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175話

ご覧頂ありがとうございます。

 箱根崎に案内されて向かった先の解体屋は思ったよりも遠く、街の中心からはそこそこ外れた位置に在る場所で、麓迫市を囲む河の近くだった。

 此処からもっと山側に進み東方向へ更に行けば、俺が荷物を預かって貰っているコンテナ倉庫がある会社に着きそうだが、距離はかなり離れていると言えるだろう。


 箱根崎がドアを開け先に外に出ると、むわっとした湿度の高い空気を肌に感じる。さっき降っていたらしい雨のせいもあるだろうが、それだけが理由では無く周りの環境が一番の原因かもしれない。


「はい、丁度九百二十円……お客さん方、もしかしてその怪我って今朝の事故にでも巻き込まれたのかい? どちらにしてもその腕じゃ運転は無理だろ? 無茶しない様にな」


「なんだぁ? 余計な詮索す「ご親切にどうも、けど大丈夫。こんなナリじゃ碌に乗れやしませんから」……チッ」」


「そうかい? まあお大事に」


 タクシーの運転手のおっちゃんは、箱根崎の悪態も気にしたような様子も見せず、心配そうに見送り去って行った。

 しかしまあ、不安に思われるのも無理はないかもしれない。


 箱根崎の案内で着てみたは良いけど、周りには碌な建物も無く見えるのは河と雑草が鬱蒼と茂る林に、やたら威圧感を覚える有刺鉄線の張られた囲いと言い、ここだけ何年か過去の時代に取り残されたような、何とも言い難い感想が湧くような場所だったからだ。


 パッと見これから入ろうと思う解体屋の在るらしい敷地内は、錆び臭さを連想させる結構なボロで、ぐるりと辺りを見渡してみても人影は全くと言って良いほど見当たらず、河が近いせいか時折聞こえて来るカエルと蝉の鳴き声が、湿気と一緒に余計に暑苦しさを感じさせる。

 いつから在るのかも謎に思えるタイヤやドア、それにナンバープレートが外された自動車が何台か積み上げられ、それほど高さは無くても外枠の柵なんかより余程内側を隠す堅牢な壁の様に見えた。

 意外に思ったのは日当たりが良いせいか、何匹かの猫が中に入り込みボンネットの上でごろ寝している様が微笑ましく、廃墟っぽく見える場所に生きるその自然な姿が妙にマッチして絵になる事だ。


「何か凄いとこだな。真夜中には余り来たいと思わない場所だけど」


「あ~、真夜中と言や前に事故車にくっ憑いていたの祓ったなぁ。ありゃ面倒だったわ」


「よーし! 手早く済ませて戻ろうな!」


 箱根崎の知り合いって言うぐらいだから、予想すべき事だったがどうも“出る”らしい。何だか初っ端から脅かされてばかりだが、その割には特に変な気配は感じないので深呼吸を一つして、後に続いて歩いた。

 そのままキョロキョロ見回しながら、奥の大きな建物へ続く舗装のされてない雑草とあちこちに出来た水溜りのせいで、少しぬかるんだ剥き出しの地面を歩きながら、ふと頭に浮かんだ事は街中をコンクリートジャングルと例えるならば、ここは差し詰め鉄屑のジャングルに違いないなんて柄にもない事を思う。


「確かにここなら自転車でもバイクでも、探せばゴロゴロ出てきそうだし適当に見繕って持っていけそうなところだけど、箱根崎の言う知り合いって本当に居るのか?」


「ああ、外じゃ車とかをバラす時位しか姿を見ねぇし、きっと建物ん中で色々弄りまわして遊んでんだろ。それが好きでこんな辺鄙な場所で、表向きは解体屋なんかやってんだしよ」


 そんな会話をしながら、変わった車の車体や大きさの違う様々なバイク、部品のほぼ外された枠組みのみのボディ等を眺めながら、道に沿って箱根崎と奥へと進む。

 この辺りに積まれた廃車は、見た感じ軽自動車が比較的多く半分プレスされたような姿ばかりだ。

 気になるのは今言った“表向き解体屋”とは、どういう意味だろう……。

 そんな疑問の答えが、俺達の前に姿を現すのはもう直ぐだった。


 先に進むにつれ車庫のような場所へ納まっているクレーン車の横には、映画の中でしか見た事の無い何処で盗……拾って来たのか分からない戦闘機のコクピットぽい部品何かが在ったかと思えば、その近くに無限軌道(ブルドーザーのアレ)な足回りの見えるブルーシートの掛かった箱型まで置いてある。

 流石にジェットエンジンや、翼のような部品までは見当たらない。


「なあ箱根崎、まさかこれって……」


「へっ、だからさっき言ったじゃねぇか。“弄ってる”ってよ」


 思わず指を差して呟くと、箱根崎は当然元からこの有様を知っているようで、少し得意そうな響きに聞こえる答えしか返ってこなかった。

 ちょっと奥を覗けばこれはアウトじゃね? と思うような物が増えてきてどれもこれも、ガワだけは立派に思える。

 だがよく見るとハッキリ武装と呼べそうな物は一切見当たらないが、箱根崎の言った“弄ってる”と言う表現は強ち間違ってないのかも知れない。

 これで砲とかミサイル的な物が付いていたら、とっくに後ろ手に御縄になっていてもおかしくないだろう。

 ……絶対『窓』を使って調べる気は無い、厄介事はもう間に在ってます!


