174話
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箱根崎の提案を受けて、色々と話し合った結果。
現場に行って事故には巻き込まれたが、原因になった決め手としての証拠に挙げるには、不自然でない程度に不十分とされるのが一番良いだろうと考えが纏まった。
しかし、伊周によって半分にされたバイクや、ミニパトの切り口の鮮やかさをどう説明するかと言う所でお互い詰まってしまって会話が途絶える。
どう考えてもあの事故に直接繋がる要素が無く、誰が見ても突然何者かによって斬られたとしか思わないだろうし、それこそ磐梯から聞いた話だと自販機をやった犯人をまだ捜していたらしいし、似た手口から相手を目撃したのかを根掘り葉掘り、絶対聞かれるに違いないからだ。
オマケに目撃者と言えば杉浦さんの事もあって、益々不安しか湧き上がって来ない。
「う~ん、仮に日傘を使って『惑わし』を掛けたとしても、目の前に壊れたあのバイクが在れば、直ぐに効果は解けちゃいそうだな。俺の自転車だけなら適当に持ち主の居ない自転車拾ってきて、意識が逸れてる間にすり替えれば済むんだけど……」
「はぁ!? お前そんな事まで出来んのかよ? マジでどんだけよ? だがよ、どうやるんだ? 流石に別のチャリ担いだまま行きゃあ直ぐバレんだろ? それとよ、『惑わし』の効果はどんだけ持続すんだ?」
箱根崎が至極当然な質問をしてくるが、誰も剥き出しで現場に置いて来た物と、すり替えるつもりの自転車やバイクを持っていくなんて言ってないぞ?
『惑わし』に関しては、実際に掛かってみる方が理解しやすいと思ったので、箱根崎に今朝『窓』の枠に入れっぱなしだった鞄からノートを取り出し持たせ、絶対離さない様に言ってからトレードを使い、一瞬で俺の手に戻す。
ノートは俺の所有物で、箱根崎にはただ手に持たせただけなので可能な事だ。
勿論そんな事情を全く知らない箱根崎は、何が起きたのか理解できず自分の手を見つめたまま固まっていた。
「へっ? 何でだ!? 俺は確り掴んで絶対手を離しちゃいねぇ! 手前今いったい何をしやがった!?」
「はい、じゃあ次~『惑わし』を使うか「人の話を聞きやがれ! …………あ? 何で俺は、お前の胸元なんか掴んでんだ?」
俺はノートの移動で驚く箱根崎の認識を、『惑わし』を使い何に驚いていたかを認識できなくさせた。
だから怒る原因が消え、何故俺を掴んでいるのか分からなくなった箱根崎は、きっと頭の中が『?』マークの疑問符で一杯に違いない。
最後に問題となったノートを目の前でちらつかせ、日傘を仕舞うと……。
「…………くっくっく、はっはっはっぁ~あ。面白れぇ! お前そんな事が出来んならよ、これから何だってし放題じゃね? 何やったってバレねぇんだよな?」
「甘い! 箱根崎! お前の考えはサッカリンにガムシロップと蜂蜜に練乳を混ぜて飲むより甘い!!」
「……飲んだ事あんのかよ」
俺はさっき頭を使えと俺に言いながら、笑っていた表情よりも更に口を歪めて楽しそうな声を出してきたが、そんな浅はかなコイツの考えを否定する様にその顔の前に手の平を広げて言ってやる。
決まったと俺が思っていると、胸を摩って若干気持ち悪そうにしていたが、コイツ何か持病でも持ってたか?
