169話
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件の『勾玉』は無事(?)手元で輝いているのだが、本来の術式通りの性能だったら、恭弥さんもこんな騒いだりしなかったのだろうけど、どうも予想以上に力を発揮し“過ぎている”らしく、俺の隣でまだ軽く興奮しているのか、やや早い口調で話しながらも態々図に書いてまで説明してくれる。
恭也さんが言うには、この『勾玉』は基本的に生者が発している陽気と便宜上呼んでいる物と、死者やそれに似た類のモノが発している陰気(人は両方持っているそうだが、分かり易くする為に今回は細かい説明を省くってさ)の二種類に効果を及ぼしていたようだ。
やっと呼び名と字が頭の中で一致したのはいいけど、ここまでは単純に光と闇みたいな、よくゲームなんかに設定としてある表裏一体的な物=陽気と陰気だと俺は図を見ながらそう解釈した。
問題は今も瀬里沢が持っていた方の『勾玉』は、人の出す陽気のみ漏れるのを抑え込み、陰気は素通しして且つ“視る”効果も付く物だったようだけど、今回出来上がった俺が手に持つ方は、その両方の気を抑えるでは無く吸収している事で、しかもその効果が持ち主だけでなく範囲に渡っていて、いくら術式を綿密に彫り込んだところで出来上がる物じゃない!
と言う訳で、今もこうして彼女は暴走気味になっているみたいだ。
正直説明と同時にそんな事を言われても、「それで何か俺は困るの?」としか思えなかった。
「キミの漏れ出る陽気は間違い無く隠しているし悪い事は無いけど、何故こう規格外な事象ばかりキミの周りで起きるのか、……これじゃあ父様が興味を示すのも無理ないよ」
「いや、そこで諦めたように兼成さんの名前が出て来るのは、ちょっと違うと俺は思うんだけど……」
恭也さんの言葉に「やめて」と心の中で叫びながら、やんわりと否定する。
あと触ってみて不思議に思っていた、勾玉に込められていた火の要素の事をさり気なく聞いてみたところ、返ってきた返事は。
「それは翡翠に術式を彫る時に付与されたんだよ。火の力を感じると言うなら、きっと母様が彫ったからだろうね。大抵その人の持つ気性と言うか得意な属性が付きやすいんだ。父様はこういった物を作るのを面倒臭がって、自分の髪とかを使って手抜きをするのだけど、即席でしかないから使い捨てになるんだよね」
「なるほど、だから火や水とか色々あった訳か。けど、自分の髪とかでパッと出来ちゃうなら、あんとき浮いてた紙もそうやって作ったのかな? そんなにお手軽なら兼成さんが手間暇惜しむのも分かるかも。この『勾玉』一つ彫り込むだけでも俺には無理そう……」
「それは何年もやってきた人だから比較的綺麗に仕上がるんであって、比べるのがそもそも間違いだね。一日や二日で何でも出来るようになるなら、誰も苦労なんてしないって分かるかな? 父様が即席でそんな風に使う事が出来るのも、当然基本を知っているからだよ」
細かい作業とかは苦手なので、簡単な方法が在るならそっちをと思ったら、そんな上手い話は無かったようだけど、ソウル文字なら案外楽にイケるかも?