 しかし、よくもまあここまで“似た感じに”再現できたもんだと、呆れと一緒に少しだけ感心もする。問題はこれらの作品をタダの“大人の趣味”と、一言で片付けて良いか悪いか悩むレベルだった事だ。


 そんな俺の葛藤も箱根崎に分かる筈も無く、勝手知ったる何とやらと言う感じで、二つあるうちの一番大きな建物の中へズカズカと入って行こうとする。

 が、今丁度開けようとしていたドアの内側から、油か何かの汚れの付いた作業着の上だけをはだけ、ランニングシャツ姿で扇ぐ仕草をしながら出てきた人物とかちあう。


「やっぱ蒸すなぁ、っとっと。あれ? アンタら誰? ここは勝手に入って来ちゃ……と言うか、その趣味の悪い髑髏はもしかして烈さん? どしたのその恰好?」


「仁か、ちっとばかしドジッたんだよ。それより爺さん居るか?」


「今日は中でパーツ取りしていたとこ、終わったんで俺は休憩。それにしても雨も上がったんだし、多少虫が入って来るけどシャッター開けときゃよかったな。ああ、宮下の爺様なら奥でまだ弄ってるわ。今日は三人しか居ないけどちょっくら煙草とか買って来るから、そっちは適当にやってて」


 ジンと呼ばれたにーちゃんは、箱根崎の怪我を見ても大して驚きもせずにそう言って、軽く手を振ると軍手を脱ぎ尻のポケット押し込んで、代わりに和風の城を頭に乗せた饅頭みたいなマスコットの付いた鍵束を引っ張り出し、その恰好のまま脇に停めてあったらしい、ハンドルと前輪がやたら伸びたスクーター擬きに乗ると、エンジンを掛け軽快な排気音を立ててさっさと行ってしまう。

 しかもノーヘル……捕まらない事を祈るばかりだ。


 残された箱根崎も、それを気にした様子も無く建物の中へ入る。

 随分と軽い挨拶と言うか、あの適当な感じのやり取りの様子だとかなり親しい間柄に見えた。

 どうやら目的の人物である箱根崎が“爺さん”と呼ぶ人は、ジンと言う人の言う通りなら建物内に居るらしい。

 俺も箱根崎の後を追って、ドアが閉まる前に着いて行った。


「外よか何ぼかマシだけどよ、仁の奴中だって十分蒸し暑いじゃねぇか。おーい! 爺さん居るかー?」


「へぇ~外は錆び錆びな物もあった割に、中は一変してピカピカだな。オイル臭いけど何か普通の自動車の整備工場みたいだ。でも照明はあっち側しか着いてないのは節電しているのか?」


 返事の代わりにパンッ! と破裂音のような後に、パスッパスパスパスヴヴヴヴッと唸る一定のリズムを刻む、変わった大きな音が響き嫌でも耳に聞こえて来る。

 どうやら奥の方で何かの機械を動かしているらしくかなり煩い。

 箱根崎は奥に進みながら暑いなんて言うが、ぴっちりしたライディングウェアを着たまま言うので、あまり説得力を感じない。

 こいつも少しは脱げばいいのに、真夏にコートを着る恭也さんと言い何処かおかしいよな……やっぱり中に符か何か仕込んでそう。

 建物内に入っても直射日光が当たらない分気温は低いが、建物の横には大き目の窓が在るのに開けず、代わりにシャッターの下に隙間が在るので、これじゃあ風と一緒に湿気もある程度入りっぱなしだったに違いない。


 壁際には自動車や、バイクから取り外したと思われる部品類が置いて在り、タイヤなんかもゴムが外されホイール部が同様に積み上がっている。

 足元も綺麗にされ幅も十分に在るので、物に躓いて転ぶなんて心配だけは無さそうだった。

 少しして聞こえていた音がウウウンと聞こえ小さくなった後に、パスっと乾いた軽い音が続き真っ黒な煙が見えたと思ったら、その先から誰かが咳き込みながら出て来る。


「まだ本調子には遠いな……そこに居る奴ぁ誰だ? 仁は煙草が切れたって外に出たばかりだし……客か?」


「客じゃねえが、久しぶりだな爺さん。俺だよ、今日は頼みが在って来たんだがよ、バイク一台とチャリ一台持ってって良いよな?」


「お前、なんだそのナリは? 包帯男なんて俺の知り合いにゃ居ねえぞ」


 さっき会ったジンと言う人と同じく、黒い作業着姿で腰を上げ箱根崎の言葉に答えたその人は、見た目は爺さんと言う程の年齢には見えないし、力強い声を発していた。

 触っていたのは雑誌なんかで見た車の物とはちょっと変わった、職員室の机を半分にしみたいな大きさのエンジンぽいのが、床からせり上がったクレーンのような台の上に乗せられている。

 先程この空間に響いた音と煙は、コレを稼働させたせいだったのだろう。


「爺さんこそ逆に真っ黒なナリじゃねぇか。二人合わせりゃ丁度良いだろ?」


「へっ、その口の減らねぇ言い草と聞き覚えのある声は烈か。持ってくのは構わねぇがよ、ちょいとあっちで待ってな。今手が離せねぇ」


 そう言ってムスッとしたへの字口を愉快そうに曲げると、持っていた工具で奥の事務所らしき場所を指すと、また先程の部品へと取り掛かり俺達に背を向けあっちへ行けとばかりに工具を振る。

 ……この様子で本当に直ぐに自転車とバイクが貰えるのかと、俺はこっそり溜息を吐くのだった。


つづく

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