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165話

ご覧頂ありがとうございます。

 俺と箱根崎を押し潰しカツオの叩きの様にする筈だったバイクは、杉浦さんの乗るミニパトを犠牲に、伊周の手によってそれは見事に真っ二つにされ俺達の左右に転がっている。

 命は拾ったが落とした物がデカ過ぎる。

 伊周……杉浦さんを見ながらどうしようか考えていたが、悩んだところでまだこの状況が解決した訳でなく、依然としてこの空間には俺達しかいな……そう言えば箱根崎が気を失う前に何か伝えようとしていたけど、吃驚しすぎて内容忘れた。


「箱根崎がやられたのもミニパトが斜めに斬鉄されたのも、全てあの十字路の悪霊の仕業って事で良いよな?」


「うん? 儂に問うておるのか? そんな事主の好きにすれば良かろう? まあやろうと思うても、常人には容易く出来ぬ所業であろうな」


 少し得意げそうな顔で……杉浦さんの体なんだが偉そうに胸を張る。

 うんうん、伊周は物分りが良くて話が進めやすい。

 こうなったら全てあいつに罪をおっ被せて、さっさとこっから出て箱根崎の為に救急車を呼ぶとしよう。

 元凶は知れた訳だし、何があったか聞かれても突然走っていたミニパトとバイクを“何かが”真っ二つにして消えたって言い張る! どうせ犯人が誰かなんてただの警察に調べようなんて無理だしな。


「だよな? 俺にだって無理だ。と言う訳で犯人は奴って事で……「出来るぞ?主も儂の持つ『斬る』と言う概念を理解すれば、似たような概念で防がぬ限りその理からは逃れられぬ。儂は形が刀を為していれば付与も可能だしの」


 あっけらかんと、大した事でもない様に俺にも出来るなんて言い放つ伊周。

 だから、出来ない方が今は都合が良いの! 俺は第一発見者から第一容疑者に警戒度UPなんてされたか無いんだ! 得意そうに刀を掲げるんじゃない! だいたい自販機真っ二つにした罪まで、俺の仕業にされるわ!

 いらん事を聞いた気がするが、今の所この計画に支障はない。

 なんせ俺だって斬られた場面は見ても、誰が何を使ってやったかは直接見て無いし、そこは嘘では無いんだからどう解釈しようが俺の勝手だ。


「……余計な事は言うんじゃ在りません。さっさとあの日傘を回収してこっから出るぞ」


「良かろう。クカカ……この女子の口が小さすぎて笑い難い。やはり動くだけならば生身は不便じゃのう。それにこの着物、足元がスースーして敵わん。主の履いてる物で良いから交換してはくれぬか? それにこの草履は何じゃ? 歩き難くて仕方ないぞ!」


 文句を言いながらひょこひょこと歩き、俺の背中にしがみ付く伊周。

 ちょっ! お前のその姿で引っ付いて来るんじゃありません! だいたいスカートとズボンを取り替えろって、俺はそんな趣味はない!

  ……草履ってハイヒールかよ。

 ちょっと珍しい下駄と思って我慢しろってのは無理か?

 こいつは男に憑りついた事は在っても女には無いのか? 文句の多い奴だなぁ……。


 引っ付かれるのは止めて欲しいので、仕方なくベルトを掴ませ後ろのミニパトに近寄り、鋭利になっている切り口を触れない様に気を付けながら、後部座席の日傘へ手を伸ばした所で……漏れたガソリンの臭いが目に沁み鼻をつく。

 漸く血が止まった左手で鼻を押さえ、それを払う様に扇ぐが意味が無かった。

 そう言えば、風の刃を放った後から風を纏うの忘れてたな。

 まだ意識しなければ出来ないが、それでも大分扱うのが上手くなったと思う。


「便利な物に慣れると、有難味をつい忘れがちになるな」


「何を独り言を呟いておる! どうでも良いから早うせい、それにこの酷い臭いは何じゃ!? 痛いし目にまで沁みおるぞ!」


 伊周が後ろから煩いが、良かったなそれは生きてる証拠だ。

 文句をスルーして、やれやれと日傘を掴……あれ? この俺以外に傘を掴むのは誰? 目でその腕の先を追う。

 黒い手袋と袖の間から覗く白い透けるようなって、全部透けてる!?

 目深に被った帽子で相変わらずその容貌は窺えないが、この口元の微笑にも見覚えがある。忘れる筈も無いコイツは!


「漸くお出ましか? 十字路の悪霊さ……げっ!」


「何を呑気に言って……」


 後ろで呆れた風な伊周の声が聞こえるが、今はそれ処じゃ無い!

 艶めかしく唇を舐める舌が口の端を這い、空いていたもう片方の腕が動く。

 俺台詞を中断させた原因は、手袋を脱いだ白い陶磁器のような滑らかな手に持っていた、普段はシガーソケット部に納まっている筈のシガーライター。

 赤く白熱するそれが、細い指先から地面へと落下していくのが視界に入る。


 昨日よりは多少気温が低いとはいえ、この日差しのせいで熱したアスファルトによって気化し始めたガソリンが、今も漏れ出す薄いオレンジ色の流れの中に落ち。

 高熱を蓄えたシガーライターで表面に火が点き、風を纏いなおしていた俺のせいか地面近くを漂っていた、十分に空気と混ざり合ったガソリンが巻き上げられ燃え盛る炎となる。


「うあっちゃちゃちゃ! 体がっ! それに制服が燃えちまうっ! よくもやりやがったな!」


「主は本当に馬鹿じゃなぁ。……これ、まだ出て来るで……あああああ! 今度は燃やしちゃったーーー! 酷いよっ! 私、全っ部見てるんだからねーーー!」


 ちくしょぉ! 思わず燃え上がった火に焦ったが、ネズ公と契約したお蔭かこのくらいの炎なら熱いで済むようだ。

 だけど制服は無事じゃねぇし、杉浦さんが表層に出てきたせいでベルトが後ろに引っ張られ、日傘の引っ張り合いに邪魔が入る。

 燃える俺の姿を見て悪霊がニィっと口の端を歪め、空いた右手で俺の首を掴むが俺だって片手は空いてるんだぞ?


