176話
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事故現場に置いて来たバイクと自転車の身代わり的な物を、簡単に手に入ると箱根崎について来たのに、何故こんな事に……。
俺と箱根崎は今、解体屋の建物内に入ってきているのだけど、流れ作業的に宮下と言うここのオーナーみたいなおっさんと、ジンと呼ばれたにーちゃんから指定された部品を『窓』を使って、ガンガン抜き取っている――
時間は少々遡って、あの宮下の爺様と箱根崎が呼ぶ厳つい顔で、無精髭を生やし帽子を被りエンジンらしき物を整備していたおっさんに、工具で示された所へ行くと、何かの書類をコピーしつつパソコンを使って、何やら打ち込んでいる女性が居た。
箱根崎がその女性と軽く挨拶して俺達の要件を伝えた所、その姿を見て随分と驚いていたが、割と無事な事が分かると早々に「少年はコレね」と既に外して在る部品の水洗いを頼まれ、箱根崎には怪我をしていると言うのに部品取を押し付けると、またパソコン画面へと戻って行く。
この箱根崎がみのる(実)と呼んだ女性愛嬌のある笑顔だが、怪我人の男にも全く容赦ねぇ……。
部品の水洗いの後、ついつい言われた通りに洗剤を使っての汚れ落としまでさせられた所で、この作業が件のバイクと自転車を貰うための代価的労働だと知ったのは、少し経ってからだ。
「なあ箱根崎、あとどれだけ洗えば終わるんだ? 何か似たようなヘッドランプ他にもダンボール一杯あるんだけど……」
「ああっ!? 黙って手を動かせ! 俺なんて片手でやってんだぞ!」
「いや、どう考えても作業効率的に無理があるだろ!」
何故こんな割り振りなのか、理由も分かるんだけど少々無理がある。
俺はこの手の車やバイクの知識は無いから、工具を使って部品をバラして必要な物を取り外すなんて出来ない(出来ても他の部位を壊すのがオチ)ので、仕方がないのは分かっていても、幾ら要領を分かってるとしても流石に怪我を負ってる上に片手で部品をバラすのは厳しいし、全然進みやしないだろう。
一応警察を待たしている身としては、間に合うのか焦るのも当然だよな。
いつこちらに来るのか? と、スマホに催促の着信が来ない事を祈るばかりだ。
そんな会話をしていると、聞き覚えのある独特な軽快音が耳に届き序にガラガラとシャッターの開く騒音も響いて来た。
「暑い暑いっと、おっ? 烈さんそんなナリで頑張るね~。結構結構! 坊主の方も確り手を動かしてるようだな。で、今更だけどあんたら何しに来たんだっけ? ここんとこ御無沙汰だったのもあるし、そこの新顔の坊主の顔見せ?」
「あれ? 仁さんはちゃんと聞いてなかったの? 箱根崎君事故っちゃって、代わりのバイク欲しいみたい。だから手間賃代わりにやって貰ってるんだ。その少年は……そう言えば何で居るんだっけ?」
「みっちゃん……。まあ坊主は置いといてだ。その怪我って冗談抜きに本物? 烈さん無理しちゃアカンよ。それってもしかしてさ今市内で話題の今朝の事故? しょうがねえな~どんなの欲しい訳? 分かれば引っ張り出してくっからさ、それまで座って大人しく休んでなよ。無理してっと熱出るよ?」
「うわ~珍しく仁さんが箱根崎君に優しい! あ~あ、私も座って休んでたいな~、これってもしかして愛の差だったり?」
シャッターの開く音を聞いて、パソコンに集中していた実(たぶんこの字だろう)さんが事務所から顔を出してきて、作業中の俺と箱根崎を見ながら帰って来たジンさんに経緯を話す。
途中実さんは「ウヒヒ」って、変な笑い声を出していたけど気のせいだろう。
さっき表で煙草を買いに行くと言っていたジンさんは、ビニール袋を持って缶コーヒーを飲みながら話を聞き終えると、開口一番そんな事を言って来た。
もしかすると、この不毛な作業から解放されるかも知れないと思うと、この時俺はこのジンと言う人が救世主の様に見えた。
「そうだな、仁、ちょっと待て。……お前さ、証拠をすり替えるって言ってたけどよ。実際取り換えるバイクをどうやって持っていくんだ? あと真っ二つにされた方はナンバープレートだって着いたままだし、幾ら例の『惑わし』が在るからって本当にそんな簡単に交換とか出来んのか?」
「ちょっと離れろ、お前顔近いって……ん~まあ試しにやって見せるか。適当にバイク二台用意して貰って、ナンバープレートとバイクの位置を取り換えてみて、どれくらい時間が必要かやってみるのも良いか……」
「マジでやれんだな? んじゃ……おい仁! さっき乗ってたのと別にバイク一台持ってきてくれ。ちょっと試したい事が在る」
「へっ? 何で二台も要るの? ……まあ別にいいけど、じゃあそれなりの見繕ってくるから適当にやってて。あ、けど烈さん乗ってたバイクってCBR600RRでしょ? うちに似たような感じのなんて……あ、そう言や確か似たような奴でモデルチェンジ前の在った様な~」
