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172話

ご覧頂ありがとうございます。

「……もしもし母「明人!! どうして無事なら無事だって連絡の一つも入れないの!? メールだって見たでしょ? どれだけ、どれだけ父さんと母さんを心配させたか分かっているの!? ……一体どういう心算なのか今すぐ説明しなさい!! それに、あなた最近……」」


 まるで大雨時の洪水みたいに母さんの興奮した声が、スマホを通して俺の耳を攻撃してくる。

 別に心配させようだなんて微塵も思って無いって言っても、今の母さんには通用しなさそうで、黙って言う事を聞く。

 学校から俺が来てないと言う一本の電話から始まり、メールで連絡した事やその後返事もなく警察からまで電話が来て、目の前が真っ暗になった等これまでの経緯を語られる。

 本当にとても不安にさせたんだと分かるが、もし今この話の途中で一言でも口を挟もうものなら、さらに長引く事は間違いないので大人しく言葉の嵐が去るのを待つしかない。


 最初の呼び声で条件反射の様に体が硬直したがやっとそれも解け始め、通路に棒立ちしていたままでは邪魔になるので、外へ出ようとした途端に誰かの視線を強く感じ、スマホを耳に当てたままつい立ち止まる。

 何故か強烈な悪寒も覚え、もしや恭也さんかと思い後ろを振り向いたが、彼女は呻き声を上げていた箱根崎の傍に居て、別にこっちを見てはいなかった。

 じゃあ誰が? と考えた瞬間スマホから「どこを見ているの?」と硬質な響きを含む声が届き、ドクンと心臓が跳ね上がり息切れまでしてくる。

 二呼吸分ほど置いて、口から一言だけ声が出た。


「えっ?」


 返事をした訳でなく自然にそう呟きながら、そのままゆっくり視線を横にずらし何気なくこの建物の外を見る。

 そこには同じように携帯を耳に当て、此方に顔を向け表情を歪める母さんが俺を凝視していたが、再びその口が動き先程よりも底冷えするような声音が耳に流れ込む。


「……そんな所に居たんじゃ、幾ら母さんが探しても見つからない訳よね? 最後の食事は済んだのかしら?」


 あの目はアカン! 今の母さんはどう考えても正気じゃ無い!?

 母さんの心情を思えば、病院に居ると思って必死になって探し回っていたのに、その対象である俺がケロリとした様子でここにいた事で、無事な姿を喜ぶどころか心配から一転その想いが裏返り、例えで言うなら真に可愛さ余って憎さ万倍と言った所だろうか?

 しかも、最後の食事ってどういう意味だ!?

 冷汗をダラダラと流しながら、身の危険を感じた俺はどうすれば助かるかを考えた所で浮かんだのは、先程警察と対面した時に日傘を使い『惑わし』で認識を惑わせられないだろうか? と思った事だった。

 上手くいくなんて事は考えず、今は藁にも縋る思いだがやるしかない!


「い、今からそっちへ行くよ。直ぐだから待ってて」


「そう、分かったわ」


 母さんの返事は簡潔だった。

 電話を切り覚悟を決め、『窓』を操作して日傘を手の中に取り出す。

 ぶっつけ本番だし効果も曖昧だったので不安だったが、手の中に持った瞬間まるで体の一部の様に感じ、勝手に使い方が頭の中に流れ“理解”した。

 ……なるほど、認識を惑わせると言ってもあまりに不自然さを感じすぎると、余計に力を消費する上に効果も解けやすく、単純な事ほど効果は高いようだ。

 俺が前に信号機を赤と青を見間違えさせられたのも、この『惑わし』の業を使われたのだと分かる。

 本当なら、母さんにこんな事はしちゃいけないと分かってはいても、そもそもの原因となった相手が尋常なモノじゃないので、まともな説明なんて出来やしないのだ。


 効果の程は実際に体験もしているので、あとはやると決めた自分次第だと思うと、俺はさっきまで感じていた不安もあれ程早かった動悸も静かに収まった。





「母さん、待たせちゃってごめん」


「よく来たわね。じゃあ沈める前に聞かせて貰おうかしら」


 ……母さんのこの様子だと、もしかしなくても弁明を聞いた後、俺ごとぶち壊す気だったのか!? こんな所で御仕置フルコースは洒落にならん!