「今度は俺の番だぜ! 切り刻め! アフ=カ・マアーフ!」


 簡単に逃がしはしないと、風の要素を使った範囲型の術で攻める。

 俺と日傘の掴み合いをしている上に、俺の首まで掴んで締めている奴は、この一撃を躱せる筈も無く、黒い衣服を切裂き……って、服も体の一部らしく破けて脱げる事は無かった。

 代わりに食らった部位が細切れになり、以前伊周の幽体を破壊したように空気へと融けて行く。


「叫ぶ気持ちは分からないでもないけど、杉浦さん、俺をいつまでも掴んでいると、あんたも燃えるぞっ!」


「はひっ!? あわわ! で、でも。い、石田くん、きみ燃えちゃっているよ!? そんな傘なんてどうでも良いから、早く制服脱いでっ!!」


 離れて欲しくて後ろに向かって叫ぶが、大丈夫って言っても通じ無さそうだ。

 燃えるって言ったのに、さっきよりグイグイとベルトを引っ張られる。

 それより奴の腕が離れた(切り飛ばした)今がチャンス! 俺はやっと元凶になった日傘……よりも、今ここで奴を滅ぼす方が速いな。

 奪った日傘を左手に持ち替え、右手へ体に纏わりつく炎を風の要素と一緒に収束させる。


「やり方なんて俺は良く知らん。けどお前は箱根崎の仇だからな、黄泉に送ってやるぜ! これで止めだアフ=カ・ラ・アーフ!」


 半分消えかかっていたその体へ、右手に集めた炎と風を混ぜた一撃を振り下し、奴の口元に浮かぶあの笑みを炎と一緒に完全に消し去ってやった。

 体からも燃えていた火が消えたお蔭で、一気に涼しくなりさっぱりする。

 箱根崎、草葉の陰から見ていただろうか? お前の仇は俺が確り討ちとったぞ。

 ……って、箱根崎は別に死んでなかったんだっけ。

 そんな風に思っていると、毎度の事ながら例の声が響いた。


《ソウルの器から火の要素を引き出す事を確認。火の要素の操作を習得しました》


「あの、石田くん。その……ゴメン!」


 流石にそろそろ慣れたが、この声の主は俺を常に監視でもしているのだろうか? って杉浦さんが後ろから何故か俺に謝って来る。

 理由に思い当たる節が無いが、疑問に思い杉浦さんを振り返りその顔を見ると、何だか俺から視線を逸らしながら更に口を開く。


「……こ、こっち向いちゃダメだよ! あああのね、これっ! 返すから!」


 杉浦さんが何故俺のベルトなんて持って……と思い、腰回りを確かめようとした所で、自分の恰好を見て絶叫する。


「えっ? これ返すって……ベルト? うわわああああああああ! み、見るなーー!」


 俺が止めとばかりに火と風を纏めて撃ち込んだ後、妙にさっぱりとした風に感じたのは、炎のせいで燃えた服が更に焼け落ち、序に一生懸命俺の体から燃える服をどうにかしようとしていた杉浦さんの手によって、ベルトが外され辛うじて残っていた服も飛んでいき、今の俺の姿は一糸まとわぬ靴だけ履いた生まれたままの姿だったのだ。


「……ふむ、やっと小娘は引っ込ん……何じゃ、主は往来でその様に姿をさらすのが趣味か? オニも去った事じゃし、そろそろこの『惑わし』も解ける。主もさぞ喜ばしかろうの」


「阿保か! 俺にそんな高等テクニックを試す趣味も無ければ、見られて喜ぶ変態野郎でもないわ! って……伊周くん、今、なんて言った?」


「じゃから、もう直ぐ『惑わし』が解けおるから、この辺り一帯が元に戻ると言うておるんじゃ。それに見えぬのにぶつかる事に気付き、訝しむ者も増え始めるじゃろう。どちらにせよそろそろ時間切れかの?」


 時間切れ!? ちょっと待てー!! 俺はどうすればいいんだよ!?

 制服どころか、今あるこの日傘とベルトだけでどう隠せと?

 何とか生き残りはしたけど、このままじゃ社会的に死んでしまう!

 何か無いか! 俺の持っている物……以外でももう構わん!

 この際仕方ないと、箱根崎の持っていた持ち物を『窓』で片っ端から調べていく。


 在った! けど所有者は箱根崎のままだし勝手に使うにしても、取り出すのは直接手でやるしかない。

 仕舞っている場所はバイクに乗せていたバッグの中か、財布に着替えとよしよし上出来だ。

 他は痛み止めと……ん? 無記名の小包? 恭也さんへお土産か? って、これ俺宛ての物じゃねえか!


 何だって箱根崎が持ってんだ? んで差出人は誰よ? 菅原……兼成さん?

 その瞬間この切羽詰まった状況なのに、とてもイイ笑顔で俺に向かって扇子を扇ぎながら手招きしている、和服を着たあのおっさんの姿が脳裏に浮かぶのだった。


つづく


4/25 手袋脱いだ筈なのに、黒い指先になってたので「黒い」を削除しました。

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