箱根崎の奴が漸く俺から離れると、ジンさんへ俺の要求した物を用意して貰える様に話をあっさりと付ける。
似たような形が在ったかとぼやきながら、ジンさんは奥へ移動して行った。
どうやら併設していた横の建物は、倉庫になっているらしい。
どうでもいいけど、実さんが妙に熱い眼差しで俺と箱根崎を交互に見るのはどうしてだろう? 一瞬だけど変な悪寒を感じる。
ジンさんを見送ると箱根崎はやはり無理をしていたらしく、大きく息を吐いて座り込み、俺はやる事も特に無いのでランプの水洗いを続ける事にした。
暫く清掃を続け、更にランプを二個ほど綺麗に仕上げる頃にはジンさんがバイクを見つけてきて、さっき乗っていた改造スクーターも中に運び終え俺達の前に並べてくれる。
「これで良いかい? しっかし、烈さんこれで何をするのさ? ケチケチせずに何をするかくらい教えてよ~。まさか壊す訳でないよね?」
「別に大した事はしねぇよ。いいから仁は自分のやる事優先していてくれ。持ってきてくれたのは有難いけどよ、これ見た目大分違うな……」
「ふ~ん、まあいいけどさ。同じメーカーのCBR系はその400Fしかもうないから、何をするのか知らないけど気を付けてよ~?」
まだ何をするのか気になるらしいジンさんは、箱根崎に早く行けとばかりに追っ払われて「はいはい」と言いながら若干面白くなさそうに宮下の爺様と呼ばれていた人の手伝い? に行ったようだ。
俺もタオルで濡れた手を拭きながら、今朝見た箱根崎の物と似ている(?)バイクを見つめ早速……っと、このバイク二台とも所有者名が『宮下健三』になっていて、勝手に操作できない。
「ん~……このバイク二台とも宮下健三って人の物だから、勝手に交換できないわ。本人に許可と言うか一時的にでも貰った事にしないと無理だ」
「あ? なんだそれ? 面倒臭ぇな。ちょっと待ってろっ……あれ? 健三って爺さんの名前、俺言ったか?」
「お前も細かい事気にするな? 見た目くらいなら認識誤魔化せると思うし、いいからさっさと許可貰って来いよ」
どこか納得いかない様子で、首を傾げながら箱根崎も奥へ向かってダラダラと歩いていく。
折角だからログでも読みながら待つかと『窓』を操作し、何処のパーツがダメになっているか、まだ十分に使える部品はドレか、等々が分かるので中々面白いが、調べてみると錆びや交換が必要な部分は在ったけど、別段壊れた箇所が見当たらず、何故そんなバイクが売られもせずに転がっているのか不思議に思う。
疑問を浮かべながら、このCBR400Fと呼ばれるバイクを触っていると声がかかった。
「お前、そのバイクが欲しいそうだが……自分で見て触って、何処がダメだか分かるのか? もし分かるってんならタダでくれてやる。出来ないなら今直ぐ帰れ」
「はえっ!? くれてやるって別に欲しい訳じゃ無くて、ただ許可と言うか一時的で良いから……」
「男ならぐだぐだ抜かしてねぇで、ヤルのかヤラねえのかハッキリしろ! 烈が連れて来た坊主だろうが客だろうが、言い訳はいらねぇ!」
箱根崎に頼んで一分も経たずに、ジンさんと言うにーちゃんと件の宮下健三さんが一緒になって戻って来たと思ったら、えらい勢いでのたまう。
何なんだ? 別にくれだなんて……あっ! そう言えば箱根崎が持ってくって言ったんだっけ、面倒だしさっき見えた分だけ挙げればいいか。
「……え~と、別に何処も壊れてないし単にガス欠にしか見えないけど、強いて言うならブレーキキャリパー? のスライドピンの錆と、グリスを注油してメンテナンスが必要な事。後はフロントフォーク内のオイルに水分が混入して腐敗しているから、インナーチューブ? も錆びている。だからオイル交換だけじゃなく、一式交換した方が良い。……かな?」
取りあえず『窓』で見たログの内容から、悪い点を探し見つかって来た部分を読み上げ、どの場所が悪いかは何となく伝わって来るのだが、正直に言えばイマイチ理解できてない。
だから最後の方は、どうしても自信なさ気な言葉尻になってしまう。
「……おいジンに烈、この坊主がバイクに触ってどれくらいだ?」
「んあ? 二分も経って無いな」
「烈さんの言う通りだよ。だいたい俺このバイク、さっき倉庫から引っ張って来たばかりだし」
「ふん。坊主、お前名前は何てんだ?」
「えっ? 石田、明人だけど、それよかもう良い? ダメなら時間もあまりないし諦めて帰るわ。この後用事もあるし」
「ふっ、はっはっは。コイツは肝の太ぇ坊主だな。良しお前は合格だ! 男に二言はねぇ、そこのバイクはもうお前のもんだ好きに持っていけ。あと交換部品は用意してやるから、きちっと整備して見せろ。聞いてたなジン? 必要なもん出してやれ!」
いい加減時間が惜しいので箱根崎を睨みながら適当に答えたら、何故か今度は整備(?)をする羽目に……俺工具なんてプラスとマイナスドライバーにはんだごて、あとはプラモデル用のニッパーくらいしか触った事無いぜ?