「って、何で手前はそんなに得意がって調子こいてんだ? あ? 俺は片手でだってやれる事はあんだぞ?」
「何でそうお前は喧嘩っ早いの? 秋山の親戚か? 今から理由も教えてやるから落ち着け、箱根崎はこのノートを見て“忘れていた事”を思い出したんだろ? つまり本家本元の『惑わし』よりも効果が弱いっぽいんだわ。だから効果があっても、ふとした切っ掛けで誘導された認識が失われる可能性が在るんだよ」
「チッ、そう言う事かよ。んじゃどうすっかねぇ……じゃなくて、ノートをどうやって取り返したのか聞いてねぇ! 手前やっぱ騙しやがったな!?」
「あ~、やっぱそっちも思い出したか……。母さんの誘導が解けなかったのは、結果的に自分にとってある意味都合の良い因果だったからか? ……使い勝手がかなり難しいな、やっぱり『惑わし』は維持する時間で認識の誘導とその成功率は上がる?」
箱根崎と母さん、この二人に対して行った『惑わし』の結果から、掛けられた相手は認識を求める為の状況、物、人物、会話等、色々な要素で成功率の上下が変化すると言う予想を立てる事が出来たが、やはり広範囲を惑わせた本家(?)の十字路の悪霊には敵わないのだろう。
だから箱根崎の言うような、簡単に何でもし放題と言う訳にはいかない訳だ。
そもそもそんな事をして、これ以上に厄介な目になど遭いたくない。
騙したと怒るよりも不貞腐れた(?)様子の箱根崎に、すり替える為の自転車とバイクが必要だと改めて説明し、それじゃあちゃっちゃと調達しようと、箱根崎が既知だと言う廃車や鉄屑を回収している解体屋へと足を運ぶ事になった。
今こうして石田君の母親と一緒に歩いているのは、ボクとしてはとても都合がよかった。
何故かと言えば彼の家族構成は聞いていても、あまり詳しい事を瀬里沢君の屋敷では聞けなかったからだ。
この機会に是非彼の“師匠”と呼んでいる人物の事を、少しでも分かればそれを手掛かりに探し出す事も出来るに違いない。
父様からは、くれぐれも不審に思われる事はするなと言明されてはいたが、ご家族とも関係を持てる様になれば、更に彼をより知る事にも繋がる。
とは言っても、初対面でもあって先程から大して会話は弾まず、これなら見知らぬ男性から情報を得る方がよほど楽だと感じた。
ついでに母親である彼女と接触し比較して思った事は、彼と違って力を感じないので血筋や遺伝は関係なく、あの漏れ出すほどの力はやはり五年ほど前から修行を始めたと言う、彼の師匠がその才能を見抜き引き出した物なのだろう。
ただ、彼の父親も視てみない事には完全に修行だけで片付けるのは早いし、それに妹が居るとも聞いているから、その子も確認してみるべきかも知れない。
「――そうだったの、それで瀬里沢さんのお屋敷で?」
「ええ、瀬里沢さんとは以前から面識が在りましてお世話になっています。あの日は丁度、倉に所有する様々な骨董品を見せて頂ける機会と重なって、偶々石田君達と知り合う事が出来ました」
「明人がねぇ、アルバイトだと言っていたのは聞いていたんです。でも肉体労働だけとは言え邪魔をしていなければ良いんですけど……ほら、ああ言う物って下手に触って壊しでもしたらと思うと、その、かなりお高いんでしょ? ちょっと怖いわ」
なのに、何故こんな話になっているのか……。
理由はさっきファミレスで話していたあの日傘のせいなのだけど、すっかりペースが狂ってしまい、上手く欲しい情報を引き出す事が出来ない。
逆にボクの方が、色々と事故現場での事を質問されていたくらいだ。
彼の服装が制服から、あの姿に変わっているのは何故かと聞かれた時は、ボクだって知らないけど、見覚えのある物だったので事故のせいで汚れたから、箱根崎君の私物を借りているのだと適当に言っておいた。
それとコートは暑くないかって聞かれたが、詳しくは言えないけど中は符の効果で快適なのだから、恰好くらい放って置いて欲しい。
おっと、会話の方も変に途切れない様に集中しなくちゃ……。
「大抵価値のある物は保険を掛けていますから、その点はご安心ください。彼は中々目利きができて、本質を見る力を感じるのでこれからも偶にアルバイトと言う形で、お手伝いを頼む事もありそうです。そこはまだ学生ですから学業に支障を来すような事は在りませんので、ご心配なくどうぞ宜しくお願いします」
「はぁ、あの子にそんな特技が在ったなんて……。親として恥ずかしい話ですけど、私全然知りませんでした。そう言う事でしたら本当に何が出来るか分かりませんけど、これからも使ってやってください。……そう言えば最近あの子が持っていた綺麗な腕輪も、そう言った物だったのかしらねぇ? そうだとしたら勝手に借りちゃったままなのは悪かったわね」
さり気なく此方からこれからも仕事を持っていく話を纏めたら、聞き逃せない単語が出てきた! 彼が持っていた腕輪? これはとても気になる情報だ。
それに単なる玩具やブレスレットの類なら、大人の女性がブランド名を出しもせず、ただ“綺麗な腕輪”なんて表現を使うだろうか?
もしかすると彼は以前から、伊周と言うあの刀の付喪神や今回手に入れた様な、“この世には本来無い筈の物”を収集していたとしたらどうだろう?
あの言動や態度からすると、あの傘でさえたいした物と言った認識をしてない様な雰囲気だったし、見逃す手は無い!
「あの、こんな事を言うのは不躾ですが、その今おっしゃった彼の持っていたと言う“綺麗な腕輪”ですが、もしよろしければ私に見せて頂く事は出来ないでしょうか?」
「え? ああ、そうですよね。本職の方がそう言うのでしたら、見て貰った方があの子の為になるかも知れないわね。分かりました。もう少しで下の子も帰ってきますから外出はできませんけど、お仕事が大丈夫なら今から家へ寄ってみますか?」
「ええ、全く問題ありません! では催促したようで申し訳ないですけど、是非お邪魔させて頂きます!」
私の突然のお願いに驚いた様子だったけど、頬に指を当て少しの逡巡したあと彼の母親は快く快諾し招待して下さる。
私も嬉しさで会心の笑みを浮かべ、心の中でグッと拳を握りしめ思い切って言って良かったと、晴々とした気持ちになった。
つづく