167話
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病院についても箱根崎に意識が戻って無かったため、何が起きてこんな状態になったのかを救急車内で聞かれていたので、直ぐ聞き取りをした人が説明をしながらメモを医者に渡し各種検査が始まり、その間俺と恭也さんは付き添いとは言え待たされる筈だったのだが、今気になっている事は箱根崎のヘルメットを脱がされた時に見た、顔全体を覆う包帯だ。
それまで黒いシルエットで包帯は全く見えず、輪郭以外は目と口のみ見えていて何故隠していたのか理由はこの怪我? のせいだと予想する。
恭也さんがそれを見て「やっぱり……」と呟き、自分の手を無意識に摩っていた事から、箱根崎の顔もあの拷問に近い事をされたのかと身震いした。
あの話が本当の事だとすると、これをやった犯人はきっと兼成さんだ。
いったい何が原因でこんな事をしたのか、俺には全く想像がつかない。
ただ下手に聞く事も迂闊に出来ないので、俺と恭也さんの間で妙な沈黙が続く。
「あら? あなたも腕怪我しているじゃない。さっきの人と同じ事故現場にいたんでしょ? 手当しますからこちらへ」
「いや、別にたいした事無いし血も止まってるから、俺なんかよりも先に症状の重たい人を……」
「石田君、箱根崎君の事は私が引き継ぐから、手当てくらい直ぐ終わる筈だし行ってらっしゃい」
先程病院に着いた時に話をした女性の先生が通りかかったので、箱根崎の容態が知りたくて声を掛けたのだ。
多重玉突き事故現場から運ばれたせいで、急患として扱われたが割と頑丈な体をしていたらしい箱根崎は、色々と骨折はしているけどこの怪我で死ぬような事は、余程の事が無い限りは無いだろうと、答えてくれたのは良いけど逆に今度は俺が捕まってしまった。
今恭也さんと一緒に居るのも、何か気まずくなってしまったので丁度良くは在ったのだけど、本当に腫れも無いし精々表面を少し切ったくらいに考えていたので、放って置いても治ると思っていただけに、面倒くさいと言う意識が湧いても仕方がないだろう。
さっさと消毒して軽く包帯でも巻いて貰って、家や学校に連絡し取りあえず遅刻の理由を説明した後、静雄や秋山達へメールを送らんとな……。
そんな事を思い浮かべながら、まだ事故現場から怪我人が運ばれて来ているらしい一階の受付のある広い外来ホールへと戻ってきた。
「小林さ、先生! 良かった直ぐに見つかって……今手が足りて無いんです! 直ぐに着てオペを手伝ってください!」
「……分かったわ、けど少し待って。私の勝手で連れて来たのにごめんなさい、ここで受付をして置けば順番が来れば、必ず診察を受けられるから。一人で大丈夫よね?」
仮設で儲けたらしい本来なら受付の待合席なんだろうけど、急患で運ばれる人が通る場所に一番近いここで、組み立てられたベッドが運ばれ玉突き事故で怪我をした人が一時的にカーテンで仕切られた簡易的な処置室擬きが作られ、比較的軽症な人はここで初療される場所になっているようだ。
包帯を巻いた人やベッドが足りて無いのか椅子で寝かされている人、見た感じ重症では無い怪我人がここに固まっているように見える。
またそれを遠巻きにして見ている、元々病院に掛かりに来たのであろう親子や患者がいたり、混ざり合って割とカオス。
そんな中連れて来られた俺は、急に現れた若い男の医師? にさっきの先生が(小林と言う名らしい)話しかけられ、面目なさげに俺に謝るこの人に意識を戻す。
「あ、俺は平気なんでどうぞ行って下さい。態々ありがとうございました」
「小林先生急いで!」
俺の返事に頷くと、小林というさっきの先生は探しに来ていた若い先生に連れられて行く。
この多重玉突き事故の原因は、十字路の悪霊に在ると知っている人は極僅か、だけどその一端が少しは俺にも在るかも知れないと思うと、軽い眩暈に襲われた。
が、俺だってある意味被害者なんだから、例え他の人に見えず対処できたのが俺達だけだったとしても、誰かに責められる筋合いは無い筈だ……とでも思わなきゃ気が滅入って、この場に居ること自体に罪悪感を覚えそうだ。
取りあえず順番が来て腕の消毒をされながら、周りから漏れ聞こえる話を拾うとあの多重玉突き事故で、近くのラーメン屋にも車が突っ込んだそうで俺が『引寄せ』でミニパト上部に在った警光灯以外に『おかもち』に襲われた理由がそこから吹き飛んできたのを、利用されたらしいとおぼろげながら分かった。
それから簡単に事故現場で起きた事を聞かれたりもしたが、「良く分からない」と答え院内でスマホを使っていいのか判断がつかず、公衆電話のある場所まで移動してみると此処もかなり混雑している。
俺は似たように近くで携帯を使っている人を見て、ここなら平気っぽいと判断し家に電話をしたが留守……マジでヤバイかも。
気を取り直し、学校へ電話をして事情を話して今日は行けるか分からないと告げ、元の席へ戻ると隣にパジャマ姿の男の子が座って居た。
靴でなくスリッパを履いている所を見ると、入院患者か?