無理無理と手を振っているとジンさんが、「いや本当、見ただけで分かるなんて凄いねぇ~」なんて言いながら、俺がさっき挙げた交換が必要な部品をテキパキと見繕って持って来るし、気難しそうで厳ついおっさんだと思っていたのに、宮下さんは凄い笑顔になってまた奥に戻って行った。
いや、だから時間が無いって俺言ったよね? 俺一人の思い込みじゃないよ?
そんな風に考えていると、箱根崎が寄って来てこう言う。
「諦めろ、ああなったらもう止まらねぇ。しかしよ、お前バイクに詳しかったんだな? 俺はこんなナリだし手伝えねぇから、お手並み拝見ってとこだな」
「……分かったよ。やればいいんだろ? お前までそう言うなら即行で終わらせてやんよ!」
頬と唇を歪ませ、きっと笑っているんであろう箱根崎にそう言って、頭の血の巡りがとても良い状態になった俺は、さっさと終わらせるために気合を入れた。
数日前に学校の女子更衣室に仕掛けられていたカメラから、microSDカードを取り出した時の事を思い出しながら作業に取り掛かる。
そこからの俺は『窓』で分かる箇所を、工具には一切触りもしないのにネジ一本外さず中身を取り換え、指定部位の部品からオイルに至るまでを順番に枠に入れながら、用意された物と瞬時に交換して行き僅か三分ほどで整備(と言う名のただの交換だが)を済ませる。
そうしてコンクリの床に置かれたのは、腐敗し黒ずんだオイルにオイルシール、他に錆の所々浮いたインナーチューブにキャリパーのスライドピンだ。
『窓』の新しい使い方として、指定して同時交換すると機械なんかは分解の必要が無い事と、規格が統一されている純正部品でもサイズが違う場合、交換がキャンセルされることが判明した。
序に、改造スクーターに付いていた怪しいナンバープレートもCBR400Fの方に付け替えておくのも忘れない。
「ジャスト三分だ! スライドピンの内こっちはサイズが違ったから使えないんで置いとくからな!」
「「……お、おう」」
上昇していた血圧も下がり、吸い込んだ息をふぅと吐いた所で冷静になる。
イラッとして勢いでやっちまったが、箱根崎だけじゃなくてジンさんも横に居るの忘れてたー!
ジンさんは、工具も一緒に用意してくれようとしていたらしく、今もその内の一本を持ち手を震わせながら、驚愕の表情を浮かべている。
「ス、スゲェ! 漏れも歪みも欠けも無く本当に三分で交換しやがった!? いったいどういう腕を持ってんだ! 気が付いたらこう、既に終わっていたと言うか……烈さん、何これ?」
「あ~コイツの特技? ほら俺が前に事故車に憑いて居やがったの祓ったろ? アレと同じ様なもん……だと思う」
「ああ、アレね………………って、そんなんで納得できるかーーーー!」
ですよね~と言う訳で、米神に血管を浮き上がらせて叫ぶジンさんに納得して貰うため、交換や取り外しが面倒な物を片っ端から持ってきて貰い、口頭で説明して貰いながらネジ一本で外れても配線を取り外すのが面倒なアンテナから始まり、様々な物を工具も使わずに取り外してどんどん床に並べていく(口止め代わりの労働)。
そのお蔭で宮下のおっさんやジンさんにはとても気に入られ、就職に困ったら何時でも来いと言われたが、断ると必ずまた遊びに来いと約束させられ、取りあえずはバイクと自転車を手に入れる事が出来ただけマシかも知れない。
事務所に居た女性、実さんには「またおいで少年。今度は面白い物が見れるかも知れないよ? 次からはみっちゃんと呼んでね」と言われ名刺を貰う。
結局最後にはタクシーを呼ばずとも、ジンさんにレッカー車で送って貰える事になり、俺と箱根崎は今度こそ寄り道せずに現場へと向かうのだった。
つづく