ただ兼成さんのように応用が利くには、やはり多少は基礎から学ばないと無理らしい。
さっきの術式の彫り込み具合を考えると、思わず遠くを見つめてしまう。
俺の目を眇めた表情から何を思ったのか、恭也さんは「これからやって貰う事になるよ?」と冗談めかして言ってくるので、考えただけで肩が凝りそうだ。
そんな会話をしていると、俺達の様子を窺うようにして看護婦さんが寄って来た。
「あの、ちょっといいですか? 先程意識が回復して腕の処置を済ませた箱根崎さんですけど、お連れに男性の方が要る筈だから、中に呼んで欲しいと言っているんですよ」
「え? 箱根崎もう意識戻ってたんだ? バイクが突っ込んで吹き飛ばされた時は、あいつ息をするのも大変そうだったけど、骨折だけで済んで本当運がいいな」
「……そこは、先ず怪我をしない事を前提に言って欲しい。普通はそこで運が悪いって言うと思うのは、ボクだけかな?」
俺を呼びに来た看護婦さんは、恭也さんに話を振られコメントし難そうだったけど、一瞬目を瞬かせ「箱根崎さんはバイクに乗っていたんじゃ……」と途中まで言い掛けたのに、直ぐ口を閉じた後笑顔に戻り「さっ、こちらです」と流された。
その慣れた雰囲気に、結構こういった事を患者さんとかにも聞かれてるんだろうか? と思うが、案内に着いて行きライダースーツを脱がされ、顔と上半身を真新しい包帯で巻かれた痛々しい姿の箱根崎と対面したら、どうでも良くなった。
「どうやら怪我の具合は軽くは無いようだけど、取りあえず起き上がれはするみたいで一安心だな。三カ所以外に怪我は? ……顔とかに悪い影響は無かったか?」
「チッ、お前は本当ズカズカ聞いてきやがって遠慮しないな。普通そこはもっとオブラートに包んだ言い方をするとか無いのかよ? まあ今は痛み止めを打ってあるし、あんときゃ冷汗掻いたがこれくらいじゃ死にゃあしねえ。ただこれでも俺は怪我人だ! もっと労わりやがれ! でよ……恭也さんは、もう俺の事見ちまったのか?」
「んあ? まだ直接顔合わせて無かったのかって、そういや意識無かったもんな。バッチリ救急車に乗せる前にメット脱がせたから見られてたぞ? 詳しくは聞かないけど、今朝出合い頭に俺のせいとか恨みとか言ってた理由って、もしかしなくとも……それが原因か?」
箱根崎に恨まれる要素って、この骨折の事なら多少は恨まれても仕方ないとは思うけど、それ以前になると全く思い当たる物が無いんで(試合は関係ないとして)、コイツが勝手に俺に因縁つけて煽って来る理由としては、他に考えられるのは恭也さん絡みで弟子(仮)の事くらいだけど、ちょっとあの時の目は血走っていて尋常じゃ無かったからな……。
今は怪我の衝撃と薬のせいか、諦めの表情に疲れを滲ませた様な顔で目に隈は出来てるが、険は消えていた。
「ああくそっ! 思い出したじゃねえか! そうだよ、お前にあの日会わなきゃこんな目に何て合わなかったんだからな。恭也さんの親父に礼儀が成ってないって制裁食らった後に、治療がてら京都まで連れてかれてお前よか強く成れって散々扱かれたんだよ! だがあの時俺はそれ以上に殺さ「ちょいストップ! それは後で、な? それより恭也さんじゃなくて俺を呼んだ理由って、それを確かめたかっただけなのか?」
処置が終わっても部屋から出ないで長話をし始めた俺達を、俺を呼びに来た看護婦さんとは別の、包帯や固定用の道具類を纏めている人に「お静かに願いしますね? 他にも患者さんがまだ居るので」と迷惑そうに念を押されたので、箱根崎と互いに顔を見合わせた後すごすごと処置室から移動し、診察室前の空の在った椅子に座る。
「で、京都での話は置いといてさっきの様子からすると、要は恭弥さんに顔を見られたくなかったって事だよな? 包帯を解いた訳じゃ無いし、輪郭は前のまんまだと思うけど、やっぱ気になる人の前だと嫌なもんか?」
「ばっ! 馬っ鹿野郎! お前何て事言いやがる! 俺が心苦しく思っているのは恭也さんが庇ってくれて、あの綺麗な手に俺の顔と同じような怪我を負わされた事だよ! だから本当ならコレが治るまで、あまり会いたくなかった訳よ。それでだ、会っちまったのはもう仕方ないと諦める。代わりに俺からお前に頼みたい事があんだけどよ、勿論喜んで引き受けるよな?」
少しばかり意趣返しにからかってやろうとしたら、くだらない理由で兼成さんに折檻されたと予想がつき、恭也さんのあの手は単にとばっちりを受けたんだと理解したんだが……やり過ぎだろ! あの親父は何考えてやがるんだ?
何て思っていたら、話が変な方向へ曲がって行った。
それと言うのも箱根崎が、俺に何か頼み事が在るらしく何故か引き受ける流れになっている。
此処までぶっ飛んでいると、箱根崎の思考パターンが全っ然理解できん!
人の事逆恨みしといて、その本人に頼み事って随分とコイツは……。
でも、一応今朝は因縁つけられたけど助けられたって事にはなるのか? 感謝する気持ちは少しはあっても、何か釈然としない。
それ以上に、恭也さんの前での口調と今朝や今の俺に対する話し方を見るに、箱根崎は猫でも被っているつもりなのか? 違和感が酷いし、逆効果だと思うのは俺だけでは無い筈だ。
つづく