俺が何気に見てそう思うと、俺の視線に気が付いたのかその子は俺を見てニコッと笑うが……顔色悪いぞ坊主?
「ねえ、包帯巻いてて痛い?」
「んあ? 別にどうでも無い、こんなの怪我の内に入らんわ」
痛み止めを貰えるらしいけど、院外薬局って面倒だよな~と思いながら興味深げに腕の包帯を見て来るこの坊主に答える。
それに気を良くしたのかどうかは分からないが、俺の右手を掴みこう提案してきた。
「ねえねえ、しりとりしよっ!」
「ん? ん~良いぞ。じゃあ先行は譲ってやろう……リンゴ!」
「あっ! ずるい! ゴリラ!」
良く分からんが、人懐っこい坊主だなと考えながら、呼ばれるまでの間暫く付き合う事にした。
偶に同じ言葉が続くような意地の悪い攻撃を交えつつ、多少この坊主と話をして名前を教えて貰う。何て字を書くかは分からないがケンジと言うらしい。
『窓』を使ってまで知ろうとは思わなかったので、そのまましりとりや“なぞなぞ問題”を出されたりそんな風に遊んでいるのだが、ケンジは徐々に顔色が悪くなっている気がする。
そろそろ親を見つけて、どうにかした方が良いんじゃと焦りを感じた。
そんな時また救急車が正面入り口に着き、担架で搬送用のベッドに乗せ換えられている人を見送る。
「また来たね~今の人凄い痛そうだっゲホッ ゴホッ」
「おい、大丈夫か!? ケンジは風邪とか何か別の病気していたのか?」
俺は急に咳き込みだしたケンジの背中を摩ってやりながら聞いたが、ケンジは首を振って否定しながら喋ろうとして、更に余計に咳き込み苦しそうだ。
この子の親はいったい何処に行ったんだ!? と辺りを見回しながら、困ったなと頭を抱えそうになっていると、ケンジの背中や肩に黒い靄みたいなのが張り付いているのが見え、ギョッとする。
目の錯覚と思ってもう一度見直したが、やはり見間違いじゃ無かった。
その靄みたいな黒い玉? はケンジを摩る俺の手を避け、壁を隔てた遠くで誰かが微かに何か喋っている様な、奇妙な「や~、あ~」とか「いあああるうううああ」だのと気味の悪い声らしき物まで発していて、不気味に感じ思わず叩き落とし足の裏で潰すと、ビニール袋でも踏んだような感触を残して消える。
……何だ、これ?
気になってケンジをもっとよく視ると、体のあちこちに隠れるように潜み、更には胸の辺りに集中しているのが分かり嫌な感じがする。
「ケンジ、無理に声は出さなくていいからな。辛そうだから背中を触るけど良かったら頷いてくれ、嫌なら首を振ってな?」
とても苦しそうに咳き込むケンジは一度目を開け、俺を見た後頷いた。
本人の承諾も在ったし、イケルか? と俺はこの前明恵にしたように、目を瞑り背中から風の要素をかなり弱め、ケンジに繋げ体の血流に沿って巡らし中に巣食っている様に感じた“ソレら”を追い出しに掛かる。
こんな不気味な物を、体の中に飼っていちゃダメだ。
初めの内は逃げ回って体の彼方此方へ移動していたが、ケンジの全身を緩く包む様に巡らし、追い回す。
物の数分で胸に集中して居る奴も、剥がれないのでそのまま押し潰し、あとは呼吸をしやすいように鼻と口を通過させ完了だ!
目を開けケンジの様子を見ると、先程とは打って変わって肌に赤味がさし、咳き込みも納まったように見える。
「どうだケンジ? 少しは楽になったか?」
「……うん! 凄いよ! もういきを吸ってもぜーぜーしないし気持ちいい!」
「そうかそうか、そりゃ~良かった」
ケンジは呼吸が本当に楽になった様で、ちょっと大げさに深呼吸をしてニコッと笑いかけて来たので、俺も顔を見合わせニカっと笑い返す。
……しかし、さっきの“アレ”何だったんだろな? もしかして師匠の話していた風邪精に似た病魔とか?
「ケンジ! お前はどうしてそうちょこまかと……あまり動き回ると直ぐ熱を出すし体が本調子じゃないんだから、勝手に傍を離れるんじゃない!」
「あ、見てみてもう苦しくないよ! ほらっ! 全然ゴホゴホしてないでしょ?」
後ろから声がかかりケンジの親父か? と一瞬思ったがそれは直ぐに間違いだと分かる。
何故ならケンジの視線を追って振り向くとその話しかけて来た奴は、俺の高校と同じ制服を着ていたからだ。
つづく