝んで願ったりでもしたのか? 違うだろ? だったらよ、人間様をあまり舐めんな」


「……だけど、あの時俺には出来る事が在った筈なんだ!」


「はっ! くだらねぇな。俺はお前じゃないから、何を感じて思ったかなんて分かんねぇ。だがな、だけどとか、もしもとか、んな出来もしない事を今更ぐだぐだ言うな! そう考える何かが在んなら、次は間違えなきゃ良いんだよ。……それとあまり妙な事を考えんじゃねぇ! お前あの勾玉持ってるから陰気は感じねぇが、さっきから冷気を発してるせいで、こちとらやたら寒ぃんだよ!」


「……へっ?」


「チッ、どうやらその様子だと、澱んだ沼みてぇな雰囲気は抜けたみたいだけどよ、お前本当にそんなんで大丈夫か? 一人になった途端、明日にゃ死んでないと良いんだがよ」


 言われて気が付いたが、さっきまで陽気に喋っていた仁さんが無言で震え、よく見るとエアコンの温度設定の摘みが、赤い方へMAXまで捻られ今もゴーゴーと、エアコンの吹き出し口から熱風を吐き出し稼働中だった。

 箱根崎が吐く息も心なしか白く見え、如何に気温が下がっていたかが窺える。

 ……どうやら俺の心象によって、本人には感じなくても周りの温度変化にまで影響が出ていたらしい?

 ただ箱根崎の言う様に、確かこの勾玉は周りの陰気や陽気を吸収する……? つまり出所は同じでも、それ以外の物は吸い取らないって事か?


 何だか二つ隣で震えている仁さんや、未だに握り拳を解いてない箱根崎を見ると自分でもよく分からんが、少し気が晴れたらしく先程思い浮かんだような感情が今はもう湧いて来ない。

 それにしても、俺は箱根崎に叩かれる前に何を考えていた? いっそどうしようと? まるで自分が考えた事でなく、誰かにそうしろと何度も囁かれたような……? どうも上手く思い出せず頭が働かん。


「たぶん治った? 何かいつもの自分じゃ無かった気がする。励ましてくれてあんがとよ」


「あ? 変な勘違いすんなよ? 別にお前を励ました訳じゃねぇ。単にこれ以上手前がおかしくなっちまうと仁が凍りつきそうだったし、俺だってそんなんでまた事故るのも怪我すんのも迷惑だっただけだ。分かったらこの後の事でも考えてろ」


 ここで箱根崎のツン入りましたが、野郎のツンデレは要らん。

 けどまあ実際に昏い気分から浮上するのに助かったし、少しくらい感謝はしとこうと思う。本人には言わず、思うだけならタダだしな。


 兎に角あのバイクを貰っても今は乗れないし、返すと言っても仁さんには片手をブンブン振って止めろと言われるし、箱根崎にまで説教臭い事を言われる始末。

 ……正直言って、自転車は有難いけどバイクは置く場所に困るんで、取りあえずは車庫の隅にでも置いとくか?

 何て事を考えていると、いつのまにやら既に見覚えのある場所まで来ていたようだ。


「おぉっとご両人、そろそろ現場に着くけど車両規制が入ってこの先に進むのは難しそうだから、俺が乗せていけるのは此処までだな。事故車の移動とか頼まれてりゃいけない事も無かったかもしれないけど、今んとこそう言った話はうちに来てないからさ、こっからは歩きでね」


「面倒臭ぇな、突っ込んで行けたら楽なのによ。まあ仕方ねぇか。……んじゃ仁、その内また顔出すからって、宮下の爺様には礼も言っといてくれ」


「えっと、送ってくれて助かりました。貰った自転車とバイクは大事にします」


「はいはい、了解。あとさ~烈さんはさ、割としょっちゅう怪我してっからって本当無理しない様にね? 石田君は詳しく聞かないけど、今朝の事故を気にしてんだとしたら、ラジオじゃまだ死人は出て無いって流してた筈だし、あまり根を詰めない様に! 俺からは以上! ……いや~言いたい事言って、やっとすっきりしたわ~」


 俺と箱根崎がドアを開け降りて挨拶をすると、去り際に仁さんはそう言ってニヤッと笑いレッカー車をUターンさせて戻って行く。

 さて、これからがいよいよ本番だけど、先ずは現場に着いたら様子を見ながら杉浦さんを見つけたら、先に話を付けた後に検証に立ち会うとしよう。

 俺は『窓』の枠に収められたバイクと自転車、それに『惑わし』を行使できる日傘を眺め、箱根崎と一緒に事故現場へと足を踏み入れた。


つづく

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