 冗談じゃない! 折角あの戦いで大した怪我をしなかったのに、母さんに襲われて病院送りなんて事は勘弁だ! 俺は口内に溜まった唾を呑み込むと『惑わし』を発動させるべく、日傘を持った右手に意識を集中した。


 認識を惑わす。言葉にすればとても難解な事だし、母さんの“どの認識”を変えるかが更に問題だった。

 変えるとすれば、怪我、事故、返事、しかしこの三つだと、携帯にメールが残っているから直ぐに解けるか、あとで見直した時におかしいと感じ認識の誘導に気が付きそうだ。

 なので、今回惑わす認識は“ファミレスで食事をしていた俺”では無く“たった今会った俺”に変える事で、先程の電話での怒りを無かった事にする。

 俺を見つめる母さんの目が、一瞬焦点を失い再び瞳に意識が宿ると普段の表情へと戻っているのが分かり、集中している間止めていた息を吐き出す。


「ごめん。さっきまで病院内に居たから中々連絡出来なかったんだ。それと父さんにはもう連絡したの? まだなら少し休みながらが良いと思うんだけど」


「……そう、なの? 本当に心配したのよ! 市内の病院は殆ど巡ったし、漸く明人の事を確認出来たら大した怪我じゃないって分かって、母さん気が抜けちゃったんだから。父さんにはまだ連絡してないし……そうね、丁度ファミレスの前だし少し中で休もうかしら?」


 ……よぉし! 弁明を聞く流れから、たった今俺と会った事に認識を変えられたようだし、母さんの認識の変化の誘導に成功だ! 確かに『惑わし』の効果は抜群だ!


「そう言えば、その傘は今さっき雨が降っていたから? 見た感じ女性物みたいだし、ちょっと明人には似合わないわね」


「えっ? あ、まあね。けどあって本当に助かったよ。……あの時奪って無かったら俺、完全に詰んでたし」


「ん? 明人何か言った?」


「何でもないよ。早く中へ入ろうよ」


 こうして俺は十字路の悪霊から奪った日傘から、相手の持っていた業の片鱗の一つである『惑わし』の使い方を覚え、ついでに母さんの御仕置フルコースを回避する事に成功したのだった。

 後は会話に齟齬を起こさず疑問を生じさせなければ、効果時間が過ぎても認識が変わったとは気が付かない筈だ。





「いらっしゃいませー! 一名様追加ですね。お席はどうされますか?」


「えっ? ……一名さ、ま?」


「はい、何でもないよー! えっとあっちの禁煙席の窓側で良いよね? じゃあそう言う事で! ささ、早く行こう!」


「あの、お客様ー!?」


 止めて! さっきのおばちゃん、俺の事覚えていたの有難いけど、今だけはそっとしておいてくれー! 迂闊な事を言って不自然さを感じさせないで!

 日傘を持ったままで、まだ維持していたからギリギリ解けなかったぽいけど、これ以上は流石に不味そうだ。

 一瞬母さんの動きがおかしくなったし、仮に『惑わし』の効果が解けでもしたら、ここがファミレス内であっても母さんの怒りは止められないだろう。

 兎に角一度座って、さっさと注文する物頼んだら話題を変えて思考を逸らさないと油断できないな……。


「母さんは、何を頼む? 俺はコー「おい! さっきはよくもやってくれ……って、誰だ?」……すこーし待ってね。すぐ戻るからーーーー!」


「ちょっと明人! 何処に行くの!?」


 こんな時に、箱根崎の馬鹿がドリンクバーに行っていたらしく、左手にコップを持ちながら俺に気付いたようで、そのままこっちにやってきやがった!

 お前恭也さんはどうしたんだよ? 誰? とか聞くくらいなら来る前に気付けよ! どうしていつも俺の邪魔をしやがるんだ!!


 俺は困惑したままの母さんを置いて、箱根崎の“右腕を掴んで” 痛みのせいか叫ぶこいつを無視し、恭也さんにこの馬鹿を見張っていて貰うために元の席へと引っ張る。


「うがああああ! 手前、馬鹿! 腕、腕を離しやがれ!!」


「黙れ阿呆が! これ以上話をややこしくすんじゃねぇ! 折角上手く行ってたのに全部ぶち壊す気か!?」


「手前が何を言ってるか分かんねえが、離せ! 折れる!!」


「お前馬鹿だろ? とっくに折れてんだろ? もう一つ関節増やす気か?」


「あ~、石田君ちょっと落ち着いて。今キミ凄い顔しているよ? それに、これ以上うちの助手を壊すのは頂けないかな。何が在ったか知らないけど、電話はもう済んだのかい?」


 母さんの居た席から離すべく箱根崎を罵りながら戻ると、恭弥さんは新しい白い包帯の巻かれた手に手袋を嵌めなおしながら、俺達の様子を見て少々驚いた顔を見せる。

 テーブルの上に置かれた容器とよれた包帯を見ると、どうやら薬を塗り直していたようだった。


つづく

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